第9話 タンチャオの襲撃

 非常灯だけがついた薄暗いレストランのなかを、陽一はチェンシーに続いて歩く。

 この光量であれば、たとえカメラに捉えられても、顔認証はもちろん、像がぼやけて歩容ほよう認証もできないことを【鑑定+】で確認しておいた。


(少しばかり無茶ができそうだ)


 ほどなくふたりは、タンチャオを名乗る男たちのもとへ到着した。


「ジャン・チェンシー! てめぇ、よくもやりやがったな!?」


 チェンシーの姿を認めるなり、リーダーらしき男は怒鳴り声を上げ、数名の仲間とともに銃を構えた。


「あら、なんのことかしら?」

「トボけんじゃあねぇ! 俺らの獲物を横取りしやがったろうが!!」


 男の言葉に、チェンシーは心底意味がわからないという表情で首を傾げる。


「ごめんなさいね。本当になんのことかわからないわ」

「まだトボけやがるか! このへんで日本の美術品を狙うやつなんざ、てめぇしかいねぇだろうが!!」


 どうやらタンチャオが手に入れた美術品――まちがいなく盗品だろう――が、何者かに盗まれたらしい。

 多大な時間と金と労力を費やし、さまざまなルートを駆使して手に入れ、保管していた絵画や茶器、仏像などの美術品をチェンシーが盗み出したのだと、彼らは疑っているようだった。


「なあ、あんた本当にやってないのか?」

「ホントよ。ワタシ、ただのウェイトレスね。こんな物騒な人たちなんて、知らないアルよ」


 陽一の問いに、チェンシーはさらっと答えた。


「おい、てめぇらなにわけわかんねぇ言葉で話してんだこらぁ!?」


 日本語でのやりとりに、男は苛立つ様子を見せた。


「なぁ、あんたら」

「あぁ!? さっきからしれっとそこにいやがるが、てめぇ何もんだ?」

「彼女の客だよ」

「そうかい。関係ねぇやつぁひっこんでな!!」

「そうはいかない。彼女には大事な用がある。それに俺のほうが予約は先だぞ」

「んだと……?」

「まぁ落ち着いて話を聞いてくれ」


 男に睨みつけられた陽一は、両手を上げてなだめるように話を続けた。


「彼女が犯人じゃないとわかれば、この場は引いてくれるか?」

「……どうやって証明する?」

「真犯人を教えてやる」

「なんだとっ!?」


 男が驚きの声を上げ、手下どもがザワつく。

 その気になれば力づくで追い返すことも可能だが、荒事を避けられるならそれに越したことはない。


「お客さん、ホントに真犯人わかるアルか?」

「ああ、その気になればね」

「……どうしてそこまでしてくれるアル?」

「言っただろ、あんたに用があるって――」


 ――ダンッダンッ!


