第5話 敵に回してはいけない人たち

 それからヴィスタとアラーナが慌ただしく準備を進め、あれよという間に陽一らはグリフォン便に詰め込まれた。


『ヨーイチ殿ひとりが先行すれば、あとはどうとでもなるのだろう? もっと早い方法はないのか!?』

『ええっ!? いや、ちょっとシャーロットに聞いてみるよ……』


 と、なにかしらいい移動手段はないか尋ねてみたが、セスナやヘリなどの航空機は、すぐには用意できないらしかった。

 航続距離の問題は【無限収納+】での給油やメンテナンスでなんとかなるが、機体そのものを用意できないのでは仕方がない。


 それ以外の高速な移動手段を【鑑定+】で調べてみたが、結局グリフォン便でいくのがいちばん早いということが判明したのだった。


『準備とか、大丈夫?』

『ヨーイチ殿が大抵のものは持っているだろう? あちらに着きさえすれば行き来は自由なのだから、まずはいくことだ!!』

『お嬢さま、準備ができましたぞ! ささっ、早く!!』

『うむ……!!』


 といった具合にまくし立てられ、陽一とアラーナ、花梨、実里、シーハンの5人はカゴに乗り、空の人となる。


『それじゃあ気をつけてねー』


 サマンサは後方支援ということで町に残った。


 グリフォン便は陽一ひとりで乗るよりも実里が魔術で支援したほうが速く、そうなればほかのメンバーが乗る乗らないは誤差の範囲なので、5人でカゴに乗ることになった。


「ふぅ……すまないな、急かしてしまって」


 グリフォン便がある程度進み、落ち着いたところでアラーナはそう言ってみんなに頭を下げた。


「いや、まぁ事情があったんだろうと思うけど……」

「もし話せるなら、話してもらえると嬉しいかな」

「せやで。わけわからんままこないにせまいとこ押し込められてもなぁ」

「むぅ……重ねてすまない」


 アラーナはそういうと、あらためて頭を下げた。


「ま、フランさまたちが動くのなら、しょうがないわね」


 そして、なにやら事情を知っていそうな花梨がそんなことを口にする。


「花梨はなにか事情を知ってるのか?」

「ええまぁ、なんとなく。でも、そのあたりのことはアラーナが話したほうがいいんじゃないかしら?」

「うむ、それはそうだな」

「で、師匠たちが王都にいくとなにかまずいことでもあるの?」


 フランソワの言い方、そしてそれを受けたアラーナとヴィスタの態度からして、あの3人が王都を訪れることになにかしらの問題があるということは、想像できた。


「うむ、そうだな……お祖父じいさまたちが王都にいくと……」

「いくと?」

「……王都が滅びる」

「え?」

「はぁ?」

「やっぱりね」

「あー……」


 アラーナの言葉に実里とシーハンは驚いたような声を上げたが、事情を知っていそうな花梨はともかく、陽一までもが納得したようだった。


「えっと、陽一さん?」

「なんや、ヤンイーは納得しとるみたいやけど、ホンマにそないなことがあるんか? たった3人やで?」

「いや、たった3人というかなんというか……」


 そこで少し考え込むようにうつむいたあと、陽一は顔を上げ、実里とシーハンを交互に見た。


「例えば俺たちが本気で王都を攻めたとして、とせると思う?」

「それは、どういう条件ですか?」

「条件もなにも、持てる力をすべて使ったとして、だよ」

「せやなぁ……」


 王都の戦力がどの程度のものかは不明だが、陽一が用意できるだけの現代兵器を使い、実里が魔術や魔法を全力でぶっ放す。

 もし結界のような防衛施設があるとしてもシーハンの破壊工作で無力化できるだろうし、そうなれば花梨の狙撃から逃れられる者、そして二丁斧槍を振り回すアラーナを止められる者はいないだろう。


