第15話 作戦会議

 陽一とアレク、エマ、そして赤い閃光の4人を加えた7人は、コルーソの町の冒険者ギルドへ移動した。

 ギルド併設の酒場には、全身に傷を負い装備をボロボロにしながらも、戦意を失わず、活気のある声で酒や食事で英気を養う冒険者たちが多くいた。

 長らくこの前線に身を置き、帰還するなり魔人を倒したアレクとエマはここでは英雄的な存在となっている。

 多くの冒険者からかけられるさまざまな声に応えながら酒場を抜けて受付台に行き、まずは陽一と赤い閃光の到着を報告した。


「会議室を使わせていただくわよ」


 エマの申し出により、一行は会議室に通された。


「それじゃあ、とりあえずそれぞれ紹介でもしとこうか」


 陽一があいだに入り、今回初対面となるアレクらと赤い閃光はお互いを紹介し合った。

 それが一段落ついたところで、会議室のドアが勢いよく開かれる。


「おう、よう来たの、おぬしら」


 入ってきたのは背の低い女性だった。


 クセの強い茶色の髪を大雑把にまとめ、クリッとした大きな赤い目が特徴的なその女性は、見ようによっては少女のようである。

 しかし、彼女のまとう雰囲気が見た目どおりの年齢でないことをうかがわせた。


「ギルドマスター! なんでここに!?」


 彼女の登場に、エマが驚きの声を上げ、アレクも同様に目を見開いていた。


「なに、おぬしらが倒したのより、もっと強い魔人がここに集まるというからの、駆けつけたのじゃよ」


 エマらに声をかけたあと、ギルドマスターと呼ばれた女性は、陽一らに向き直った。


「自己紹介しておこうかの。ワシは帝国北部辺境統括ギルドマスターのギーゼラじゃ。そっちの4人が赤い閃光で、おぬしがセレスタンの懐刀ふところがたなヨーイチじゃな?」

「え、懐刀……?」

「おうおう。あのセレスタンがぽっと出の新人をBランクに上げたうえ、弟子にまでしたというから、どれほどのやつかと思うたが、なんじゃ、もっさりしとるのぅ」

「も、もっさり……。っていうか、その、セレスタン師匠とお知り合いなんですか?」

「知り合いもなにも、あやつとは若いころにフラちゃんを巡って争ったライバルっちゅうやつじゃな」

「フラちゃんって……フランソワさん?」

「おう、そうじゃ! まったくフラちゃんのやつめ、いったいあんなチャラいおっさんのどこがいいんじゃか……」

「えっと、一応聞くんですけど、ギーゼラさんって女性ですよね?」

「見ればわかるじゃろ? ドワーフの女を見るのは初めてかの?」


 ギーゼラはそう言うと、ドンっと胸を張った。


 その拍子に、身長のわりには豊かな乳房が、たゆんっと揺れる。

 背後――グレタのいるあたり――から舌打ちのような音が聞こえたが、気のせいだろう。


「さて、無駄話はこのへんにして、さっそく本題に入るとしようかの……ほいっと」


 ギーゼラがテーブルの上に北の辺境とその周辺が描かれた地図を広げた。


「ヨーイチ、おぬしはワシの向かいで説明せぇ。あとのもんは適当に座ったらええ。ギルド経由で作戦の概要は聞いとるが、詳しい話はおぬしに聞けと、セレスタンに言われとるからな」

