第4話 展覧会の太刀

 とある博物館。


 そこには有名な資産家の刀剣コレクションが展示されていた。

 元大物政治家で、いまは一線をしりぞいているものの、多くの人が名前を聞いたことのある著名人である。


 ゲームから始まった昨今の刀剣ブームにより、こういった個人所有の展覧会なども各地で行なわれることが増えた。

 この展覧会は常設展ではなく、一定期間を経て別の場所へと移動し、全国各地を転々とする予定だ。


「いやー、こっちの刀剣ってのも、なかなか興味深いねー」


 展示された刀剣類を眺めながら、サマンサが呟く。


「ねぇ、サマンサさん……ほんとに、オレら、大丈夫なんッスか?」


 そんなサマンサのうしろで陽一と並んで立っていたアレクが、不安げに問いかける。


「だいじょぶだいじょぶ! ボクを信じなって」


 博物館は、平日にもかかわらず結構な客がいた。

 特に若い女性の姿が目立つ。

 外国人もそれなりにいるが、半分以上は日本人だ。

 そんななか、アレクとサマンサは変装もせず博物館内を歩いていた。


 アッシュブロンドの髪を持つアレクはもちろん、サマンサのライトブルーの頭髪はかなり目立つはずだ。

 休日ともなれば、コスプレイヤーなど派手なカラーリングをした頭髪の持ち主も現われるだろうが、いまのところ出くわしていない。


「周りからはどこにでもいる日本人にしか見えてないからさ」


 例のごとく、3人ともがサマンサの作った魔道具を身につけている。


「あれも、大丈夫なんだよな」


 サマンサの言葉を受け、陽一が視線を向けた先には防犯カメラがあった。


「ふふ、もっちろん! ヨーイチくんが同型のカメラとかの防犯システムを見せてくれたからね」


 そう、サマンサはついに人の目だけでなく、カメラまでをもごまかせる魔道具を作成したのである。


「いやー、まさか古いタイプの視覚偽装がこんなにも効果的だとは思わなかったけどさ。うまくいってよかったよ」


 これまで使っていた認識阻害の魔道具は、文字どおり観測者の"認識"を"阻害"するものだ。

 簡単に言えば、目でとらえた映像が脳に届く際の信号を阻害、あるいは変換する。


 それに対し、いま言った"古いタイプの視覚偽装"というのは、目に映った映像そのものを偽装するものだ。

 魔術の発展とともに、より効率的な認識阻害のほうが主流となっており、視覚偽装の技術はほとんど廃れていた。


「カメラが光を経由して対象を捉えている以上、視覚偽装は有効なのさ。まぁ信号とかプログラムとかの関係で、カメラの細かい仕様は必要だけどね」


 それについても、実物を【解析】すればある程度のことはわかるし、そこに陽一の【鑑定+】による補助が入れば、どんな機密情報もまる裸というわけだ。


「ほへぇ……。オレより機械に詳しそうッスねぇ」

「えへへっ、勉強のしがいがあったよ」


 もちろんこういった電子機器や光学機器を【解析】し、その仕組みを理解するにはベースとなる知識が必要なのだが、そのあたりは陽一に書籍や書類、音声資料、映像資料を用意してもらい、習得済みである。


