第3話 アレクとの約束

 仕事を辞めた花梨も本格的に異世界で活動するようになった。


 最初は陽一の手伝いとして冒険者ギルドの業務を一部になっていた。

 社会人経験が豊富で、特に書類仕事では陽一などより慣れている花梨だけに、その仕事ぶりには目をみはるものがあった。


「いや、カリンのおかげで随分と仕事がはかどるようになったよ。ヨーイチも有能ではあるが、どちらかといえばゴリ押しで物量を片づけるという具合だったからな」


 回された仕事を、スキルなどを駆使して手早く大量にこなしていく陽一に対して、花梨はギルド全体の流れを見て、効率化を図るといった方面で活躍した。


「こちらの方法を押しつけるようなかたちで、職員のみなさんには負担になったかもしれないのですが……」

「なんの。うちの人員もそれなりに優秀だからな。優れた方法があるならそれを受け入れ、活用するくらいどうということはないさ。それで、ここまでがんばってくれたカリンには悪いのだが……」

「ふふ、わかってますよ」

「すまんな。その手腕でもってオルタンスやアラーナちゃんをサポートしてやってくれ」


 冒険者ギルドでの業務が一段落したあと、花梨は実里のいる魔術士ギルドや、アラーナが受け持つ領主の仕事をサポートして回った。


 そうやって辺境全体の裏方業務が少し落ち着いたところで、陽一はメンバーとスケジュールを合わせ、花梨、実里、アラーナの3人を連れて冒険者ギルドを訪れた。

 セレスタンに言われたから、というわけでもないが、久々にジャナの森へ出かけようということになったのだ。


「いらっしゃいませ(あら、今日は珍しくメンバーが揃ってるのね。ほんと、相変わらず3人ともきれい……っていうか、最近また女っぷりに磨きがかかってないかしら? 秘訣はなに? このおっさんのお×××でじゅぼじゅぼされてるからなの? よく見るとおっさんのほうもちょっと男っぷりがあがってるわね……。だったらおねーさんもそのお×××でじゅぼじゅぼして……ああ、でもミサトちゃんをペロペロしたいし、カリンちゃんとアラーナちゃんにはペロペロされたいし……くふふ……おっさんにじゅぼじゅぼされながらペロペロペロペロ……あはぁん……妄想が止まらな――)、ヨーイチさまに通信が届いております」

「通信? 俺に?」

「はい。帝国冒険者ギルドのコルーソ支部からですね」


 文書通信により届いた封筒を、受付嬢から受け取る。

 これは文字情報だけを遠隔地の特殊な用紙に転写し、密封したもので、冒険者ギルドではよく使われている通信技術だ。


「ありがとうございます」


 封筒を受け取った陽一は、3人を連れて酒場へと移動した。あまり人のいない時間であり、空席の目立つ酒場の一角に4人で腰を下ろす。


「実里、一応頼む」

「はい」


 実里は遮音効果のある魔術を展開し、それを確認した陽一は、先ほどの封筒をテーブルに置いた。


「コルーソってことは、アレクか」

「ほほう、彼らから連絡とは珍しいな」

「奧さんやお子さんに会いたいとか……でしょうか?」

「こっちにくるのかしら? だとしたら楽しみね」


 そんなことを言い合いながら封を切る。


「あー、なるほど。すっかり忘れてたよ」


 文書に目を通した陽一は、納得したようにうなずきながらそう言った。


「とりあえず今日のところは予定どおりジャナの森へ行くか」


 領主代行というアラーナの権限を使ってパーティー専用の馬車をチャーターしたトコロテンは、モーターホームなどよりはるかに速く、かつ安定した走りで森へとたどり着いた。

 長期間、あるいは長距離の移動であれば、燃料さえ補充すれば走り続ける自動車のほうが優れているが、町から森程度の距離ならば異世界の馬車のほうがはるかに使い勝手がいいのだ。