 男が天井に向かって放った銃声に、ふたりの会話はさえぎられた。


「だから俺たちにわからねぇ言葉で話すんじゃあねぇっ!!」

「悪い悪い」

「ちっ……! それで、真犯人ってのはどこのどいつだ?」

「ちょっと待ってくれよ……」


 【鑑定+】で経緯を探る。


「……赤穂あかほ有限ゆうげん公司こうしって、わかるか?」

「赤穂……高速鉄道の駅前に最近でけぇ店を構えやがったとこだな」


 男はそう言って悔しそうに表情を歪める。

 おそらく日本企業ということを知って、反感を持ったのだろう。


「健康食品や化粧品なんかを扱っている会社ね。少し前に服飾ブランドも立ち上げたんじゃないかしら」


 と、チェンシーがなめらかな口調で補足する。


「さて、少なくとも俺は知らなかったけどね」


 日本資本の企業として、10年ほど前からこの国に進出した赤穂有限公司は、主要都市に販売店や娯楽施設、飲食店などを展開しているようだ。

 少し前に、いよいよ内陸都市にまで手を伸ばしたらしい。

 かなり大きな企業らしいが、少なくとも陽一は、日本で目にしたことはなかった。


「てめぇ、まさかその赤穂が犯人だなんて言うんじゃねぇだろうな?」

「いや、そのまさかだ」

「ふざけんじゃねぇ! なんで日本のカタギの会社が俺らの獲物をかすめ取るんだよ!?」

「そりゃ連中のバックに日本の反社会組織がいるからだよ」

「なっ……!?」


 赤穂有限公司は、そもそも日本の反社会組織が大陸へ進出するためのフロント企業だ。

 最初は一般企業を偽って、新卒の日本人留学生を雇って人員を集め、小さな飲食店を始めた。

 それからライブハウスなどの娯楽施設を展開しつつ、地方役人を買収。

 規模を徐々に大きくするなかで、金をばらまいて役人の買収を続け、やがて日本でいうところの株式会社にあたる有限公司として認められるに至った。

 そこから多角的に経営を展開していくなかで、化粧品と健康食品が大ヒットし、こちらではその手のメーカーとして知られるようになった。


「そういうわけで、君らが追うべきは彼女じゃない。その赤穂有限公司って連中だ」

「くそっ! あいつらふざけやがって……!!」

「じゃあ、悪いけど引き上げてくれるかな」


 その言葉に男はニタリと口角を上げ、手にした拳銃の銃口を陽一の眉間に向けた。


「いいや、ダメだ。そいつはこのまま連れて帰る」

「おいおい、話が違うじゃないか」

「てめぇが嘘をついているとも限らねぇ。っつーかどう考えても嘘くせぇ話じゃねぇか。だったら確認が取れるまでコイツの身柄は預かっとかねぇとな」


 男はそう言うと、下卑た笑いを浮かべた。

 手下どもも、下品な笑い声を漏らしている。

 連れ帰って、賓客ひんきゃくとしてもてなすつもりはないのだろう。


「お客さん、ワタシ怖いアルよー」


 なんてことを言いながら、陽一にしなだれかかるチェンシーだったが、どう見ても恐れているようには見えなかった。


「それは困るなぁ。さっきも言ったけど、俺は彼女に用があるんだよ」

「バカかてめぇはっ!?」


 すると男は、わざわざ拳銃の全体像が見えるように構え直して、それを誇示する。


「これが見えねぇのか? 頭に穴ぁあけるぞこらぁ!!」

「お前らこそこれが見えないのか?」


 男が銃を構え直そうとしたスキを突いて、陽一は【無限収納+】から50口径の拳銃を取り出して構えた。

 念のため、取り出す瞬間は手元がカメラに映らないよう気をつけながら。


「は? え?」


 突然の出来事に、男は言葉を失う。

 うしろに控えていた手下どものなかには、短機関銃サブマシンガンや自動小銃を構えている者もいたが、反応できなかった。


「は、はは……そんな、おもちゃで」

「チェンシー、耳塞いで」


 日本語でそう告げられたチェンシーは、慌てて耳を塞ぎ、しゃがみ込んだ。

 それと同時に陽一は銃口を斜め上に向け、引き金を引く。


 ――ズガァンッ!!


 轟音がホテル内に鳴り響く。


 50口径オートマチック拳銃が発する銃声は、イヤーマフ越しでも聴覚障害を引き起こす恐れがあるため、反響のある室内射撃場では使用が禁じられるほどの音量だ。


「ひぃっ……!」

「ぎゃあっ!!」


 陽一らがいるのはレストランのメインホール。

 生ピアノが置かれたこの場所は、ちょっとしたコンサートができるよう、音がよく反響するように設計されている。

 反響し、増幅された銃声に、タンチャオの連中はうめき声をあげ、武器を手放し、耳を塞いでうずくまった。

 至近距離にいたリーダー格の男に至っては、銃口から発生したマズルファイアを顔に受け、眉毛や前髪を焦がしながら仰け反り、倒れてしまった。


「ふぇー……耳塞いでてもうるさいアルなぁ」

咄嗟とっさにしゃがんで正解だったな」


 耳を塞ぎ、さらにしゃがんで距離を取ったことで、チェンシーはかろうじて聴覚へのダメージから逃れることができた。


 陽一にしてみれば慣れた音である。発射直後はもちろん鼓膜が傷つくといったことはあるものの、何度も経験したおかげか銃声によるダメージは【健康体α】によって瞬時に回復されるのだ。


「さて、誰から頭を吹っ飛ばされたい?」


 異世界では少し大きめの魔物になるとそれほどダメージを与えられない拳銃だが、こちらでは話が違う。

 陽一の宣言どおり、50口径の弾丸を至近距離で撃ち込まれれば、頭の半分くらいは吹き飛んでもおかしくないのだ。


「う……あ……」


 だが一時的に耳の聞こえなくなったタンチャオの連中は、ただ怯えた表情を浮かべてうめくばかりだった。


「……いっていいぞ」


 言いながら陽一が顎をしゃくると、男たちは悲鳴を上げて逃げ出した。


「ねぇ、お客さ――」

「ちょっと待ってね」


 チェンシーの言葉を遮り、陽一は連中が固まっていたあたりにスタスタと歩み寄っていく。

 襲撃犯のひとりがスマートフォンを落としていたので、それを拾い上げると、【鑑定+】で暗証番号を確認し、ロックを解除した。

 慣れた手つきで音声通話アプリを立ち上げ、キーパッドのボタンを迷いなく押していく。


「……あ、もしもし? タンチャオについての情報があるんですけど……ええ、内部告発ってやつです」


 発信元の番号は当局にマークされていたものだったので、構成員のふりをして話を進めた。

 タンチャオのアジトや隠れ家、盗品や帳簿の隠し場所、そこにいたるまでのパスワードや暗号などを、片っ端から伝えていく。


「――というわけで、あとはよろしくお願いしまーす」


 終話ボタンをタップし、追跡されないようスマートフォンを【無限収納+】に収めた。


「おまたせ」


 通話を終えて振り返ると、終始余裕を見せていたチェンシーが、警戒の眼差しを向けていた。


「……あなた、何者なの?」


 そして、日本語を話すことも忘れて問いかける。


「続きは俺の部屋で、ってのは?」


 それに対してチェンシーは苦笑を漏らし、肩をすくめて首を横に振った。


「あなたみたいな得体の知れない人と、ふたりっきりというのは遠慮したいわね」

「あれ? さっきは結構乗り気だったじゃないか」

「さっきとじゃあ状況が変わった……っていうか、変わりすぎたでしょう? 少なくともアウェーであなたとふたりになりたくないわ」

「んー、でも聞かれたくない話があるんだよなぁ」


 いいながら陽一は、監視カメラのあるいくつかの場所へ視線を向ける。

 その様子に、チェンシーは大きく目を見開いたあと、ため息を漏らした。


「ごめんなさい。やっぱりあなたには関わりたくないわ」

「そうつれないこと言わずに」

「そもそもあなた、誰の紹介でここへ?」

「誰からも紹介は受けてないよ。正真正銘の一見いちげんさんだ」

「そんなわけないでしょう? 私の名前が外に漏れることはないはずよ」

「ところがそうでもないんだなぁ、ジャン・チェンシーさん。いや……」


 そこで陽一はチャイナドレスの女性に一歩近づき、声を潜める。


「シュウ・シーハンさん、とお呼びすべきかな?」

「――っ!?」


 その瞬間、チェンシーことシーハンは、胸元からなにかを取り出し、床に投げつけながら大きく跳びのいた。

 それとほぼ同時に煙幕が立ち込め、数センチ先すら見えなくなった。

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