「もう日本語の読み書きも完璧だもんなぁ」


 しかも彼女は、言語の壁を自力で越えていた。いまもサマンサは、すらすらと日本語を話しているのである。


「書くのは苦手だけどねぇ。英語のほうが字が少ないぶん楽かな」

「え、サマンサさんって、英語もできるんッスか?」

「英語だけじゃないぞ。こいつはドイツ語とフランス語、あとスペイン語とポルトガル語もいける」

「ほかにもねぇヒンドゥー語とベンガル語とあとは……」


 つらつらと並べられる言語に、アレクは驚きを通り越して呆れていた。


「さすがサム・スミスッスねぇ……」

「ま、言語だって【解析】すればそれなりに理解できるのさ」


 サマンサの優秀さを知ったアレクは、彼女の作った視覚偽装の魔道具を信じ、ゆっくりと展覧会を楽しむことにした。


 もともとメインウェポンを刀にしようとしていた男なので、刀剣は好きなのだ。

 ならばと、目当ての刀以外も楽しもうと考えたようだった。


「アイヤー、さすがニポンのカタナはお見事アルなー」


 陽一らの近くにいた外国人観光客と思しき女性が、独り言にしては少し大きな声を上げた。


「ねぇ、陽一さん」

「ん?」

「あっちの人ってホントにああいうしゃべり方なんッスね」

「いや、レイヤーじゃないか?」


 当の女性に聞こえないよう、アレクと陽一は小さな声で囁き合う。


「あの格好もおかしいだろ」


 その女性は、濃い紫色の髪を左右に分けて団子状にまとめ、服はカンフー着とワイドパンツという、なんというか狙いすぎな格好だった。


「ほぇー、お宝いっぱいでどこから見ていいか迷うアルなー」


 そんなことを言いつつ、その女性はちょこまかと館内を動きまわりながら、展示品を見て回った。


「いまどきあんなしゃべり方するのなんて、あのマジシャンしかいないだろ? えーっと、なんていったか」

「ああ、縦縞のハンカチを横縞にする……って、日本人ッスよ、あの人」

「知ってる」


 呆れたように言いながら、陽一はその女性を目で追っていた。

 ぴょこぴょこと跳ねるように軽やかな様子で歩く姿が、なんとなく微笑ましい。

 ただ、じっと見ていると、軽快に動き回る彼女の姿に、わずかな違和感を覚える。


「なぁ、アレク」

「なんすか?」


 アレクはすでに女性から興味を失い、再び刀を見ながら、少し気のない返事を陽一に返した。


「向こうの人って、みんな拳法を使えるのかな?」


 無邪気に歩き回っている彼女の動きに、なにか洗練されたものを感じたような気がした。


「それって、日本人がみんな空手や柔道の達人って思ってる外国人の発想ッスよ」


 アレクの言葉を聞きながら、陽一はその女性を目で追っていた。

 まもなく彼女は、通路の角を曲がって視界から消えた。


「それもそうか」


 陽一は自分の考えに呆れ、ため息とともにそう答えた。

 なんとなく気になったのは、やはりあのしゃべり方のせいだろう。

 ふと拳法を思い浮かべたのはあの服装のせいで、なにかしらのスポーツなりダンスなりの経験があれば、動作が洗練されたものになってもおかしくない。


「んふー、やっぱり名刀なんて呼ばれてるものは違うねー。これならボクのアレンジ次第で一般の冒険者にも扱えるものが作れるかもしれないなー」


 ちなみにサマンサは、その風変わりな女性のことなど気にせず展示品に見入っている。

 風変わりとはいえ、しょせんヒューマンの範疇であるし、興味はないのだろう。


 ほどなく陽一も、その女性のことは忘れてしまった。


○●○●


『太刀はあれでばっちりッス! すんませんけどあとはお願いするッス!!』


 展覧会で見た太刀を気に入ったようなので、陽一はアレクをコルーソへと帰した。


 あの町で彼がやるべきことはまだまだ多いらしい。


「ふふふ、早く実物を手に取りたいなぁ……。ねぇ、今日なんだよね?」

「ああ、今日が移動日だからな」


 いくら【無限収納+】と視覚偽装の魔道具があるとはいえ、博物館のセキュリティをかいくぐるのは難しい。

 いや、難しいというより面倒というべきか。

 なので陽一は、次の会場へ刀剣が移される日を選んで拝借することにした。


 移動中のスキを突いて太刀の10メートル以内に近づき、【無限収納+】で収納。

 それをできるだけ早く【解析】してもらい、気づかれないうちに返却するという寸法だ。


「じゃ、ちょっといってくるよ」

「はーい、待ってるよー」


 移送計画を事前に【鑑定】していた陽一は、例の博物館へ向かった。


 狙うのは、出発直前。そこでうまく拝借できれば、まる一日は【解析】可能だ。


(……なんか、騒がしいな)


 日が落ち、閉館から数時間が経つころ、博物館に着いた陽一は、数台並ぶ乗用車の周りで慌てふためく人たちの様子を見ていた。

 移送にはトラックではなく、ハッチバックタイプの乗用車数台が使われる予定なので、並んでいる車は移送用のものに違いなかった。


 事前に調べた情報によれば、そろそろ出発の時間なのだがなにかトラブルが起こったらしく、1台の車はバックドアが開いたままだった。


(前から3台目……ってことは、あれに例の太刀が載るはずなんだけど)


