第20話 決着

 グレタが放った矢のやじりは、アースドラゴンの牙でできていた。


 単純に攻撃力が高いうえ、魔力による防御を半減させる効果もあるそれは、グレタが魔法で生み出した風に乗って威力を増し、魔人の身体に突き刺さった。

 さらに、アースドラゴンの素材から作られた武器には、【飛行阻害】という特殊効果もある。

 名工サム・スミスの手によって、その特殊効果を最大限に引き出された矢に貫かれ、飛行能力の激減したウィツィリは、さらに2発目の矢を食らって墜落した。


 その落下地点に駆け込み、振り下ろされたグラーフの斬撃はウィツィリの前腕で受け止められた。

 羽毛がちぎれ飛び、皮膚を切り裂かれた傷からは、血が流れ出していた。


「ぎぎっ……くそガキがぁっ!!」


 ウィツィリは腕で受け止めた剣を押し返して反撃しようとしたが、グラーフはそれを直前で察知し、素早く跳びのいた。

 追撃のため踏み込もうとしたところに、グレタの矢が届く。


「くっ!」


 さすがに矢を何度も食らうのは危険だと思ったのか、ウィツィリはそれをかわすために一瞬踏みとどまった。


「らぁっ!」

「させません!」


 矢をかわし、体勢を整えつつ踏み込んだウィツィリとグラーフのあいだに、ジェシカが割り込んだ。

 鋭い貫手ぬきてによる突きを、ジェシカは構えたタワーシールドで受け止めた。


「くそっ、なんで……!」


 ウィツィリが驚きに目を見開く。


 本来であれば、盾ごとジェシカの身体を貫くだけの威力はあり、魔人のほうでもそうなるだろうと確信していた。

 しかし名工サム・スミスの盾と、すぐうしろに控えた勇者の影響のおかげで、ジェシカはよろめくことすらなく魔人の一撃を受け止めることができた。


「せぃっ!」

「くぉっ!」


 ジェシカの影から飛び出したグラーフが、鋭い突きを繰り出し、ウィツィリはうしろに跳びのいた。


「お?」


 その拍子に【飛行阻害】の効果がかなり弱まっていることに気づく。


 ――ドシュッ! ドシュッ!


 そこへ撃ち込まれた陽一の銃弾をかわすと続けてグレタの矢が打ち込まれたが、ウィツィリはその矢をつかみ取った。


「はっはーっ!」


 翼をはためかせ、ウィツィリは飛び立とうとした――が、その背後には、すでにミーナの姿があった。


「ぐっ、なんだっ!?」


 背中に小さな痛みを覚えて振り返ると、大きく跳びのいて距離を取る猫獣人の姿があった。

 彼女がウィツィリの背中を傷つけたナイフもまた、アースドラゴンの牙でできていた。


 陽一が対物ライフルで牽制し、グレタとミーナのどちらかが隙を突いて【飛行阻害】効果のある一撃を加え、ジェシカがウィツィリの攻撃を防ぎつつグラーフが反撃に出る。

 赤い閃光に陽一を加えた5人は、そうやって連携しながらウィツィリをじわじわと攻めていった。


(そろそろ弾が……!)


