第14話 パーティーはお開き

「さぁ、どうぞ――」

「――うむ、ごくろう」


 顔認証によりスライド式のドアが開いた瞬間、宗一の耳に意味不明な言葉が届く。


「な、なにを!?」


 そして彼は、アラーナによってあれよあれよという間に腕を締め上げられた。


「ふたりとも、おつかれさま」


 入り口の脇で待ち構えていた陽一が、ドアが開くのと同時に室内へ入った。


 中央に送信されないよう細工されたカメラ映像だが、このホテルのセキュリティルームでは閲覧可能であり、記録もされている。

 しかしすでにこの建物のカメラについては解析済みで、それに対応した魔道具も装備していたため、陽一の姿はどこにも映っていなかった。

「な……藤堂陽一!?」

「おおっと、赤穂健康食品のお偉いさんに名前を知ってもらっているとは、光栄だね」

「くっ……お前ぇ……!」


 赤穂有限公司ではなく、あえて赤穂健康食品と言ったところになにかしらの含みを感じたのか、宗一は陽一を睨みつけた。


「ぼ、僕にこんなことをして、ただで済むとでも思ってるのか!」

「はいはい、お静かに」


 わめく宗一のこめかみに、サイレンサーつきの9ミリ拳銃を突きつける。


「そ、そんなおもちゃで脅しなんて――」


 ――バスッ!


「ひぃっ!?」


 サイレンサーで抑えられたとはいえ、それなりに大きな銃声に、宗一は短い悲鳴を上げた。

 放たれた銃弾がカーペットを焦がしながら穴をあけ、床にめり込む。


「そんな……」


 陽一の持つ拳銃が本物と知った宗一は、その銃口を再びこめかみに突きつけられて恐怖に身を縮めた。

 しかしすぐになにかを思い出したように視線を巡らし、視界に花梨の姿を捉える。


「本宮さん、どうして……?」

「ごめんなさいね、利用しちゃって」


 口ではそう言ったが、悪びれた様子はない。


「そんな……」


 花梨の言葉に絶句し、呆然とした宗一は、すぐに歯を食いしばり陽一を睨みつけた。


「お前が、本宮さんをそそのかして……」

「アホか」


 そう言って陽一は軽くため息をつく。


「俺にそそのかされたからって、ほいほい言うことを聞くような女じゃないだろ、花梨は」

「あら、あたし陽一の言うことならなんでも聞くわよ?」

「いや、そういうことをいま言うなよ」


 そんなふたりのやりとりに、宗一の腕を押さえるアラーナや、念のため周りを警戒している実里がクスクスと笑いを漏らした。


「ま、冗談はさておき、今回本郷くんを巻き込もうって言い出したのは陽一じゃなくてあたしよ」

「なっ……!?」

「そもそもあたしが言い出さなきゃ、陽一はあなたの存在にも気づかなかったでしょうね。思い出さなければスルーしてただろうけど、思い出しちゃった以上は声をかけないのも失礼でしょう?」

