第19話 戦闘開始

「ほう、壮観だな」


 そこは切り立った崖や山に囲まれた盆地のような場所だった。

 ちょっとした広場になっている盆地の底には、1000匹を超える魔物がひしめいていた。


 陽一とアラーナは、それを見下ろせる場所にいた。


「しかし、魔物の群れが休息とは、驚きだな」


 ここにいるのは、魔人テペヨが率いる魔物の群れである。


 生物である以上、魔物にも睡眠と休息は必要だ。

 ただ勢いだけでひたすら進む魔物集団暴走スタンピードと異なり、テペヨが率いる魔物の群れはある程度統率されたうえで進行していた。

 比較的強い種や個体がそろっていることから、10倍の数の魔物集団暴走スタンピードの群れよりも危険な集団といっていい。


 ただ、統率されているからこそ、進行の経路や速度を予測しやすくもある。

 それらを考慮し、この場所と時間を選んだのは、アラーナだった。


 魔人だけを倒した場合、統率を離れた魔物たちがどう動くのか予想がつかなくなる。

 できれば魔人と一緒に魔物もできるだけ多く倒しておきたいので、群れがこの休息地に入るのを待つのが最善だと思われた。


「まぁ、今回はできるだけ同時に始めるのが理想だからな」


 魔人どもの進行ルートも速度も、あくまで予想である。

 【鑑定+】に未来を見通す力がない以上、イレギュラーはできるだけ少なくしておきたかったのだ。


 どうやら魔人同士はテレパシーのような能力を使って瞬時に意思疎通ができるらしい。

 仮にどこかで先んじて戦端を開いてしまうと、ほかの魔人がそこを目指して合流したり、大幅にルートを変える可能性があったのだ。

 だが、いまのところ【鑑定+】で分析したとおりにことは運んでいる。


「よし、シュガルとウィツィリが、各陣地に気づいた」


 それぞれの魔人が周囲に放っていた、偵察用の魔物が、冒険者の陣地を発見したようだ。

 この偵察は、警戒というより獲物を探すという意味合いが強いだろう。


 これでシュガルとウィツィリは、迷わず近くの陣地を攻めるはずだ。


「じゃあ、こっちもそろそろ始めようか」


 軽い口調でそう言ったあと、陽一は【無限収納+】から重機関銃を取り出し、魔物の群れに銃弾の雨を降らせた。

 ひと帯110発を数秒で打ち尽くすたびに、弾帯装填済みの銃と交換する。

 新たな重機関銃のトリガーを押しながら、【無限収納+】のメンテナンス機能を使い収納したものに弾帯を取りつけ、また数秒後には110発を打ち尽くした機関銃と交換する。

 そうやって間断なく1000発以上の銃弾を、群れに叩き込んだ。


「何度見てもでたらめだな」


 わけもわからぬまま傷つき倒れていく魔物どもを見ながら、アラーナは呟いた。

 魔力の補正がないとはいえ、もともと威力の高い武器なうえに、比較的近い距離かつ高所からの攻撃ということもあってこの先制攻撃で200匹近い魔物を殺し、それに倍する個体を負傷させられた。


