第14話 北部辺境へ

 アレクこと東堂洋一の妻、靖枝の出産を手伝った際、陽一の血液を彼女に輸血することで【健康体α】の限定的な付与を行なった。

 そのことから、自分の血液がかなり役に立つことを学んだ陽一は、【無限収納+】に採血した血液のパウチを収納していた。

 そして今回の遠征が決まったとき、内服用のカプセルを購入し、血液を経口摂取できるようにしておいたのだ。


 というのも、先の魔物集団暴走スタンピードの際、何割かの冒険者は、魔物が持つ毒などの状態異常で命を落としていた。

 今回もそういうことがあるかもしれず、そうなればあらゆる状態異常の回復に効果がある【健康体α】の限定的な付与が役に立つと考えたのだ。

 まさか戦場で誰かが状態異常に陥るたびに、輸血やセックスをするわけにもいかないので【無限収納+】のメンテナンス機能を使い、パウチの血液を注入したカプセルを大量に用意していたのだった。

 さすがに採血までスキルで行なうのは困難なので、その部分に関してはシャーロットの助力を得ている。


「そんな便利なものがあるんだったら、もっと前にちょうだいよ」


 ミーナの言うとおり、辺境からペリニジの村までの行程でもそれを渡していればよかったのだが、グラーフとジェシカが再会する前だったので、性欲が理性を上回っていて、忘れてしまっていた。


「ごめん、うっかりしてた……」


 謝る陽一に対して、ジェシカは笑みを浮かべて頭を振る。


「大丈夫です。気にして、ませんから」


 これはジェシカの本心だった。


 グラーフと再会したいまとなっては、ほかの男に抱かれるつもりはさらさらないが、それまでの彼女はフリーだった。

 そしてほかのふたりが単に性欲を満たすためだけに陽一と関係を持ったのに対し、アラーナとの間接的なつながりを得ていたジェシカにとって、あの時間は確かに幸福だったのだ。


 そんな陽一らの様子にグラーフは首を傾げたが、別れてから再会するまでのあいだ、なにがあったのかを追求するつもりは、彼にはなかった。


 モテる男は女性の過去に執着しないのだ。


「っていうか、そんな便利なもんがあるんなら、いくつかちょうだいよ」

「だめ」

「なんで?」

「こいつは取り出したらすぐに劣化が始まるんだ。もって半日ってとこかな。だから、ジェシカも早く飲んで」


 体液を介した【健康体α】の限定的な付与だが、その体液が陽一の身体から出た瞬間から効果が落ち始めることが【鑑定+】によって判明していた。

 つまり、時間の流れが止まっている【無限収納+】でのみ保管が可能なもので、使用する場合は陽一から直接受け取って、できるだけ早めに飲むしかないのだ。


「あ、はい……いえ、その……」

「どうした?」


 薬を飲むのを躊躇しているジェシカの様子に、陽一は首を傾げる。


「正体不明の薬を渡されて、はいそうですかと飲めるはずありませんわよ。いったいそれはなんですの?」

「あー、それもそうか、うん。それはだな、その……」


 グレタの言うことももっともだが、かといって自分の血液だというのもはばかられる。


(言われてみれば他人の血を飲むって、ちょっといやだよなぁ……)


「あれだ、特殊な生物の血液だ。気持ち悪いかもしれないけど、がんばって飲んでくれ。効果は保証する」


 結局、それを自分の血液だと言い出すこともできず、適当にごまかした。


 まぁ管理者の過剰な加護によって規格外のスキルを持つ陽一は、特殊な生物といえなくもないので、まるっきり嘘ということにもならないだろう。


「は、はい」


 陽一の言葉で納得できたわけではないが、ほかに方法もなさそうなので、ジェシカはカプセルを口に含み、手持ちの水筒から水を飲んで、喉の奥に流し込んだ。


「数に余裕はあんの? だったらすぐに飲むからウチも欲しいんだけど」

「そうですわね。酔わないにしても、狭くてしんどいことに変わりはありませんから、それが少しでも緩和されるのなら、ぜひいただきたいですわ」

「あ、だったら僕も欲しいかも」

「ああ、数に余裕はあるから、欲しいときはいつでも言ってくれ」


 さすが冒険者というべきか、ほかのメンバーも効果がありそうならとりあえず試してみようという気になったらしい。

 保管した血液にはかなり余裕があったし、時間があればシャーロットに頼んで追加で採血することも可能だ。

 最悪、適当にどこかを切って【無限収納+】に直接血液を収納し、不純物を取り除くという方法もとれる。


 "心身ともにベストな状態を維持する"という効果のある【健康体α】である。

 状態異常の回復のみならず、体力や魔力の回復、また精神を安定させる効果もあった。


 血液の経口摂取ということで、多少効率は悪くなるものの、"飲めばなんだか楽になる"程度の効果はあり、一行は比較的楽に移動を続けることができた。

 それだけでなく、当初の予定より休憩時間を減らすことができ、多少ではあるが日数の短縮にも成功し、王都を出発して5日ほどで北の辺境に到着。


 陽一がメイルグラードを出発して、半月と少しが経過していた。


○●○●


 陽一らの乗ったグリフォン便は、町の入り口手前におろされた。


 王都やメイルグラードとは比べものにならないが、ここもそこそこ立派で、高い塀に囲まれている。

 ただ、崩れたり、壊れたりした場所がかなりの箇所で見受けられ、戦闘の激しさを物語っているようだった。


「ようこそ、コルーソの町へ。遠方からの支援、心より感謝します」


 冒険者カードを確認した衛兵からの挨拶を受け、少し低い門をくぐった。


「中はそこまで荒れてないな」


 門の内側に入ると、一見すれば普通の町と変わらないように見えた。

 しかしよく観察すると、何軒か傷がついたり、あるいは完全に崩れたりしたような家が見られた。

 門の近くが妙に広いのは、魔物の侵入を許して破壊された家屋を撤去したからかもしれない。


 ただ、町そのものにはそれなりに活気があるようだった。


 道を歩く人もちらほらと見え、その大半が冒険者のようだ。


「おーい!」


 陽一らが周りを観察しつつ町中を歩いていると、前方から手を振りながら近づいてくる者があった。


「ん、アレクか?」


 おそらく空から来たグリフォン便に気づいて迎えにきたのだろう。

 手を振る彼の傍らにはエマの姿も見え、ほどなく両者は合流した。


「藤堂さん、ようこそッス」

「おう。魔人のほうはうまく倒せたみたいだね」

「昨日倒して、オレらもさっき帰ってきたとこなんッスよ」


 先行してグリフォン便で帰還していたアレクらは、3日前にコルーソへと到着した。


 そこから準備と移動に1日かかり、昨日魔人を討伐していたのだった。


「これで連中、ここに集まってくるぞ」


 追加で現われた3体の魔人は、分散して各地を攻めていた。

 彼らの行動にこれといった戦術はなく、手近なところを消耗させようという意図からだった。

 ただ、生き残った魔人が倒されれば、そこに集まると決めていた。

 最初に現われた5体のうち、生き残った1体の魔人はほかの4体よりも強い存在で、それを倒すだけの敵がいるのなら、まずは集中してそこを攻め落とす、という作戦だったようだ。


 もちろん、こういった敵の作戦を看破したのは、陽一の【鑑定+】である。


「でも、敵の戦力を集中させるのは、危険じゃなくて?」


 ギルドの作戦に、アレクの相棒でもあるエマが疑問を挟む。


「言いたいことはわかるけど、各地の防衛がもう限界なんだよ」


 敵がわざわざ分散してくれているのだから、こちらは戦力を集中させ、各個撃破していくのが理想だが、魔人どもの攻撃が激しく、各所ともギリギリのところで戦線を保っている状態だった。

 なので、いったんいまの場所から魔人を引き離す必要があったのだ。

 魔人どもが移動を始めることで、敵の攻撃が多少緩むことも期待したうえで。


 そして陽一が【鑑定+】で看破したとおり、敵はその場を離れ、この町に集まろうと移動し始めている。


「それに、ここに集まるといっても、連中は思い思いに移動しているからね。合流する前に叩けばいい」


 力におごる魔人どもは、ただ力任せに人類を蹂躙すればいいと思っている。

 なので、最短距離で合流し最大戦力で進撃、といったことはせず、それぞれが異なるルート、異なる速度でここを目指していた。


「では、近いところから順に、倒していくの?」

「いや、そうするといろいろ都合が悪いんで、ここはあえて兵力分散の愚をおかしてでも、各魔人を別々に攻略していくつもりだ」


 陽一の言葉に不安げな表情を見せるエマの隣にいるアレクは、心ここにあらずといった様子で、妙にそわそわしていた。


「アレク、どうした?」

「え? いや、べつに、その……」


 そんな彼の姿に、フッと苦笑を漏らす。


「アレク」

「な、なんッスか?」

「あるよ」


 そう言ったあと、陽一の手に日本刀が現われた。


「お、おお! ほんとに間に合ったんッスね!?」


 じつは、アレクは陽一と再会したときからずっと日本刀のことが気になっていた。

 しかし会話の流れで作戦の話になったためそのことを言い出せず、あとで確認しようと思いつつ、ついそわそわしてしまっていたのだ。


「アレク、あなたねぇ……」

「いやいや、気になることは先に済ませとかないと、話も頭に入らないでしょう」

「さっすが藤堂さん!」


 先ほどアレクに渡したのは、打刀うちがたなという、いわゆる普通サイズの刀で、それより6割ほど刀身が長い大太刀も、追加で渡した。


 ここへくる途中の最後の休憩のとき、一度メイルグラードに【帰還+】し、先日の宣言どおりできあがっていたこのふた振りを、陽一は受け取っていたのだ。


 陽一から日本刀を受け取ったアレクは、刀を鞘から抜き、目を輝かせながら刀身を見つめた。


「サマンサが言ってたこと、覚えてるか?」

「なんッスかー?」


 続けて大太刀を抜き、その刀身をまじまじとみながら、話半分で間延びした返事をするアレク。


「【心装】にはするなってやつ」

「ええっ!?」


 しかし、続く陽一の言葉で彼は現実に引き戻された。


「なんでッスか!? めちゃくちゃいい出来じゃないっすか!!」

「解析元になってるのが安物だから。名刀なんかをモデルにしたらもっといいものが作れるって話だっただろ?」

「そ、そういえば……。そういうことなら仕方ないッスね……」


 渋々と納得した様子のアレクだったが、ほどなく口元が緩んでくる。

 ようやく日本刀を実戦投入できる喜びと、よりいいものが手に入るかもしれないという期待とが、いまになって湧き起こったのだろう。


「さて、立ち話もなんですし、どこかで腰を落ち着けて、ゆっくりと話しましょうか」


 エマの提案で、一行はこの町の冒険者ギルドへ移動することとなった。

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