第18話 姫騎士の出陣

 翌朝、目を覚ますと、目の前に見事な双丘があった。


(ああ、昨日は花梨と一緒に寝て……いや、デカくね?)


 時間とともに意識と視界がはっきりしてくると、眼前の乳房が花梨のものとは思えないほど大きいことに気づいた。

 大きさだけではなく、全体的に色も白く、中央の突起も心なしか色素が薄いように見える。

 思わず顔を上げると、そこには穏やかな寝息を立てる銀髪の美女の姿があった。


(ああ、アラーナだったか……)


 夜、戻ってきた彼女がベッドに潜り込んだことにも気づかずに眠っていたようだ。

 落ち着いてみれば背後に体温を感じるので、花梨が反対側にいるのだろう。


(ってか、なんでアラーナまで裸なんだ?)


 普段のアラーナはキャミソールとショーツを身に着けて寝ているのだが……。


「んぅ……陽一、起きたの?」


 陽一の背後で、花梨はもぞもぞと起き上がった。


「おう、おはよう。ってか、アラーナが寝てるんだけど?」

「そりゃ、夕べ帰ってきたからね」

「なんで全裸なの?」

「あたしが誘ったのよ。アラーナも一緒にどう? って」

「なんだそりゃ……」


 やれやれと頭を振ったあと、ふとなにかに思い至ったのか、陽一は首をひねって花梨を見た。


「もしかしてだけど、アラーナも?」

「あら、覚えてないの? "アラーナぁ……"っていいながら抱きついてたから、てっきり起きてるもんだと思ってたわ」

「全然覚えてない……」

「ふふ。じゃあそれだけ気持ちよく眠れたってことでしょ。あたしたちに感謝しなさいよ?」

「お、おう……ありがと」


 少しうろたえる陽一の姿に、花梨がクスリと微笑む。


「ふぁ……あー……さて、と」


 大きく伸びをしたあと、花梨はベッドを降りた。

 外はすでに明るいようで、カーテンの隙間から射し込む朝日で薄明るくなった室内に、花梨の裸体が映える。

 スキルのおかげか、再会したばかりの頃より肌に張りがあるように見えた。


「花梨、服」

「いいわよ。すぐにシャワー浴びるんだし。送ってくれるんでしょ?」

「まぁ、それもそうか」

「出発まで時間あるの?」

「ああ。昼前に出ればいいから」

「じゃあ、3人で朝ご飯食べない? 向こうでさ」

「いいね。ならアラーナも起こして、3人でサクッとシャワー浴びる?」


 陽一の問いかけに、花梨は少し考えたあと、首を横に振った。


「ううん。あたしが先に浴びとくから、陽一はあとからアラーナを連れてきてよ。ふたりがシャワー浴びてるあいだにご飯の準備しとくからさ。そのほうが、時間に余裕できるでしょ?」

「まぁ、それはそうなんだけど」

「それにさ」


 少し納得がいかない様子の陽一に、花梨が艶やかな笑みを向ける。


「3人で一緒に入っちゃうと、1時間じゃ足りないじゃない?」

「そ、そうだな」


 花梨の言わんとするところを理解した陽一は、軽く狼狽しながら頷いた。

 わずかに射し込む陽光に照らし出された裸体とその表情が相まって、ひどく劣情を誘う。

 股間が硬くなっているのが寝起きのせいか、花梨の扇情的な表情のせいかは判然としなかった。


○●○●


「アラーナ、起きて」

「んぅ……んん……ふぁー……」


 陽一の呼びかけに目を覚ましたアラーナは、身体を起こし、大きく伸びをした。


「ふぅ……おはよう、ヨーイチどの」

「おはよう。シャワーを浴びて朝ご飯にしようか。向こうで花梨が用意してくれてるから」


 先に花梨を日本に送り、脱衣所に彼女の衣類を置いて宿に戻ったが、アラーナがあまりにも気持ちよさそうに眠っていたので、陽一は先にシャワーを浴びたあと、あらためて彼女を迎えにきたのだった。


