第13話 サリス家王都別邸
屋敷の外では、ケネスとレナードが御者台に座って玄関の様子を見ていた。
「うまく、いきましたかね?」
「大丈夫だろう。ひとりめが始めたら報せをもらう約束だから、そろそろではないかな」
このふたりはゲンベルの計画を知っており、それがうまくいけばアラーナがどんな目に遭うかも理解していた。
「どうする? 俺たちも交ぜてもらうか?」
「あはは……いえ、僕は遠慮しときます」
妹が美人局で捕まった事件以来、レナードはそういうことを避けるようになっていた。
「そうか、なら馬車の番をしばらくまかせようかな」
一方、ケネスはあわよくば交ぜてもらうつもりのようだ。
そうこうしているうちに、玄関のドアが再び開く。
「お、来たか」
「……先輩、待ってください!」
立ち上がり、馭者台を降りようとするケネスを、レナードが止める。
「あれ……姫騎士じゃないですか?」
「なに?」
荒れ放題の庭を歩いてくるふたりのうち、ひとりはたしかにアラーナだった。
そして、さらに目をこらせば、その隣にいるのが陽一であることもすぐにわかるだろう。
「そ、そんな……」
ふたりが呆然としているあいだに、陽一とアラーナは馬車の近くまで戻ってきた。
「随分雑なもてなしだったな。それに、残念ながらパトリック殿は不在だったぞ」
「馬鹿なっ! 貴様ら、なぜ無事なんだ!?」
「ふむ、ということは、やはり貴様らも共犯か」
それは【鑑定+】で事前にわかっていたことでもあるが、本人の口から自白とも取れる言葉が出たことに、アラーナは大きく頷いた。
「そんな……媚薬で姫騎士の動きを封じると聞いたから、僕は……」
「つまり、計画の詳しい内容まで知っていたというわけか。それはなおさら罪深いな」
「あ……いや……」
うろたえるふたりに、アラーナは大げさに肩をすくめて見せた。
「というか、あの程度の戦力で我らをどうにかできると、本気で思っていたのか?」
「う、うるさい! 貴様さえ……姫騎士さえどうにかできていれば……」
「いやいや、仮に私が動けなくなったとしても、ヨーイチ殿なら片手で制圧できたぞ、あの程度は」
「嘘をつけ! 姫騎士の腰巾着に、それほどの実力があるものか!!」
そう吐き捨てたケネスを見て、陽一とアラーナは互いに顔を合わせ、ほとんど同時に苦笑を漏らした。
「
「あれは、過大に報告されただけで……」
「逆だ。混乱を避けるため、戦果はむしろ過小に報告されている」
「そんな……」
呆然とたたずむケネスの傍らにいたレナードが、勢いよく頭を下げた。
「も、申し訳ありませんでした!! こ、今度こそちゃんと伯爵のもとへ送り届けますので、なにとぞお許しを」
「パトリックのもとへは行かないぞ」
「え……?」
アラーナの返答に、レナードはポカンとした表情で顔を上げた。
「馬車はもちろん出してもらうが、行き先はサリス家の邸宅だ」
「そ、それは……」
「さぁ、ヨーイチ殿。もう少し馬車でゆっくりしようか」
「おっけー」
「ま、待ってくださ――ひっ……!」
馬車に乗り込もうとするふたりを止めようとしたレナードだったが、アラーナに睨まれて小さく悲鳴を漏らす。
「もう一度言うが、行き先はサリス家の邸宅だ。馬車が停まったとき、別の場所にいたりどちらかひとりが欠けていたりすれば、どうなるかわかっているな?」
「え……あ……」
「じゃよろしくー」
レナードが返事をする前にアラーナは車内に入り、陽一もひと声だけかけてあとに続くのだった。
○●○●
馬車が停まり扉を開けると、そこはサリス家の邸宅だった。
どうやらケネスとレナードに、アラーナに逆らう度胸はなかったらしい。
「そ、それでは、僕たちはこれで――」
レナードはそう言って発進しようとしたが、その前にアラーナの投げた二丁斧槍の片方が、御者台近くに刺さった。
「ひぃっ……!?」
「ふたりとも降りてこい。次は首を落とすぞ?」
二丁斧槍のうち残る一方を誇示され、そう告げられたふたりは、がっくりとうなだれて馬車を降りた。
「これはこれはお嬢さま! ようこそいらっしゃいました!!」
門衛のひとりがアラーナに気づき、駆け寄ってくる。
顔に大きな傷のある初老の男だった。
「そういうしゃべり方はやめてください。今日は冒険者としてきているのですから」
「そうかそうか。そう言ってくれるとこっちもやりやすいよ。ただ、俺も引退して長いんだ。敬語はよしてくれ」
その男はもともと、メイルグラードではかなり名の知れた冒険者だった。
加齢によって体力の衰えを感じて引退を考え始めたころ、ウィリアムにスカウトされて防衛軍に入り、王都邸宅の門衛になったという経歴を持っている。
冒険者としてはアラーナの先輩にあたるため、彼女に対して気軽な口を叩けるのだ。
「それで、やっぱり旦那さまの件かい?」
「ええ、まぁ」
「そうかい。で、なんで嬢ちゃんが本家サマの馬車で送られてくるんだい?」
「手厚い歓迎をうけたのでね。ついでといってはなんだが、あちらのふたりを拘束してくれ」
アラーナの視線を受けたコルボーン家の騎士ふたりは、恐怖のせいですっかり縮こまっていた。
「拘束って……そいつらは本家の騎士じゃなねぇのかい?」
「ああ、そうなんだが、じつは……」