「それではみなさま、明日の午後お迎えにあがります。ご無理はなされませぬよう」


 馭者ぎょしゃを引き受けてくれた執事のヴィスタは、そう言い残して町へと帰っていった。

 それを見送り、陽一らは森へと踏み込む。

「奥のほうに気になる反応があるから、適当に魔物を間引きしながら進もうか」


 陽一の【鑑定+】だけでなく魔術やスキルで各々が索敵をできるため、効率よく魔物を仕留められた。

 弱い魔物はほかの冒険者に任せることにして放置し、強い個体や厄介な群れを討伐していく。


「実里、そろそろかけなおしてくれ」

「はい」


 【健康体α】【健康体β】を有し、かなり高い身体能力を持っているトコロテンのメンバーだが、そこへ実里が支援魔術をかけることで、その能力はさらに強化された。

 それは戦闘面よりも移動面で力を発揮し、陽一らは並みの冒険者が3日はかかるだろう行程をわずか半日で駆け抜けた。


「これは……集落ができつつあるようだな」


 気になる反応がある、ということで進んだ先には、大量のオークが生息していた。グレーターランドタートルエンペラーという、ドーム球場並みの大きさを誇る巨大な魔物が移動した森の一部では、木々がなぎ倒されていた。

 それでも異常な発育を見せるジャナの森の植物はすぐに再生し、また元の深い森へと戻りつつあったのだが、一部の魔物は著しく変化した環境を利用して生息域を広げているようだった。


「結構な数ですね」

「何匹いるのよ……」


 木々の陰から見える先には、数十匹のオークが群れを成し、なぎ倒された木々を利用したと思われる簡素な家が建てられていた。


「50匹以上いるな。しかもほとんどハイオーク」


 ハイオークとはその名のとおりオークの上位種である。

 単体Dランクのオークに対し、ハイオークの討伐ランクはC。

 つまりここにいる個体の1匹1匹がワンアイドベアーに匹敵する強さなのだ。


「しかも率いているのはジェネラルだ」

「ふむ、捨て置くわけにはいかんな」


 オークジェネラルはハイオークよりもさらに上位の魔物で、討伐ランクはBとなる。

 厄介なのは個体としての強さよりも、統率力とそこそこ高い知性だ。

 防衛力の高いメイルグラードにとってはそうでもないが、そうではない町、たとえば1000人規模で軍隊などが常駐していないようなところなら、あっという間に滅ぼされるほどの脅威である。


「か弱い女性のためにも、殲滅しとかないとね」


 花梨の言葉に、全員が頷く。


 オークは他種族の雌を苗床に繁殖するため、女性が囚われると大変なことになってしまう。

 そろそろ辺境とほかの町との交易が再開されるころだ。

 放っておけば被害者が出る恐れはあるし、それ以前に、森を調査する冒険者が襲われる危険性も充分にあった。


「ではカリンとミサトが攻撃をしかけてくれ。混乱に乗じて私が突撃する。ヨーイチ殿は……」

「今回はこいつでがんばるよ」


 陽一の手にはセレスタンからもらった例の短剣が握られていた。


「それじゃあ花梨、この先のあの建物、わかるか?」

「ええ」

「その中にいるやつなんだけど」

「なんとなく場所はわかるわ。ほんとスキルって便利よね」


 目に見えるわけではないが、魔力などの反応からその個体の姿を把握した花梨は、弓を手に取った。

 アダマンタイト製のがっしりとしたハンドルに、竜骨と竜革を合わせて作られたよくしなるリム、そしてオリハルコン合金の滑車に、竜のひげとアラクネの糸で錬成したストリングをかけた、サマンサ特製のコンパウンドボウである。