「お、お前ら……揃いも揃って僕を馬鹿にしているのか……?」


 怒りに顔を歪めた宗一は、銃を突きつけられているのも気にせず顔を上げ、陽一と花梨を交互に睨みつけた。


「こんなことをしてただじゃ済まないぞっ!!」


 そして、怒りにまかせて吠える。だが、


「そっちこそ、ただの日系企業の偉いさんってだけで俺らをどうこうできるとでも?」


 恐れる様子もなく淡々と返す陽一の姿に、宗一は鼻白み、少しだけ冷静になった。


「ふん……黄老か」


 この時点で陽一らと黄老とのあいだに直接つながりはない。

 今回のようにシーハンを介せば動いてはくれるだろうが、どの程度まで力を貸してくれるかは未知数だ。


「いくら黄老の庇護下にあるからといって、安心できるとはかぎらないよ」


 だが宗一はその事実を知るよしもなく、陽一や花梨が黄老とそれなりの関係にあると考えたようだ。

 その勘違いをあえて否定する必要もない。


「僕たちをただの日系企業とは思わないことだ」


 宗一は勝ち誇った笑みを浮かべてそう言った。

 それを見て陽一は呆れたように苦笑を漏らし、花梨は悲しげな表情でため息をついた。


「つまり、本郷くんは赤穂の背後にどういう組織がいるのか、把握してるってことよね」


 花梨の言葉に、宗一は目を見開いた。


「っていうか、本郷くんもどっぷり構成員ってところかしら」

「は、はは……そうか……本宮さんも、知ってたんだ……。まぁネットで調べれば、それっぽい情報も、出てくるしね」


 宗一の笑顔が引きつる。

 それは、以前の同僚に自分の正体を知られたことを、少なからず恥じているからだろうか。


「あのとき、辞めるつもりはないかって聞いたわよね?」


 宗一が赤穂と裏社会とのつながりを把握していないという可能性は、最初から考えていなかった。

 これだけ大きな企業の高い地位にあって、そのことを知らないとは考えられなかったからだ。


 陽一に聞けばすべてわかることだが、花梨は自分の目で宗一の顔を見て、言葉を聞いて、判断したかった。

 だからあえて彼に会ったのだった。


「でも話してみてわかったわ。あたしの知ってる本郷くんはもういないんだってことが。だったら、遠慮する必要なんてないわよね?」


○●○●


 宗一と花梨が、ホテルの廊下を並んで歩いていた。


「こんなことをしても、すぐにセキュリティが駆けつけてくるぞ?」

「そうかしら? 本郷くんは部屋に連れ込んだ女性のひとりに頼まれて、ホテル内を案内してるってだけでしょう?」

「それは……僕たちだけなら、そう見えるけど、でも……」


 背中に当たる硬い感触に、宗一は眉をひそめた。

 彼に拳銃を突きつけた陽一が、あとをついて歩いている。

 ちなみにアラーナと実里は先ほどの部屋で留守番をしていた。


「大丈夫よ。彼、カメラに映ってないから」

「そんな馬鹿なことが……」

「でも、あれから結構経つのに、なんの反応もないでしょう?」

「む……」


 花梨の言うとおりだった。

 堂々と銃を持った男が歩いているというのに、セキュリティルームでカメラ映像を見ているはずの警備員が、なんの反応も示していないのだ。

 それどころか、ときおりすれ違う宿泊客や従業員ですら、陽一の存在に気づかないのが不思議だった。


「おい」


 通路の突き当たり、てい字になっているところを左に曲がろうとしたところで、陽一の声が聞こえ、銃口が強く押し当てられる。


「そこは右だろ」

「ちっ……」


 目的地から離れようとしたが、あっさりと見抜かれたため、宗一は諦めて歩き始めた。


「ここだな」

「……なぜ、この部屋のことを?」


 そこはごく普通の客室に見えた。


「本郷くん、開けてもらえるかしら?」


 恨めしそうに花梨を睨みつける宗一だったが、ほどなく諦めたようにため息をついた。


「……"開け"」


 宗一が観念したように呟くと、スライド式のドアが開く。

 このドアや周辺にはカメラやマイクがいくつか仕込まれていて、顔だけでなく、声や網膜での認証によって開くようになっていた。


「これはこれは」

「すごいわね……」


 入った先は倉庫のような場所だった。

 そこに、盗品と思われる美術品などがところ狭しと並べられている。


「これ、全部盗品よね? しかもほとんどが日本の美術品」

「それがどうしたっていうんだ?」

「恥ずかしくないの?」


 馬鹿にしたような花梨の表情と言葉に、宗一は顔を紅潮させ、目をつり上げた。


「これはもともとこっちの連中が盗み出したものだ! 僕たちはそれを奪い返したんだよ!! それのどこが悪い!?」

「持ち主に返すっていうんなら、悪いことじゃないわね。でもそんなことはしないんでしょう?」

「に……日本人が、取り戻すことだって――」

「でも外国の好事家が高いお金を出したら、あっさりそっちに売っちゃうのよね? タンチャオって連中と、なにが違うのかしら?」

「ぼ、僕たちを、あんなチンピラと……」


 一緒にするな、と否定したい宗一だったが、言葉をつなぐことはできなかった。


「そんなことよりお前らこそ、こんなところに案内させていったいなに……を……え……?」


 部屋が、空っぽになっていた。


「なんで……? ここにあったものは、いったいどこに……」

「いただいたに決まってるだろ、俺が」

「そんな、どうやって!?」

「教えるわけないだろ」


 花梨と話しているあいだ、宗一は室内の美術品から注意を逸らしていた。

 しかし、それは1分にも満たない時間だったはずだ。

 それを、物音ひとつ立てずにきれいさっぱり盗み出したという。

