第11話 新たな勇者

 ペリニジ村に着いたその日の夜、部屋なら空いているから泊まっていけばいいというメリルの誘いを断り、陽一は宿に部屋を取って【帰還+】で久々に辺境に帰ることにした。


 ひとりメイルグラードに戻った陽一は、宿を出て夕暮れの町を歩いた。

 現在遠方を移動中ということになっているので、認識阻害の魔道具を使って人目を忍びながらたどり着いた先は、サマンサの工房だった。


「よっ、調子はどうだ?」

「うん、とりあえず試作品がひと振りはできたよ」


 ちょうど作業を終え、炉の火を落としたところに現われた陽一に、サマンサは抜き身の刀を見せた。


「ほうほう、見事なもんだ」


 陽一が渡した日本刀を元に彼女が打った打刀うちがたなである。

 オリハルコンなどの希少金属が使われているようで、光の当たり具合によっては、うっすらと赤く見える部分もあった。


「コツはつかめたと思うから、もう1回いちから打ち直せば実戦で使えるのができると思う」

「え、打ち直すの?」

「うん。これも調整すれば充分使えるんだけど、今回は魔人ってのが相手なんだろ? 妥協してアレクくんになにかあったら大変だし」

「そっか。じゃああと10日もないし、ひと振りだけでいいから完成させてやってくれ」

「んー、そうだなぁ……」


 サマンサは少し考えるそぶりを見せたあと、刀を作業台に置き、陽一に抱きついた。


「ヨーイチくんが元気をくれたら、ふた振り間に合わせるよ?」


 そう言ってサマンサは、すすや汗に汚れた顔をあげ、物欲しげな視線を陽一に向けた。


「そっか、じゃあがんばるから、がんばってもらうかな」

「んふふ、じゃあシャワー浴びてくるから、寝室で待ってて」


 サマンサはそう言って陽一から離れ、きびすを返した。

 そして彼女が駆け出そうとしたとき、陽一は錬金鍛冶師の細い腕をつかんだ。


「え、なに?」


 突然腕をつかまれ、驚いて振り返ったサマンサの身体を、陽一は抱き寄せた。

 彼女の身体を引き寄せながらこちらを向かせて背中に左腕を回し、右手を頭のうしろに回す。


「ちょ……んむ!?」


 そうやって彼女を拘束し、唇を重ねた。


 最初は驚いたサマンサも、ほどなく陽一を受け入れ、濃密なキスをしばらく続けたのちに、彼女は我に返ったように顔を離した。


「な、なにするのさ……いきなり?」

「なにって、んだろ?」


 少し戸惑いつつも目を潤ませて問いかけるサマンサに、陽一はわざとらしくとぼけて答える。

 抱きしめ、密着した彼女の身体から漂う甘酸っぱい匂いが、ツンと鼻を突いた。


「だめ、だよぅ……。一日働いて、汗まみれ、なんだからぁ」

「俺はそっちのほうがそそるけど」

「でも、顔だって、煤だらけだし……」

「働き者の、綺麗な顔だと思う」

「もう、ばかぁ……んむ」


 恥ずかしそうに目を逸らしたサマンサだったが、顔は陽一のほうを向いたままだったので、再び唇を重ねた。


 そうして陽一は、ひと晩かけてサマンサに元気を与えるのだった。


○●○●


 翌日、ペリニジの村に戻った陽一は、宿屋に併設された食堂に顔を出した。

 食堂にはグラーフとメリルを含む赤い閃光のメンバーが全員集合している。


「ヨーイチさん、おはようございます!」


陽一に気づいたグラーフが、スッキリとした様子で声をかけてくる。


 赤毛の青年が陽一に声をかけた瞬間、ほかの客の視線が一気に集まったのが少し気になった。


「ああ、おはよう。すんません、コーヒーひとつ」

「あ、よかったらこちらへどうぞ」


 ウェイトレスにコーヒーを注文したところでグラーフに促され、彼らと同じテーブルに座る。

 グラーフだけでなく、ミーナらもなにやら元気そうだ。


 やはり自分では役不足──いや、役者不足だったか……と、思わず苦笑が漏れる。


「おまたせしました」

「どうも」


 コーヒーを持ってきたウェイトレスはカップを置く際、グラーフをチラリと一瞥し、さらにほかのメンバーにもどこか熱っぽい視線を向けて、テーブルを離れていった。 


「なんていうか、ウチらに対する視線が多いんだけど、気のせい?」


 居心地悪げな様子でミーナが訴える。彼女の言うとおり、周りの客のほとんどがこのテーブルを見ていた。

 チラチラと見ている者もあれば堂々と見ている者もいるが、そのどれにも悪意のようなものは感じられない。


「私も、なんだかよく見られているような、気がします」

「わたくしなんて、握手を求められましたわよ?」


 困惑する3人の姿に、メリルがため息をつく。


「あー、そりゃグラーフちゃんのせいだべな」


 そう言ったあと、メリルはジトリとグラーフをねめつける。


「いや、その、ほら……娯楽が少ない村だから、ね?」