「すぅ……」


 静かに息を吸いながら弓を構え、ミスリル合金の矢をつがえる。

 息を止めて弓を引き絞り、狙いを定め、矢を放った。


「よし」


 リリース直後に、花梨は小さく呟いた。

 放たれた矢は丸太を組んで作られた建物の分厚い壁を貫通し、中にいたオークジェネラルの頭を射貫いた。


「ミサト」

「はい」


 まだリーダーを仕留められたことに気づいていない集落を、実里の放った風の刃が襲う。


「ブヒッ!?」

「プギャッ……」

「ピギィ」


 特大の刃によって、10匹近いオークの身体が分断され、首が飛ぶ。

 ついでにいくつかの家屋も柱や壁を断ちきられて崩れ落ちた。


「いくぞ、ヨーイチ殿!」

「おう!」


 混乱が広がる集落へ、アラーナと陽一が駆け込む。


「はぁーっ!」


 統率者を失い、ますます混乱が拡大する群れへと突撃したアラーナは、両手に持った斧槍を振り回してハイオークを次々に仕留めていく。

 そんな姫騎士を横目に、陽一は別方向の、できるだけ単独行動をしている個体を目指して集落内を駆けた。


(いた……!)


 まずは自分に気づいていない個体に背後から忍び寄り、背中へ短剣を突き立てる。


「ヴァ――!」


 【鑑定+】で正確な位置を確認したうえで心臓を貫き、一撃で仕留めることに成功した。


「ブフォッ!」


 混乱の中、仲間を殺されたことに気づいたハイオークが、背後から突進してくる。


「おらぁっ!」


 その個体めがけてうしろ蹴りを繰り出す。


「グファッ……!」


 胴を蹴り抜かれたそのハイオークは身体をくの字に曲げた。

 そうして頭が下がったところへ、バックハンドの要領で腕を振るい、逆手に持ったナイフをこめかみに突き立てた。


「ブヒィーッ!」


 別の個体が前方から襲いかかってくる。どこかで拾ったであろう、刃こぼれのひどい斧を振り上げたハイオークに、陽一は正面から向き合った。

 そして振り下ろされる攻撃を短剣ではじき返した。


「ブファッ!?」


 予想以上に重い反撃を受けたハイオークは、斧を弾き飛ばされてよろめいた。


 ――ズガァッ!


