第十章

第1話 王都での審問

 センソリヴェル王国王城の一室。


 窓のないその部屋には照明がしっかりと設置され、室内は充分に明るい。

 にも関わらず、そこはどこか暗い雰囲気を孕んでいた。


「馬鹿馬鹿しい! 魔物の群れを操るなどありえんことだ。魔人でもあるまいし」


 そんな室内に、野太い男の声が響く。


 声の主はサリス辺境伯ウィリアム。

 アラーナの父親である。


 彼は現在、王城で審問を受けていた。

 その場には国王、宰相を始め、高級官僚や上級貴族がおり、部屋の中央にある証言台のような場所にウィリアムが立っている。

 王や貴族たちが一段高い位置から取り囲み、辺境伯を見下ろすようなかたちで審問は行なわれていた。


「貴様の言う、その魔人とやらが現実に現われたというではないか」


 若い男の声が薄暗い室内に響く。その声の主はくすんだ金髪の美青年だった。


「ええそうですとも。そしてその魔人を討伐したことで、今回の魔物集団暴走スタンピードは終息したのですよ」

「本当に討伐したのか?」

「……どういう意味ですかな、コルボーン伯?」


 青年の名はパトリック・コルボーン。

 サリス家の本家筋にあたるコルボーン伯爵家の現当主である。

 まだ30歳になったばかりだが、20代のころから父の右腕として辣腕らつわんを振るい、ここ数年は伯爵家の実権をほぼ掌握していた。


 先日父親が病を理由に隠居し、パトリックが当主の座についたという経緯がある。


「その魔人と結託し、魔物の群れを一時的にしりぞかせただけではないのか? やがて王都を攻めるために、力を蓄えているという噂もあるぞ?」

「妄言も大概になさいませ」

「貴様こそ口を慎め田舎貴族が」


 冷たく言い放つパトリックに、ウィリアムは眉をひそめた。


 本家筋にあたるとはいえ、通常であれば辺境伯は伯爵よりも爵位が高い。

 だが、王国の貴族階級は少し特殊だった。


 たとえばこれが帝国であれば、辺境伯は名目上侯爵と同等であり、実質公爵に次ぐ発言権を持つ。

 王国はそんな帝国の貴族制度をある程度模倣しつつも、独自性を持たせる部分もあった。


 コルボーン家から分かれたサリス家は、辺境開拓や魔物集団暴走スタンピード防衛の功績でしようしやくを重ねた。

 そして、いよいよサリス家が伯爵になろうかというときに、本家筋であるコルボーン家からの猛反対に遭う。

 王国において発言力の大きい上級貴族の意見を無視するわけにもいかず、かといってサリス家の功に報いないわけにもいかない。


 そこで王家は、辺境伯を"辺境を治める貴族"という曖昧な扱いにして、両家の顔を立てた。

 言ってみれば別格扱いであり、王国においては公爵でさえ一目置く存在なのだが、コルボーン家だけは常にサリス家を下に見ていた。


 サリス家のほうは、コルボーン家とはあまり関わらないようにしていたのだが、同席することがあれば分家として本家を立てるような態度を取ることが多かった。

 もともと武辺者ぶへんものが多いサリス家の人間は、宮廷闘争が苦手なのだ。


「これは失礼。ではいったいなにを根拠に私が魔人と手を組んだ、などとおっしゃるのか」


 口では謝罪しつつも、それを表情にも口調にも一切表わさないウィリアムに対し、パトリックはピクリと眉を寄せたが、すぐに表情をあらため、手にした報告書をピンっと指で弾いた。


