第12話 王都へ

 グラーフにはスタンダードな剣士用の装備一式が用意されていた。


 まず、武器として用意されたロングソードはミスリル、オリハルコン、アダマンタイトなどの希少金属を混ぜ合わせたもので、耐久性と切れ味を兼ね備えた逸品だ。

 しかも【鑑定+】で調べたグラーフの体型や、クセなどを考慮したうえで、剣自体の重さや重心なども、絶妙な加減となっている。


 防具はアースドラゴンの革で作られた革鎧一式で、胸甲と肩当て、手甲には、さらに竜鱗を縫いつけてあった。

 グローブとロングブーツは動きやすさを重視したため、竜鱗を張りつけてはいないが、アースドラゴンの竜革だけでも、ミスリル以上の強度がある。


 それに加えて、グレーターランドタートルエンペラーの甲羅を加工した円盾もあった。

 物理的な防御力だけでなく、魔法や魔術に対してもかなり高い防御力を発揮するだろう。


「あんれまぁグラーフちゃんってば、見違ぇたべやぁ」


 装備を身に着けて登場したグラーフを見て、メリルが感嘆の声を上げる。

 さすが名工サム・スミスの作だけあって、シンプルかつ機能的でありながら適度な装飾もあり、グラーフ本人の容姿も相まって、その姿はおとぎ話に登場する勇者のようだった。


「いやぁすごい装備だ……。さすがサム・スミスの作品は違うな……」


 グラーフが、武具を装備した自分の身体を見て、感嘆の声を上げる。


「だよねぇ。ウチらも最初はびっくりしたよ」


 ミーナがグラーフの言葉に同意し、ジェシカとグレタもうんうんと頷いている。


「ふふ……みんなも新しい装備、似合ってるよ」

「んだんだ。ミーナとジェシカとグレタも、カッコいいべや」


 魔物集団暴走スタンピードで多額の報酬を得たミーナたちも、陽一の口利きでサマンサに装備を新調してもらっていた。


「ウチは見た目そこまで変わってないけどねー。性能は段違いだけど」


 ミーナは少し胸を強調するデザインのコルセットベストにホットパンツという格好だ。

 上下ともかなり丈が短く、キュッと締まったくびれやヘソ、ほどよく肉づきのいい太ももを惜しげもなく露出している。


「私は、ちょっと恥ずかしいかもです……」


 恥じらい気味にうつむくジェシカが身に着けているのは、少し装甲が大きめのビキニアーマーといえばいいだろうか。

 これまで全身鎧を身に着けていたジェシカにとって二の腕やウェスト、太ももを露出するのは気恥ずかしいのだろう。

 装甲の色合いは、憧れのアラーナに合わせてか白を基調としている。


「こういうヒラヒラした装備も悪くないですわね」


 グレタはハーフスリーブのワンピースに、腰マントという装備だ。

 ライトブルーのワンピースの袖は大きく開き、白いフリルがあしらわれている。

 弓を扱うのに邪魔という理由もあって、腰から下げたマントを含めてそういうヒラヒラとした装飾を彼女はこれまで避けていた。

 しかしサマンサの施した装飾は、弓を構えるとわずかな魔力で絶妙にそよぎ、射撃の邪魔にならないようになっている。


 そして彼女らが身に着けた新たな装備にも、グラーフのもの同様、希少な素材がふんだんに使われているのだった。


「みんな、赤いアクセサリーさ、いまでもちゃんど着げてるんだべな」


 メリルの言うとおり、各人の装備品には赤い装飾が施されている。

 ミーナは胸元に赤く小さなリボンがあしらわれ、ジェシカは腰から赤い布を下げていた。

 そしてグレタは髪を赤く大きなヘアピンで留めている。

 赤はパーティーのシンボルカラーであり、それはもちろん、グラーフの赤い髪を由来としているのだ。


「ヨーイチさん、これならなにが出ても怖くない! 魔人だろうがなんだろうが、ドーンとこいですよ!!」


 自分と仲間たちのために新調された装備をあらためて確認し、グラーフは自信満々といった様子で胸を叩いた。

 さっきまでの弱気はどこへいったのかと少し呆れつつ、陽一は苦笑を漏らすのだった。


○●○●


「グラーフちゃん、それにほかのみんなも、無事に帰ってくるだよ?」


 メリルや村人たちに見送られ、グラーフを加えた一行はまず王都を目指した。

 王国内もある程度都会に出ると辻馬車による交通網が発達しているので、移動にはそれを利用した。


 途中立ち寄った町の冒険者ギルドで、グラーフを新しい装備に馴れさせるため道すがら戦闘ができるような依頼を受けてはこなしていく。

 基本的には赤い閃光のメンバーで連携を取り、陽一は邪魔にならないところで、ほとんどソロで行動を取った。


 ――ドゥン! ドゥン!