「うむ、それはありがたいな」


 何度かまばたきを繰り返し、軽く目をこすって目を覚ましたアラーナが、ふと陽一を見て寝起きとは思えない妖艶な笑みを浮かべる。


「ときにヨーイチ殿。昨夜はよく眠れたか?」

「ああ、おかげさまでな」


 アラーナの態度に肩をすくめた陽一は、彼女の手を取って引き起こし、『グランコート2503』に【帰還】した。


 アラーナがシャワーを浴びているあいだに、花梨を手伝って朝食の準備を終える。


「ほう、なかなか豪勢ではないか」


 シャワーから上がったジャージ姿のアラーナは、食卓に並べられた料理を見て、感嘆の声を上げた。


「簡単なものばかりだけどね」


 大きめのボウルに盛られたサラダに、人数分のベーコンエッグ、ボイルしたソーセージの盛り合わせ、そして1斤分のトーストが、食卓に並んでいた。

 陽一にはインスタントコーヒーを牛乳で溶かしたカフェオレ、アラーナは同じもので砂糖を多めに、花梨はティーポットに入れた紅茶を用意し、温めておいたティーカップに注いだ。


「実里とサマンサには、もう半月以上会ってないのね」


 食事の途中、花梨が思い出したようにぼそりと呟いた。


「ホームポイントが、もっとあればなぁ……」


 言ったあと、陽一の脳裏に『藤の堂さんは贅沢ですー! 普通はひとつだけなんですからー!!』と文句を言う管理者の姿が思い浮かんだ。


 カジノの町のコンテナ街に関してはまた渡航して設定し直すことも可能なので、そこを一時解除すれば、新たな場所を別にホームポイントに設定できる。

 たとえばシュガルとの戦闘予定地を新たなポイントにすれば実里を送り迎えすることもできるし、サマンサに関しては『辺境のふるさと』から工房まで迎えにいけばいいだけの話なのだが、宿から工房まではそこそこ距離があり、いま食卓を囲むために呼ぶというのは手間としては少し大きすぎるような気がするのだ。


「そろそろ時間ね」


 アラーナを連れて【帰還】して、そろそろ1時間になる。

 一度キャンセルし、再度【帰還+】を使えばまた1時間の余裕はできるのだが、陽一らの出発時間が近づいていたので、このタイミングで花梨とは別れることになった。


「じゃあ、いってくるわ」

「ええ。気をつけて。アラーナもね」

「うむ。花梨もまた後日、な」

「ふたりとも、無理はしないで、必ず帰ってきなさいよ」


 花梨の言葉に力強く頷くと、ふたりはコルーソの宿に戻った。

 そして装備をととのえ、宿を出て厩舎に向かう。


「相変わらずデカいな」


 厩舎にたどり着いた陽一は、アラーナの愛馬に触れながら苦笑を漏らした。


 ナイトメアと呼ばれる馬型の魔物と、軍馬とをかけ合わせて生み出されたこのナイトホースは、通常の馬よりもひと回りもふた回りも大きい。


「ブルルッ!」


 主人以外に触れられるのが気に食わないのか、アラーナの愛馬は不機嫌そうに鼻息を荒らげ、漆黒の体毛に包まれたその巨体を揺らした。


「おおっと」


 突然の動作に、陽一は思わずナイトホースから手を離す。


「ふっふ。自慢の子だよ」


 誇らしげな笑みを浮かべ、愛馬を落ち着けるようにひとなでしたあと、アラーナは陽一に寄り添った。

 姫騎士に撫でられて機嫌を直したらしいナイトホースに、陽一は恐る恐る手を伸ばす。


「フンッ……!」

「おーよしよし、いい子だいい子だ」


 不満げに鼻を鳴らしながらも特に拒絶する様子はなく、陽一は無事ナイトホースに手を置くことができた。


「じゃあ、いくよ」

「うむ」


 陽一は【帰還+】を発動し、アラーナと彼女の愛馬を連れてホームポイント5へ転移した。

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