魔物集団暴走スタンピードの規模に対して、犠牲が少なすぎはしないか?」

「それは、我が町の軍と冒険者が獅子奮迅の活躍を見せたからにほかなりませんな」

「グレーター・ランドタートルが出現したとの話もあるが?」

「それは……」


 グレーター・ランドタートルの名に、どよめきが起こる。


 過去、巨大な亀の魔物であるランドタートルによっていくつもの町を蹂躙じゅうりんされたという歴史が、王国にはあった。

 そのさらに上位の魔物であるグレーター・ランドタートルが出現したとなれば、それはもう国家存亡の一大事である。


「聞けばエンペラー級だったのでは、との噂もあるようだな」


 さらにどよめきが大きくなる。


 グレーター・ランドタートル・エンペラーとなれば、それはもう王国だけでなく、帝国にまで及ぶ危機だといっていい。


「静粛に!」


 宰相の号令で、いったん場が収まる。


「それは……あくまで噂、では?」


 気まずそうな表情のウィリアムは、力のない反論を述べた。

 グレーター・ランドタートル・エンペラーについては、陽一よういち率いるトコロテンが討伐し、その死骸も収納してもらっていた。

 へたに公表すれば大騒ぎになるからと、ウィリアム、セレスタン両名の判断で秘匿していたのだった。


「しかし、冒険者の目撃証言があるのだよ。まさか魔物集団暴走スタンピードを少ない犠牲で終息させた辺境の優秀な冒険者が、見間違えるなどということはあるまい?」


 グレーター・ランドタートル・エンペラーの目撃者はそれほど多くない。

 箝口令も敷いてはいたが、人の口に戸は立てられず、情報が漏れてしまったようだ。


「ジャナの森にも巨大ななにかが木々をなぎ倒して進んだ痕跡がある、とのことだが?」

「それは……」


 パトリックが得意げな笑みを浮かべる。


「そのような巨大な魔物を、痕跡なく消し去ることが可能か? 魔人と手を組んで森の奥にしりぞかせたと考えたほうが自然ではないか?」

「ですが、それはあくまで噂話でしょう? 曖昧な情報を元に反逆者呼ばわりとは、飛躍しすぎではありませんか?」

「先日、北の辺境に魔人が現われたそうだな」


 突然話題が変わったことに、ウィリアムは眉をひそめた。それを無視して、パトリックは続ける。


「トコロテン、とかいう冒険者パーティーが随分ずいぶん活躍したようだ」

「……ええ、我が町自慢の冒険者です」

「貴様の娘アラーナも所属しているとか」


 そう言ったパトリックの表情に、ウィリアムは下品なものを感じ取った。


「それが?」

「北の辺境でえらく人気者のようだな?」

「それは、アラーナの功績によるものです」

「それから、帝国の冒険者が何度もメイルグラードを訪れているようだが」

「冒険者に国境はありませんからな。どこでどう活動しようと彼らの自由です」

「人類圏の北の端からわざわざ南の端まで行くのか?」

「そういうことも、あるでしょう」


 いやな空気が、流れている。


「アレクサンドル・バルシュミーデとエマ・クレンペラー。帝国では勇者と呼ばれるほど優秀だというではないか」

「ええ、そのようですな」

「その優秀な冒険者と通じて帝国と手を組もう、というのではあるまいな?」


 再びどよめきが起こる。

 南北から同時に攻められればどうなるか、などと考えた者は、ひとりやふたりではないだろう。


「なにを言うか!!」


 雷鳴のようなウィリアムの怒号に、場は一瞬でおさまった。


「ギルドは中立であり冒険者はどちらの国にもくみしないというのは、子供でも知っていることだ!」

「そうだな、ギルドは中立だ」


 ウィリアムの怒号が影響してか、パトリックは彼の口調をとがめず話を続けた。


「しかしメイルグラードのギルドはどうだ?」

「なんだと?」

「冒険者ギルドは貴様の義父が治め、魔術士ギルドは貴様の妻が治めているではないか」

「我が義父と妻がギルドを私物化しているとでも言うのか!?」

「それだけではないぞ。娘のアラーナもメイルグラード随一の冒険者というし、そのパーティーメンバーは異常な早さでランクアップしているということだが?」

「それは彼らの功績を鑑みて――」

「『赤い閃光』という将来有望な若い冒険者を追放したとも聞いている。北の辺境で活躍したにも関わらず、彼らはメイルグラードへ戻ることなく田舎町に引っ込んだというではないか」