 45口径のリボルバーから鉛の弾が撃ち出され、魔物たちの頭や胸を貫く。

 陽一がいま使っているのは、サマンサ製の銃と、地球産の銃弾だった。


 異世界の魔物を相手にするのであれば、銃弾もこちらの素材を使ったほうがいいのだが、製造はサマンサひとりの手に任せているので、数が作れない。

 そこで、銃身を通る銃弾に魔力を薄くまとわせる術式を施した特殊な銃を作成し、銃弾不足の問題を改善したのだ。

 そのおかげで、魔物に対する銃の威力は飛躍的に上昇した。


「ヨーイチさん、近接戦闘もできたんですか?」


 辺境に比べて弱い魔物を相手に銃を乱用するのもどうかと思い、陽一はときおり訓練がてらナイフでの戦闘を行なっていた。

 それを見たグラーフが驚いたように尋ねてきた。


「ああ。ギルマスに稽古をつけてもらってね」

「ギルドマスターに!? それはすごい!」

「でも、グラーフくんだって結構やるじゃないか」


 グラーフの戦いぶりを、陽一は素直に賞賛した。


 アラーナは別格、アレクと比べても数段落ちる腕前だが、それでも魔物集団暴走スタンピードで共闘したそこらの冒険者とは一線を画する強さを持っているのはわかった。

 少なくとも、近接戦闘で対決すれば自分はとうてい及ばないと、陽一は思った。


「いや、まぁ、田舎に帰ってからも訓練は続けてましたし、定期的に依頼もこなしてましたから」


 照れたように答えたあと、グラーフは視線を動かした。

 その先には、ミーナらがなにやら楽しげに会話をしていた。


「やっぱり、みんながいると心強いな……」


 そう言ったグラーフの目が少し寂しげだったのは、そこにメリルの姿がないからだろうか。


○●○●


 さすが王都に近い場所になると各種魔術効果のおかげで辻馬車はまったく揺れることもなく、快適かつ高速な移動ができた。


「そろそろ王都が見えてくるはずですわ」


 快適な車内でうつらうつらとしていた陽一は、グレタに声をかけられて目を覚まし、窓の外を見た。


「おおー! すげーな!!」


 地平線を覆い尽くすのではないかと思えるほど延々と続く立派な城壁が見えた。


「城壁の高さはメイルグラードほどじゃないか」

「辺境ほどの危険はありませんもの。でも中の建物は王都のほうが高いですよ」

「たしかに」


 グレタの言うとおり、城壁の向こうには高い建物の屋根などが多く見えた。

 辺境でいちばん高い建物は領主の館だ。

 館は3階建てだがどのフロアも天井が高く、日本でいえば5~6階建てのマンションに相当する。

 王都内にはその館に匹敵するか、それ以上高い建物が数多くあるらしいことが城壁の外からでも見受けられた。


「大きな商館や貴族の邸宅などですと、3階建て、4階建てはあたりまえですわね。ほら、少し遠くにひときわ高い尖塔のようなものが見えますでしょう?」

「ああ、あるね」

「あれが10階建ての王宮ですわ」


 試しに【鑑定+】で高さを調べたところ、100メートルを少し超えていた。

 これは陽一の住む『グランコート』よりも高く、30階超えのタワーマンションに匹敵する。


「その周りにも高い建物が並んでいるよな。王宮に比べると低いけど」


 王宮を取り囲むように5~7階建ての建物が配置されていて、その屋根が手前の建造物越しに見ることができた。


「王族や高位貴族の別邸などがありますわね。万が一のときの防衛ラインにもなるそうですわ」

「へええ」


 さすが元王都暮らしだけあって、グレタは詳しかった。


「さて、そろそろ入場ですわね」


 そんな雑談をしているあいだも馬車は高速で走り、王都の威容がどんどん近づいてきた。

 馬車は王都に近づくにつれ速度を落としたが、城門にたどり着いても止まることなくそのまま城壁を越えて走り続けた。


「本当に入場審査がないんだな」

「この馬車に乗る時点で、厳しい審査を終えておりますわ。ヨーイチさんのおかげですわね」


 陽一と赤い閃光のメンバーが乗っている馬車はもっとも速く、かつもっとも高級なものだった。

 金さえ払えばいいというわけではなく、それなりの身分も必要だ。

 Bランク冒険者というのもそこそこの身分ではあるが、無条件で乗車できるほどの社会的地位はない。

 Aランク以上であればともかく、Bランク冒険者がこの手の馬車に乗るためには、それなりの実績か、高い地位にある者からの紹介が必要となる。


「いやいや、師匠のおかげだよ」


 そこで陽一は、冒険者ギルドマスターであるセレスタンから紹介状を持たされていたのだった。


「でも、僕たちだけじゃ無理だったんだろ?」


 グラーフが割って入る。


「Cランクじゃあ、いくらギルマスの紹介状があってもダメだろうねぇ」


 同じく会話に混じったミーナはそう言い、自嘲気味な笑みとともに肩をすくめた。


 赤い閃光はミーナたち3人の魔物集団暴走スタンピードでの功績に加え、辺境を離れて故郷に帰ってからのグラーフの活動、そして今回村を出てからの実績を評価され、Cランクパーティーとなっていた。

 それでもこの馬車に乗るには、たとえ紹介状があったとしても、いま一歩足りないのだ。


「おかげで、快適な旅ができました。ヨーイチさん、ありがとうございます」


 少し顔色の悪いジェシカが、そう言って頭を下げる。【健康体α】の効果はすでに切れているようだが、高い魔術効果を誇る馬車のおかげで、乗り物酔いの症状はそこまで出ていなかった。


「しかし、町中なのに、すごいスピードで走るな」

「専用の道がありますもの」


 城門をくぐるときに少しスピードを落とした馬車だったが、城壁内に入ったあとは再び加速した。


 かなり広い道路が敷かれているようで、すれ違う馬車もあれば、併走する馬車もあった。


(首都高速みたいなもんか)


 あそこまでぐねぐねと曲がりくねっているわけではないが、王都を出入りする辻馬車が速やかに移動できるように、という意図のもとに作られたこの道は、都市内部を走る高速道路に近いものと考えていいだろう。


「そろそろ中央終点駅セントラル・ターミナルに着きますわよ」


 道の先に広場のような場所が見えた。

 一行はそこで一度辻馬車を降り、別の馬車に乗り換えて王都内を移動することになる。


 村を出て3日、陽一らが辺境を出発して10日が経過していた。

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