第9話 伯爵家からの出迎え
王都へは正面から堂々と入ることになった。というか、グリフォン便を使った時点で確実に足がついてしまうのだ。
本来は書類や小規模な荷物を扱うグリフォン便に人を乗せる、となると、各所への報告が必要となる。
陽一らが使ったものは冒険者ギルド所有の便だが、だからといって王国への報告義務がないわけではない。
「ま、人数まで律儀に報告する必要はないけどね」
「ふむ、それもそうだな」
そもそも大人3人を乗せて飛ぶのがやっとのグリフォン便である。
それが通常よりも早い行程で飛んだのだから、重量オーバーを疑われることはなかった。
最終的には陽一とアラーナのふたりだけで乗り込み、魔術的な補助を使い、休息時間を削り時間を圧縮した、ということで、問題なく処理された。
「しかし、あいかわらずにぎやかなところだなぁ」
馬車を降りた陽一は、人と馬車と人力車でごった返す王都
およそ20万平米の面積を誇るこの広大な駅は、元の世界でも国際的な大都市にしか見られないような施設だった。
「そういえば、ヨーイチ殿は前に来たことがあったのだったか」
「ああ。魔人襲来のときに、グレタの案内でね」
王都や大きな町に空から入ることはできず、ふたりは最寄りの町から馬車に乗り換えていた。
その町から
「さて、サリス家の邸宅に行くには、何番に乗ればいいのだったか……」
広い王都を縦横無尽に走る辻馬車は、大都市の地下鉄や路線バスのようにいくつものルートが設定されていた。
乗り場を間違えれば、数日歩いても帰り着けないような場所に降ろされてしまうこともある。
「人力車の人なら知ってんじゃない?」
「ふむ、それもそうだな」
数多くの路線があるため、そのぶん目当ての乗り場が離れていることもある。
それこそ数十分歩くなどというのはよくあることだった。そこで、各乗り場間をシャトルバスやタクシーのように行き来するのが、人力車だった。
「ん?」
とりあえず人力車の来そうなところまで歩こうとしたふたりの行く手を、3名の兵士が遮った。
制服に金属製の手甲と金属ブーツ、そして腰にサーベルという軽装だが、服の膨らみから下にはチェインメイルなどを着込んでいることがわかる。
「トコロテンのアラーナとヨーイチだな」
右側に立つ長身の男がアラーナの前に立ちはだかり、わざとらしく見下ろしながら問いかけてきた。
「人に名を問うときは自分から名乗るのが礼儀だぞ?」
などという礼儀作法は、少なくとも王国には存在しない。
これはアラーナが日本の時代劇で覚えたセリフである。
「貴様、見てわからぬか」
ピクリと眉を上げた男は、胸を反らしてそう返した。
服の胸元に刺繍された家紋を誇示するように。
「わからんから問うているのだろうが」
「なにを――」
「まぁ私をBランク冒険者アラーナと知ってその態度ということは、よほど礼儀や常識をわきまえない田舎貴族の用心棒かなにかなのだろうがな」
「おのれ冒険者風情が生意気な口をっ」
よほどアラーナの受け答えが気に入らなかったのか、軽く腰を落とし、サーベルの柄に手をかけた。
「なるほど、
「言わせておけば――」
「おい、やめろっ!」
「落ち着いてください……!」
剣を抜こうとした男を、残るふたりが押さえ込む。
ひとりは40がらみで小太りだが隙のない動きをしており、もうひとりの男は20代半ばに見える、少し小柄な青年だった。
「ええい、離せ!」
「先輩、こんなところで剣を抜いたらさすがにマズいですって!!」
小太りの男が
「アラーナ殿も、あまりからかわないでいただきたい。我らの素性など、ひと目見ればわかるでしょう?」
「さて、どうだかな?」
「まさかこのコルボーン伯爵家の家紋を忘れたとは言いますまい?」
ひとまずは同僚が落ち着いたと判断した小太りの男は、アラーナの正面に立ち、自身の胸に手を当てて問いかけた。
「すまないな。冒険者にとってはそんなものより魔物の弱点のひとつでも覚えたほうが有用なのだ。貴族の家紋などというなんの役にも立たない知識などはつい忘れてしまうのだよ」
「ちっ……野蛮人め!」
「おいっ!」
アラーナの言葉に長身の男が悪態をつき、小太りの男が
「それで、伯爵家の方々が我らのような野蛮人にいかなる用件かな?」
「はぁ……。そう、意地悪を言わんでください。我々がここにいるということは、お迎えに上がったのだと、察しはつくでしょう?」
「それで、わざわざ待ち伏せたわけか」
グリフォン便を使った時点で動向は筒抜けなのだ。
そのあとに手配した馬車についても特に隠蔽しなかったので、何時にどこへ到着するのかを調べることなど、伯爵家の者からすれば容易なことである。
「待ち伏せなどと……。先ほども申し上げたとおり、お迎えに上がったのです。コルボーン伯がお待ちですので、ぜひともいらしていただきたい」
「なるほど、サリス家の者が王都を訪れたからには、本家に当たるコルボーン伯を訪ねるのはごく当たり前のことだな」
「ご理解いただきありがとうございます。馬車も用意しておりますので、こちらへ――」
「だが、断る」
「なっ!?」
「ぶほっ……!」
アラーナの返答に男は驚き、陽一は思わず吹き出した。
(また余計なセリフを覚えて……)
と、聞き覚えのあるセリフが姫騎士の口から発せられたことに呆れつつ、陽一はすぐに表情を取り
「私はここへアラーナ・サリスとしてではなく、冒険者アラーナとしてやってきたのだ。貴族のしきたりなど知ったことではないし、冒険者らしく自由にやらせてもらうさ」
驚き、呆然としていた小太りの男だったが、すぐに表情を険しくし、アラーナに強い視線を向ける。
「どう名乗られようと、あなたがアラーナ・サリス殿であることにかわりはございますまい。冒険者だから自由だなどと、そのような屁理屈は通りませんぞ!」
「屁理屈……だと?」
その瞬間、アラーナの声が冷たくなり、凍りつくような視線が男を貫く。
「うぅ……」
男は背中のあたりに寒いものを感じながら、額に浮き出た汗を慌てて拭った。
それでも、アラーナの視線から逃れることはできない。
「貴様、冒険者にとっての自由を屁理屈呼ばわりとは、いい度胸だな。もちろん、それ相応の覚悟があってのことだろうな?」
「そ、それは……」
「コルボーン伯爵家に仕える者が、冒険者を馬鹿にしたと考えていいのだな?」
「ぐ……その……失言、でした……。なにとぞお許しを――」
「はったりだ!!」
小太りの男が謝罪を口にし、頭を下げようとしたところで、長身の男が割って入った。
「お、おい、よさんか……! 冒険者ギルドとことを構えるわけには――」
「そんな心配はない! たかが冒険者ひとりイキがったところで、ギルドが動くわけがないんだ!!」
「ですね。それについては僕も先輩に同意します」
長身の男の言葉に、青年が追随する。
「ギルドと王国とは名目上対等の立場ですけど、少なくとも王都のギルドが王国から受ける恩恵は大きい。いかな高ランク冒険者だろうと、ひとりのためにあの巨大な組織が動くとは思えませんね」
青年兵は得意げにそう言って、肩をすくめた。
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