第15話 女怪盗の誤算

 スカーレットスピカホテルで黄老の歓迎パーティーが開かれた日の夜、シーハンは宣言どおり陽一の部屋を訪れた。


「ヤンイー、約束どおりひとりで待っていてくれたのね?」

「ああ」


 どこかぼんやりとした表情の陽一を見て、シーハンはふっと微笑む。


「ものはどこにあるのかしら?」

「とりあえず、これを確認してくれ」


 力のない口調でそう言いながら、陽一は小さな仏像をシーハンに差し出した。

 それはあの保管庫にあった美術品の中で、いちばん高価なものだった。


「ほかのものは?」

「別の場所に保管してある。いつでも取り出せる」

「そう、偉いわね」


 シーハンは仏像を近くのテーブルに置いたあと、陽一に優しく笑いかけた。


「シーハン、俺、もう……」


 シーハンを見る陽一の目は相変わらずぼんやりとしていたが、股間は大きく盛り上がっていた。


「うふふ、焦っちゃだめよ」


 からかうようにそう言ったあと、女怪盗は軽やかにうしろへ1歩跳んだ。


「ねぇ、このドレス、どうかしら?」


 そう言ってシーハンはその場でくるりと回る。

 薄紫のチャイナドレスが、ヒラヒラとそよいだ。


「すごく、きれいだ」


 シーハンはパーティーのときのままの格好で陽一の部屋を訪れていた。

 ホルターネックのチャイナドレスは、胸元に大きなスリットがあり、谷間を惜しげもなく露出していた。

 上腕を覆う袖の上部にも切れ込みがあり、二の腕が見えるのも魅力的だった。

 そして丈の長いスカートにある深いスリットから、肉感的な脚が見え隠れしていた。


「うふふ、ありがと。じゃあ、ご褒美をあげましょうか。服は邪魔だから脱いでおきましょうね」


 シーハンに促されて全裸になった陽一は、そのままベッドまで誘導されて仰向けになった。


 それからシーハンは、さまざまな手で陽一に快楽を与えた。


(ふふ……あとはこのまま彼を骨抜きにして、美術品をいただけばそれで終わり。残念ながらおじいちゃんには会わせられないわ。ごめんね、ヤンイー)