 とうてい信じられないことだったが、実際部屋の中は空っぽになっていた。


「……お前たちが本当にここにあったものを盗んだとして――」

「人聞きが悪いな。取り返したと言ってくれよ」

「――そんなのどっちだっていい! お前たちは手に入れたものをどうするつもりだ!?」

「もちろん、持ち主に返すさ」


 途中、黄老と会うための手札として利用するが、最終的にはすべてがしかるべき人たちの手に渡るよう手配するつもりだ。


「ばかな! あれにどれだけの価値があると――」

「盗品を売るほど落ちぶれるつもりはないよ」

「うぅ……」


 宗一はがくりとうなだれた。


 盗品の売買は組織の大きな資金源のひとつだ。

 日本の美術品を闇ルートで外国へ売り渡すなど、当たり前のようにやってきた。

 それを、目の前にいる凡庸を絵に描いたような男にあっさりと否定され、なぜだかわからないが敗北したような気がした。


「本郷くん」


 花梨に名を呼ばれ顔を上げる。


「あたしたちはこの部屋に来るのが目的だったわけだけど、本郷くん以外にもここに入れる人はいるよね?」


 もっと秘密裏に忍び込むこともできた。

 わざわざ本郷を巻き込み、黄老を呼び寄せてパーティーを開く必要などなかったのだ。


「わざわざあなたを巻き込むほうが、面倒なのよね。でもあたしはあえて本郷くんに接触したの。なぜだかわかる?」

「おい、花梨……それは言わなくても」


 そう言ってたしなめようとする陽一を、花梨は軽く手を上げて制した。


「本郷くん、陽一のこと馬鹿にしたでしょ?」

「え……?」

「あれ、結構イラッときたのよね」


 突然の告白に、宗一は呆然とした。

 そんな彼の様子を見てやれやれと頭を振る陽一に、花梨は腕を絡めた。


「すごいでしょ、彼」


 陽一に腕を絡めながら花梨は元後輩に笑顔を向ける。


「盗まれた美術品を一瞬で取り返すなんてこと、本郷くんにできるかしら?」


 宗一はなにか言おうとしたが、結局なにも口にできず、ふたたびうなだれた。


「じゃあね、本郷くん」


 陽一と花梨は、そんな宗一の脇を通って部屋を出た。


「……くっ」


 ふたりが出ていったあと、歯を食いしばる音が空っぽの部屋に響いた。


○●○●


「なんやのん、これ?」


 宗一が花梨らを連れてパーティー会場を出てしばらくのち、シーハンも会場を抜け出して別室へ移動した。

 そして用意していたタブレットPCを操作する。

 そこにはハッキングしたこのホテルのカメラ映像が映し出されていた。


 花梨ら3人を連れた宗一は、彼が押さえていたらしいスイートルームへ入った。

 それから数分後、部屋を出る。

 そこから廊下を歩き、たどり着いたのは盗品の保管庫だった。


 そこまでなら、誘い出した女性にコレクションを自慢する、というふうに見える。

 しかし、部屋に入ってすぐ、美術品が消えた。


「手品かいな?」


 手品というより、質の悪い編集動画を見せられているようだった。

 何度か同じ場面を繰り返し再生したが、やはり盗品は一瞬にして消え去ったようにしか見えなかった。


「ま、ええわ。ヤンイーがうまいこと運び出したんやろ」


 なにやら得体の知れない部分のある男だが、最終的に操ってしまえば問題ないのだ。

 そう開き直ったシーハンのスマートフォンに着信があった。


「ヤンイー、うまいことやったみたいやな」

『おう。俺らはもうホテルを出たから、そっちも適当に引き上げてくれ』

「ほえー、えらい手際がええやないの」

『女怪盗さんに褒められるとは、光栄だね』

「ほんと、お見事だったわ」


 シーハンのしゃべり方が変わった。


「じゃあ、今夜行くわね。待っててくれる? もちろん、ひとりで……」

『……わかった』


 最後の返事だけはどこか感情が抜けたようで、それを聞いたシーハンは、クスリと笑って通話を切った。


 それから、カメラ映像の続きを確認する。

 なにやらパントマイムのような動きを見せた花梨は、宗一を置いて盗品の保管庫を出た。

 痴話喧嘩のすえに振られた、と見えなくもない構図だ。

 保管庫を出た花梨は、通路を戻ってスイートルームに入る。

 中からは開けられるので、残っていたふたりのどちらかが招き入れたのだろう。

 しばらくうなだれていた本郷は、よろよろと立ち上がったあと、同じく来た道を戻った。

 歩いているうちに気を取り直したのか、徐々に早足となり、最後は小走りになって部屋に駆け込んだ。

 しかしすぐに部屋から出てあたりを見回しているようだった。

 おそらく部屋に誰もいなかったのだろう。

 その時点でスマートフォンを耳に当てていたので、なんらかの指示を出したようだ。


「ふふ、なんだか騒がしくなってきたみたいねぇ」


 おそらく陽一らの捜索が始まったのだろう。

 映像を見る限り彼らが部屋を出たはずはないのだが、先ほど電話で"ホテルを出た"と言っていたので、もうここにはいないに違いない。


 ほどなくパーティー会場に戻ってきた宗一は、黄老に陽一らのことを聞いた。


「人を介しての紹介だったので、私も直接は知らないのだよ。彼らがなにか問題でも? できれば私もあの美人にもう一度酌をしてもらいたかったのだがね」


 まさか盗品を奪われたなどと言えるはずもなく、宗一はそれ以上追求することはなかった。


 こうして黄老を迎えたスカーレットスピカホテルでのパーティーは、表向きはつつがなく終了したのだった。

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