第10話 刎頸の嘆願
「ふむ、貴様らの言うとおり、私がなにをしたところで王都のギルドは動くまいよ。だが、それがどうした?」
「え?」
「私がいつ、ギルドを巻き込むと言った? これは私個人とコルボーン家との問題だ」
「いやいやアラーナ、俺たちトコロテンとそいつらの問題、だな」
「おおっと、それもそうだ」
そう言っておどけたように肩をすくめあうふたりの姿に、長身の男は眉を上げて怒りを露わにした。
「ひとりがふたりになったところでなにができる!? 多少暴れたところで警備兵に囲まれておしまいだろうがっ!!」
「だがその前に、貴様ら3人の首程度は落とせるぞ?」
「なっ……」
アラーナの言葉に、3人は首を押さえて仰け反る。
「それに、ヨーイチ殿なら警備兵が来る前に、この
「そ、そんなはったりには――」
「実際にヨーイチ殿がここを破壊し尽くすとしたらどうする?」
「そうだな。まずスタングレネードで彼らの動きを封じたら、催涙弾を打ちまくって目くらましするだろ? その混乱に紛れてロケットランチャーで目立つ建物や馬車を破壊しつつ重機関銃であたりを一掃すればいいんじゃないかな。いまの俺ならランチャーと機関銃の二丁スタイルもいけるだろうし、スキルを使えば弾の装填も本体のメンテも一瞬だから、休みなく攻撃できるぞ」
「ああ、アレとアレを組み合わせるのだな。それなら100を数える間もなくここは壊滅させられそうだ」
意味不明な単語を並べながらも、さも当たり前のようにこの
そんななか、青年兵はなんとか引きつった笑顔を浮かべることができた。
「そ……そんなくだらないこと、誰が信じるものか」
「とはいえ事実だしなぁ。言っとくけどアラーナは
「そしてここにいるヨーイチ殿こそ、10万を超える魔物の群れの、半数以上をたったひとりで殲滅しているからな」
「だな。俺にとってみれば、こんな駅ひとつ吹っ飛ばすなんてワケないし。っていうか小さすぎて物足りないな」
「ふふふ、ならいっそ、王都まるごと更地にしてみるか?」
「いいね、それ。面白そうだ」
なんとも物騒な話を世間話のように語るトコロテンのふたりを、兵士たちはそれぞれ複雑な表情で眺めていた。
王都を破壊するなどという言葉を恐れればいいのか、規模の大きすぎる話に呆れればいいのか、あるいは平然と王都を蹂躙すると言ってはばからない彼らに怒りを覚えるべきか。
そんななか、最初に反応を示したのは長身の男だった。
「は……反逆者の娘は、やはり反逆者か!!」
彼の顔には恐怖もあったが、それを怒りが上回っているようだった。
そんな男に、アラーナは無感情な顔を向ける。
「父上は叛乱の嫌疑をかけられただけで、反逆者と決まったわけではない。そして私自身もことさらに王国へ叛意を抱いているわけでもない」
そこまで言うと、アラーナは口元に笑みを浮かべた。
それは美しくもあり、同時に怖ろしくもある妖艶な笑顔だった。
「だが、王国の側からこちらの自由を脅かすというのであれば、受けて立とうではないか。売られたケンカは、できるだけ高く買う主義なのでな」
淡々と紡がれる言葉は、まるで確定した事実を表わしているようで、3人ともが
「そういうわけだ。邪魔をするなら好きにすればいい。なにがあろうと、私は父上のもとへ行くぞ」
そう言い終え、姫騎士が踵を返そうとしたそのとき――、
「おまちくだされ!」
――小太りの男がその場にひざまずいた。
「む……」
アラーナが足を止め、自分を目にしたことを確認した彼は、腰に
「コルボーン伯爵家筆頭騎士ジャイルズ・シモンズの命に替えてお願い申し上げる! アラーナ・サリス殿! わが主の招きに応じていただきたい……!」
ジャイルズと名乗った小太りの男は、まるで自分の剣を使って首を
「
それは王国貴族に伝わる習わしのひとつで、その名の、そして彼の姿の示すとおり、自身の首と引き換えに願いを聞いてもらう、という行為だった。
この『刎頸の嘆願』を受け、嘆願者の首を刎ねた場合、相手はその願いを聞いてやらなければならない。
首を刎ねて、願いを無視したことが明らかになれば殺人罪に問われ、大抵は死罪となる。
ただ、願いを聞いてやれば、たとえ首を落としたとしても、罪に問われることはない。
「ふん……面倒なことを……」
つまらなそうに呟いたあと、アラーナは捧げられた剣を取った。