「たぶん、可能じゃないでしょうか」

「っていうか、楽勝じゃないかしら?」

「そもそもの話やけど、ウチらが本気出して陥とされへん町なんてないんちゃう?」

「だよなぁ? 俺も花梨も実里もかなり強くなったし、サマンサにシーハンも加わって、戦力は大幅アップしたはずなんだけど……」

「もしかして、あの3人って、わたしたちの全力並みに強い、とかです?」

「ウチら、たいがいチートやで?」

「いやぁ、3人どころか、なんだよなぁ」


 陽一は久々に【鑑定+】を使って、トコロテンの戦術を組み立てようとした。


「師匠ひとりに対しても、いまだに勝ち筋が見えねぇ……」


 陽一の言葉に、実里とシーハンはぽかんと口を開けたまま固まってしまった。


「え、そんなに、なの……?」


 おそらくフランソワと親しくしている彼女のことだから、過去の武勇伝なども聞いていたのだろう。

 その花梨にしてさえ、陽一の言葉は意外だったらしい。


「実里は、オルタンスさんからそういう話は聞いてないの?」

「先生は忙しいから、魔術の指導を受けるのが精一杯せいいっぱいで……」


 いつの間にかオルタンスを先生と呼べるほど親しくなっていた実里だったが、プライベートな話を聞けるくらいの余裕はないようだった。


「そうだろうそうだろう」


 ただひとりアラーナだけは、納得したように微笑んでいる。


「お祖父さまひとりで、半日もあれば国王含む王侯貴族の100人ほどは仕留められるだろうからな」


 そこにオルタンスとフランソワが加わるとどうなるか。


 魔術士ギルドマスターであるオルタンスは、禁術レベルの広範囲殲滅魔術を使用できるし、フランソワの弓の腕があれば、遠距離からの物理的な施設破壊も可能だ。

 それに、フランソワは魔術士ギルドの先代ギルドマスターでもあり、魔術の腕はオルタンスに勝るとも劣らない。

 そのうえ辺境の魔術士ギルドには門外不出のスクロールがいくつもある。


「いや王都どころか世界がヤバい!!」


 セレスタン、オルタンス、フランソワの3人が、制限なしに持てる力のすべてを破壊活動に向けた場合の想定結果を【鑑定】した陽一は、思わず声を上げてしまった。


「っていうか、そんな戦略級の力を持った人たちが、なんで放置されてんの?」

「まぁ、力は隠しているからなぁ」


 アラーナの言うとおり、大きすぎる力は露見すれば面倒なことになるので、セレスタン始め、ダークエルフやハイエルフたちは、力をごまかす術に長けているのだ。


「……で済ましてええ話ちゃうやろがい!! 戦略級どころか破局級の力持ったヤツが、ごろごろおるんか、この世界は!?」

「そんなに驚くことか? たとえ破滅的な力を持っていたとしても、使われなければどうということはあるまい」

「いやいや、使うかもしれへんっちゅうだけで怖いやん!?」

「それはシーハンたちの世界も似たようなものではないのか? たしか世界を何度も滅ぼしてあまりあるだけの武器がいくつもあるのだろう? しかも誰が使っても同じ威力だというではないか。そちらのほうがよほどの脅威だと思うがな」

「そら……そうかもしらんけど……」


 とはいえ、元の世界にある大量破壊兵器に関しては、複数の勢力が所持することで抑止力が働き、使いづらくはなっている。


「ねぇ、それってエルフの人たちが世界征服とかを企んだら、どうなるのかな?」

「いや、彼らにはそういう欲がないからな」

「――で、済まされる話なんだね……」


 こればかりは種族間の思想の差であり、元の世界の人間や異世界のヒューマンをはじめとする他種族には理解の及ばないところである。

 エルフたちは狭いコミュニティを大事にするが、それ以外にはあまり興味を持たないのだ。


 町の運営に関わるセレスタンたちは、どちらかというと変わり者のたぐいである。


「でもなぁ……。そういう家族愛みたいなのが強い人らって、大事な人を奪われたら"この人を奪った世界が憎いー!"言うて暴走するとか、ありそうやん?」

「ははは、魔王ではあるまいし。それはが考えた架空の物語の話だろう?」


 あくまで『地球の人間』の考えがベースになっている以上、フィクションに登場する者は異種族であれなんであれ、人間的な思考や行動になってしまうようだが、事実は異なるようだ。


 少なくともこの異世界では。


「仮に父上になにかあったとしても、せいぜい王城が灰燼かいじんに帰す程度でおわるだろうな」

「いや、それはそれでヤバいだろ?」

「ふふ、だから私たちがより穏便に済ませようという話なのではないか。それに……」


 少し呆れ気味に微笑むアラーナだったが、ほどなくその表情が暗くくもる。


「私たちでなければ、父上はともかく、ヘンリーを救うことはできないからな……」


 オルタンスにとってウィリアムは夫であり、セレスタンとフランソワにとっても娘婿ということで家族の範囲に含まれるが、自分たちと血のつながりがないヘンリーは別だ。


「私にとっては、弟という意識はあるのだが……」


 アラーナにしてみれば、半分は同じ血が流れている相手だし、彼女自身ヒューマンの血を受け継いだことで思考もそちらに寄っている部分もあるが、セレスタンたちにしてみればヘンリーは完全に他人である。

 オルタンスにしてみても、夫の子供という認識はあるだろうが、守るべき対象にはあたらないし、仮にヘンリーがウィリアムを害するというなら、容赦なく処断するだろう。


「ヘンリーは、どうしているだろうか……」

「ヘンリー君ねぇ」


 陽一は定期的に王都の様子を【鑑定】しており、それにはヘンリーの行動も含まれている。


「まぁ、大丈夫……かな? ははは……」


 ヘンリーの様子を見た陽一の口からは、乾いた笑みが漏れるのだった。

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