第12話 復讐のゲンベル

 アラーナにしてみれば、思い出す価値のない顔である。

 しかし、動きを封じられたうえで服を裂かれ、性器に媚薬を塗りたくられ、あわや犯されそうになった相手でもあり、顔を見れば、すぐに何者かは思い出した。


 思い出したところで、少々不快という程度の感情しか湧き起こらなかったが。


「久しいな。ほかのふたりはどうした?」

「あいつらならぶっ殺しちまったよ。俺に全部おっかぶせて、テメェらだけ助かろうとしたんだから自業自得だよな」


 アラーナにインキュバスの媚薬を使ったゲンベルは、自身にもサキュバスの媚薬を塗った。

 いざ姫騎士を犯そうとしたものの、怖じ気づいてしまった自分をふるたせるためである。


 そんな媚薬の副作用で理性を失っていたゲンベルは、陽一のに応じた残るふたりの仲間によって拘束された。

 そして王都への帰り道、媚薬の効果が切れて理性を取り戻したこの男は、持ち前の器用さで拘束から逃れ、仲間だったふたりを殺害し、所持金を奪って姿をくらましていたのだった。


「馬鹿な奴らだよなぁ。仮に王都へ帰ったとしても、姫騎士を逃しちまった以上、いずれ捕まるに決まってるのによぉ」

「ふむ、それはたしかにそのとおりだな」


 もしゲンベルにすべての罪を負わせたとしても、後日ウィリアムからの訴えがあれば、残るふたりもアラーナを襲った罪に問われていただろう。

 そうなれば、パトリックは部下の暴走ということにして、ふたりを切り捨てていたに違いないのだ。

 それ以前に、姫騎士を襲いながらも捕らえられず、手ぶらで帰った時点で処分されていただろうが。


「それで、いまさら私の前に現われて、貴様はいったいなにがしたいのだ? 謝罪でもするつもりか」

「謝罪? 俺がアンタに謝罪だって!? ぎゃはははは! おもしれぇことをいうなぁ、姫騎士さんはよぉ」


 自分より背の高い姫騎士を見上げながら、ゲンベルはわざとらしく舌なめずりをした。


「男がよぉ、落としそびれた女を前にしたら、やるこたぁひとつだろうが」

「どうせロクでもない理由なのだろうな」

「とんでもねぇ! 俺にとっちゃあこのうえなく崇高な目的なんだよぉ!」


 そこで男は、パチンと指を鳴らした。


 すると、広間の奥から十数名の男がゾロゾロと現われた。


「さぁ、あのときの続きをしようぜぇ、姫騎士さんよぉ」


 ゲンベルがよだれを垂らしながらそう言うと、現われた男たちは同じように下卑げひた笑みを浮かべながら、アラーナと陽一を半包囲した。


「イキがるのはかまわんが、たったこれだけの人数で私をなんとかできると思っているのか?」

「ははっ! 普通なら無理だろうなぁ……」

「普通もなにも、貴様ごときがいくら策をろうしたところで、おくれを取る私ではないぞ?」

「どうかな……ククク……」


 くぐもった笑いを漏らしながら、ゲンベルは腰に差した短剣を抜いた。

 それに続いて、ほかの男たちもそれぞれ武器を構え始める。


「なぁ、姫騎士よぉ……そろそろ頭がぼーっとしてきたんじゃないか? 俺たちが武器を取り出す間を与えるなんざ、らしくねぇじゃねぇか」


 ゲンベルの言葉に、アラーナは眉を寄せて首を傾げる。


「どうした? えぇ? うずいてきたんじゃねぇのか?」


 アラーナの股間を凝視しながら、ゲンベルは手にした短剣の刃に舌を這わせた。


「気づいてねぇかもしれねぇがよぉ。この部屋にゃあインキュバスの媚薬が充満してるんだよぉ」


 霧状にした媚薬を充満させ、アラーナの動きを封じる。

 これがゲンベルの作戦だった。


「なるほど、言われてみれば卑猥な匂いがするな」


 鼻をスンとならしたあと、アラーナはそう呟いた。


「しかし、私の動きを封じたとして、ヨーイチ殿はどうする?」

「ははっ! 姫騎士の腰巾着なんざ、不意打ちさえされなきゃ怖かねぇよ!」


 その言葉が合図となったのか、数名の男が陽一を取り囲み、刃を向けた。


「おおっと」


 囲まれた陽一は、その場で両手を上げた。


「へへ……腰抜け野郎が。そこで愛しの姫騎士が犯されんのを指くわえてみてな」


 陽一を一瞥したゲンベルは、すぐにアラーナへと視線を戻した。


「それで、どうなんだ? もうあそこはぐちょぐちょなんだろ?」

「さて、どうかな」

「ちっ……強情なお姫さんだぜ……」


 ここでゲンベルは、前回のことを思い出す。

 性器に直接媚薬を塗られたにも関わらず、快感に耐え抜こうとした姫騎士の姿を。


「その態度が、いつまでもつかなぁ?」


 平然としているが、こうして取り囲まれ、仲間に剣を向けられても反撃のそぶりすら見せないということは、少なからず媚薬の効果が出ているに違いないと、ゲンベルはそう考えた。


