第17話 第一陣出発

 2時間ほど眠り、日付が変わろうかというとき、陽一はまた、コルーソ南に設置した4番のホームポイントへ転移した。

 そこから人目を避けるように、北を目指してオートバイを走らせ、魔人ウィツィリとの戦闘予定ポイントを目指す。

 5時間ほど移動し、うっすらと夜が明け始めたころ、遠くにアースドラゴンの姿が見えた。


「時間もちょっと余裕あるし、ひとつ試し撃ちでもしとくか」


 陽一はオートバイを降り、【無限収納+】からサマンサの作った対物ライフルを取り出した。


 マガジンにはすでに専用の銃弾を入れてある。


 対象との距離は200メートル弱。


 向こうはまだ気づいていない。


 【鑑定+】で狙いをつけ、引き金を引く。


 ――ドシュンッ!


 突撃銃とは比べものにならない衝撃が身体に伝わるが、いまや陽一は100キログラムを超える短剣を軽々と振り回す筋力の持ち主である。

 衝撃で射線がブレるようなことはなく、銃弾は狙いどおりに飛んだ。


 視線の先で、アースドラゴンの巨体が倒れた。


「すげーな……」


 魔力を含まない素材で作られた地球産の武器では魔物に対して効果が低く、先の魔物集団暴走スタンピードでは、このアースドラゴンを倒すのに、対戦車ミサイル数発が必要だった。

 しかしこちらの世界の素材で作られた魔力を含む銃弾は、強固な竜鱗と皮膚、そして骨を貫き、アースドラゴンの脳を破壊した。


「3倍ってのも、あながち嘘じゃないな」


 アースドラゴンのところまでオートバイを走らせ、死骸を見下ろしながら陽一はそう呟いた。


 対物ライフルの威力が3倍になったからといって、対戦車ミサイル数発ぶんと同じ効果になるわけではないが、飛躍的に増した貫通力があれば、狙いどころ次第でそれに匹敵する戦果は上げられるということだ。