 目当ての太刀がまだ積み込まれていないらしいことに不安を覚えた陽一は、太刀の現在地を【鑑定+】で調べた。


「は……?」


 その太刀はいま海上にあり、大陸に向かって移動していた。


○●○●


『辺境のふるさと』に【帰還】すると、実里、アラーナ、そしてサマンサがいた。

 花梨はアラーナの祖母フランソワのところへ出かけているらしい。


「やーおかえりヨーイチくん! さっそく見せてよ」


 出迎えながら無邪気な表情でねだるサマンサに申し訳なさそうな表情を向けて、陽一は頭をかいた。


「陽一さん、どうしたんですか?」

「なにかトラブルか?」


 陽一の様子におかしなものを感じ、心配そうに声をかけた実里とアラーナをチラリと見たあと、そんな自分たちの空気に表情を曇らせたサマンサへ視線を戻す。


「なんか、盗まれたみたい」

「ええっ!?」


 サマンサは声を上げ、実里とアラーナも驚きに目を見開く。

 そんな3人に、陽一は状況を説明した。


「まぁ、噂には聞いていたけどさ」


 日本の美術品が盗まれ、海外の闇市場に流れる。


 ニュースやワイドショー、ときにはバラエティ番組などにも取り上げられる題材だが、陽一にしてみれば完全に他人ごとだった。

 まさかそんなことが自分の目的を妨害しようとは、思ってもみなかったのだ。


「そんなぁ……」


 目当ての太刀を手に入れ損ねたサマンサは、がっくりとうなだれた。そんな彼女に実里が寄り添い、優しく慰める。


「で、どうするのだ?」


 アラーナの問いかけに、陽一は考えを巡らせる。


 狙っていたのは希少な美術品だが、似たようなものがないわけではない。

 探せばほかにもアレクに合うものはあるだろう。


 だが、このまま引き下がる気はなかった。


 日本の美術品を海外のろくでもない連中に奪われるというのは、日本人として見逃すわけにはいかない。

 それ以上に、自分が狙っていた獲物を奪われたことがなによりも腹立たしいのだ。


「もちろん、取り返すさ」


 陽一は不敵な笑みを浮かべてそう答えた。


「ふふ、そうこなくてはな」


 口元に笑みを浮かべたアラーナは、そう言ってうなずく。


「取り返せるの……?」


 顔を上げたサマンサは、心配そうな目で陽一を見上げた。


「陽一さんなら大丈夫です」


 サマンサに寄り添う実里は口元に笑みをたたえ、陽一に視線を向けたまま、そう言った。


「まかせとけ」


 海外の盗賊団に盗まれ、闇市場に流れた美術品を取り戻すことはもちろん、探し出すことすら困難だ。

 不可能といっていい。


 しかし陽一には【鑑定+】がある。


 いつ、だれが、どうやって太刀を盗み、いまどこにあるのか、彼はすべてを把握しているのだ。


「俺から逃げられると思うなよ、盗人ぬすっとめ」


 彼もまた一時的にとはいえ太刀を盗むのだから、同じ穴のムジナともいえなくはないのだが、陽一はとりあえず自分のことは棚に上げてそう宣言したのだった。


○●○●


 ほどなく花梨が戻ってきたので、状況を説明した。


「なるほど、あの国にねぇ……」


 盗品の行き着く先。その国へ何度か出張で行ったことのある花梨は、難しい表情をしていた。


「とりあえず入国なんかはシャーロットに相談しようと思うんだけど」


 現在はホテルの従業員だが、元諜報員という経歴を持つ彼女であれば、仮想敵国ともいえるかの国のへの潜入を手伝ってくれるのではないかと陽一は考えた。

 しかし花梨はそれを否定するように首を横に振った。


「身分を偽るつもりなら、やめといたほうがいいわよ」

「そうなの?」

「陽一はいいかもしれないけど、あたしは無理ね」

「無理って、どういうこと?」

「他人名義のパスポートじゃ入国できないってことよ。あたしのサポートがいらないっていうんなら、べつにいいけど」

「それは、困る」


 かの国で行動するにあたっては、実際に何度も足を運んだことのある花梨のサポートがないのはつらい。


 なにかと不穏な噂のある未知の大国である。

 いくら異世界スキルを持っていようが、陽一ひとりで潜入するには不安が多い。

 異世界人のアラーナや、世間に疎い実里も、ここぞというときには役立つだろうが、全体を通して行動をともにするとなれば、足手まといになる危険性が高いだろう。


「ていうか、なんで他人名義のパスポートで入国できないんだ?」


 シャーロットに依頼すれば、他人名義とはいえ"本物の"パスポートが手に入るのだ。

 偽造パスポートでないのだから、入国審査で引っかかるとは思えないのだが。


「あの国の監視体制を甘く見ちゃダメよ。特に顔認証技術はたぶん世界でもトップクラスの精度を誇ってるんじゃないかしら」


 町中に仕掛けられた監視カメラで顔認証を行ない、不穏分子を洗い出している、というのはまことしやかに囁かれている噂である。


「じゃあ花梨は何回もあの国に行ってるから、顔情報とパスポートは紐づけられている?」

「でしょうね。そのあたしが他人名義のパスポートなんて持ってたら、間違いなく目をつけられるわ」

「なるほど……」

「そもそも今回の件、シャーリィに話を持ちかけるのはどうかと思うわよ」

「……彼女を信用できないってことか?」

「いいえ。シャーリィは信用できるだと思うし、相談すればきっと力になってくれるでしょうね」

「だったら」

「でも、西側とあの国との関係を考えると、シャーリィが下手に動けば彼女の立場がまずくなるんじゃないかと思うのよね」

「ああ、そういや貿易摩擦でちょっとピリピリしてるんだったか」

「ふっ……」


 陽一の言葉を、花梨は鼻で笑った。


「なんだよ」

「いえね、貿易摩擦なって甘っちょろいこと言ってんの、たぶん日本だけよ? ちまたじゃNewColdWarなんて言われてるんだから」

「マジかよ」


 どうやら二国間の関係は、陽一が考えているよりデリケートな状態らしい。


「そうなると、自分のパスポートで入ったほうがいい?」

「少なくともあたしはそうするしかないわね」

「それなら、俺も正面から堂々と入るか。花梨だけ矢面に立たせるみたいになるのも嫌だし」


 そもそもシャーロットを巻き込まないとなれば、正攻法以外での入国はほぼ不可能といっていいだろう。


「さて、あの国に行くとなると、いろいろ準備が必要ね」


 それから陽一は、花梨に手伝ってもらいながら渡航の準備を進めた。

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