「そうだなぁ……。それじゃあ姫騎士さんよ、てめえで触って、ぐちょぐちょに濡れてることを見せてくれや」

「うむ、よかろう」


 ゲンベルの言葉を受けたアラーナは、躊躇ちゅうちょなくワンピースの裾をたくし上げ、ショーツに手を突っ込んだ。


「おお……」


 その姿に、ゲンベルを始めとする男たちのあいだから、感嘆の声が漏れる。

「おほぉ……すげぇ……」

「はははっ! やっぱぐっちょぐちょに濡れまくってんじゃねぇか!」

「そのようだな」

「ククク……こうなると、その冷めた態度も悪かねぇな」

「そうか」


 そこへ、ひとりの男が前に出てきた。


「なぁ、ゲンベルよぉ! 俺がいちばんでいいんだよなぁ!?」

「ああ、いいぜ。クジで決めたんだからよ」


 どうやらこの男たちは、事前にアラーナを犯す順番を決めていたらしい。


「本当にいいんだな?」

「かまやしねぇよ。どうせ姫騎士の膜なんざあっちの男に破られてんだろ。だったら何番目だって関係ねぇや」

「へへへ……そういうことなら、遠慮なくいかせてもらうぜ」


 男は自身のベルトに手をかけながら、アラーナへとにじり寄ってくる。


「さっさと終わらせろよ! あとがつかえてんだからよぉ」

「早くしてくれぇ……待ちきれねぇぞおい……」

「っつーか尻も口も空いてんだから、一緒にやっちまったほうがはやいだろうがよー」

「ばか、おめー、それは一巡してからって約束だろ? まずはひとりずつ堪能させろや」

「そうだぜ、待つのも見るのも楽しみなんだからよ」

 周りから、男をはやし立てる声が次々に出始める。そんななかにあって、アラーナは無表情のままただ立ち尽くし、陽一も両手を上げて様子を見ていた。

「どんな気分だ姫騎士さんよ? これだけの男を相手にさせられるっつーのはよ?」


 抵抗のそぶりはおろか、怯えた様子も怒った様子も見せない姫騎士の姿に、ゲンベルもいよいよ媚薬が効いたかとはずかしめるような言葉を投げかける。


「逆に問いたいのだが、この程度の人数で私の相手が務まると思っているのか?」

「ははっ! こりゃ頼もしい!! 姫騎士サマはアッチのほうも英雄並みってか? こいつぁ調教のしがいがあるってもんだ!」

「調教だと?」

「そうだとも。姫騎士を汚ぇ男の×××なしじゃ生きていけねぇってところまでしっかり仕込んでやりゃあよ、伯爵様も満足してくださるってもんだ」

「伯爵……では、これにはパトリックも絡んでいるのか?」

「おうとも。騎士に伝手つてがあったんでな、もちかけたら喜んで乗ってくれたよ。うまくいけば前回の失敗もチャラにしてくれて、たんまり報酬ももらえるってよぉ」


 ここでいう伝手というのは、ケネスのことである。


 彼は出世のために何度か汚い手段を使ったことがあり、その際にゲンベルのようなタチの悪い冒険者に助力を依頼したことがあったのだ。

 もちろん、ギルドは通さずに。


「しかし貴族様ってのもなに考えてんだろうなぁ。なんでも姫騎士が汚ぇ男どもに犯されまくってる姿をよ、お前さんの弟に見せてやりたいんだとよ」

「ほう……」


 これまで無表情だったアラーナがわずかに眉をひそめたが、得意げに話すゲンベルは気づかなかった。


「目の前で汚される姉の姿を見て、弟はどんな顔をするんだろうなぁって、なかなかいい趣味してるじゃねぇか」

「まったく、つまらんことを考える……」

「おい! もういいだろゲンベル!!」


 そこへ、アラーナへにじり寄っていた男が声を上げる。


「いい加減待ちくたびれたぞ! もうヤっていいんだよな!?」


 この男、ゲンベルとアラーナが会話を始めたとみて、わざわざ待っていたのだった。