「それは彼らが故郷での栄達を望んだからで――」

「どうだかな。サリス家に牛耳られたメイルグラードを忌避してのことではないか?」


 侮辱ともとれるパトリックの言葉に、ウィリアムは眉を上げ、目を血走らせた。


「さっきから聞いておれば好き勝手言いおって! 貴様こそ卑劣な手段でわしの娘を襲おうとしたではないか!!」

「それこそ妄言だな。なんの証拠がある?」

「証拠など――」

「言っておくが、私は事実を並べているに過ぎん」

「なに?」

魔物集団暴走スタンピードの規模に対して犠牲が少なすぎること、グレーター・ランドタートル・エンペラーの目撃者がいるにも関わらずその死骸すらないこと、南北両端に所属する冒険者がわざわざ行き来していること、メイルグラードのギルドをサリス家に連なる者が治めていること、若く優秀な冒険者が辺境を去ったこと」

「ぐぬ……だからといって、それが反逆の証拠になるのか!?」

「確かに、反逆云々は少し言い過ぎたかもしれんな」


 そこで言葉を切ったパトリックは、国王へと向き直る。


「いましがた挙げた事実を元に、ウィリアム・サリスをどうすべきか、お考えくださいませ」


 そう言って、パトリックは深々と頭を下げた。


 国王はぼんやりとした表情のままなりゆきを見守り、その隣にいる宰相は呆れたような表情を浮かべていた。

 そしてその場にいる多くの者は、困惑していた。


 北方より来たる帝国の侵攻。


 南方より来たる魔物集団暴走スタンピード

 センソリヴェル王国は、そのふたつの脅威と常に戦っていた。

 ここ十数年は帝国北部の魔王領に不穏な動きがあることに加え、各ギルドからの働きかけもあって、現在両国は不可侵条約を結んでいる。

 国境付近の小競り合いを完全になくすことはできないが、北方の不安はほとんど払拭されたと言っていいだろう。


 死の荒野を越えて開拓されたメイルグラードによって、南方からの魔物集団暴走スタンピードはジャナの森がその起点となっていることが明らかになった。

 そして辺境に住む兵士や冒険者によってある程度防衛できるようになり、そちらの不安もほとんどなくなったといっていい。


 しかし、潜在的な恐怖というのは払拭しがたく、いつかまた災厄が訪れるのではないか、と不安に思う者は少なくない。

 まして南方の魔物集団暴走スタンピードを辺境伯が制御し、やがては王国を侵略するのではないか、などという噂が流れた日には、大騒ぎである。


 それからさまざまな意見が飛び交い、場は乱れ、やがて収束していった。


「サリス辺境伯ウィリアムは王都にて謹慎すること」


 反逆の明確な証拠はない。疑いも、あるとは言いきれない。しかし野放しにしておくのは怖い。


 そこで王や宰相、官僚や貴族たちは、ウィリアムをしばらく王都に留めて監視することに決めたのだった。


「パトリック!」


 審問が解散となり、部屋を出ようとする青年をウィリアムは呼び止めた。


「なにが、あった?」

「なにが、とは?」

「ヘンリーを弟のように可愛がり、儂を叔父と慕ってくれた心優しいパトリック青年になにがあった!?」

「なにも」


 ウィリアムの叫ぶような問いかけに、パトリックは無表情のまま答える。


「私はコルボーン家に生まれたときから王国に忠誠を誓い、王国の利益のためだけに生きてきた。そしてこれからもそうやって生きていくだけだ」

「儂が……王国の害になると? 本当に叛逆すると思っておるのか!?」

「ふっ……」


 最後に冷たい笑みを残して、パトリックは去っていった。



 サリス辺境伯ウィリアムに叛逆の疑いがかけられ、王都のとある施設に拘束された。


 実際はただ謹慎を言い渡され、王都の邸宅で過ごしているだけのウィリアムに、そのような噂が流れ始めた。


――――――――

本日より十章開始です。

毎日更新しますので、よろしくお願いします。


【告知】

前話でもお伝えしましたが『聖弾の射手』という新作を始めております。

前話公開時点では本文中のリンクが有効になるのを知らなかったので改めて告知を……。

https://kakuyomu.jp/works/16816452220265284550

本作ともどもよろしくお願いします。

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