そして、鞘に収めたままの剣で、ジャイルズの首をトン、と叩く。
「ありがとうございます!」
鞘に収めたままの剣で首を叩く。これによって、命は取らないが願いは聞き入れる、という返答となる
「
「かしこまりました……!」
首を叩かれた嘆願者は、命を奪われることはないが、かといってなんの代償もいらない、とはいかない。
刎頸を免れた代わりに、首代と呼ばれる代金を相手に支払わなければならないのだ。
それは首、すなわち命に代わる金であり、全財産をもってあがなわなくてはならない。
そのため、これから彼は王都のしかるべき部署から資産の調査を受け、算出された金額をアラーナに支払わなくてはならないのだ。
現金はもちろん土地家屋に加えて家族や使用人にも値がつけられ、それに見合った金を払う必要がある。
もし金が用意できないなら、土地や家を売り、それでも足りなければ彼自身や家族を奴隷にしてでもその金を用意しなくてはならないのだ。
「そのような
「申し訳ございません……」
ジャイルズは返してもらった剣を掲げながら、もう一度深々と頭を下げた。
筆頭騎士といってもしょせんは一代限りの準貴族である。
その全財産ともなれば、庶民なら一生遊んで暮らせるだけの金になるが、過去の活動に加えて
「それではこの者たちが案内しますので、あちらの馬車にお乗りください」
返された剣を腰に佩き、立ち上がりながら、ジャイルズはアラーナとヨーイチを馬車へと促そうとする。
「む、ジャイルズといったか。貴様は同行しないのか?」
「申し訳ございません。私めには別の業務がございまして、急ぎ王都を出ねばならんのです……。どうしてもとおっしゃるなら、もちろん同行させていただきますが」
ふたりのやりとりに長身の男は不満を露わにし、若い男は少しうろたえているようだった。
長身のほうはなにか文句を言いたげにしているが、先ほど刎頸の嘆願を目にしたせいもあってか、口を開くことなく我慢していた。
「お前たち、アラーナ殿とヨーイチ殿の案内は任せてもかまわんな?」
「ええ、もちろん!」
「えっと、僕も、その……大丈夫です」
「ふむ……」
ジャイルズは部下ふたりの態度が少しおかしいと感じたが、先ほど交わされた自身とアラーナとのやりとりが原因だろうと、あまり重くは見なかった。
「ヨーイチ殿、どうだ?」
ジャイルズたちがそんなやりとりをしているなか、アラーナはヨーイチに歩み寄り、小さな声でそう尋ねた。
「んー……おっさんは白、若いのがグレーで、ノッポは真っ黒だな」
「ふっ、そうか」
部下とのやりとりを終えたジャイルズがアラーナに視線を戻すと、トコロテンのふたりがなにやらヒソヒソと話をしていたため、彼は軽く眉をひそめた。
「あの、なにか問題でも?」
「それなんですがね、ジャイルズさん」
ジャイルズの問いかけにアラーナは答えず、代わりに陽一が一歩前に出た。
「本当にあのふたりに……ケネスくんとレナードくんに任せてもいいんですね?」
「はて、あのふたりの名前を、お伝えしておりましたかな?」
陽一の問いかけに対して、あからさまに不機嫌な表情を浮かべつつ、ジャイルズはそう問い返した。
彼自身は先ほど刎頸の嘆願の際に名乗ったが、あとのふたりが名乗ったという覚えはない。
普段なら気にしないだろうが、アラーナから最初に受けた言葉が"まずは自分たちから名乗るべし"という内容だったために、名乗りそびれたことを気にしていたのだろう。
ふいに名を口にされた長身のケネスと若いレナードは驚き、目を見開いていた。
「なにも、情報を持っているのはそちらだけじゃないってことですよ」
その言葉は、陽一らの行程を事前に察知し、待ち伏せしていたジャイルズに対する牽制となった。
もちろんいまこの場で【鑑定】したわけだが、陽一のスキルを知らない彼らからすれば、事前に調べられたと思うことだろう。
「なにをご存じかは知りませんが、このふたりは私の信頼する部下です。任せても問題ないと、私は判断しますが?」
「ジャイルズさんに不安がないならいいですよ。俺たちのほうに不満もありませんし」
「それでしたらなんの問題もありませんな。ケネス、レナード。あとは任せたぞ」
ジャイルズの言葉に、ケネスとレナードは揃って頭を下げた。
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