アラーナから事情を聞いた門衛は怒りに顔を紅潮させたが、姫騎士になだめられて落ち着き、部下に指示してふたりを拘束させた。
「それで、そっちの兄ちゃんが噂の色男かい?」
一段落したところで、門衛は陽一を見て訪ねた。
「あーえっと、はじめまして。トコロテンのヨーイチです」
「おう。俺はここに勤めさせてもらってるガイルってもんだ」
ガイルと名乗った男は、口元に笑みを浮かべつつも鋭い視線を陽一に向けていたが、ほどなくフッと表情を和らげた。
「さすが姫騎士が認めるだけあって、相当な実力者だな」
どうやらガイルは、陽一のたたずまいを見て、その実力を察したらしい。
「いやぁ、まぁ、なんというか、師匠のおかげですかねぇ。ちょっと前までは武器だけがとりえで、まともに戦えるようになったのは、ほんと最近なんで」
「師匠?」
「ヨーイチ殿はお祖父さまに鍛えていただいているのだ」
アラーナがそう補足すると、首を傾げていたガイルが大きく目を見開いた。
「へぇっ! あのギルマスに!? そりゃすげぇわけだ」
「あはは……」
さすがメイルグラード出身の冒険者だけあって、セレスタンの実力をよく知っているらしい。
「なるほどなぁ。将を射んと欲すればなんとやらってやつか。姫騎士の心を射止めるには、ギルマスに認められるような男じゃねぇとなぁ」
「それは違うぞ、ガイル殿」
ガイルの言葉に、こちらにも似たようなことわざがあるのだな、と感心していた陽一の傍らで、アラーナが異を唱える。
「ヨーイチ殿は出会ったときから強くて賢い男性だったのだ。たしかにお祖父さまに鍛えられてから多少は成長したが、そんなものは誤差の範囲だな」
「お、おい、アラーナ……」
「がははは! なんだ、ひと目惚れってヤツか!! 羨ましいねぇ」
そうやって3人が談笑しているところに、メイドがひとり近づいてきた。
「あ、あの……お帰りなさいませ、お嬢さま……」
少し背の低い、亜麻色の髪が印象的なそのメイドは、アラーナをチラリと見たあと、か細い声でそう言って頭を下げた。
「おお、ヘイゼルではないか、久しいな!」
そこでアラーナは談笑を中断し、ヘイゼルに歩み寄ると、彼女をふわりと抱きしめた。
「えっ? あの――」
「ヘイゼル、元気にしていたか? 怪我などはしていないか?」
「えっ? えっ?」
しばらくぶりに再会した主人の姉に、いきなり抱きつかれたあげく心配されたヘイゼルは、わけもわからず戸惑いの声を上げる。
「ひどい目にあっていないか? つらいことがあるなら、いつでも私に――」
「アラーナ」
ヘイゼルへの抱擁をといたあとも彼女の肩を優しくつかみ、目を見てそう告げるアラーナを窘めるように、陽一は彼女の名を呼んだ。
「あ、ああ。すまない、久々に顔を見たものだから、つい……」
「はぁ……」
もともとはそれほど親しくもないふたりである。
久々に顔を見たと言うが、そもそも顔を合わせること自体あまりなく、今回に限ってなぜアラーナがこのような態度を取るのか、ヘイゼルにとっては疑問であり、首を傾げるしかなかった。
「コホン! それで、ヘンリーはいるのか?」
「い、いえ……。ご主人さまはただいま本家のほうに……」
「む、そうか」
ヘンリーが不在であることは、事前に【鑑定+】で確認済みだ。
ただ、最初から弟の不在を知っているのは不自然なので、あえて尋ねたのだった。
ゲンベルの計画がうまくいけば、アラーナは弟の前で辱められる予定だったので、そのために呼び出されたのだろう。
そのついでに洗脳の重ねがけ、といったところか。
「うむ、いないのなら仕方がない。ではすまないが、父上のところに案内してもらえるか?」
「あの……旦那さまはいま……」
「部屋に閉じ込められて見張りがついているのだろう? かまわん。緊急事態だ。部屋の前まで案内してもらえれば、あとは私でなんとかする」
「で、ですが……」
困ったような表情で上目遣いに見つめてくるヘイゼルにアラーナはちょっとした庇護抑をかき立てられたが、心の中で頭を振り、あえて表情を消して口を開く。
「いまは私がサリス家当主代行だ。君はヘンリーの側仕えかもしれんが、雇い主は父上であり、その権利をいまの私は有している。主人の命令には従ってもらおう」
「あ……」
冷たい口調でそう告げられたヘイゼルは、アラーナを見つめたままポッと頬を染めた。
「ん、どうした?」
「あ、いえ……その、申し訳ございません……。ご案内、いたします」
「うむ、よろしい!」
「ぁぅ……」
そんな若い女性ふたりのやりとりを、いい年のおっさんふたりがぼんやりと眺めている。
「なぁ、ヨーイチさんよ」
「はい?」
「あのふたりのこと見てると、俺ぁなんだかドキドキしちまうんだが、おかしいのかな?」
「いいえ、ガイルさんは至って正常ですよ。なにせあれは、尊いものですから」
「尊い?」
「はい。尊いものを目にすると、人は胸の高鳴りを覚えるものなんです」
「そうか……尊い、か……」
ヘイゼルと、それに続いてアラーナが歩き始めたので、陽一はガイルとひと言あいさつを交わしてその場を離れた。
ガイルは屋敷に入っていく3人の姿を、しばらくぼんやりと眺めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます