第16話 魔改造兵器

 魔人の移動速度や経路、それにともなう戦闘予定地点の設定などさまざまな要因を考慮し、出発は2日後に決まった。


「じゃあ、オレはこいつに慣れときたいんで!」


 と、刀を手に入れたアレクはエマを連れて町を出た。

 ここを攻めていた魔人を倒したからといって、その魔人が引き連れていた魔物が姿を消すわけではない。

 統率を失ったぶん脅威は減ったが、本能に従って暴れ回る魔物を放置するわけにもいかず、この町に集まった冒険者たちは交代で討伐に出かけていた。

 なので、試し斬りに必要な相手はいくらでも見つかるのだ。


「僕たちは休憩させてもらいます」


 グラーフ率いる赤い閃光のメンバーは、会議が終わるなり宿に入った。いろんな意味で英気を養うのだろう。


「じゃあ、俺はアラーナたちを迎えにいきますね」

「おう、頼んだぞ。今回の作戦、姫騎士がおらなんだら、破綻しそうじゃからの」


 町を出た陽一は前線とは逆側の南へと走り、人気がない場所を一時的なホームポイントに設定した。


 最大5つまで設定できるホームポイントだが、そのうち日本の拠点となる『グランコート2503』、メイルグラードの拠点となる『辺境のふるさと』、そしてシャーロットの協力を得るのに必要なカジノの町の倉庫街は、変更するつもりはない。


 ホームポイント1~3をその3つに固定し、のこるふたつのうち、ホームポイント4を現在地――コルーソ南方――に変更した陽一は、先に『グランコート2503』へ【帰還】した。


「おーい、花梨いるかー……って、いないか、この時間には」


 部屋の玄関に転移した陽一は、リビングのドアを開けながら呼びかけたが、反応はなかった。

 時計をみると15時を少し回ったところで、一般的な社会人は仕事中の時間だ。仕事の邪魔をするのは悪いが、一応声をかけておきたいと思った陽一はスマートフォンを取り出して花梨へと発信した。


『もしもし、陽一? どしたの?』


 数回のコールで、花梨は応答した。


「いま大丈夫か?」

『うん、ちょっとくらいなら――って、そうか、そろそろ北の魔人のやつだ』

「そういうこと。とりあえずいまからしばらくは連絡できそうにないからさ」

『そっか。ごめんね、今回は参加できなくて』

「仕事ならしょうがないだろ」

『うん。でも、もうぼちぼちこっちも片づきそうだから。そしたら本格的に異世界冒険してやるわよ』

「いや、あんまり無理はするなよ」

『あたしがそうしたいのよ。今回だって、ほんとは参加したいんだからね?』

「はは、じゃあいろいろ落ち着いたら、本格的に異世界冒険に出かけようか」

『ええ、ぜひそうしたいわね。ごめん、そろそろ切らないと』

「わかった、じゃあいってくるよ」

『はい。いってらっしゃい。必ず帰ってくるのよ?』

「おう」

『ふふ、じゃあね』


 プツリ、と電話が切れたあと、陽一はしばらくスマートフォンのモニターを見つめ続けた。


「ふぅ……よし、いくか」


 軽く息を吐き、自分に言い聞かせるように呟くと、陽一はメイルグラードの拠点『辺境のふるさと』へ【帰還】した。


○●○●


"領主の館にて待つ"


 ベッドサイドにメモを見つけた陽一は、宿を出て館に向かった。


「お待ちしておりました、ヨーイチさま」


 館に着いた陽一は、厩舎きゅうしゃへ案内された。


 コルーソの町へ到着したことはギルドの通信網を使って知らせていたので、準備はもう終わっているのだろう。

 厩舎にはアラーナと彼女の愛馬、実里、そしてサマンサがいた。


「あれ、サマンサ?」


 今回の遠征に参加する予定のないサマンサの姿に、陽一は少し驚いた。


「間に合ったからさ、持っていってよ」


 サマンサの足下には、細長い木箱があった。ふたを開けると、2丁の銃が収められていた。


「おお!」


 思わず感嘆の声が漏れる。

 彼女が用意したのは、改造したロシア製突撃銃と、魔道具として一から作った対物ライフルだった。


「魔物に対して、こっちは元の倍、こっちは3倍ってとこかな」


 突撃銃と対物ライフルを交互に指して、サマンサは自慢げに言った。


 突撃銃のほうは、地球産の銃弾を使えるので、弾数をほとんど気にしなくていいのがありがたい。

 ただ、対物ライフルのほうは同じ形をした魔道具であり、専用の銃弾が必要だ。


「ごめん、100発しか作れなかったよ」


 そして、その銃弾を作れるのは、いまのところサマンサだけだ。


「いや、充分だよ」


 かなり無理をしたのだろう。

 【健康体β】を持ち、ほとんど疲れ知らずなはずの彼女が目の下にクマを作り、足下がすこしふらついていた。


「ありがとうな」

「にひひー」


 可愛らしい錬金鍛冶師は、陽一に抱き寄せられ、頭を撫でられると、嬉しそうに目を細めた。


「じゃあ、いこうか」

「うむ」

「はい」


 陽一はアラーナと実里を抱き寄せ、姫騎士のナイトホースに触れた。


「じゃあ、いってくるよ」

「うん、いってらっしゃい。みんな、無理しちゃだめだよ!」


 サマンサに見送られながら、陽一らは【帰還+】で転移した。


○●○●


「うおおおおおお! 姫騎士だぁー!!」

「すげーっ! 本物かよーっ!!」

「きゃあああー! アラーナ様ぁー!!」


 コルーソの南に設置したホームポイントから、馬を引いて徒歩で移動した一行は、町に入るなり熱烈な歓迎を受けた。


「おう、久しいの、アラーナよ」

「これは、ギーゼラさま。ご無沙汰しております」

「昔のように『ギーねーちゃん』と呼んでくれてもええんじゃよ?」

「はは。まさかおばあさまのお友達とは知らず、その節はご無礼を」

「なんじゃなんじゃ、堅っ苦しゅなったのぅ。ところでアラーナよ。最近帝国では熟年離婚というのが流行っておるのじゃが」

「熟年離婚、ですか?」


 軽い挨拶から唐突に話題が変わり、アラーナは困惑した。


「そうじゃ。長年連れ添った夫婦が、ふとしたきっかけで別れてしまうんじゃよ」

「はぁ」

「じゃからの、もしセレスタンのアホと別れとうなったら、いつでもワシのところへ来ればええと、フラちゃんに伝えといてくれんかのう?」

「はは……。まぁ、おばあさまに伝えはしますが、あのおふたりにかぎってそんなことはないと思いますよ」


 冗談とも本気とも取れないギーゼラの言葉に、アラーナは苦笑交じりにそう答えた。


「さて、もうひとつ頼みがあるんじゃが」

「私にできることでしたらなんなりと」

「すまんがひと言くれんかのう? 姫騎士の言葉をもらえれば、士気も上がると思うんじゃが」

「私ごときの言葉が役に立つのであれば、いくらでも」


 ギーゼラの提案を了承したアラーナは、町の中央にある広場に移動した。ほどなく、そこに冒険者が集められる。 


(いや、こんなにいたのかよ……)


 広場には500人を超える冒険者と、それに倍する住人が集まっていた。

 最低限の防衛要員を残し、ほぼ全員が姫騎士見たさにここへ集まっていた。


「王国南部辺境メイルグラード所属の冒険者、アラーナだ。帝国にこうも私を知る人がいて、そして温かく迎え入れてくれて、とても嬉しく思っている」


 歓声が上がる。


 アラーナはしばらくその様子を眺めたあと、軽く手を挙げた。

 その動作ひとつで、群衆は嘘のように静まり返った。


「魔王の君臨、魔物の群れの襲来、魔人の出現と、いま北の辺境は苦しい戦いを強いられていると聞く」


 低いどよめきが起こる。


「新たな魔人の出現も判明し、そしてより強い敵がここに向かっていると知り、恐れる者もいるだろう。長引く戦いに同胞は倒れ、しかし敵の攻撃が休まることはない」


 どよめきが少し大きくなる。


「厳しさを増し、いつ終わるともしれない戦いに、絶望を抱く者もいるだろう。逃げ出したくなった者も、立ち向かえなくなった者もいるだろう」


 過去に倒れた者を思い出してか、あるいは苦しい現状を嘆いてか、すすり泣く声や小さな悲鳴のようなものも聞こえ始めた。


「だがいま、私がここにいる!」


 どよめきが治まり、あたりはシンと静まり返った。


「踏みとどまれ! 立ち上がれ! そして一歩でもいいから前へ進め! 君たちに戦う意志がまだあるのなら、この私が……姫騎士アラーナが、勝利を約束しようではないか!」


 おおおおおおおおおおおおお!!!!


