第15話 姫騎士からの報告

「さぁ、用はすんだでしょう? あなたたちもさっさと帰って!!」


 ウィリアムと夫人が寝室に戻り、少し経って落ち着いたところで、女性兵士がアラーナたちに向かって吐き捨てるように告げた。


「帰れと言われても、ここが王都の我が家なのだがな」

「あ、揚げ足を取らないでよ! だったらどっか行って!! いっそ辺境へ帰ってよーっ!!」


 声は大きいが、彼女の言葉に最初のような鋭さはなかった。

 ウィリアムの登場で、すっかりペースを崩されたようだ。


「ふむ……では父上から全権を任されたことだし、君らに話を聞いてもらおうか」

「どっか行ってって言ったのが聞こえなかったの!? あなたたちと話すことなんてなにもないわよ!!」

「まぁまぁ君、落ち着きなさい」


 いまにも噛みつきそうな様子の女性兵士とアラーナのあいだに、男性兵士が割って入る。


「とりあえず、聞くだけは聞きますが、だからといってなにができるわけでもありませんよ? なにせ我々は一介の近衛兵に過ぎないのですから」

「うむ、それならそれでかまわん。まずは話を聞いてもらって、それでも関心がないというのであれば、あらためて私のほうでしかるべきところに訴え出るまでのことだ」

「ふんっ! 反逆者の娘がなにを言ったって、誰が耳を貸すもんですか!」

「おいおい……」


 女性兵士がわざとらしく悪態をつき、それを見て男性兵士は苦笑を漏らす。


「ふむ、反逆者というが、そもそも父上に叛乱の疑いありと言い出したのはコルボーン伯爵だろう?」

「だからなんだっていうのよ?」

「その伯爵が、明らかな犯罪行為に加担しているとすれば?」

「なんですって?」

「彼の訴えが、サリス家に対する私怨しえん、あるいは犯罪行為を隠匿するためのものだとすれば? その訴えに正当性はあるか?」

「なに馬鹿なことを――」


 女性兵士の言葉を、男性兵士が手を挙げて制する。


「とにかく、聞かせてもらいましょうか」


 アラーナは先ほどゲンベルに襲われたこと、そして過去にさかのぼってジャナの森での暴行未遂について話し、さらに陽一が以前ウィリアムに渡したのと同じ捜査資料も見せた。


 ただ、アマンダのことは伏せておいた。

 現時点で王都に魔人がいるとなれば、どんな混乱に陥るかわかったものではないからだ。


「なんとまぁ……」

「こ、これが事実なら、コルボーン伯爵って最低なやつじゃない……」

「そんな最低なやつの言葉に、王都のお歴々はいいように振り回されているようだが?」


 アラーナの言葉に、資料を見ていた女性兵士が顔を上げ、眉を上げる。


「こ、こんなもの、でっち上げの証拠かもしれないでしょう!?」

「そうだな。しかし今回は証人がいるぞ」

「う……」


 王都を訪れたアラーナを監禁し、蹂躙する。

 その計画に関わったケネスとレナードはすでに拘束しているし、ゲンベルらも例の屋敷に閉じ込めていた。


「あなたを襲おうとした暴漢どもも、生きているのですね?」

「ああ。殺す価値もないのでな」


 男性兵士の問いかけに、アラーナは無感情に答えた。

 皆殺しにしても構わなかったが、あのくだらない男どもの血で自らの武器を汚したくなかったのだ。


「これは……僕たちには少し荷が重い情報ですね」

「そんな。たかが冒険者の戯れ言でしょう? 無視すればいいじゃないですか!」

「そういうわけにはいかない。彼女はいまサリス辺境伯の名代としてここにいるわけだし、これだけの資料と、証人まで揃えているんだ。無視してあとで問題になるほうが怖い」

「むぅ……」


 不機嫌そうに口を尖らせる後輩を無視して、男性兵士は陽一が用意した資料の紙束を掲げる。


「これは、いったんこちらで預かってもよろしいですか?」

「うむ。複製はあるのでそれは差し上げよう」

「ありがとうございます。それでは君、しばらくここは任せたよ」


 アラーナに一礼した男性兵士は、後輩に告げた。


「え?」

「私はこれを持って王城に行く。そうだな……宰相閣下に判断を仰ぐとしよう」

「え、ちょ……センパイ?」

「アラーナ殿、証人はまだしばらくのあいだそちらにお任せしてもよろしいですか?」

「うむ、心得た」

「ではしつれ――」

「センパイ待ってください!!」


 踵を返し、駆け出そうとした男性兵士を、女性兵士が必死の形相で呼び止める。


「……どうした?」

「あ、あの……私、ひとりで残るんですか……?」

「ああ、そうなるが、なにか問題でも?」

「えっと、問題というか、なんというか……」


 そこで女性兵士はチラリと寝室のドアを見た。その顔には、怯えが見て取れる。


「あの、さっきみたいに、誘われたら……センパイがいないと、その、断りきれないかも……」

「だったら君も交ぜてもらえばいいだろぉ!!」

「……え?」


 思いも寄らぬ先輩兵士の言葉に、女性兵士は目を白黒させた。


「さっき夫人が言ってたとおり、あの人たちはべつに見張りがいようといまいとここを抜け出したりはしないよ! だったら君があの中に混じったところで、大して問題はないさ!」