「さて、私もそろそろ行こうか」


 愛馬を引き寄せたアラーナは、惚れ惚れするような動作でまたがった。


「よし、じゃあ景気づけにもういっちょ」


 軽い口調でそう言いながら、陽一はロケットランチャーやグレネードランチャーを次々に取り出しては、連続で撃ちまくる。

 ダメ押しの爆撃が終わるころには、魔物の半数以上が戦闘不能になったうえ、混乱はさらにひどくなっていた。


「では、行ってくる! はぁっ!!」


 少しでも混乱が収まらないうちに、アラーナは馬を駆って出陣した。


 ほとんど崖に近いところを逆落さかおととしに駆け下りた姫騎士は、普段よりも柄を長くした2丁の斧槍を振り回し、魔物の群れを蹂躙し始めた。


○●○●


 アラーナが危なげなく戦闘を開始したのを確認した陽一は、グラーフらのいる陣地の近くに設定した、ホームポイント4に転移した。そこから駆け足で、陣地へと向かう。


「ヨーイチさん、来てくれましたか!」


 ヨーイチの存在に気づいたグラーフが、安心した様子で声をかけてきた。


「どんな感じだ?」

やぐらからはもう見えているみたいです」


 迎撃用に設営した陣地には、3つの防護柵を設置していた。

 グラーフたちがいるのは最前線にあるもので、500メートルうしろにふたつ目が、そこから200メートルうしろに3つ目の柵がある。

 3つめの防護柵のうしろに、テントなどが建てられていた。


 櫓は各所に設置されており、最前線のものは破壊されることを想定して簡易な造りになっていた。


「よし、じゃあこっちから仕掛けるか」


 飛行系の魔物は遠くに小さく見え始めたが、陸上の魔物はまだ見えてこない。


 そんななか、陽一は重機関銃を取り出した。


「ひぃっ……!」


 仮想空間でミンチにされたトラウマが蘇ったのか、グラーフが短い悲鳴を上げる。

 陽一は気にせず、柵の隙間から銃身を出し、ようやく見え始めた陸上の魔物めがけて銃弾を放った。


「おおお! 効いてるっ! 効いてるぞぉっ!!」


 櫓のうえで偵察をしていた冒険者が、遠見とおみの魔道具を覗きながら感嘆の声を上げる。

 さらにロケット弾やグレネード弾をお見舞いし、1000体以上いた魔物の群れのうち、2割ほどを戦闘不能にした。


 先ほどと比べて戦果が少ないのは、群れまでの距離があったこと、魔物同士が散らばっていたこと、そして飛行系の魔物が多かったことが原因である。


「お、おい! なんかやべぇのがくるぞーっ!!」


 群れのから突出し、猛スピードで飛行しながら迫る影が見えた。


「おいおい、まさかいきなり出てくるのかよ」


 わずかな焦りを見せながらも、陽一は地対空ミサイルを構え、発射した。

 【鑑定+】によって狙いを定め、光学式追尾によって補正されたミサイルは猛スピードで迫る個体を捉えた。


 ――ドガァッ!


 轟音とともに、その個体は爆煙に包まれる。


「やったか!?」


 爆発を目にしたグラーフが叫ぶ。


 お手本のようなフラグだなと思いつつ、陽一は地対空ミサイルから、サマンサ謹製の対物ライフルに持ち替えた。


 爆発で発生した煙の中から先ほどの個体が飛び出し、少し速度を落として接近してきた。

 その個体は人に似た身体をしていたが、両腕が翼となっており、頭は鳥のようだった。


「あれが魔人ウィツィリだ」


 魔人ラファエロは、肌の色や角以外はほとんど人と変わらない姿だった。

 陽一らは見ていないが、アレクが倒した魔人もその前に倒された4体も、ラファエロとそれほど外見は変わらない。


 しかしウィツィリはまるで鳥と人とが混じったような姿をしている。

 それが、ラファエロや先行していた魔人どもより格段に強くなったあかしであり、シュガル、テペヨも、半獣半人のような姿をしているからには相当の実力の持ち主なのだ。


「さがれぇっ!」


 事前の打ち合わせどおり、陽一の号令を受けた赤い閃光を除く冒険者たちは、後方に向かって一斉に駆け出した。

 櫓にいた冒険者も飛び降りると、危なげなく着地して走り出す。


 可能性としてはかなり低かったが、魔人が突出してくるというのも想定されるパターンのひとつではあったのだ。


 ――ドシュッ! ドシュッ!


 近づいてくるウィツィリを狙って対物ライフルの引き金を引いたが、前進の速度を抑えたぶん空中移動の自由度が増したのか、鳥の魔人はあっさりと銃弾をかわしてしまった。


 そして……。


 ――キィィィィィィーッ!!


