第13話 二大勢力の邂逅
スカーレットスピカホテルは、赤穂有限公司が経営する高級ホテルだ。
海岸都市や首都、そのほかの大都市にも系列があり、少し前にこの内陸都市にも新設された。
下層階がデパートになっていて、中層から上層がホテルとなっている。
その最上階にある高級ホテルに、この町にいる赤穂の重役や構成員たちが勢揃いしていた。
「本日はお招きいただきありがとう。そして我が町へようこそ」
会場前方のステージでグラスを片手に、豊かな白髪をオールバックにした老紳士が挨拶をする。
黄老こと田中昭吉だ。
名前からわかるとおり、彼の出自は日本と深い関わりがある。
いわゆる残留孤児という存在だ。
激動の時代を生き抜いた彼は、いまや政府にとって欠かせない存在となっている。
政府代表が替わるたびに粛清の嵐が吹き荒れるこの国にあって、半世紀以上ものあいだ中央から一目置かれる存在であり続けられたのは、ひとえに日本の要人とのつながりゆえである。
覇権主義を標榜し、武力を背景に傍若無人に振る舞っているように見えるこの国だが、それでも各国要人とのパイプというのは無視できないものだ。
「こちらこそ、お越しいただきありがとうございます。同じルーツをもつ我らとしても、こうして黄老をお迎えできたことを誇りに思います」
同じくステージに立つ宗一が、そう言って黄老に頭を下げる。
一線からしりぞいたとはいえ、いまなおこの国に強い影響力を持ち続ける黄老は、もともと伝手のない赤穂有限公司にとって、どうにか渡りをつけたい存在だった。
そこへ花梨からの打診があり、宗一はそれに飛びついたのだった。
陽一はステージの様子を、会場隅のほうでシーハンと並んで見ていた。
彼は給仕のふりをするため、ここの制服である黒いスーツを着ていた。
隣にいるシーハンは、先日と同じ薄紫のチャイナドレスを身にまとっている。
「なぁ、呼びつけるんならこっちから出向いたら会えたんじゃないか?」
陽一の目的は、黄老に会って太刀を返してもらうことだったが、シーハンは"そうやすやすと会える人物ではない"と難色を示した。
そのうえで"手土産があれば"会えるということだったので、そのあたりのことを彼女に任せた。
だがフタを開けてみれば、目当ての人物である黄老その人が、すぐ近くにいるのだ。
なんともおかしな話である。
「自分の拠点に相手を引き入れるか、相手の
「……黄老は自分の拠点に俺を呼びたくなかったってことか?」
怪訝な表情を浮かべてステージを見る陽一の顎を軽く持ち、シーハンは彼の顔を自分に向けた。
「なんだよ……」
無理やり顔の向きを変えられて不機嫌そうにシーハンを見ていた陽一だったが、ほどなく目から力が抜けていく。
「少なくとも手ぶらではだめよ。そう言ったでしょう?」
陽一を見つめ、口元に笑みを浮かべたシーハンは、子供に言い聞かせるような口調でそう告げた。
「……そういうもんか」
「ええ、そういうものよ」
そう言ってシーハンが手を離すと、陽一は再びステージのほうに向き直った。
そしてぼんやりとした表情で黄老を見たまま、鷹揚に頷く。
「うふふ……いい子ね」
そんな陽一の姿を目にし、シーハンの口元の笑みはいびつに歪んだが、彼女はすぐに表情を緩めた。
「それにしても、ファリーはうまいことやってくれたなぁ」
その言葉で、ぼんやりとしていた陽一の表情が戻った。
「まぁ、花梨は有能だからな」
この国の政府は、黄老が日本企業と深くつながることを望まない。
なので、なんとか政府にバレず黄老と赤穂の重鎮を会わせられないか、と花梨が相談を持ちかけ、宗一はそれに乗ってこのホテルで会うことを提案したのだ。
「偽装、隠蔽はばっちりってか」
もちろんだが、このホテルにも監視カメラの設置は義務づけられている。
だが赤穂の連中はいろいろな方法でシステムを欺き、ホテル内での出来事を偽装、あるいは隠蔽できるように、設計の段階から仕組んでいた。
100名ほどの人でにぎわうこのレストランだが、監視カメラの向こうには清掃中の映像が流れているのだ。
「ま、本郷くんにとっちゃあ花梨はただの日本人のビジネスパーソンだもんな。向こうは向こうで、うまくホームへ誘導できたと思ってるだろ」
ステージの上で黄老を前に意気揚々と話す宗一を見ながら、陽一は苦笑を漏らした。
「ほな、うちそろそろいってくるわ。あとのことはほんまに任せてええんやね?」
「ああ、問題ない」
「……しかし、あんなべっぴんさん、いったいどこから連れてきたん?」
「秘密だ。ほら、そろそろ出番だぞ」
「はいはい」
そう言ってシーハンは、陽一にひらひらと手を振りながら離れていった。
「では、我々のほうからもとっておきの酒を出そう」
それからまもなく、黄老がそう言うと、ステージ
その声は、瓶に入っているであろう年代物の紹興酒に対してではなく、それを抱えている女性たちに対して上げられたものだったが。
ひときわ目を引いたのは、中央に立つ銀髪の女性だった。
薄紅色のドレスは漢服をベースにしているようで、袖口が振り袖のように広がっていた。
