第16話 辺境伯夫妻の事情
オルタンスが生まれたのは、辺境の開拓がある程度進み、メイルグラードがなんとか町の
幼少のころから荒くれ者の開拓者や冒険者の中で成長した彼女は、性に奔放なところがあった。
セレスタンはあまりそれをよく思っていなかったが
『あの子にはわたくしにとってのあなたのような人がいないのですから、大目にみてあげなさい』
といさめられ、黙認しているような状況だった。
そういうわけで、若いころのオルタンスは冒険者として活躍しつつ、屈強な男を見繕ってはつまみ食いする、ということを繰り返していた。
そんななか、メイルグラードにも正式な領主が現われ、やがてウィリアムが生まれる。
成長したウィリアム少年は思春期のころ、オルタンスに憧れた。ウィリアムだけではない。
メイルグラードの誰もが、セレスタンとフランソワ、そしてオルタンスの3人に一度は憧れるのだ。
次期領主となることを約束され、辺境を治めるために幼いころから不断の努力を続けてきたウィリアムは、才覚も能力も、そして権力も持ち合わせていた。
そんな自信を裏づけとして、彼はオルタンスに言い寄った。
『ごめんなさいねぇ。私、坊ちゃんみたいな
ショックを受けたウィリアム少年だったが、もちろん諦めるつもりはなかった。
彼はこれまでオルタンスに
「母上は、なんというか、筋骨たくましい男性が好みらしくてな」
「親父さん、ゴリゴリのマッチョだもんな……ってか、若いころはあんなじゃなかったの?」
「うむ。10代のころの姿絵を見せてもらったことはあるが、髪や目の色はともかく、全体的な容姿はヘンリーにそっくりだったな」
「まじかよ……」
一度だけ会ったことのある、青い髪の青年を思い浮かべる。
線の細い、アイドル的な魅力のある容姿のヘンリーだが、若き日のウィリアムが彼のようだったとはとうてい想像ができなかった。
「それから父上は鍛えに鍛えたようだ」
武器をサーベルから戦斧に持ち替え、森の開発や魔物の討伐などにも積極的に参加し続けた。
オルタンスの気を引くためにやったことだが、結果的にそれは冒険者たちの信頼を得ることに繋がった。
そして彼女に憧れた10代後半のころからおよそ10年、ようやく彼はオルタンス嬢のお眼鏡にかなったのだった。
「このころには父上もすでに結婚し、姉さまたちも生まれていたのだがな」
貴族の子弟、しかも辺境伯という上級貴族の長男が、色恋だけで相手を決められるわけもない。
陽一が先ほど会ったイザベルは正室として迎えられており、さらに2名を側室としていた。
「オルタンスさん的に、それはありなの?」
「母上はむしろ妻子のいる男性を好んで選ぶところがあったらしい」
それはべつに略奪などを目的としたものではなく、むしろあと腐れなく関係を持てる男性を選んでのことだった。
妻子がいれば、自分との関係を必要以上に吹聴されることもないだろう、という考えもあった。
また、こちらの世界の……すくなくともメイルグラードの女性たちは、夫が自分以外の女性と遊ぶこと――素人か玄人かに関わらずに忌避感を覚えることが少ないという。
夫のほうも、自分の知らないところで妻が自分以外の男と関係を持っている可能性は考えつつも、それを追求しようとする者はあまりいないのだとか。
男女の倫理観については地域や時代など、文化によってかなりの差異が見られることは元の世界でもいえることなので、日本の常識をもとにそれらを判断することに意味はないだろう。
(ま、俺が言えた義理じゃないしな……)
アラーナだけではなく、花梨、実里、シーハン、そしてこの場にはいないがサマンサとも陽一は関係を持っているのだ。
それだけではない。
元諜報員のシャーロットとはいまでもたまに会い、タイミング次第では関係を持っているし、ミーナ、ジェシカ、グレタといった『赤い閃光』の面々とも短期間とはいえベッドをともにした。
それ以外にも、カジノの町でともに犯罪組織と戦った女性捜査官のドナとも一夜の関係を楽しんだし、風俗嬢のリナこと、さやかともプライベートでセックスをしている。
面倒な活動家に目をつけられれば、地獄の果てまで糾弾されそうな所業であり、少なくとも陽一は、男女関係のことで他人をとやかくいえる立場ではないのだ。
「母上は、そもそも父上と結婚する気などなかったらしい。父上も、ほとんど諦めていたのだとか」
美しく、強い女性に憧れたウィリアム少年も、3人の妻を娶り、子供が生まれたことで、オルタンスに対する執着のようなものは随分と薄れていた。
もちろん、思春期に恋い焦がれ、自身の生きざままで変えた女性なのだから、叶うなら妻として迎えたい。
そう思ってはいたが、相手の自由を奪おうというほどには強引になれなかった。
それに力ずくで手に入れようとしてどうにかなる相手でもないのだ。
一方オルタンスにしてみれば、ウィリアムは何人もいる相手のひとりに過ぎなかった。
お互いに都合が合うときにだけ関係を持つ。ウィリアムとオルタンスはそんな間柄だった。