 死骸を【無限収納+】に収めると再び目的地を目指して出発し、そこから1時間ほどで、魔人ウィツィリとの戦闘予定ポイント付近に到着した。


「お、もう結構準備が進んでいるな」


 陽一の視線の先では、冒険者が木材などを組んで陣地を築くべく作業を進めていた。

 魔人の進路や戦闘予定ポイントが判明している以上、なにもせずただ敵を待ち受けるのは愚かだろう。


「じゃあこの辺にしとくか」


 陣地から少し離れた目立たない場所を選び、陽一は昨日設定したホームポイント4を、コルーソの南から現在地に変更した。


「ふぅ……じゃあ、帰るか」


 コルーソの南に設置したホームポイントはいましがた使えなくなったので、【帰還+】で帰ることができない。

 夜中の移動と違って、たまに人目を避ける必要がある帰り道は少し余計に時間がかかり、町が見えたのは昼を少し過ぎたころだった。


「グラーフたちは、もう出たあとか」


 今朝の早い時間に、赤い閃光を含む冒険者たちの第一陣が出発していた。


 魔人ウィツィリとの戦闘予定地は、馬車と徒歩で12時間ほど必要である。町近辺の比較的平坦な場所を半日かけて進み、そこから先は徒歩となる。

 早朝に出発すれば、日が落ちる前には陣地に到着できる計算だ。


 魔人シュガルとの戦闘予定地までは、馬車と徒歩を合わせて1日半かかる。

 第一陣同様、半日を馬車で移動して一泊したあと、翌日は日の出から日没までを歩き通して、陣地にたどり着く予定だ。

 野営地まで馬車で半日、ということで、第二陣はいままさに出発の準備を終えたところだろう。


 3体の魔人との戦闘はほぼ同時に開始される予定だ。

 なので、第一陣は陣地到着の翌々日に、第二陣は翌日に魔人を迎え撃つ予定なので、充分に休息を取ったうえで、緊張感を保ったまま戦闘に臨むことができる。


「おーい、実里ー!」


 途中からオートバイを降り、小走りに町へ近づくと、北の入り口には第二陣の冒険者たちが集まっていた。

 その中に実里の姿を見つけ、陽一は声をかけながら駆け寄った。


「陽一さん、おかえりなさい!」


 魔人シュガル戦でアレクとエマをサポートするため、実里は第二陣に同行する。


 彼女のすぐそばには、見送りにきたアラーナがいた。


「ふふ、遅いから、間に合わないかと思ったぞ」

「ごめんごめん」


 できれば少しはいちゃいちゃしたかったが、アラーナが注目を集めていたので自重し、時間まで軽く雑談をして過ごした。

 陽一ら同様、冒険者たちは好き勝手に話しており、広場はかなり騒がしい。


「みんなっ! 準備はいいか!!」


 喧噪をかき消すような凜々しい声が響き、間もなく広場に静寂が訪れる。

 声のほうに目をやると、そこには馬車の屋根に立つアレクの姿があった。


 使い込まれ、いくつもの傷をつけながら鈍く輝く銀色の甲冑を身にまとったアレクは、アッシュブロンドの髪を風に揺らしながら、堂々とした姿勢で広場を見下ろしている。


「洋風の甲冑に日本刀って、ちょっと違和感があるかも」

「そうですね」


 陽一の意見に実里が同意を示す。


「……そうか? 私にはよく似合っているように見えるが」


 アラーナの意見は異なるようで、このあたりは日本人と異世界人との価値観の差だろうか。


 しばらく無言で広場を見ていたアレクは、その腰に差した刀に手をやり、打刀をすらりと抜いて天に掲げた。


「町のため、帝国のため、そして人類のため! 我らは魔物を打ち払い、魔人を撃滅するっ!! いくぞーっ!!!」

『おおおおおおおおおーーー!!!!』


 異世界モードのアレクの言葉に、冒険者たちから雄叫びが上がる。


「出発!!」


 そして号令とともに、順次馬車が走り始めた。


 アレクが乗っていた馬車が動き出すのはまだ少し先のようだが、彼は軽やかに屋根から飛び降りると、そこで待っていたエマを抱き寄せた。互いに鎧を身に着けているので、ガチャガチャと金属音が鳴る。