 陽一に膣を突かれながら、シーハンは余裕の笑みを浮かべていた。


○●○●


「んあああああっ! あかん……あかんてヤンイー……! うち、うちまた……!!」


 陽一を籠絡し、適当に快楽を与えたら美術品をもらっておさらばする。

 そんなつもりで行為を始めたシーハンだったが、気づけば彼女のほうがいいようにもてあそばれていた。


「んぅ……ふぅ……まだや……まだ、うちは負けてへん……」

「おう、がんばるなぁ」

「んはぁ……はぁ……もう、復活したん……?」

「こっちはまだまだやれるぞ?」

「ふぅ……ふぅ……のぞむ、ところや」


 シーハンが陽一の部屋を訪れて、もう半日以上が経っていた。

 そのあいだふたりはひたすら交わり続け、陽一はすでに50発以上しているのだが、シーハンは途中から数えるのをやめていた。


「ヤンイーを、うちの、虜に……」


 豪華なスイートルームから、広いだけの簡素な部屋に移っていることにすら、彼女は気づいていない。


 そう、ふたりはいま異世界の宿『辺境のふるさと』で交わっていたのだ。


 房中術で何度も快感を与え、思考力をなくし、男を虜にする。

 ただ、それは一種の『魅了』状態ということになり、【健康体α】が治癒する状態異常だった。

 つまり、陽一には最初から効いていないのだ。


 ひたすら行為を続け、さらに【鑑定+】で弱点を突きながら反撃に転じる。

 そうやって彼女が前後不覚になったところで『辺境のふるさと』へと【帰還】した。

 魔力酔いは快楽でうやむやになり、さらに何度も体液を譲渡されて魔力を得た女怪盗は、すぐに回復しては行為にふけった。


 数千年にわたって受け継がれてきた房中術も、異世界スキルの前には無力だった。

 そのうえ異世界の媚薬――インキュバスの体液を錬成したもの――を使われており、そのせいでシーハンは自分からも快楽を求めて動き続けた。


 そして、逆にシーハンが陽一に屈服した。

 その結果……かどうかはわからないが、女怪盗は【健康体β】のスキルを得たのだった。


○●○●


「うへぇ、ひどいありさまだな、こりゃ」


 ホテルに戻ると、部屋がひととおり荒らされていた。

 おそらく宗一率いる赤穂の連中が、報復に来たのだろう。

 ここへは花梨とシーハンを連れて戻っていた。


「ほんと、情けなくなるわね」


 部屋の惨状を見て、花梨が嘆息する。


「あのままこの部屋でやっとったら、うちら危なかってんなぁ」


 シーハンを異世界に連れ込んだのには、彼女を籠絡する目的以外に、この襲撃を回避するという意味もあった。


 赤穂の情報力をもってすれば、陽一が泊まっているホテルを特定するのは簡単だっただろう。

 むしろ部屋から出た様子もないのに、もぬけの殻だったことに、驚いたに違いない。

 彼らならばカメラの仕掛けられていない室内はともかく、通路やロビーなどの様子をのぞき見るくらいのことは簡単にやってのけただろうから。


「ま、戻せる部分は戻しておこうか」


 散らかったり破壊されたりした調度品を、片っ端から【無限収納+】に収め、メンテナンス機能で修復しては元に戻していく。

 欠損さえなければ、復元は可能なのだ。


「ほぇー。魔法やスキルや言われてもようわからんかったけど、こうやって見せつけられると信じなしゃあないねぇ」


 シーハンには異世界のことや陽一らの素性、能力などについて、ある程度打ち明けていた。

 これはなんとなくの感覚でしかないのだが、【健康体β】を付与された女性は信用に値するだろうという判断からだ。


(……というか、俺が信頼されてるかどうかが重要な気がするんだよなぁ)


 現在【健康体β】を有しているのは、花梨、実里、アラーナ、サマンサ、そしてシーハンの5人だ。

 付与の経緯は、セックスと考えて問題ないだろう。


(でも、赤い閃光のミーナたちとシャーロットは持ってない)


 シーハンよりも赤い閃光の3人のほうが、セックスをした回数も多いし、ともに命をかけて戦ったぶん関係も濃密だといっていい。

 しかし彼女たちに【健康体β】が付与されなかったのは、陽一よりも大切な存在として、グラーフがいるからではないだろうか。

 シャーロットにしても、陽一より上司のエドを重視している節があった。


「はぁ……それにしてもうち、とんでもない男に惚れてしもうたんやねぇ」


 さっきまでの荒れようが嘘のように解消され、それなりに整った部屋を見回しながら、シーハンは自嘲気味に呟く。


「あれ、シーハンって俺に惚れてんの?」

「はぁ? あたりまえやんか」


 一瞬眉を上げたシーハンだったが、すぐに表情を緩め、口元に艶やかな笑みを浮かべながら陽一に歩み寄った。


「うちの房中術で堕とされへんかった男なんて、初めてやしぃ」


 そして手脚を絡みつけるように正面から抱きつき、上目遣いに陽一を見上げる。


「うちのこと、あんだけひぃひぃいわしたんや……責任はとってや……?」

「えっと……責任って?」


 いろんな意味でドキドキしながら、陽一はなんとかそう問い返すと、シーハンの顔がゆっくりと近づいてきた。


「男が女に対して責任とるいうたら、あれしかないやん……」


 鼻と鼻とが当たりそうになったところで、シーハンの顔が少し横にずれる。

 そして陽一の耳に唇が当たるかどうかというところまで近づき、彼女は小さく囁いた。


「ヤンイーの後宮に、うちも混ぜて?」

「は、は? 後宮……?」

「あははっ……!」


 驚く陽一をからかうように笑いながら、シーハンは身体を離し、軽やかなバックステップを踏んだ。


「お、おい……後宮ってなんだよ」

「にひひ、これからもみんなで仲ようしたってやーっちゅうこっちゃ」


 そう言うとシーハンはくるりと陽一に背を向け、再び室内を見回した。


「うーん、完全には回復できんのやね」

「え? ああ、そうだな……」


 突然話題が変わったことに軽く戸惑いつつも、陽一は安堵の息を吐く。


「まぁここを荒らしたついでにいろいろ盗んでいったりしたんだろう」


 荒らされた部屋は8割がた回復できたので、あとは余分に金を払って解決することにした。


「ほなうち、じいちゃんに電話してくるわ」


 数日後、陽一らは黄老と会うことになった。


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