第21話 凱旋と疑問

 陽一らがコルーソに戻った翌日、遠方にあった陣地から、実里やアレクを含む一団が帰ってきた。


 町では先に帰還していた冒険者たちが各所で祝杯をあげ、なし崩し的に打ち上げが始まっていた。

 夜通し飲んでそこらに倒れている者もいれば、時間が経って復活し、飲み直している者もいた。

 ちなみに【健康体α】を持つ陽一と【健康体β】を持つアラーナは、酔い潰れることもなくひたすら飲み続けている。


 陽一とアラーナのいる広場にはいつ、どこから運び込まれたのか、テーブルや椅子がそこかしこに設置され、料理や酒が並べられている。

 町の人たちが交代で給仕をし、せわしなく動き回っていた。


「実里ー!」

「あ、陽一さん、アラーナ!」


 陽一とアラーナの姿を認めた実里が、駆け寄ってくる。アレクとエマも、そのあとに続いた。


「おつかれッス」

「とりあえず、適当に飲み物をもらって、軽く乾杯しとこうか」


 陽一は目についた町の人を呼び、酒を運んでもらった。


「アレク、とりあえず乾杯の音頭は任せる」

「そッスか? それじゃあ……」


 ビールの注がれた樽のようなジョッキを手にしたアレクは、その場で軽く掲げた。


「勝利にっ! かんぱーい!!」

「「「「乾杯っ!!」」」」


 陽一、アラーナ、実里、アレク、エマの5人が、ゴチンとジョッキを重ねた。


 各々最初の1杯を飲み干したあと、適当に酒や料理をつまみながら、雑談を始めた。


「で、シュガル戦はどうだった?」

「防具、大活躍ッス」


 アレクらが戦ったシュガルは、雷をまとった蛇の魔人だった。


 それをあらかじめ知っていた陽一は、サマンサに頼んで雷撃耐性のある防具を用意してもらっていたのだ。


「それにしても、ミサトさんの魔術はすごかったわね」

「そ、それほどでも……」


 エマの評価に、実里は恥ずかしげにうつむいた。


 先の魔物集団暴走スタンピードの際も大活躍だった実里だが、あのあと保有魔力を飛躍的に伸ばしたうえ、魔術士ギルドマスターのオルタンスに師事して魔術士としての腕も上げていたのだ。

 後方にいた魔人シュガルが陣地にたどり着くころには、群れはほとんど全滅し、集められた冒険者は酒を片手にアレクとエマの戦いを見物する始末だった。


「雷撃ノーダメなら、あんなん楽勝ッスわ」


 攻撃の主幹となる雷撃を無効化できるうえ、日本刀を得たアレクにとって、シュガルは大した敵ではなかった。


「さーって、今日はぶっ倒れるまで飲むぞー!」

「さて、わたくしも知り合いに顔を見せにいきますわ」


 ひとしきりトコロテンのメンバーと雑談を終えたアレクとエマは、なじみの冒険者がいるであろう人波に消えていった。


○●○●


「どうした、ヨーイチどの。顔が暗いぞ?」


 前日から始まったお祭り騒ぎは2日目の夜になっても収まることを知らず、まだ続いていた。

 もともと街灯の少ない町だったが、あちこちでかがり火がかれ、昼のようにとまではいかないが、そこそこ明るかった。


 冒険者たちの輪に入って酒や料理を楽しんでいた陽一だったが、ほどなくその輪から外れ、少し薄暗いところで、ぼんやりと立っていた。


 やや暗い表情の陽一を見つけたアラーナと実里は、少し心配になって声をかけたのだった。


「花梨がいなくて寂しいのか?」

「いや、そういうわけじゃあ」


 この打ち上げに花梨を誘おうかという話もあったが、いくらトコロテンのメンバーとはいえ、戦いに参加しなかった者がいては、気分を害する冒険者もいるだろう。

 それにいま海外出張に行っている花梨を連れ出すのも大変だったので、電話で報告を入れるに留めた。


「もしかして、また魔人が攻めてくるんですか?」


 心配そうな実里の質問に、陽一は軽く頭を振った。


「あの3人の魔人を生み出すのにかなりの力を使ったみたいでね。魔王はしばらく動けないようだ」


 そう言うと、陽一はふたりを安心させるように笑みを浮かべた。


「まだ夜も早いし、宿に戻って3人で飲み直そうか」


 つき合いはそれほど長くないが、深いつながりのあるふたりである。

 陽一がなにか不安を抱え、それを言えずにいるだろうことに察しがついたが、それ以上追求しなかった。


「では、朝までつき合ってもらおうか」

「こうやってお酒を飲むのって、あんまりないですよね」


 そしてアラーナと実里は、それぞれ陽一の腕を取り、歩き始めた。


 宿に戻った3人は、外の喧噪をBGMに朝まで飲み明かした。


○●○●


 翌朝、目を覚ました陽一は、ベッドにアラーナと実里を残してひとり起き出し、備えつけのソファに深く身を沈めた。


「ふぅ……」


 深いため息のあと、魔人ウィツィリとの戦いを振り返る。


 【帰還+】で逃げ出す直前に繰り出した、ナイフの一撃。

 ウィツィリはその一撃が通常よりも重いことを、あらかじめ知っているようだった。


 ――あれは重い……だまされねぇぞ!


 ナイフを振り下ろす直前、陽一に気づいたウィツィリの考えが、【鑑定+】によって垣間見えた。

 瞬間、怯んだ陽一はそのまま踏み込んで一撃を繰り出したものの、ウィツィリはそれを防いだ。


(どうやって知った……?)


 魔人同士は瞬時に意思疎通ができる。

 なので、ラファエロと対峙した陽一の存在を、ほかの魔人が知っていること自体は問題ない。

 しかし、彼があのナイフを手に入れたのは、ラファエロが死んだあとなのだ。


 もちろん陽一は、その謎を解くため【鑑定+】を使ってウィツィリの過去を探った。


 しかし、生まれて間もないウィツィリと陽一とのあいだに、接点は見つからなかった。

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