第12話 赤穂有限公司
打ち合わせのために、陽一のホテルへ移動した。
「ってか、えらく素直についてきたじゃないか。アウェーだなんだって煙幕使って逃げるほど嫌がってたくせに」
「あんだけヤッといて、いまさら他人ヅラする気か? もうヤンイーとうちは仲間や。せやったらアンタのホームはうちのホームやろ」
「君がそれでいいんならいいけどな」
部屋に到着し、ドアを開けると、花梨が出迎えてくれた。
「お帰り、陽一。それと、いらっしゃい女怪盗さん」
事前に知らせておいたおかげもあり、花梨は笑顔で迎えてくれた。
「アイヤー、こんなきれいな奧さんがいるのに、ヤンイーはひとりでワタシのお店に来たアルか?」
部屋に入るなりシーハンはおどけたようにそう言った。
「いや、お前な……」
「まだ結婚はしてないわよ」
「まだ、ということは、そのうち結婚するアルか?」
「さぁ、どうかしらね?」
シーハンの問いに答えながら、花梨は人の悪い笑みを陽一にむけた。
「いや、はは……」
陽一としては、頬をかいてごまかすのが精一杯だった。
「なぁ、ヤンイー? さっきのこと……」
耳元で囁き始めたシーハンを追い払うように、陽一は手を振る。
「脅しならきかんぞ。花梨には全部話してある」
「ほんとアルか!? ワタシの口に1発、お×××に5発どぷどぷ出しまくったことまで全部知ってるアルかー?」
「いや、言い方!」
そんなシーハンの言葉を聞いても、花梨は呆れたように肩をすくめるだけで、特に怒った様子はなかった。
「ま、陽一じゃ仕方ないわよね」
「アイヤー! ヤンイーは見かけによらずヤリチンアルなー」
「うるせー」
そんなやりとりをしながら、3人はリビングのソファに座った。
「それにしても、かの女怪盗ジャン・チェンシーに会えるなんて光栄ね」
「知ってるのか花梨?」
「ええ。報道番組やワイドショーなんかで特集を組まれたりしてたわよ」
「あははー、照れるアルなー」
本当に照れたように頭をかくシーハンに対して、花梨は手を差し出した。
「一応自己紹介させていただくわね。あたしは花梨。こっちじゃ
「だったらファリーと呼ばせてもらうアル。ワタシはご存じ、女怪盗ジャン・チェンシーね。シーハンと呼んでもらってもいいアル」
「陽一はどう呼んでんの?」
「シーハン」
「じゃああたしもシーハンって呼ぶわね」
「よろしくアル」
そう言ってふたりは握手をした。
「じゃああらためて状況を説明しておこうか」
ここで陽一は、太刀がすでにシーハンの依頼主である黄老の手に渡っていること。
黄老に会うためにはなにかしらの手土産が必要なこと。
そして赤穂有限公司が所蔵している盗品の美術品をその手土産にしようと考えていることを説明した。
「ってわけなんだけど……どうした花梨? そんな難しい顔して」
「ねぇ陽一……アカホって色の赤に稲穂の穂でアカホ?」
「そうだけど、知ってるの?」
「それってさ、赤穂健康食品と関係ある?」
「えっと……あるね。母体になってるのがその赤穂健康食品で、海外支社が赤穂有限公司だ」
「赤い穂でアコウじゃなくアカホって読むのが珍しいなって思ってたけど、やっぱりそうか……」
花梨が、大きくため息をつく。
「どうしたんだ?」
「そこの社員に本郷宗一ってのがいない?」
「あーえっと……いるな……って、確かそいつは?」
「ええ、このあいだ話したあたしの後輩よ」
「まじかよ……。そいつ、この町にいるぞ?」
「……ほんとに?」
「ああ。ここのトップだ」
「アイヤー、世間は狭いアルなー」
驚いたようなセリフとは裏腹に、シーハンはなにかを企むような笑みを浮かべている。
この町の赤穂のトップが知り合いだというなら、いろいろと都合がいいと考えているのだろう。
「ねぇ、たしか赤穂って」
「……反社のフロント」
