第5話 大陸へ

 盗まれた太刀の現在位置を調べたところ、内陸のほうまで持ち込まれていることがわかった。


「直行便は……LCCしかないのか」


 どうやら目的地となる内陸都市は、まだ若い町らしく、大手航空会社は直行便を扱っていないようだった。

 資金に余裕があるいま、居住性の低い格安航空便はできるだけ避けたいところである。

 それでもグリフォン便よりはマシなのだろうが、あれはほかに選択肢がなかったからやむを得ず利用したのだ。


「ここまで国際便で行って、あとは国内便か高速鉄道ってところかしら」


 地図アプリの画面を指さしながら、花梨が言う。

 彼女が経由地として示したのは、大陸南東の大きな海岸都市だった。


「そこから飛行機だと2時間半で、鉄道だと……12時間かぁ」

「太刀はまだ移動してるの? 急いで追いかけるのなら飛行機がいいと思うけど」


 しばらく移動を続けていた太刀だったが、いまはひとところに留まっている。

 経緯や状況を【鑑定】したところ、とあるコレクターの手に渡ったことが判明した。

 どうやら今回太刀を盗んだ者の目的はそこだったようだ。


「いや、これ以上太刀が動くことはないから、そこまで急ぐ必要はないかな」

「だったら高速鉄道でいいんじゃない? せっかくだし観光気分を味わうのも悪くないわよ」

「そうだな。あんまり真剣になりすぎるのは、俺たちらしくないか」


 最終的に太刀を取り返せばいいのだ。

 いつまでに、という期限があるわけでもないので、陽一は花梨の助言を聞き入れることにした。


「ところで、アラーナと実里はいいのか?」


 今回陽一と一緒に大陸へ渡航するのは、花梨のみとなった。

 アラーナはそもそも日本国籍を持っていないので、そこから用意が必要になるが、シャーロットに頼めばパスポートつきですぐに用意してくれる可能性は高い。

 以降、それを正式な戸籍として継続使用するなら、今回同行し、入国しても問題はないのだが。


「ふむう、この容姿でニホンジンというのも、なぁ」


 銀髪銀目で名前がアラーナ・サリスとなれば、どうしても目立ってしまう。

 父祖まで遡って調査されると、かならずどこかでボロが出てしまうだろう。

 かといってシャーロットがほかに用意できる外国籍となると、かの国との関係がややこしくなってしまうという問題もあった。


「わたしも、立場がちょっと……」


 21世紀以降かの国で何度か発生した大規模な反日デモ。

 そのとき、星川ほしかわグループ傘下の企業と、かの国の企業や政府とのあいだでいろいろあったらしい。

 実里はその星川グループを束ねる総裁令嬢という立場なので、目をつけられる恐れがあった。


「まぁ、今回はカリンとふたりでがんばってくれ」

「ですね。わたしはこちらで待機しておきます」

「悪いわねふたりとも。気を遣わせちゃったみたいで」


 ふたりの態度に、花梨はそう言った。


 先の魔人襲来でともに戦えなかったことを花梨が気に病んでいる、と察してふたりは身を引いてくれたのだろう。


「べつに、気を遣っているつもりはないのだがな」

「そうそう。今回はしょうがないよねって話だよ」

「ふふ、ありがと」


 なにかあったときにお互い連絡を取りやすくするため、実里とアラーナは『グランコート2503』で留守番をすることになった。


「ここのところ働き詰めだったからな。ゆっくり休ませてもらうよ」

「アラーナと映画でも見ながらまったり過ごしますね。せっかくだから、サマンサも一緒にいられたらよかったんですけど……」

「なんだかんだであいつ、サム・スミスだからなぁ」


 気ままな冒険者と違って高名な錬金鍛冶師は、いつも多忙なのだ。


「陽一、そろそろ時間」

「おう」


 花梨がドアを開けて部屋から出たあと、スーツケースを持った陽一が続く。

 実里とアラーナも、サンダルを履いて部屋の外まで出た。


「じゃ、いってくる」

「ああ、気をつけてな」

「お土産、買ってくるわね」

「ふふ、楽しみにしてるね」


 それぞれが言葉を交わしたあと、花梨が陽一に腕を絡め、ふたりは歩き始めた。


 エレベーターに乗ろうとしたところで互いに手を小さく振り合い、ほどなく陽一と花梨の姿が扉の向こうに消える。


「いつ見ても微笑ましいな、あのふたりは」

「うん。でも、ちょっとうらやましいかも」

「そうだな」


 穏やかな笑顔のままそう言い合った実里とアラーナは、少しのあいだ陽一らの乗ったエレベーターの扉を眺めたあと、部屋に戻った。


「さてと、ごはんどうしようか? 陽一さんがいないから、自分たちで作るか外食になるんだけど」

「そのことなんだがミサト、私はデマエというものを経験してみたい」

「出前かぁ、それもいいね。なににする?」


 アラーナに問いかけながら、実里はスマートフォンからフードデリバリーサービスのアプリを開く。


「デマエといえばソバじゃないのか?」

「お蕎麦もいいけど、ほかにもいっぱいあるよ? お寿司とか、中華とか、和食に洋食に……っていうか、なんでもあるね」

「むむ……そう言われると迷ってしまうな」

「ふふふ、じゃあお昼はお蕎麦でいいんじゃない? 夜はこれ見ながら一緒に考えようよ」

「2食続けてデマエか!?」

「なんなら明日も朝から出前とってもいいよ」

「そうか! なにを食べようと私たちの自由なのだなっ!!」

「そうそう。わたしたちふたりで過ごすことってあんまりないから、こっちはこっちで楽しまないとね」


 それぞれの事情で居残りのようなかたちになってしまった実里とアラーナだが、彼女たちなりに充実した休日を送れそうだった。


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