 銃声が響く。

 陽一の左手にはリボルバーがあり、そこから放たれた魔術処理済みの弾丸は、がら空きになったハイオークの胸を貫いていた。


「おおっと、もう終わりか」


 そうこうしているうちに、花梨、実里、アラーナによってハイオークは次々に倒され、魔物の集落は10分と経たずに殲滅された。


「ではミサト、頼む」

「えっと、本当に燃やしちゃっていいの?」

「ああ。一度更地にしてしまったほうが、この森の再生は速いのだ」

「わかった。じゃあ、やるね」


 殲滅され、すべての死骸を収納したあとに残った集落の家屋は、ミサトの魔術によって灰になった。



 帰りは明日なので、森で野営をすることになった。

 更地になったオークの集落跡を野営地とし、そこにモーターホームを取り出した。


 夜、暗い森にぽっかりと空いた広場の中央で、そのモーターホームがギシギシと揺れていた。


○●○●


 ジャナの森へ調査に出た日から、さらに数日が経った。

 陽一はそのあいだ何度かギルドの通信を使ってアレクとやりとりをし、都合を合わせた。


 そして約束の日時に、魔人襲来のときに設定してそのままにしていた、コルーソ南のホームポイントへ【帰還】し、町へと向かう。


「おーい、アレクー」


 町に入った陽一は、待ち合わせ場所にいるアレクへと声をかけた。


「ん……?」


 すると、彼は目をこらして声の方角を凝視したあと、すぐに表情を緩めた。


「おー、陽一さん! 全然気づかなかったッス!」

「認識阻害の魔道具を身につけているからな」

「あー、それで」


 魔人襲来での活躍により、陽一もこの町では有名人となった。

 南の辺境にいるはずの陽一がこの町で目撃されるのはよろしくないので、認識阻害の魔道具で周りの目をごまかしているのだ。

 アレクほどになれば、いると気づけばそれ以降見失うことはない。


「それじゃあ、オレの部屋でいいッスか」

「いいけど、エマさんは?」

「あいつはいま実家に帰ってるッス」

「え、実家に?」


 驚いた表情の陽一を見て軽く首を傾げたアレクは、すぐに思い当たってふっと苦笑した。


「魔人襲来以降バタバタしてたんで、近況報告に帰っただけッスよ。"実家に帰らせていただきます"的なアレじゃないんでご心配なく」

「お、そうか」


 ほっと息をつく陽一に再び苦笑を漏らしたあと、アレクは歩き始めた。

 そしてほどなく、アレクとエマが借りている部屋に入る。


 そこはこの町でいちばん大きな宿屋で、間取りは2DKといったところか。

 トイレとシャワールーム、流し台以外にはこれといった設備はない。


「砦の建設が落ち着いたら、この町の開発もぼちぼち進むと思うんッスけどねー。あ、そこどうぞ」


 ダイニングキッチンに案内された陽一は、アレクに促され、席に着いた。

 ふたりがけのダイニングテーブルにアレクと向かい合って座った陽一は、いくつかの書類を取り出して、テーブルに並べた。


「おおー! いい感じッスね」


 陽一が持ってきたのは、刀剣を扱う博物館や展示会のパンフレットだった。


「ま、約束だからな」


 現在アレクが装備している武器は、反社会組織から手に入れた安物の刀を、サマンサが解析して打ったものだ。

 しかし、よりいい装備を作るとなると、解析元になる刀剣の質を上げる必要があり、陽一はそれらをアレクのために用意すると約束していたのだった。


「俺的におすすめなのは、このへんのなんだけどな」

「ほうほう、鎌倉時代ッスか……でも、無銘? 名刀とか妖刀とかのほうがよくないッスか?」

「いや、ここらのやつがさ、それこそ元寇げんこうとかで実際に使われてたのと似たタイプらしいんだわ」

「元寇って、神風の?」

「そうそう」

「当時のさむらいって、敵が自滅するのを見てるだけじゃなかったんすか?」

「いや、そうでもないみたいだぞ」


 マルコ・ポーロにそそのかされたフビライ・ハンが日本に攻め込んだものの、暴風雨――いわゆる神風――の襲来を受け、二度にわたる侵攻は失敗に終わった、というのがひと昔前までの、多くの人が持つ元寇に対する印象だろう。


 だが近年、当時の武士が上陸した蒙古軍を相手に獅子奮迅ししふんじんの活躍を見せ、敵軍を撤退せしめたという認識が広まっている。

 最近では元寇を題材とした小説やマンガなども増えているし、学校教育も見直されつつあるという。


「合戦で刀がメインウェポンだったのはそのころだしな」

「戦国時代は……槍とか鉄砲ッスかね」

「だな。まぁ鉄砲はにぎやかしみたいなもんだったらしいけど」

「じゃあ名刀とか妖刀とかっていうのは、名前だけッスか?」

「そんなことはないけどな。幕末とかには実戦投入されてたみたいだし」


 とはいえ、多数の魔物を相手にすることが多いアレクには、少数対少数の市街戦で活躍するものより、合戦で斬り合う刀のほうが使い勝手がいい。

 そのほかアレクの体格やらなんやらを加味したところ、鎌倉時代の刀が彼にはふさわしいのだという結果を、【鑑定+】は出したのだった。


「了解ッス。じゃあいつ見にいくッスか?」

「は?」

「だって、下手すりゃ一生のつき合いになる【心装】の元になる武器ッスよ? この目で見ときたいじゃないッスか!」

「……まぁ、それもそうか」


 そういうわけで、陽一はアレクを連れて日本へ【帰還】することになった。


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