不安げな花梨の問いかけに、陽一は少し言いづらそうにそう答えた。
「なにやってんのよあの子……」
花梨は心底呆れたようにため息をつきながら、額を押さえて頭を振った。
○●○●
陽一らが泊まっているホテルと、赤穂が持つビルのちょうど中間に位置するカフェのオープンテラスに、花梨はひとり座ってコーヒーを飲んでいた。
そこへ、ひとりの男が近づいてくる。
「ごめんごめん、遅くなっちゃって」
明るい口調でそう言いながら、花梨の向かいに座ったのは本郷宗一だった。
「大丈夫、そんなに待ってないから」
「それならよかったよ」
宗一はハンカチで汗を拭きながら、ウェイトレスに声をかけてアイスカフェラテを注文した。
「いやぁ、それにしても、まさかここで本宮さんに会えるとはね」
「あたしだって驚いてるわよ」
それから軽く近況を報告しあったあと、宗一は真剣な表情になり、軽く身を乗り出した。
「それで、例の話なんだけど、本当なの?」
声を潜めてそう言う宗一に、花梨もまた真剣な表情で頷く。
「僕たちとしてもなんとか黄老への
「ま、知り合いの知り合いって感じかしらね。黄老のほうでも赤穂とはいい関係を築きたいみたいだし、お互い利があってよかったわ」
それから細かい打ち合わせを行ない、その場は解散ということになった。
「本宮さん、うちにくる気、ない?」
立ち上がりかけた花梨に、宗一が声をかける。
「ないわよ。前にも言ったでしょ?」
「でも……」
「逆に聞きたいんだけど、本郷くんこそ辞める気はないの?」
「辞めるって、赤穂を? なんで?」
「なんでって……」
花梨としては、好きではない相手とはいえ以前は同じ釜の飯を食った仲間であることに変わりはない。
以前の後輩が反社会組織と関わりを持っているということに、少なからず心を痛めているのだ。
「日本じゃ無名かもしれないけど、赤穂はこっちじゃ大企業だよ? 収入だってあの頃とは桁違いだし、人脈だってある! 望めば大抵のことは叶うんだ! なのに辞める? 赤穂を!? あり得ない!!」
元先輩の心情を知ってか知らずか、宗一は得意げに語り続ける。
「本宮さんこそ、どうしてあんな男とずっと一緒にいるの? 黄老に会ったってことは、ただの旅行じゃないよね? そこになんであいつが同行してるわけ?」
「……あたしが彼と来てることなんて、お見通しなわけね」
「言っただろ、それくらいのことは簡単に調べられるって」
「このあいだ断ったから、てっきりそんなことしてないと思ってたわ」
「いつ本宮さんの気が変わっても、迎え入れられる準備はしておこうと思ってね」
その言葉を心底不快に思って花梨は眉をひそめたが、宗一はその表情の変化に気づかなかった。
「それで、本宮さんはこっちに住むの? もしそうならあの男はさっさと帰したほうがいいね」
「まさか。用が済んだら帰るわよ。もちろん彼と一緒にね」
「黄老の伝手があるのに? そのうえ僕ともつながりがあるのに? なんで? 日本にいるより絶対こっちにいたほうがいいに決まっているだろう? あんなやつと一緒にいるより、僕と一緒になったほうが本宮さんは幸せになれるんだよ!」
「はぁ……つまり、辞める気はないってわけね」
「考えるまでもないね!! それより本宮さんこそ――」
「ごめんなさい」
余計なことを言ってしまったと、花梨は少し後悔した。
これ以上なにを話してもわかり合えないだろうし、下手なことを言って計画に支障をきたしてもつまらないので、花梨は話を打ち切ることにした。
「余計なこと言ったわね。じゃあ当日、よろしくね」
「……あ、ああ。よろしく」
冷めた様子の花梨を見て、少し興奮しすぎたと自覚したのだろう。
多少うろたえながらも、宗一はそう言って花梨を見送った。
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