 耳をつんざくような、高い音があたりに響いた。

 それは、ウィツィリが発した咆哮だった。


 多くの冒険者はその鳴き声に耳を押さえ、怯み、中には身体を硬直させる者もあった。

 だが、【健康体+】を持つ陽一と、勇者の称号を持つグラーフ、そしてそのすぐ近くにいた赤い閃光のメンバーには影響がなかった。


「隙だらけだぞっと!」


 そして咆哮を放っているあいだは動きが止まるようなので、陽一は遠慮せず引き金を引いた。


「ギィッ! グッ……!」


 頭を狙って撃った数発の弾は直前で察知されたが完全にはかわされず、肩と翼に当たった。

 ただ、傷をつけることはできず、よろめかせるに留まった。


「ま、それでも上出来だ」


 さらに引き金を引いて追撃したが、すんでのところでかわされ、ウィツィリはさらに接近してきた。


 そして――。


「ふざけんじゃあねぇええぇぇっ!!」


 怒りの雄叫びとともに、射貫くような視線が陽一に向けられる。


 ――ドシュッ! ドシュッ!


 突然の雄叫びに多少の驚きはあるものの、陽一は冷静に、淡々と引き金を引き続けた。

 だが、この雄叫びはなんらかの状態異常を引き起こすらしき先ほどの咆哮と異なり隙ができない。

 銃弾はすべてかわされてしまった。


 目に見えないほど高速で翼を動かし、急加速と急停止を使いこなすウィツィリは空中を自由自在に動き回った。

 しかも厄介なことに、驚異的な動体視力で銃弾を目視したあと、脊髄反射でかわすので【鑑定+】を使っても思考の先読みができないのだ。


「てめぇ! また俺たちの邪魔ぁすんのかぁっ!!」


 陽一を睨みつけ、銃弾をかわしながらウィツィリが叫ぶ。


(ラファエロから俺の情報が回ったか? だとしたら……)


「むしろ好都合だよ!」


 対物ライフルの銃弾をかわしながら接近してくる魔人を前に、陽一は武器を魔改造突撃銃に持ち替えた。


 当初の予想だと魔人は魔物の群れのあとにやってきて、先に群れと冒険者たちとの戦闘が始まるはずだったのだが、陽一の先制攻撃が予想以上の敵愾心ヘイトを稼いでしまったらしい。

 だが自分に敵愾心ヘイトが集中するのであれば、そのぶん冒険者たちが後退する時間を稼げるというものだ。


 ――ドドドドドドド!


 フルオートで連射し、弾幕を張る。


 空中を高速で移動できるウィツィリだが、銃弾を反射でかわせるほどの急加速で移動できる範囲は、かなり狭い。

 そこで【鑑定+】で確認した行動範囲に、魔力をまとった銃弾をまき散らしたのだ。


「チィッ!」


 フッと消えるように移動し、最初の数発をかわしたウィツィリだったが、停止した場所で銃弾に襲われる。

 ウィツィリは滞空したまま、翼の形をした腕を顔の前で交差して銃弾を防いだ。

 かすり傷すらつけられない攻撃だが、それでも素肌にBB弾を受ける程度の痛みにはなったようで、わずかに動きを止めることには成功した。


「うぜぇ――グゥッ……!」


 弾幕が途切れ、再び動き出そうとしたウィツィリの脇腹に、矢が刺さった。


「ぐぅ……くそ……アマァ……!」


 ウィツィリはうめきながら、矢の飛んできたほうに顔を向けた。


 視線の先には、弓を構えたグレタの姿があった。


「なめんじゃあね――なっ……!?」


 魔人の身体がぐらりと揺れた。

 ほどなく体勢を維持できなくなり、徐々に高度が下がっていく。


 ――ドシュッ! ドシュッ!


 そこへ追い打ちをかけるように、対物ライフルの銃弾がたたき込まれた。


「ギャッ! ぐぅ……くそぉっ」


 銃弾はウィツィリの全身を覆う羽毛に弾かれ、皮膚を貫くにも至らなかったが、衝撃によるダメージはそれなりにあった。


 立て続けに銃弾を受け、完全に体勢を崩した魔人めがけてグレタが2本目の矢を放つ。


「ぎゃっ――ぐおおおお!?」


 相変わらず翼は高速で動いているにも関わらず、ウィツィリは滞空できなくなり、墜落し始めた。


「せぁあああああっ!」


 その落下地点に、グラーフが駆け込む。


「くらええええっ!!」


 そして魔人が地面に激突するのとほとんど同時に、若き勇者のロングソードがたたき込まれた。


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