長い袖とは対照的に、丈は極端に短く、豊満な乳房を覆うのに少し足りなかった。
しかも下端中央に縦にスリットが入っていて、大きな胸の谷間が下から見える仕様となっていた。
下乳からキュッとくびれた腰、そしてヘソまでを惜しげもなく晒している。
白磁のような、なめらかな肌だった。
スカート部分にも深いスリットが入っていて、露出はかなり多いのだが、本人のたたずまいに気品が漂っているせいか、下品さはない。
まるでいにしえの仙女が現代に降臨したかのような、神秘的な容姿をもつ絶世の美女に、会場にいた男たちの目は釘づけになった。
言うまでもなくアラーナである。
その傍らには、チャイナドレスを着た黒髪眼鏡の女性――実里――もいた。
実里が着ていたのは、白地に青い装飾の入った清楚な印象を与えるドレスだった。
袖は肩を軽く覆う程度で、裾は膝上15センチほど。
ほっそりとした手脚を晒し、いつもとは違ってフレームの細い眼鏡をかけた彼女の姿は、アラーナの陰にありながら一部の男性客から熱烈な視線を受けていた。
そんなふたりの視線が、給仕のふりをして会場の隅に立つ陽一へと向けられる。
視線を受けた陽一は彼女たちに無言で頷き、続けて客席のほうへと目を移した。
ステージ近くのテーブルに座る、チャイナドレス姿の花梨と目が合った。
黒地に赤い装飾の入ったノースリーブのドレスは、以前カジノの町で着ていたのと同じものだった。
深く入ったスリットから片方の太ももが完全に露出し、あわや鼠蹊部までもが見えそうになっている。
(うまくやってくれよ……)
そんな思いが通じたのか、花梨はふっと自信ありげに微笑む。
陽一は軽く手を振ったあと、会場から抜け出した。
○●○●
十数名の女性で手分けして紹興酒を注いで回る。
「それではこのたび結ばれたよき縁に」
全員に酒がいき渡ったあと、黄老の音頭で乾杯が行なわれた。
「ふぅ……これでひと息つけるな」
乾杯のあと、宗一は自分のテーブルに戻ってどっかりと椅子に座った。
「おつかれさま」
そんな宗一を、花梨はテーブルで迎えた。
「いや、それにしてもさすが黄老だな。あんな美人を連れてくるなんて」
そう言って、宗一はアラーナに熱っぽい視線を向けた。
「よかったらこっちに呼びましょうか? 彼女、知り合いなのよ」
「本当に!? ぜひ!!」
花梨が手招きすると、アラーナと実里がやってきた。
「ささ、どうぞ。座ってください」
少し興奮した様子で、宗一はふたりに着席を促す。
「いやぁ、目の覚めるような美人とはまさにあなたのことだ! この町に来てよかったと心底思えるよ」
日本語で話しかけられたアラーナは、にっこりと微笑んだ。
「グラスが空ね。注いであげてくれる?」
花梨の言葉に頷いたアラーナは、瓶の紹興酒を
「おお、ありがとう! では……」
男はグラスをあおり、一気に紹興酒を飲み干した。
「ふぅー! いやぁ美人にお酌をしてもらうとまるで別物のように美味しいねぇ」
アラーナに酌をしてもらう宗一の様子を、周りの連中は心底羨ましそうに見ていたが、だれも声を上げなかった。
やはり、このなかでは宗一の地位がもっとも高いようだ。
「しかし君はどこの出身なんだい? 見たところヨーロッパか北欧か、あるいはロシアあたりの人にも見えるんだけど」
宗一の言葉に対し、アラーナは困ったように微笑むばかりで、言葉は発しなかった。
「本郷くん、彼女まだ日本語がうまくしゃべれないのよ」
「そうか、ならこっちの言葉なら――」
「ああ、いえ、聞き取るのは問題ないから、よかったらあたしが代わりに応えるわよ」
「そうなんだ、悪いね。というか、隣の君もよく見ると美人だねぇ」
「ありがとうございます」
アラーナの傍らにいた実里は、穏やかな口調で礼を言って頭を下げた。
それから花梨と実里、アラーナは宗一に酒を勧めながら適当に受け答えを繰り返した。
「ふぅ……こういうのって、いつまで経っても慣れないわね」
しばらく談笑を続けたところで、花梨は疲れたふりをしてそう言った。
「ねぇ、本郷くん。ちょっとどこかで休みたいんだけど、いいところないかな?」
艶っぽい声で問われた宗一は、酒で赤くなった顔をさらに赤くして花梨を見た。
「えっと、本宮さん……?」
「彼女たちも休憩したいみたいだし、ね?」
「休憩か……ふふ……」
宗一の目が怪しく光る。
「そうだね、よかったらこのホテルのいちばんいい部屋を案内してあげよう」
「うふふ……いいの? ありがと」
宗一の言葉に、花梨は意味ありげな笑みを浮かべて礼を述べた。
「君たちも、いいんだね?」
宗一の視線を受けたアラーナと実里は、にっこりと笑顔を浮かべて頷いた。
「じゃ、いこうか」
「ええ。ゆっくり休みましょう」
3人の美女を連れて歩く宗一に対し、恨めしいような視線がいくつも向けられたが、彼は気にする様子もなく会場を出た。
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