「格好よかったわよ」

「惚れ直したか?」

「ええ」


 そんなやりとりをして馬車に乗るふたりを見届けたあと、陽一は実里に向き直った。


「じゃあ実里、いってらっしゃい。くれぐれも気をつけてな」

「はい、陽一さんとアラーナも」

「うむ。ではまた、な」


 実里を見送った陽一とアラーナは、一度宿に戻った。


「働きづめで疲れただろう。時間はあるのだし、ヨーイチ殿はゆっくり休んでくれ」


 途中2時間ほど仮眠を取ったが、40時間以上移動し続けた陽一は、結構な疲労を覚えていた。


「悪いけど、そうさせてもらうよ」

「うむ。私はギーゼラ殿に呼ばれているので、相手をしてくるよ。夜には戻るから」

「ああ」


 アラーナを見送ったあと、陽一は、『グランコート2503』に【帰還】し、ゆっくりと風呂に入った。


「あら陽一、帰ってたの?」


 風呂から上がると、ちょうど外から帰ってきたらしい花梨が、リビングに入ってきたところだった。


「花梨こそ、どうしたんだよ」

「んー、なんとなくこの時間なら、もしかしたら……なんて思っちゃったりして」


 花梨の言葉に、ふと時計を見ると、15時を少し回ったところだった。

 たしか先日、一度ここに【帰還】して花梨に電話をかけたのが、これくらいの時間だったか。


「そのためにわざわざ?」

「じつは明日から出張で、早めに終われたのよ。こっちのほうが部屋も広いし、ゆっくりできるかな、と思ってさ」


 花梨は照れ笑いを浮かべながら、そう言った。

 そのあとすぐ陽一の顔を見て、心配そうに眉をひそめる。


「なんかすっごいしんどそうだけど、ちょっとはゆっくりできるの?」

「あー、いや。キャンセルの時間制限がそろそろ」

「キャンセル?」


【帰還+】は発動後1時間以内なら、キャンセル機能を使って、発動した場所に戻ることができる。

 つまりホームポイント以外の場所にも転移できるのだ。

 陽一はそのことを、ざっくりと説明した。


「あとどれくらい時間あるの?」

「15分くらいかな」

「……あたし、そっちにいっていい?」

「え? あ、ああ」

「あ、でも明日の朝こっちに帰してもらわないとだけど」

「ああ、それくらいなら全然」

「じゃあ、さっとシャワーだけ浴びてくるね」

「それなら、あとで迎えにくるから、ゆっくり風呂に入っときなよ」

「あんたすごい眠そうだし、悪いわよ」


 たしかに、風呂に入ってさっぱりはしたが、油断すれば寝落ちしてしまいそうではある。


「んー、そうねぇ……」


 少し考えるそぶりを見せたあと、花梨は自身の襟元に指をひっかけて服を引っぱり、クンクンと鼻を鳴らした。


「うん、まぁいっか」


 そして納得した表情で顔を上げると、持っていたバッグを床に置いて陽一に歩み寄り、彼の腕を取った。


「やっぱり、このまますぐいきましょう」

「いいのか?」

「……におう?」


 上目遣いに問われ、陽一はスンと鼻を鳴らした。


「いや、全然」


 幸いにというか残念ながらというか、汗の匂いはしなかった。


「じゃあいいよ。いこ」

「わかった」


 回した腕にぎゅっと力を込める。寄り添ってきた花梨を連れ、陽一は【帰還+】をキャンセルし、コルーソの宿に戻った。


「あ、実里とアラーナは?」

「実里はもう出発してるよ。アラーナはここのギルドマスターに呼ばれて話相手になってるのかな」

「ここのギルドマスターに?」

「そう。師匠とフランソワさんの昔なじみらしくてさ」

「へぇ、そうなんだ。っていうか、もう寝る?」

「……そうだな。限界ってことはないけど、眠いことに変わりはない」

「そ、じゃあ寝よっか」


 そう言うなり花梨は、服を脱ぎ始めた。


「お、おい、なんで脱いでんの?」

「こんなスーツじゃ寝にくいに決まってるじゃない。ほら、アンタも脱いだ脱いだ」

「え、俺も?」


 戸惑う陽一を尻目に、花梨は下着まで脱いで全裸になった。


「あ、これお願い」


 花梨は脱いだ衣類を陽一に預けると、布団をめくってベッドに乗った。

 預けた衣類は【無限収納+】でキレイにしておいてくれ、ということだろう。


「ほら、おいで?」


 ベッドに寝そべった花梨は、布団をめくったまま自分の隣に空いたスペースを、ポンポンと叩いて陽一を促す。


「いや、お前……」

「なに、眠いんでしょ? 寝ないの?」

「寝るけどさぁ」

「だったら早くしなさいよ」

「わかったよ……」


 少し呆れながら答えたあと、陽一は花梨の衣類と自分の服を直接【無限収納+】収めて全裸になり、花梨の隣に潜り込んだ。


「ふふ……陽一ぃ……」


 陽一を隣に迎え入れた花梨は、彼の方に身体を向け、抱きついた。


「花梨?」

「あったかいほうが、安心して眠れるでしょ?」

「いや、まぁ……」


 花梨の胸に頭を抱かれた陽一は、自分からも彼女の身体に腕を回して抱きついた。

 スベスベとした肌が密着し、体温が伝わってくる。

 そして、さっきは気づかなかった汗の匂いが、かすかに鼻腔を刺激した。


 それから陽一は、花梨の誘いで様々な部分を密着させ、彼女の胸に顔をうずめた。


「陽一、おやすみ……」

「うん……おやすみ……」


 ほどなく寝息を立て始めた陽一の頭を愛おしげに撫でながら、花梨もまた心地よいまどろみに身を委ねるのだった。

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