「わかりました。それじゃあまずは魔人の現在位置から」


 なにか目印になるものはないかと思い、陽一は【無限収納+】から、カジノの町で手に入れたチップを取り出した。


「まずここに1体」


 コルーソの町の北方には見晴らしのいい荒野が広がっている。

 ほんの10年ほど前は、そこにそれなりの規模の町があったのだが、魔物の動きが活発になり、じわじわと浸食され、滅んでしまった。

 防衛戦を行なえる程度の廃屋などもしばらくは残っていたが、やがてそういった建造物は劣化し、破壊され、いまは見る影もない。


 その荒野をさらに北へ進むと、森が広がっている。ジャナの森ほど険しくはないが、馬車などを使えるような道はない。

 その森を越えたところに、ちょっとした平野が、そこからさらに北には小さな町があり、陽一はそこに1ドルチップを置いた。


「次にここと……」


 コルーソの町の北にある荒野は、森を切り開いて作られた町の跡だ。

 なので、その荒野は森に囲まれていることになる。

 町から北へ進むと荒野が途切れ、境界線となる森から東へ行くと、少し大きな川があった。

 その川の近くに町があり、陽一はそこに5ドルチップを置く。


「最後にここ」


 5ドルチップを置いた場所から川を越えてさらに東へ行くと、険しい山脈が現われる。

 南東から北西へ、少々いびつではあるが、弓なりに延びる山脈の南辺を少し南東に進んだところには大きな鉱山があり、そこに10ドルチップを置いた。


「そのコインはなんじゃ?」

「ゲームで使う小物ですよ。ただの目印です。次に魔人どもの名前ですが、真北にいるのがシュガル、北東にいるのがウィツィリ、そしていちばん遠いところにいるのがテペヨ」


 続けて、各魔人の特徴を詳しく説明した。


「おぬし、いったいどうやってこれだけの情報を?」

「秘密です」

「むぅ……」


 陽一のそっけない返答に、ギーゼラは可愛らしく口を尖らせるにとどめた。

 冒険者が秘密と言ってしまえば、たとえギルドマスターであっても追求することは許されないのだ。


「ところで、新たに現われた3体の魔人は、どの程度の強さですの?」

「ふむ、強さの目安があれば、聞いておきたいのう」

「そうですねぇ……」


 エマとギーゼラの問いに、陽一は腕を組んで少し考え込んだ。


「じゃあ、わかりやすく数値化してみましょうか」


 そして【鑑定+】を使って、戦力の数値化を試みた。


「お、戦闘力ってやつッスか?」


 能力の数値化というのが好きな、元日本男子のアレクが色めきたつ。

 陽一もその気持ちは痛いほどわかるのだが、ここは話を円滑に進めるため、苦笑を漏らしつつもあえて無視した。


「相性とかいろいろあるんで一概には言えませんから、あくまで目安くらいに思っておいてください」


 ほぼ全員が神妙に頷くなかアレクだけが少しワクワクしていたが、気にせず陽一は続けた。


「基準として、こないだの魔物集団暴走スタンピードで、俺たちが遭遇した魔人ラファエロを100とした場合、昨日アレクたちが倒した魔人は130くらいかな」

「うえぇ、アレより3割増しで強かったの? よく倒せたねぇ」

「まぁ、みんなが協力してくれたおかげッスね」


 実際に魔人ラファエロと対峙したミーナが感心したように言い、アレクは少し照れ気味に答えた。


「で、まずは北にいるシュガルだけど、こいつは250くらいかな」

「あー、じゃあ昨日のやつの倍近いってことッスか」

「この魔人シュガルには、アレクたちに当たってもらう」


 シュガルに見立てた1ドルチップを少し南へ動かし、その向かいに25ドルチップを置く。

 そこは現在襲撃されている町の南に広がる平野で、そこもまた魔物によって削り取られた場所である。

 この町は西側に少し大きな街道があり、別の街とつながっているので孤立しているわけではないが、コルーソの町同様、最前線であることに変わりはない。


「……ぎりぎり勝てるかな?」

「ちなみにアレクが新しい刀を使いこなせるようになったとして、エマさんと合わせて300くらいにはなるかな」

「なるほど、なんとか勝てそうではあるわね……」