 雲を揺るがすような歓声が沸き起こる。


 その歓声が少し治まったあたりで、ギーゼラがアラーナの横に立った。


「みなの者、聞け! 今宵は好きなだけ飲み、好きなだけ食うがよい! 金はワシが持つ! 英気を養い、明日からの戦いをひとりでも多く生き抜くのじゃ!!」


 さらなる歓喜の声があがり、町はお祭り騒ぎになった。広場に集まった者たちも、酒や料理を求めて町へと駆け出していった。


 それを見届けたアラーナが、陽一の元へ帰ってくる。


「いやぁ、さすがアラーナ。すごいな」

「うん、ほんとうに。わたし、ちょっと泣きそうになっちゃった」


 そんなふたりの言葉に、アラーナは肩をすくめる。


「なに、私は"必ず勝てる"というヨーイチ殿の言葉を信じ、ただ事実を述べただけに過ぎんよ」


 あれだけの人を熱狂させる人物が信頼してくれていることを、陽一はもちろん、実里もまた誇らしく思った。


「いやー助かったわい。ありがとうの、アラーナ」

「どういたしまして」


 少し遅れて、ギーゼラが戻ってくる。


「いいんですか、大盤振る舞いしちゃって」


 陽一の問いかけに対し、小さなギルドマスターは軽く肩をすくめた。


「なに、金はうなるほど持っとるし、心許なかった物資も、お前さんのおかげで随分余裕ができたからの」


 今回陽一は、グラーフやアラーナらを連れてきただけではない。

 無尽蔵にものを収納できる【無限収納+】を使って、出発前のメイルグラードや道すがら立ち寄った土地で大量に物資を調達していたのだ。


 ただ、陽一が持つ規格外の収納スキルに関しては、この町ではギーゼラが知るのみである。


「ヨーイチ殿はこれからどうするのだ?」


 広場での演説が終わりお祭り騒ぎとなった町を抜け、宿屋に移動したあと、アラーナは陽一に尋ねた。


「うん、ホームポイントの設定に行こうかと思ってる」


 ホームポイントは一度変更すると、24時間が経過するまで再度変更できない。


 自由に変更できるふたつのホームポイントのうち、コルーソの南に設置した4番はまだ変更できないが、残る5番は変更可能だ。

 それをいまのうちに設定しておこうと、陽一は考えていた。


「かなり遠いから、いまのうちに移動しないと。じゃあ行ってくるよ」


 そう言い残すと、陽一は【帰還+】でコルーソ南のポイントに転移した。

 そしてオートバイを取り出してまたがり、人目につかないよう走らせ始めた。


○●○●


「おー、効いとる効いとる。これがホントの魔改造ってね」


 陽一は右手でアクセルを操りながら、左手に持った突撃銃で行く手を阻む魔物を倒していく。

 サマンサが改造し、魔力をまとった銃弾を撃てるようになった突撃銃のおかげで苦戦することなく楽に移動ができた。


「空を自由に飛びたいな……っと」


 出発から12時間が経過し、一度暗くなった空が再び白み始めた。

 黎明のなか、陽一は険しい山道を歩いていた。


 彼がいま目指しているのは、アラーナが魔人テペヨと戦う予定の場所だ。直線距離を移動すればもう着いているころなのだが、山やら森やらが行く手を遮り、行程の半分も超えていない。

 グリフォン便を使えればよかったのだが、あれは決まった場所にしか飛べないのだとか。


「ヘリコプターかセスナか、素人ががんばって乗れそうなのはそのへんだよなぁ」


 そんなことを呟きながら、陽一はときにオートバイにまたがり、ときに歩いて先を急ぐ。

 そして目的地にたどり着いたころには、コルーソの南を出発して30時間以上が経過していた。


 陽一はそこをホームポイント5に設定して、コールソの南に転移する。

 そこから人目につかないところまでオートバイで移動したあと、徒歩で町に入り、宿に戻った。


「おかえり、ヨーイチ殿」

「おかえりなさい、陽一さん」

「ただいま。いやー疲れた疲れた」


 【健康体+】のおかげで、30時間ぶっ通しの移動のあとも気疲れ程度しか感じていない。

 陽一は軽い口調で言いながら、事前に持ち込んでいたベッドに倒れ込み、身体を伸ばした。

 前日の夕方に出発したのだが、まる1日以上時間は経過し、翌日の夜になっていた。


「今日はもう休むのか?」

「いや、もうちょいしたらまた出るよ」


 明日、実里らが出発する前に、やっておきたいことがあった。


「もうちょっとホームポイント欲しいよなぁ」


 と呟く陽一だったが、元来の【帰還】ではひとつしかないものに『+』がついて5つに増えたのだ。


 そこに文句をつけるのは筋違いだろうと思い直し、陽一は仮眠を取るのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る