 なかなか律儀な男である。


「わりぃな、好きにしていいぜ」

「おほっ! もう、なにがあっても止まらねぇぜ!?」


 男はアラーナに向き直り、再び自身のベルトに手をかけた。


「貴様が最初に相手をしてくれるのか?」

「おう、そうだぜぇ! 噂の姫騎士さんは、どんな味がするのか――ひゅ……?」


 ベルトをはずし、ズボンを下ろしながらにじり寄っていた男だったが、突然言葉が途切れその場に倒れた。


「おいおい、そんなに早いんじゃあ私は満足しないぞ?」


 倒れた男を見下ろしながらつまらなそうに呟くアラーナは、先ほどから微動だにしていないように見えた。


「て、てめぇ、なにしやがった……?」


 あとずさりし、軽く腰を落として警戒しながら、ゲンベルが尋ねる。


「普通に殴っただけだが? まったく、一撃で沈むとは情けない」

「な、なんで動ける……? てめぇ、媚薬でおかしくなってんじゃあ……」

「効いてないんじゃないか?」

「そんなわけあるかっ!!」


 吐き捨てるように言ったあと、ゲンベルはまだ愛液が絡みついたままの、アラーナの手を指さした。


「そんだけ×××ぐちょぐちょにしといて、効いてねぇわけがねぇ!! 頭がぼーっとして、立っているのがやっとなはずだ!!」

「ふむ」


 そこでアラーナは、その場で腕をぐるぐると回したり、屈伸や軽いジャンプをしたりした。


「身体は問題なく動くな」


 続けて手に視線を落とす。すると、手の周りが淡く光り、まとわりついていたものがきれいさっぱり消えた。


「魔術も普通に使えるようだぞ」

「ばかな……」

「あと、頭がどうこうという話だが、先ほどから普通に会話ができているではないか」

「で、でもよ……さっきは俺の言いなりみたいに、自分からパンツに手ぇ突っ込んで、触ってたじゃねぇか!!」

「言われてみれば違和感があったから、触って確認しただけだが?」

「うそだろ……。あんだけ濡らしまくって、なんともねぇってのかよ……」


 ゲンベルの言葉に、アラーナはフッと苦笑を漏らす。


「知らんのか? 女というのは身体がどう反応しようと、心が伴わなければ、なにも起こっていないのと同じなのだぞ」

「なん、だと……?」


 20世紀もあと少しで終わろうかというころ、とある狭心症の薬に、勃起を促す作用が認められた。

 やがてそれは男性の性生活向上を補助する薬品として、世界中で重宝されることになった。


 ならばと、女性向けに似たような薬ができないかということで、同じような薬品が開発された。

 被験者の血管を拡張させ、脊椎や陰部の血流を増加させるという、男性向け勃起不全改善薬とほとんど同じ効果を得ることができた。

 しかしその薬品を使用した女性が、なにかしらの性的な興奮を覚えることはほとんどなかった。

 男性に置き換えれば勃起と同じ作用が身体に出ているにも関わらず、だ。


 アラーナの言うとおり、女性は身体になにかしら性的な反応が出たからといって、それが性的な興奮に繋がるわけではない、ということが科学的に証明されたわけだ。


「ばかな……インキュバスの媚薬だぞ……?」


 ならば女性に有効な媚薬のようなものが存在しないか、というと、そういうわけでもない。


 抗うつ剤の一種に、女性の性的興奮を促す作用があることが確認されている。女性を性的に興奮させたければ、陰部だけでなく脳になにかしらの刺激が必要だということだ。


「指で触れただけでもイッちまう女がいるくれぇ、やべぇ媚薬なんだぞ!? いくら薄めたからって、効かねぇわけがねぇんだ!!」