 辺境とはいうが、メイルグラードは都会である。

 そして都会から帰ってきた若者の話というのは、こういう田舎の村にとって格好の娯楽なのだ。


 グラーフは求められるまま、ときには自発的に自身の冒険譚を語った。

 となれば、主人公グラーフと行動をともにする赤い閃光のメンバーは、物語を彩る登場人物なわけだ。

 いってみれば芸能人のようなものなので、彼女らに向く視線には、好奇心や好意、憧憬が多く含まれているのだった。


「ってことは、俺の話も?」

「もちろんですよ、ヨーイチさん!」


 どうりでヨーイチという名に、多くの客が反応するはずだ。


 しかし、グラーフに敵対した陽一に対して、村人たちの視線にネガティブな感情がなさ過ぎるようなのが少し不思議なのだが。


「俺ってどういう立ち位置なの?」

「そりゃ姫騎士を巡って争い、切磋せっさ琢磨たくまするライバルさ!」

「なんだそりゃ」


 なんにせよ、こうも好奇の目にさらされては、依頼について話すこともできないので、食事を終えるなり一行はグラーフの家に移動した。


○●○●


 緊急支援要請と、現地の戦況、そして魔人についての詳しい説明を受けたグラーフは、困惑していた。


「勇者? 僕が?」


 いきなり勇者と呼ばれても、実感が湧かないのだろう。

 あるいは以前のグラーフであれば、その事実をすぐに受け入れられたかもしれないが、陽一に叩きのめされた彼は、よく言えば謙虚に、悪く言えば少し卑屈になっていたのだ。


「ヨーイチさんに、手も足もでなかったのにな……」

「いや、そりゃ相性の問題だって」

「うーん……支援要請を受けるのはいいけど、魔人なんて僕の手に負えるのかなぁ」


 魔人に対する勇者の優位性、いわゆる『特攻』だが、これは陽一が管理者から聞いた情報である。

 対してこの世界における勇者とは、英雄的な功績を残した者に与えられる称号だ。

 強敵を倒し災厄をしりぞけた結果、勇者と称されるのであって、勇者だから大事を成し遂げるわけではない。

 なので、この世界にはステータスに【勇者の称号】を持ちながら勇者として名を残せなかった者は多く、逆に、【勇者の称号】を持っていなくとも、その功績によって勇者として賞賛された者もいた。


「グラーフ君は勇者なんだから、魔人とは有利に戦えるんだよ。そういう能力を持ってるから、自信を持ってくれていい」

「でも、僕はただの冒険者だよ? そりゃそこそこランクアップは早かったし、それなりの実績はあったと思うけど、辺境には僕より強い冒険者なんて何人もいたし……」


 そんなわけで、先述したような思考の下地があるため、陽一がいくら【勇者の称号】について説明してもグラーフは自分の能力を信じられないでいた。


 自信なさげにうつむくグラーフの姿に、さてどうしたものかと陽一が視線を巡らせていると、じっとこちらを見るメリルと目が合った。


 そして彼女は、陽一に対してこくりと頷く。


「そうだ、グラーフ君。今回の支援要請を受けてもらうにあたって、ギルドから装備の支給がある」

「装備の支給?」

「ああ、これだ」


 そう言って陽一は【無限収納+】から、武器や防具を取り出した。


「これは……」

「名工サム・スミスの作品だ。君専用のな」

「サム・スミスだって!? それに、僕専用って、どういう……」

「ウチらが協力したのさ」


 戸惑うグラーフに、ミーナが告げる。


 サマンサに彼の武器防具を用意してもらうため、ミーナたちから聞き取り調査をしたり、過去に作った防具のサイズ情報などを提供してもらっていた。

 実際には【鑑定+】で完璧にサイズを確認したのだが、さすがにそれを明らかにはできないので、そのカモフラージュのために。


 魔人を相手に命がけの戦いをしてもらう以上、自分にできることなら協力すると陽一は決めていたのだ。


「僕だけのためのオーダーメイド……」

「きっと、似合うと、思います」

「ええ、そうですわね。ぜひ身に着けて、見せてくださいな」

「あ、ありがとう、みんな!」


 メンバーに礼を言ったあと、グラーフは陽一に向き直り、キラキラとした目を向けた。


「こ、これ……装備してもいいですか?」

「もちろん。武器防具は装備しないと意味がないからな」


 新しい装備類を抱え、グラーフは別室に駆け込んでいった。


 それを見送り、ふとメリルを見ると、彼女は少し呆れたように、しかし愛おしげな視線をグラーフのうしろ姿に向けていた。


『グラーフちゃんてば単純だがら、かっこいい剣やら鎧やら見れば、すーぐその気になるべさ』


 昨夜メリルが放ったセリフどおりになり、陽一は肩をすくめた。


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