 間断ない攻撃と牽制を繰り返し、戦闘開始から30分ほどが経過したところで、サマンサ製対物ライフルの銃弾が切れた。

 魔改造突撃銃に持ち替え手数を増やしたが、威力を補うには至らず、攻防のバランスが崩れる。


 そして魔人に、大技を繰り出す隙を与えてしまった。


「ふっ飛べやクソどもがぁーっ!!」 


 ウィツィリの雄叫びとともに、暴風が巻き起こる。


 その効果は魔物集団暴走スタンピードで実里が使った〈竜巻〉と〈暴風〉の魔術を合わせたようなものだった。

 しかし魔術はあくまで人が生み出し、人類だけが扱えるものである。

 魔物が使うのはすべて魔法であり、それは魔人であるウィツィリも変わらない。


「おわああっ……!」


 少し離れた場所にいた陽一をよろめかせた魔法の暴風は、より近い場所にいた赤い閃光のメンバーを大きく吹き飛ばした。


「んなっ!?」


 だがそんななか、ジェシカだけはその場に踏みとどまる。

 彼女が微動だにしないことに、ウィツィリは驚きの声を上げた。


 ジェシカの全身を覆う鎧は総重量100キログラムを優に超え、タワーシールド単体でも50キログラムほどはあった。

 さらに、それらすべてに重量を制御できるグラビタイトが仕込まれており、魔力を込めることで1トンを超える重さを得られる。

 事前にいくつかの攻撃パターンを陽一から聞いていたジェシカは、ウィツィリが大技を発動する直前に装備の重量を増加させ、暴風をやり過ごしたのだ。


「ぐうう……」


 装備者本人に対しては多少の重力軽減効果もあるが、アラーナの斧槍のように10分の1とはいかず、500キログラム以上の重量をその身に受けたジェシカは、低くうめいた。

 獣人固有の筋力と、魔力による身体強化によってその重さを耐えきったジェシカは、重量を増したままの装甲をまとった腕を振り上げる。


「ああああああ!」


 振り上げた手には、メイスが握られており、いうまでもなくこの武器も重量を増幅されていた。


「うぐぁああっ!」


 振り下ろされたジェシカの一撃を、ウィツィリは両腕を交差して受け止めた。

 膨大な重量とそこから生み出される衝撃で、魔人の足下に小さなクレーターができる。

 しかし大きなダメージとはならず、ウィツィリは自分に刃向かう生意気な犬獣人を睨みつけ、口を開いた。


「グラアアァァァ!」


 ジェシカ渾身の一撃を耐えきったウィツィリは、メイスを押し返して体勢を立て直し、拳を繰り出す。


「きゃあっ!」


 魔人の繰り出した突きは、1トンを超える重量のジェシカを吹き飛ばした。

 しかし重い一撃を押し返したうえで攻撃を繰り出したこともあり、ウィツィリに隙が生まれる。

 いち早く体勢を立て直していた陽一が、ナイフを片手に迫っていた。


 ウィツィリはまだ陽一の姿に気づいておらず、仮に気づいたとしても、"しょせんはナイフの攻撃だ"と、軽くあしらってもらえれば、重量を増した一撃でさらに大きな隙を作れるだろう。

 そうすれば、グラーフたちも体勢を立て直し、反撃に転じられるはずだ。


 あと少しで敵の間合いに入ろうかというとき、ウィツィリの目が素早く動き、陽一を視界に捉えた。


「……っ!?」


 ウィツィリと目が合った瞬間、陽一の表情が驚愕に染まる。


(こいつ、なんで――!?)


 攻撃が事前に察知されることくらいは読んでいたにも関わらず、なぜか大きく動揺した陽一だったが、いまさら勢いを殺せず、そのまま踏み込んで逆手に持ったナイフを振り下ろした。


 一見して軽量なナイフでの一撃だったが、ウィツィリは身体をひねって陽一を正面で捉え、両手で攻撃を受け止めた。

 まるで最初からその攻撃が、見た目より重いことを知っているかのように。


「その手は食わねぇぜ?」


 ナイフによる重い攻撃をはじき返したウィツィリは、防御のために上体をひねった勢いを利用し、足を振り上げて蹴りを放とうとした。


(やばい……!)


