第17話 宗一との決着

 ドアを開けて黄老の部屋を出ると、宗一を先頭に100人以上の男がこちらへ迫っていた。

 陽一らを見てもゆっくり歩いているのは、脅しのつもりなのだろう。


魔物集団暴走スタンピードに比べたら、カルガモの群れみたいなもんだよな」

「あら、あたしカルガモの群れに弓を射かけるなんていやよ?」

「カルガモの群れか……。こちらの動画で見たが、あれはいいいものだ」


 3人のあいだに緊張感はかけらもなかった。


『女は好きにしていいからな。ただし、本宮さんはまず僕が相手をするけど』


 宗一の声が届いた。

 普通ならほとんど聞こえない距離だが、ここにいる3人はスキルなどで感覚が鋭くなっているのだ。


「ほんと、どうしようもないわね」


 心底呆れながら、花梨は弓に矢をつがえた。

 やじりの代わりにゴム弾を取りつけた、殺傷力の低いものだ。


 同じ会社にいたころには、見せたこともないような下卑た表情を浮かべる宗一に、容赦なく狙いをつける。

 なにか言いながら懐に手を入れたが、それを引き抜く間を与えるほど、花梨は甘くなかった。


 ――ヒュンッ!


「ぐぁっ!?」


 風を切って放たれた矢は、宗一の右肩に命中した。

 衝撃で仰け反った宗一の手は懐から引き抜かれたが、持っていた拳銃はその場に落としてしまった。


 いくらゴム弾とはいえ、それなりに近い位置から剛弓で放たれた矢だ。骨は砕けているだろう。


「はぁーっ!」

「おらぁっ!!」


 アラーナと陽一が集団に駆け込んでいく。

 花梨は後衛から矢を放ち、それをサポートした。


 両手に持った警棒を振り回しながら、アラーナは構成員たちが待ち構える中に躍り込んだ。

 彼女が腕を振るうたびに、長いドレスの袖がひらひらとそよぐ。


「ぐぇっ!?」

「ぎゃっ……!」

「な、てめ――ぐぁっ!!」


 アラーナの動きは洗練された舞のようだったが、ドレスが華麗にはためくたびに、野太い悲鳴が起こり、男たちはバタバタと倒れていった。

 チャイナドレスから下乳を覗かせて揺れる、豊満な乳房を堪能する余裕もないようだ。


 これまで数々の悪事に手を染めてきた者たちである。

 それを知ってか、アラーナは警棒を振るい、男たちの顔や腕、肩、鎖骨、太もも、膝などの骨を容赦なく砕いていった。


「そんなトウシロのひょろいパンチが――ごぼぉっ……!!」


 男の腹に、陽一のショートアッパーが決まった。

 一見ひょろっとしていて、実際のところせいぜい細マッチョといった程度の体型である。

 しかし【健康体α】の作用で見た目以上の膂力りょりょくを誇る陽一の攻撃は、速く重かった。

 なにせ100キロを超える重量のナイフを、いまや軽々と振り回せるだけの筋力を得ているのだ。

 その一撃はヘヴィ級どころか、重機並みといっていい。


「おっと、死ぬなよ」


 陽一が想定する敵とは魔物や魔人なのだ。

 普通の人を相手に手加減を間違えれば、一撃で人を殺せるだけの力は持っており、陽一はうまく加減をしながら戦っていた。


 先ほどのショートアッパーにしたところで、ジャブに毛が生えたような威力しか出していなかった。


「う、うう……くそ……ふざけやがって……」


 肩を押さえながら、宗一はよろよろと立ち上がった。そして正面に立つ花梨を睨みつける。


「もう、ゆるさん……お前たち! 殺していいから本気でやれ!!」


 構成員に命令した宗一だったが、聞こえてくるのはくぐもったようなうめき声だけだった。


「なにをしている、早く、こいつら……を……?」


 振り返ると、折り重なる男たちの姿が見える。

 立っているのは陽一とアラーナだけだった。


「な……なん……だ……くそっ!」


 混乱する宗一だったが、視界の端に拳銃を捉えて気を取り直し、左手を伸ばした。

 だが、そこへ花梨の矢が打ち込まれ、拳銃はゴム弾を受けた衝撃によって跳ね上げられる。


「おおっと」


 落下してきた拳銃は、陽一が受け止めた。


「終わりね、本郷くん」

「うぅ……」


 へたり込む宗一へ、花梨が悠然と歩み寄った。


「失望したわ。あなた、ほんとうに変わってしまったのね」


 再会してからの、宗一の行動や言動をかえりみて、花梨は心底呆れたようにそう告げた。


「う……うるさい! お前らになにがわかる!! 僕は普通の人じゃ手に入れられないほどの金を得た! 力を得た!! だったら、それまでどおりにいられないのは当たり前だろ!? 変わって当たり前なんだ!!」