「いやいや、できれば戦力差は倍以上にしたいからさ。じつはシュガル戦に特化した防具を用意してある」


 こういった対策が取れるのは、【鑑定+】で敵の能力をまる裸にできることの強みだろう。


「それでシュガルの戦力を100くらいは無効化できるね」

「おおー! それなら楽勝ッスね」

「ただし、この数値はあくまでシュガル戦に集中できた場合だからな。状況次第でいくらでも変動する」

「ふむ……おそらく魔人の周りには、魔物がわんさかおるじゃろのう……」

「うぅ、じゃあやっぱ苦戦しそうッス」

「苦戦するようなら、わざわざ戦力を分散させたりしないさ」


 陽一はそう言うと、アレクらに見立てた25ドルチップの隣に、50ドルチップを置いた。


「魔物の群れ対策に、ウチから実里を出す」

「町からも近いし、ここの冒険者も何割か派遣しよう。それでおぬしらは魔人戦に集中できるじゃろ」


 ギーゼラはそういうと、ポケットから銅貨を出して地図のうえに置いた。


「次にウィツィリだけど、移動速度からしていちばん近くまで接近してくるのがこいつかな。強さは300くらい」


 言いながら陽一は、川沿いの町からウィツィリに見立てた5ドルチップを少し移動させ、その前に100ドルチップを置いた。

 この川沿いの町は林業で栄え、川を使ってほかの町と交易を行なっている。

 現在ウィツィリに攻められているこの町からは、すでに多くの住人が川を下って帝都方面に逃げており、いまは冒険者や軍が抗戦しつつ撤退準備を整えていた。


「こいつと戦うのは赤い閃光だ」

「はぁ!? アンタなに無茶言ってんのさ!」


 陽一の示した作戦に、ミーナが抗議する。


「ウチらはあの魔人相手に手も足も出なかったんだよ? それより3倍強い相手となんて、戦えるわけないじゃないか!」

「でも今回は、グラーフくんがいる」

「え、僕?」


 自分以外全員の視線を受け、グラーフは引きつった笑みを浮かべた。

 アレクやグラーフが持つ勇者の称号は、彼ら自身が魔人に対して優位に立てるだけでなく、周りの人間にも影響を及ぼすことができるのだ。


「グラーフくんのおかげで、君らの強さは200くらいにはなるかな」


 もし魔人ラファエロ戦のとき近くにグラーフがいれば、ミーナの不意打ちで勝負はついていただろう。


「でも、まだ全然、かなわない、です」

「そうですわね……もしかしてここにも追加戦力が?」

「もちろん」


 そこへ陽一は、追加で500ドルチップを置く。


「ここは俺も出る。ザコの掃討と魔人への牽制のために」

「そちらへも、もちろん冒険者を派遣するぞい」

「ウィツィリが連れている連中は、ザコとはいえ厄介なのも多いですからね。ここがいちばんの激戦区になると思います」


 陽一の言葉に頷きながら、ギーゼラは銀貨を置いた。


「で、ヨーイチさんが入って、ウチらの強さはどれくらいになんのさ?」

「250か260くらい?」

「いや、足りないじゃないのさ!」


 陽一の答えに、ミーナは思わず立ち上がった。


「まぁ勝つのは難しいし、苦戦はすると思うけど、ここの目的は時間稼ぎだから」

「時間稼ぎ……ですか?」


 陽一の発した時間稼ぎという言葉に、グラーフを始めその場にいた全員が首を傾げる。


「ここは町にそこそこ近い場所でもあるし、魔人はともかく群れを相手には籠城戦みたいになるかもしれん。つまり、援軍が来るまで耐える、といったところかのう?」

「そんな感じです」

「で、最後の1体……テペヨ、じゃったか? そやつの強さはどの程度なんじゃ?」

「800くらいですかね」


 言いながら陽一は、鉱山の町から山脈を越えるように10ドルコインを西へと動かす。

 この町は坑道をうまく利用して籠城しつつ、周辺からの救援を待っている状態だ。


「800じゃとっ!?」

「あー、でもこいつは気にしなくていいです」


 驚きの声を上げたギーゼラや声を失ったほかの者たちを前に、陽一は落ち着いた様子で1万ドルコインを置いた。


「ここはアラーナに任せますんで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る