 インキュバスの媚薬というのは、さすが異世界最高を誇る女性向け媚薬というだけあって、身体と心の両方に効果があった。

 実際、前回はアラーナも身体が反応しただけでなく、不本意ながら性的な興奮も覚えていたのだ。


「さて、前回ので耐性ができたかな?」


 薬物などによって無理やり性的な興奮を引き出されることは、魅了や催淫といった状態異常にあたる。

 そのため【健康体β】によってそれは無効化されるのだった。


 身体への作用についてはただ血流が向上しただけのことであり、愛液の過剰な分泌もちょっとした副作用程度のものなので、無効化されなかった。

 とはいえ、それらの作用も媚薬の効果であると認識したため、いまは愛液の分泌もおさまっている。


 本人がそれらの変化を好意的に受け止めれば、カジノの町でシャーロットを交えて痴態を演じたときのように媚薬の効果を享受することも可能だが、当然ながらアラーナはゲンベルを相手に欲情することをよしとしなかった。


「うそつけ! そんな生やさしいシロモンじゃねぇんだよ、この媚薬はよぉ!!」

「だが効いていないのは事実だ。それで、どうする? 先ほども聞いたが、この程度の人数で私の相手が務まるのか?」

「ぐっ……」


 さらに数歩あとずさったゲンベルだったが、なにかを思いついたように顔を上げた。


「そうだ! 忘れちゃいねぇか人質の存在をよぉ! てめぇの男がどうなってもいいってんなら――へ?」


 そう言いながらゲンベルが陽一のほうへ目を向けると、彼を取り囲んでいた数名の冒険者が、バタバタとその場に倒れていくのが見えた。


「俺も結構素手で戦えるようになったよな。ほんと、師匠に感謝だよ」


 パンパンとほこりを払うように手を叩きながら、陽一はこともなげにそういった。


「な、なんだよ……話がちがうじゃねぇか……」

「言っておくがヨーイチ殿は私と同じBランク冒険者だぞ?」

「あいつぁ姫騎士の腰巾着で、実力はねぇって噂じゃ……」

「あはは、俺ってそう思われてんのね。まぁいいけどさ」


 肩をすくめる陽一を見て、アラーナは苦笑を漏らす。

 そしてすぐに、ゲンベルへ視線を戻した。


「もう一度言うが、ヨーイチ殿はBランク冒険者だ。つまり、実力だけならAランクを優に超えているのだぞ?」

「そ、そんな……」

「さて」


 アラーナの両手に、二丁斧槍が現われた。


「ひぃ……」


 それを見て、ゲンベルの顔に恐怖が浮かび上がる。

 周りの男たちも、それぞれ恐怖に震えたり、武器を捨ててひざまずいたりしているが、逃げ出そうとする者はいなかった。腐っても彼らは冒険者である。

 勝ち目のない敵を前にして、目を離すということがどういうことかは、身体が覚えているのだった。


「私にとって、貴様など取るに足らん存在だ」

「だ、だったら、見逃しちゃくれねぇか……? もう、アンタにゃ関わらねぇ! 悪さもしねぇ!! な?」

「ふむ、取るに足らない存在ではあるが、歯に挟まったもやしのヒゲ程度には不快な存在でもある」

「も……もやし……」

「気にしなければ、どうということもないのだがな。しかし一度気になってしまえば、取り去らずにはいられない、そういう目障りな存在というわけだ」


 そこでアラーナは、ブンッと斧槍をひと振りした。


「ひぃっ……!」


 ゲンベルはその場にへたり込み、股間にしみを作った。

 そんな薄汚い男の姿を、姫騎士はなんの感情もない目で見下ろした。


「過去の清算、というほどたいそうなものではないが、いい機会だから始末をつけておこうか」

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