「あらそう? でも陽一は変わらないわよ」

「は……? なにを言って」

「陽一は本郷くんなんかよりすごい力を手に入れたけど、ぜんぜん変わってないわ」

「は……はは……なにを言ってるんだ。こいつにそんな力が……?」


 振り返ると、死屍累々といった具合に折り重なって倒れる男たちの中で、少し照れたように頭をかく陽一の姿があった。


「ご覧のとおりチンピラ100人を軽く制圧できるくらいの力はあるわね。今回は3人でやったけど、彼ひとりでも楽勝だったわよ?」

「そ、そんなの、ただ腕っ節が強いだけじゃ……」

「権力ってことを言いたいの?」

「そうさ! 個人の力なんていくら強くたってたかがしれている! 重要なのはどれだけの人を動かせるかだ!!」

「ふぅん。黄老を餌に本郷くんをおびき寄せるくらいのことは、軽くやってのけたわけだけど、どうなのかしら?」

「は? 黄老を餌に、おびき寄せる……?」

「そうよ。まさか、自力でここまで来られたと思ってるんだとしたら、相当おめでたい頭だわね。黄老の拠点のひとつを、100人かそこらのチンピラで制圧できるわけないじゃない」

「そ、そんな……僕たちは……」

「ほら、なにをとっても本郷くんじゃ陽一にかなわないよね?」

「うぅ……」

「前にも言ったでしょ、彼、すごい――」

「花梨、やめてやれよ。本郷くんのライフはもうゼロだぜ」


 がっくりとうなだれる宗一が憐れで、陽一は思わず花梨を止めた。


「そうだな。あとは我々に任せてもらおうか」


 実里とシーハンに守られながら、黄老が現われた。

 それと同時に、非常階段やエレベータから黒服の男たちがぞろぞろと姿を見せ、手際よく宗一らを連れ去ってしまった。


「さぁ、邪魔者もいなくなったことだし、もう一度乾杯といこうじゃないか」


 黄老はそう言って部屋に戻り、実里とシーハンがあとに続く。


「先に戻っているぞ」


 アラーナもそう言い残して、部屋に戻った。


 花梨は宗一が連れ去られていったほうをぼんやりと眺めている。


「なぁ、花梨」

「なに?」

「俺、そんなにすごくないぞ?」

「そう?」

「たまたまスキルを手に入れただけだからな。運がよかっただけだ」


 確かに陽一がスキルを手に入れられたのは、運がよかったとしかいえないことだ。

 しかしそのあとの使い方はどうだろうか?


 組み合わせ次第では、欲しいものはなんでも手に入るのだ。

 金だっていくらでも稼げるだろう。

 そして知ろうと思えば、なんだって知ることができる。

 その気になれば、世界を支配できるといっていい。


 だが、陽一はそんなことをしない。


(たとえばあたしが【鑑定+】を使えたら)


 知らなくてもいいことを知ろうとして、そして知ってしまって後悔することがどれくらいあるだろうか。

 他人の考えを覗けるのだと知って、それを"知ると面倒だから"という理由だけで自制できるだろうか?


 陽一が……彼だけでなく、周りの人たちが自分のことをどう思っているのかと、知ろうとせずにいられるだろうか?


 そしてなにより、【鑑定+】を持つ者が、自分の考えを覗いていないと信じていられるだろうか?

 もし陽一以外の誰かがこのスキルを持っていれば、いつも頭の中を覗かれているような気になって、そばにはいられないだろう。


(でも、陽一はそんなことをしない。なんで信じられるんだろう?)


 それが不思議だった。

 でも、なぜか疑う気にならなかった。

 だから、陽一の隣に戻ってきたのだ。


 もし宗一のような人物が同じ力を手に入れていたら?

 考えただけでぞっとする。

 金と闇の力を得ただけで、彼は別人のようになってしまった。

 しかし、世界を覆すような力を得た陽一は、変わっていなかった。


「だいたい俺なんて、お前と出会ったころから大して変わってないだろ?」

「ふふ、それがすごいって話なんだけどね」

「すごい? なにが?」


 こういうどこか抜けたところも、愛おしかった。


「ま、運がよかったって話よ」


 スキルを得た陽一が、ではなく、スキルを得たのが陽一だったことが、だ。

 誰にとっての幸運かはわからないが。


「なんだそりゃ」

「さ、みんなを待たせてるし、いくわよ」


 くるりと振り返った花梨は、陽一に微笑みかけたあと、彼の腕を取った。


「お、おう」


 そうして陽一を半ば引っ張りながら、みんなの待つ部屋へ戻るのだった。

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