第13話 王都冒険者ギルド

 一行の乗った馬車が到着した中央終点駅セントラル・ターミナルは、その名のとおり王都中央にある巨大な駅で、王国内すべての道はここに始まり、ここに終わる。

 東西北の3門から延びる幹線道路の集合地点となっている円形の広場で、そこから大小十数の道が放射状に延びている。

 南方に幹線道路がないのは、北方の帝国に対する防衛のため、王宮が南にあるからだ。


「……てか広すぎない?」


 陽一の言うとおり、中央終点駅セントラル・ターミナルは広い。

 面積はおよそ20万平米で、日本のあのドーム球場約4・2個分に相当する。

 その広いターミナルに、数えきれないほどの馬車と、人がひしめき合っていた。


「うわー、すごい人だなぁ……」


 ぽかんと口を開けたグラーフが、周りを見ながらそんな感想を漏らした。


 日本の首都圏に比べれば多少はましな人混みではあるが、それでも人が多いことに変わりはなく、グラーフだけでなく、ミーナやジェシカも同様に驚いているようだった。


「あ、ヨーイチさん、そちらの人力車をつかまえてくださいます?」

「え、あ、おう……えっと、すいませーん!」


 よくわからないまま、とりあえずタクシーを止める要領で手を振ると、一行の前を通り過ぎようとしていた人力車が、不自然なほど鮮やかな方向転換をして、陽一の前に停まった。


「あいよ、どちらまで?」


 大人ふたりが並んで座れるかどうかという程度の箱のようなものを引く男が、ニッと笑って尋ねてきた。

 タンクトップにハーフパンツというラフな格好で、立派な筋肉を惜しげもなく晒している。


「冒険者ギルドへ行きたいのですけれど」


 ヨーイチの陰から顔を出したグレタが男に告げた。


「なら47番線だね。乗ってくんな」


 見た目は狭い箱のような車体には例のごとく〈空間拡張〉が施されていたので、中は大人6人ほどがゆったりと座れるスペースがあり、陽一を含む5人は備えつけのソファに腰かけた。


 エンジンやモーターといったものがない世界なので、車を動かすには何者かが引かねばならない。

 しかし魔術によって慣性や重力、振動を制御できるうえ、引く者の身体強化もできるので、〈空間拡張〉を施したコンパクトな人力車はターミナル内などのちょっとした移動に重宝されているようだ。


「着きやしたぜー」


 ものの数分で目的の乗り場に着いた一行は、そこから冒険者ギルド直通の馬車に乗った。


「ねぇ、ウチら、さっきからなにやってんの?」

「よくわからないけど、冒険者ギルドに向かってるん……だよねぇ?」

「なんだか、頭がぐらぐらしてきました。とにかく、はぐれないように、しないと」


 めまぐるしい乗り換えと移動に、ミーナ、グラーフ、ジェシカの3人は混乱しているようだ。


「ヨーイチさんは随分落ち着いてらっしゃいますけど、こういうのには慣れてますの?」

「まぁ、ね」


 感覚としては、ターミナル駅での乗り換えというより、シャトルバスを使った空港内の移動に近い印象を受けた。

 それが人力車だったり馬車だったりするだけの話なので、そう混乱することもない。


「みなさん、そろそろ着きますわよ」


 中央終点駅セントラル・ターミナルから町中を走る馬車に乗り換えて10分ほどで、冒険者ギルド前に到着した。


「しかし王都の冒険者は大変だね。ギルドに来るためにわざわざ馬車に乗らなきゃいけないなんて」


 停車した馬車の中で立ち上がりながら、グラーフが呟く。


「ふふ、王都にはふたつの支部と7つの出張所がありますわ」


 中央終点駅セントラル・ターミナルから馬車を使って北へ10分のところにある本部のほかに、東西にそれぞれ『王都東支部』と『王都西支部』という大きめの支部が、各門の近くや繁華街に7ヵ所の出張所がある。


「ちなみにそれぞれの出張所がメイルグラード支部とほぼ同じ規模ですわね」


 さすがに闘技場が設置されているのは本部と支部くらいのものだが、それ以外の訓練場や酒場の規模などは、メイルグラードを始めとする地方都市の支部と同程度だった。


「みなさん、こちらが冒険者ギルド本部ですわ」


 降りた馬車が走り去ったあと、その向こうにはメイルグラードにある領主の館よりも大きな建物がそびえ立っていた。


「ほえー……」


 その威容には、さすがの陽一も感嘆の声を上げる。

 地上5階、地下2階で、広さはあのドーム球場よりふた回りほど小さく、小規模なショッピングモール並みといえばいいだろうか。


「さぁ、行きますわよ」


 解放された大きな入り口をくぐって中に入る。


「おお……」


 入ってすぐのところが吹き抜けになっており、グレタを除く4人は思わず天井を見上げた。


「しかし、なんだか役所みたいだなぁ」


 ほどなく視線を落とした陽一はギルド内を見回し、整然とした施設の造りから大都市の庁舎を思い浮かべた。

 1階はただただ広いだけのスペースがあり、そこに冒険者がひしめき合っているが、ギルドによくある酒場はない。

 その代わりとなるのが地下1階の大食堂と待ち合わせスペースで、1階にいるのは各種手続きを待っている冒険者たちだ。


「これって、かなり待たされるんじゃないの?」


 ミーナが不安の声を上げる。正面玄関をくぐった数十メートル先に、20人ほどの受付担当がずらりと並ぶフロントデスクがあり、そこには冒険者が列を成していた。


「あー、いや、入ってすぐのところにコレを渡せって言われてるから」


 そう言って陽一が軽く見回すと、入り口を入って少しのところに、数名の受付嬢が詰めているレセプションがあった。

 重要度の高い受付はここでしてもらえるらしい。


「あの、これをお願いしたいんですが」


 近世欧風のスーツに近い服装を身にまとい楚々そそとたたずむ受付嬢に、セレスタンから預かった紹介状を渡した。


「カードもお渡しいただけますか?」

「あ、はい」


 陽一がカードを渡すと受付嬢はそれを手に取り、端末でなにかを操作し始めた。


「メイルグラード支部所属、Bランクのヨーイチさまですね。それではこちらをお持ちのうえ5番昇降機で5階へどうぞ」


 返却されたギルドカードとは別にもう1枚のカードを受け取った陽一は、一行を引き連れて昇降機待合所に向かう。


「昇降機に乗れるなんて、ラッキーですわね」

「昇降機って、なに?」

「さて、なんと言えばいいのか……。実際に乗っていただければわかると思いますわ」


 グラーフとグレタがそんなやりとりをしているあいだに、一行は待合所へたどり着き、手続きを終えて昇降機に乗り込んだ。


「では5階へ参ります」

(いや、エレベーターかよ)


 陽一らが乗り込んだそれは、まさにエレベーターだった。

 ただ、モーターで動くエレベーターと異なり、昇降機の動力源はエレベーターガールらしき女性である。

 機内に施された魔術と彼女の魔力とが合わさり、上下に動くのだ。


「おおー、高いねー」

「ちょっと怖いです……」


 吹き抜けを見下ろしながら上昇する昇降機にミーナは楽しげだが、ジェシカは少し怯えていた。


 それからまた別の職員に案内され、陽一らはギルド幹部職員の待つ個室に通された。


「悪いが、グリフォン便で移動してくれるか?」


 そして挨拶も早々に、そう提案されたのだった。


 陽一ひとりなら、人目につかないように気をつけながらオートバイを駆れば、グリフォン便とほとんど同じ日程で、北の辺境に到着できるだろう。

 しかしここでグラーフらと別れ、別行動でほぼ同じ日に向こうで合流すればその移動手段を疑われることは間違いない。

 ギルドに対しては、セレスタンの権限で追求をさせないことは可能だが、グラーフたちに疑念を持たれるのはできればもうしばらくは避けたいところだ。


 対魔人戦が始まれば、隠しごとだなんだと言ってられなくなるかもしれないので、それまでにある程度の信頼関係は築いておきたいと、陽一は考えていた。


「グリフォン便かぁ。1回乗ってみたかったんだよね」


 と、のんきにグラーフが言う。

 実物を見たことのある陽一はできれば乗りたくなかったが、拒否できるものでもない。


「それより、そんなに状況は悪いんですか?」


 グラーフが尋ねると、幹部の男は眉をひそめた。


「魔人のことは、知っているな?」

「はい」

「それらしいのが最初は5体いたのだが、4体は討伐に成功した。100名以上の犠牲を払って、だがな」


 魔人だけではなく、無数の魔物も含む乱戦が繰り返され、多くの冒険者が犠牲となり、その中には陽一がセレスタンに推薦させた勇者の称号を持つ者が、7人含まれていた。

 もし仮に勇者の配置がなければ、犠牲者の数はひと桁多くなっていただろう。


「残る魔人は1体ということですか? だったら……」


 グラーフの言葉に、幹部は悩ましげな表情で頭を振る。


「いや、新たな魔人が3体現われた」


 その言葉に、赤い閃光の4人が息を呑む。

 無論、陽一は【鑑定+】で戦況を確認済みである。


「生き残った1体は、アレクサンドルが到着すればおそらく討伐できるということだが、新たに現われた3体は最初の連中と様子が違っているようでな」


 青白い肌に角、そして漆黒のローブ。


 ラファエロを始めとする、魔人たちの容姿の特徴である。

 もちろん別個体なので、顔かたちや体型、角の形状などに多少の差異はあるが、特徴的な部分に共通するところが多く、ほかの魔物、あるいは人類との見分けは容易についた。

 また、勘の鋭い者が見れば、魔人たちのまとう異様な雰囲気を察することができるので、北部辺境所属の高ランク冒険者たちは比較的簡単に魔人たちを発見できたのだった。


 セレスタンを通じてもたらされた情報に加え、魔人側に隠れようという意思がないのも大きいだろう。


「新たに現われた3体は、なにやら人と獣が混じったような外見をしているらしい」

「それは、獣人型の魔人ということでしょうか?」


 グラーフの挟んだ疑問に、幹部職員は頭を振った。


「より獣じみていると言えばいいだろうか」


 1体は下半身が蛇のようになっている。

 これまでの魔人のようにローブをまとい、深く被ったフードから覗く顔は人に近いが、どこか蛇を思わせる不気味さがあった。

 上半身は人の形をしているが、ときおりローブの袖から蛇の頭が飛び出し、かなりの範囲でその蛇が暴れ回る。


 1体は鳥のような格好をしているが、一般的に鳥系の獣人は背中から翼が生えているのに対して、その魔人は両腕が翼のようになっている。

 顔にはくちばしがあり、下半身は人に近いが、足はかぎ爪のような形状をしていた。

 翼を羽ばたかせるのに邪魔なのか、ローブやそのほかの衣類、防具は身に着けていないが、体表を覆う羽毛に魔術も矢も弾かれてしまう。


 残る1体は豹に似た特徴を持っている。

 新たに現われた3体のなかでは、もっとも人に近いが、頭は完全に豹である。

 革製と思われる軽鎧を身に着け、剣や槍などの武器を扱うという、これまでの魔人や同時に現われたほかの2体とは一線を画する存在だった。


「とにかく、そいつらがかなり強くてね」

「なるほど。だから僕たちを、できるだけ早く救援に向かわせたい、と」

「そういうことだ。なにセレスタン殿のお墨つきだからな。しかし、てっきり姫騎士が来ると思ったのだが……」


 メイルグラードからの緊急支援となれば、姫騎士アラーナが来ることを期待するのも仕方がないだろう。

 彼は明らかに落胆した様子だった。


「あとで合流するという話だが、本当に大丈夫なのか? 彼女はまだ――」

「大丈夫ですよ。ウチのギルドマスターを信じてください」


 アラーナがまだメイルグラードを出ていないことは、できればいまの段階ではグラーフたちに聞かせたくない。

 陽一は裏を知る幹部の言葉を途中で遮った。


「そうだな。セレスタン殿の策はいまのところうまくいっているし、信じることにしよう。どうも、余計な心配をしてしまったようだ」


 危うく失言しそうだったことに気づいた幹部の男は、少し言葉を濁して陽一に頭を下げた。


「今夜はゆっくり休んでくれ。明日の朝一番で出発してもらう」



 そして翌朝。


「……なんで僕とヨーイチさんが同じカゴなんですか!?」


 グリフォン便に使われるカゴを前に、グラーフは大声で抗議する。


「仕方ないだろう? このカゴに乗れるのは3人で精一杯なんだから」

「だからって、なんで、男と……」

「心配するな。俺にそっちの趣味はない」

「僕にだってありませんよ!!」


 2台のグリフォン便に、男ふたりと女3人に別れて乗り込み、一行は出発した。


 地獄の行程を覚悟していた陽一だったが、【健康体α】がうまく作用したのか、意外と平気だった。

 グラーフのほうはかなりしんどそうではあったが、彼より先に音を上げたのは、乗り物に弱いジェシカだった。


「そういえばジェシカってすぐに酔ってたけど、村から王都までは結構平気そうだったね」

「えっと、それは……」


 グラーフと再会して以降、もちろんジェシカは陽一とセックスをしていない。

 それでも辻馬車で酔わなかったのは、舗装された道を走る高性能な馬車の揺れで酔わない程度には、彼女の体質が改善されていたからだ。

 しかし、元来人を運ぶことを想定していないグリフォン便の乗り心地は悪く、乗り物酔いが再発してしまったらしい。


「なに、グラーフのところへ行くまでの長旅で、乗り物にも少し慣れてたのさ」


 ミーナがフォローを入れる。


 ミーナら3人と陽一とが関係を持っていたことを、グラーフには話していない。

 グラーフとは離れているあいだの出来事なので隠す必要はないが、あえて言う必要もないことだからだ。


「そっか。でも、グリフォン便は僕でも結構きついもんなぁ……」


 腕を組みうんうんとうなるグラーフの傍らで、ジェシカは申し訳なさそうに彼を見たあと、陽一に目を向けた。

 陽一が視線を感じてそちらを見ると、泣きそうな顔のジェシカと目が合った。

 彼女はしばらくするとばつが悪そうに目を逸らしたが、そのあともちらちらと彼に視線を向けた。

 その様子からジェシカの葛藤をなんとなく感じ取ることはできたが、かといってグラーフと再会した彼女とセックスをするつもりはない。


 やれやれと軽く頭を振ったあと、陽一はジェシカに歩み寄った。


「これを試してみて」


 そして陽一は、ジェシカに赤黒いカプセルを渡した。


「あの、これは?」

「状態異常を治す秘薬、ってとこかな」


 戸惑うジェシカに、陽一はそう告げた。

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