 重量を増したジェシカを吹き飛ばすだけの膂力りょりょくを持つ、魔人の一撃である。

 身軽さを優先してまともな防具を身に着けていない陽一の身体など、簡単に砕かれてしまうだろう。


 しかし渾身の一撃を繰り出し、それを押し返されて体勢の崩れた陽一に、それをかわす余裕はない。


「死ねやぁっ!!」


 強烈な魔人の蹴りが振り抜かれた直後、陽一の姿は音もなくその場から消えた。


○●○●


 崖と山に囲まれた平地には、魔物の死骸が累々と折り重なっていた。

 その中心にぽっかりと空いたスペースにアラーナはいた。

 離れた場所に愛馬を控えさせ、魔人との戦闘に臨んだ姫騎士はいま、柄を短くした斧槍を両手にだらりと下げ、構えることなくただ立っていた。

 うつむく彼女の視線の先には、血まみれで倒れる豹頭の魔人の姿があった。


 テペヨである。


「ぐふぅ……いったい、なんなのだ……? これだけの、数の……魔物と……最強の、魔人である……私を……」


 光を失いつつある瞳で自分を見上げるテペヨに、アラーナはふっと笑みを漏らした。


「だから言っただろう? 根性を入れてかかってこい、と」

「ごふっ……ぐ……精神論で、くつがえる、ような……戦い、じゃあ……」


 ひと言ごとに力を失っていくテペヨに、アラーナはわざとらしく口角を上げた。


「まぁ、私はめちゃくちゃ強いからな」

「……ふっ」


 最後に呆れたような笑みを漏らしたテペヨは、完全に力尽きた。


「悪くない戦いだったよ」


 アラーナはテペヨのすぐそばに片膝をつき、斧槍の刃で首を切断してとどめを刺した。


「おーい、アラーナぁー!」


 背後から聞こえた声にアラーナは立ち上がり、振り返った。


「ヨーイチ殿っ!」


 視線の先には、崖のように急な坂を駆け下りる、陽一の姿があった。


 彼はウィツィリの蹴りを食らう直前に【帰還+】を発動し、ホームポイント5に転移して急場をしのいだのだ。


「アラーナ! すぐに、来てほしい!」

「……あの子はあとで迎えにこよう」


 アラーナは愛馬を一瞥すると、駆け寄ってくる陽一に手を伸ばした。

 そして、手が触れ合った瞬間、ふたりの姿がその場から消えた。


「ブルルッ……!」


 ナイトホースの寂しげな声が、魔物の死骸があふれる盆地に響いた。


○●○●


「ちくしょおぉぉっ! どこだぁ! どこにいきやがったぁっ!!」


 陽一の姿を見失ったあと、ウィツィリは怒鳴り散らしながら、あたりを見回した。


 彼がもう少し冷静であれば、テペヨが死んだことを感じ取っていただろう。

 しかしウィツィリは、残る赤い閃光のメンバーに襲いかかるでもなくただ怒りにまかせて考えなしに喚き散らし、無駄に時間を消費してしまった。


「どこだ! どこにいやがるっ!?」

「ここにいるぞ!」


 いま確認したばかりの背後から、声が聞こえた。


 驚きと怒りをないまぜにした感情を胸に抱きながら、ウィツィリが振り向くと、そこには陽一のほかに、姫騎士の姿もあった。


「てめ――」


 ふたりの姿を視界に捉え、口を開いた直後、ウィツィリの首が飛んだ。

 なにが起こったのか、すぐ隣にいた陽一にすら、見えなかった。


「はは……いともあっさりと……」


 ウィツィリに多少の油断があったとはいえ、5人がかりで時間を稼ぐのに精一杯だった敵をひと薙ぎで倒してしまったアラーナの姿に、陽一の口からは乾いた笑いが漏れた。


「す、すごい……」

「うわぁ……」

「さ、さすがです……」

「これほどとは……」


 体勢を立て直し、いつ魔人の矛先が向いても対応できるようにと警戒していた、赤い閃光のグラーフ、ミーナ、ジェシカ、グレタの4人も、驚きに目を見開いていた。


 倒れたウィツィリの身体をしばらく睨んでいた姫騎士は、斧槍をブンッと振るって血を払い、【心装】であるそれを精神世界に収納した。


 念のため【鑑定+】で確認したが、首を落とされたウィツィリは絶命していた。


「ヨーイチ殿、あの子を迎えにいくぞ」

「え?」

「魔人が倒れたとはいえ、すぐに魔物が引くわけではない。冒険者たちに加勢しないと」

「冒険者? ああっ!」


 ウィツィリとの戦いに集中していたせいで気づかなかったが、魔物の群れはすでにひとつめの防護柵を越えて陣地に入り、冒険者たちはそれを迎え撃っていた。


 激しい戦いに巻き込まれまいとするためか、陽一らが戦っていた周りに魔物はいなかった。

 戦闘が終わったいまも近づいてこないのは、魔人を倒した者の存在を恐れているからだろうか。


「僕らが先行する! ふたりはあとから来てくれ!!」


 そう宣言すると、グラーフは駆け出し、ほかの3人もそれに続いた。


 陽一はアラーナを連れてホームポイント5に転移すると、彼女の愛馬をひきつれて【帰還+】をキャンセルし、先ほどの場所に戻った。



「姫騎士だー! 姫騎士が来てくれたぞー!!」


 ナイトホースを駆って2丁の斧槍で魔物の群れを蹂躙するアラーナの姿に、各所から歓声があがり、冒険者たちの士気は著しく高まった。

 魔人の統率を失った魔物の群れは、アラーナの到来で勢いを増した冒険者の猛攻を受け止めきれず、やがて魔王領方面へ潰走するのだった。

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