「え? え?」

「まったく、できれば代わってほしいくらいだよ!! でも、この情報は下手なところに出すことのできない、とても重要なものだ。宰相閣下にお伝えするのが最善だろう。でも、君じゃあ閣下に直接取り次いではもらえないだろう!? だから僕が行くしかないんだ!! できることなら僕が残って、辺境伯のあの大きな……チクショウ! 羨ましいなっ……!!」

「そんな……センパイ……?」

「とにかく! この場は君に任せるから、好きに過ごせばいいさ!! ただし、持ち場を離れることだけは許可しない。いいね!?」


 それだけ言い残して、男性兵士は資料を抱えて駆け去っていった。


「え……ちょ……ええっ!?」


 結局、残された女性兵士は驚きに目を見開きながらも、ただ呆然と輩兵士の背中を目で追い、それが見えなくなるなりがくりとうなだれた。


「さて、用も済んだし、私たちもこの場を去るとしよう。君の望みどおりにな」


 そんな姫騎士の言葉を耳にした女性兵士が、弾かれたように顔を上げる。


「ま……待って……!」

「悪いな。我々も暇じゃないんだ。ヘイゼル、どこか空いている部屋に案内してくれないか?」

「はい……こちらへどうぞ」

「いや……ひとりに、しないで……」


 追いすがろうとしてきた女性兵士を、アラーナは手を上げて制した。


「持ち場を離れるな。そう、命令されただろう?」

「で、でも……」

「君は、栄えある近衛兵ではないのか? ならば上官の命令には従うべきだ」

「うぅ……」


 さらに一歩踏み出そうとした彼女は、姫騎士の言葉を受け、短槍を支えになんとか踏みとどまった。


「ではヨーイチ殿、いこうか。ヘイゼル、頼む」

「お、おう」「はい、こちらへ……」


 短槍にしがみついて、よろめきつつも立っていた女性兵士だったが、アラーナたちの姿が見えなくなると、へなへなとその場にへたり込み、短槍を手放した。

 カランと乾いた音を立て、短槍が床に転がる。


 ――ガチャリ……ギィ……。


 そしてタイミングを見計らったように、寝室のドアが開いた。


○●○●


 陽一らが案内されたのは、屋敷の中でもかなり広い部屋だった。

 ウィリアムの寝室のようにバスルーム完備とまではいかないが、大人が4~5人寝転がっても余裕のありそうなベッドがあり、10人ほどがゆったりと過ごせるだけのテーブルや椅子、ソファなどが備えつけられていた。


 そこをホームポイントに設定したうえで、陽一は『グランコート2503』へ【帰還】し、花梨、実里、シーハンを連れてきた。

 彼女らに異世界でなく日本で待っていてもらったのは、あちらならどこにいても連絡が取れるからだ。


 一応メイルグラードのスミス工房にも顔を出したが、サマンサは忙しいとのことで同行しなかった。

 あまり他人のお家事情には興味がないらしい。

 それに、王国一の錬金鍛冶師はなにかと忙しいのだ。


「えっと、その近衛兵の女の子、大丈夫なの?」


 陽一とアラーナからこれまでの経緯を聞かされたあと、花梨の口からまずそんな言葉が出た。


「あ、俺もそれ、気になってたんだけど」

「心配するな。父上は望まぬ相手を手籠めにするような方ではない」

「じゃあ、その娘が本当に嫌がったら、平気なんだね?」

「ああ、もちろんだとも。ただ……」


 実里の問いかけに頷いたアラーナが、ふと表情を険しくする。


「なんか問題でもあるんか?」

「うむ、奥さまがおられるからなぁ」

「奥さまって、あの金髪のお姉さま?」


 陽一は先ほど見かけた、豊かな金髪を揺らすガウン姿の女性を思い浮かべる。


「うむ。名をイザベルさまといってな。父上の正妻なのだ」


 アラーナに数名の姉がいて、ウィリアムが複数の妻をめとっているということを陽一は以前に聞かされていたが、オルタンス以外の夫人に会うのは今回が初めてだった。

 寝室にいたほかのふたりは側室なのだろう。


「あの人がいたら、なにかあるのか?」

「まぁ、なんというか、とても魅力的で、話の上手な方でなぁ」

「もしかして、あの奧さんにいいように言いくるめられちゃうとか?」

「ないとは、言いきれん。なにせ母上と父上が結婚したのも、奥さまの助力によるところが大きいらしいし……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る