「そんななか、イザベルさまが動いた」
イザベルはとある伯爵家からウィリアムに嫁いでいた。
上級貴族の出でありながら、それを思わせない気さくな人柄で、多くの人から慕われていた。
もともとメイルグラードでは、冒険者と辺境伯軍とのあいだに隔たりがあった。
仲が悪い、というわけではないが、お互い積極的に関わろうとはしない、というふうに。
オルタンスに憧れたウィリアムが冒険者に交じって活動を始めたことで、領主家に対する冒険者の好感度はかなり上がったが、それでも軍との距離を縮めるまでには至らなかった。
そんな両者のあいだをとりもったのが、イザベル夫人だと言われている。
辺境では珍しい清楚な美しさと、おおらかで気さくな性格から、彼女は多くの人から慕われていた。
もともと軍の者たちからの覚えはよかったが、ウィリアムが冒険者に交じって活動するなか、彼女もときにギルドへ顔を出し、少しずつ認知され始め、ほどなく人気者となった。
そんな彼女があいだに立つことで冒険者と軍は自然に距離を縮めることができ、いまでは定期的に合同訓練なども行なうようになっている。
これによってメイルグラードの防衛力は倍増したとまで言われていた。
「母上も、過去には添い遂げたいと願った男性がいたそうだ」
しかしその男性は、辺境の開拓を進めるなか、魔物との戦いによって命を落とした。
ただ、仮に彼が生きていたとして、そして添い遂げたとしても、ヒューマンだったその男性が寿命を迎えて死ねば、長命のダークエルフであるオルタンスはひとり遺されることになる。
「そのことに思い至ってから、母上は特定の誰かと深く関わることを避けるようになったそうだ」
ウィリアムとともに冒険者ギルドへ顔を出していたイザベルは、オルタンスとも仲がよかった。
そしてある日、夫と彼女が関係を持ったことを知る。
『イザベルちゃんがいなかったら、パパとは結婚しなかったでしょうねぇ』
しみじみとそう語っていた母の姿を、アラーナは思い出す。
冒険者となったアラーナはギルドに通うようになり、母の過去を噂話のようなかたちで聞くことになった。
父と結婚する前、多くの男性と関係を持ったという話を聞いて、あまりいい気分にはならなかったし、一度母に問いかけて事実だったと答えられたときは、少なからずショックを受けた。
しかし、父ウィリアムも複数の女性を妻に迎えているし、メイルグラードの風潮から女性も性におおらかな人が多いことはなんとなく感じ取っていたので、母を嫌うというところまではいかなかった。
ただ、男女に関する話題は、自然に避けていたように思う。
(ヨーイチ殿の、おかげなのかな)
アラーナが母から父との馴れ初めを聞いたのは、陽一と出会ったあとのことだ。
あまりに赤裸々に話されるものだから、少し引いてしまったのだが……。
余談ではあるが、アラーナの純潔が陽一と出会うまで守られていた背景には、セレスタンの存在があった。
祖父バカの彼は、孫娘につきそうな悪い虫を手当たり次第に駆除していたのだ。
「で、イザベルさんはオルタンスさんをどうやって説得したの?」
「さてな。それはふたりの秘密らしい」
そう言って、アラーナはフッとほほ笑んだ。
○●○●
「……あのー、ええ話聞かしてもうてこんなん言うんもアレやけど、うちらなんの話してたっけ?」
「寝室の前に残してきた近衛兵の話だろう?」
「あー、せやった!」
陽一が見たところ、あの女性兵士は先輩である男性兵士に少なからず想いを寄せているように見えた。
しかし、相手のほうにはその気が……というより、そのケがなさそうである。
あの場を離れる前に見た彼女は、なにやら打ちのめされている様子だった。
そこを話し上手のイザベル夫人につけこまれれば……。
「ま、俺らにゃ関係ないか」
陽一の言葉に、一同はそれぞれ苦笑を漏らしたり肩をすくめたり、うんうんと頷いたりした。
「あのー、アラーナ。最後にひとつだけいいかしら?」
話が一段落つきそうなところで、花梨がおずおずと手を挙げる。
「ウィリアムさんって、男性もイケるクチ?」
「おい、花梨」
花梨の唐突な質問に陽一はつっこんだが、実里とシーハンは興味津々といった視線をアラーナに向けた。
「ふふっ……さて、どうかな。そういう話を聞いた覚えはないが……」
そしてアラーナは、肩をすくめながらそう答えるのだった。
そうやって少しのんびりとした時間を過ごしていたところ、にわかに部屋の外が騒がしくなってきた。
「お待ちください、ご主人さま!」
「ええい、どけっ!」
「ダメです! おね――アラーナさまはまだこちらに到着したばかりなのですから、いきなり部屋に踏み込むなど……」
「うるさい! どけっ!!」
「きゃあっ……!」
ドタバタと男女が揉める物音のあと、乱暴にドアが開け放たれた。
「姉さま! 僕に、会いにきてくれたんだね!?」
そこには目を血走らせたヘンリーの姿があった。
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