第10話 グラーフ、メリルとの再会

「おだづ! よぐ来だなぁ!!」


 スキナー子爵領の外れにあるペリニジ村に到着した一行を迎えてくれたのは、元赤い閃光の魔術士メリルだった。

 辺境にいたころは魔術士のローブに身を包んでいた彼女だったが、いまはゆったりとしたワンピース姿だった。


「よっ、久しぶりだね」


 出迎えのメリルに対し、ミーナは少し気まずい内心を隠すように、わざとらく明るい調子で返した。


「ご無沙汰しておりますわね」

「返事、できなくて、ごめんね?」


 故郷に帰ったメリルは、ときおりミーナらに手紙を書いていた。

 決別したときは不仲になっていたが、長い時間をかけて故郷に帰るころには、すっかり辺境が懐かしくなったのだろう。

 近況報告とともに、いつでも遊びにくるよう便りを書いていたのだが、ミーナらは返事を出せずにいたのだった。


「ううん、構わねぇだよ。こうしで来でくれで、顔さ見れただけで嬉しいべ」


 今回この村を訪れることは、冒険者ギルドの通信網を使って事前に伝えていた。


「ヨーイチさぁもよぐ来でくれただなぁ。なぁんもねぇとこだけんども、精一杯おもてなしするんで、ゆっぐりしてけろ」

「まぁ、おかまいなく」


 ひととおり挨拶を済ませたところで、メリルは真剣な表情になり、ミーナらを見た。


「とごろでおだづ、グラーフちゃんのこと嫌いになっでねぇが? なっでねぇんなら、ぜひあん人の相手んなってやってけろ?」

「は? あんたなに言ってんの? せっかく愛しのグラーフちゃんを独り占めできてたってのに……」


 ミーナの言葉に、メリルはふるふると頭を振った。


「あげな×××のバケモン、わすひとりの手にゃあ負えねえのす」

「ぶほっ……!」


 まだ少女だった頃の面影が残る、素朴な女性の口から発せられた言葉に、陽一は思わず吹き出してしまう。


「それに、わす、いまぁこんなだがら……」


 そう言うと、メリルはうつむき加減になり、自分の腹を撫でた。


「メリル、あんた、それ……?」


 ミーナの言葉に顔を上げたメリルは、嬉しさと照れくささの混ざったような表情で、頬を染めた。


「もうそろそろ、ふた月になるだよ」


 ゆったりとしたワンピースのせいで気づかなかったが、軽く手で押さえた彼女の腹は、少し膨らんでいた。


○●○●


 立ち話もなんだからと、陽一はグラーフとメリルが住む、彼女の自宅に案内された。


「まず帰りの馬車ぁ大変だっただ」


 馬車の中は娯楽が少ない。


 村を出たときはまだ子供だったふたりも、5年のときを辺境で過ごして大人になった。

 若い男女が時間を持て余したら、やることはセックスくらいしかあるまい。

 そういうわけで、グラーフとメリルは移動中ヒマさえあれば、ひと目を忍んでセックスをした。


わすぁいっつも最初にダウンしとったで気づかねがったけんども、みんなぁあの精力をよぐ受げとめでたもんだなぁと、すぐに感心するようになっただよ」


 その言葉に、ジェシカとグレタは恥ずかしそうに目を伏せたが、ミーナは少し誇らしげな笑みを浮かべた。


「結局わすひとりじゃあ受げとめぎれねぇってんで、同乗した独り身の女の人さ手ぇ出して」


 なんといってもグラーフは美青年だ。

 言い寄られて悪い気のする女性は少ないだろう。


 馬車を乗り換えるたびに数名の女性に手を出し続けたグラーフは、都合20名近くの女性と関係を持ち、そのなかの数名はこの村に移住したそうだ。

 過疎に悩む村だったので、大歓迎ではあったようだが。


「村に帰っでからも、グラーフちゃんの勢いはとどまるこどをしらねぐてねぇ」


 現在この村には、グラーフと関係を持っていない独り身の女性はいないという。

 そして少なくとも5人は、彼の子を身ごもっているのだとか。


「村長さぁ"そのうちこん村ぁグラーフ村と改名せねばなんねぇかもな"なんて笑っでたけんども、ありゃ心んなかで泣いとっただ……」


 ひととおり話し終えたところで、メリルは顔を上げ、赤い閃光の面々に期待のこもった視線を向けた。


「お前だづはたった3人であの×××のバケモンと渡り合っとっただ。さすが辺境の冒険者だべ! だがらぁ、もしお前だづさえよければ、グラーフちゃんの――」


 そこまで言ったところで、誰かが駆け込んできた。


「ミーナ! ジェシカ! グレタ!!」


 それは燃えるような赤い髪を持つ青年冒険者、グラーフだった。


「よっ、久しぶり」

「久しぶり、です」

「ご無沙汰しておりますわね」


 3人に挨拶を終えたあと、グラーフは陽一に気づき、軽く顔を引きつらせた。


「あの、ど、どうも、お久しぶりです、ヨーイチさん」

「おう、久しぶり」


 どうやら、まだ少し陽一への苦手意識が残っているようだ。


「積もる話もあるだろうし、よかったら宿屋でゆっくりしないか?」


 軽く近況を話し合ったあとで、グラーフがそう切り出した。

 少し迷うようなミーナらの視線を受け、メリルはゆっくりと頷く。

 それを受けて、4人はそそくさと家を出ていった。


「っていうか、宿屋?」

「グラーフちゃんの連れ込み宿す。村のちょっと外れたところに、村長さぁが作ってくれだだよ」

「あー、そう」


 陽一は呆れ気味に返事をし、メリルは短くため息をついた。


 それから少し沈黙が続いたあと、メリルは陽一に向き直り、口を開いた。


「男ん人って、×××でものさ考えるとごがあっぺ?」

「あー、いや……うん」


 このところ性欲に逆らえず、流されるまま関係を持つことが多い陽一は、メリルの言葉を否定できずに頷いた。


「グラーフちゃんは普通ん人よりひどくて、脳みその半分が金玉にあるんでねぇかと思うこどがあるのす」


 少しひどいことを言っているようだが、メリルの表情は穏やかだった。

 呆れてはいるが、それを上回る愛しさがあるのだろう。


「しかしグラーフ君ってそんなキャラだったっけ? メイルグラードで会ったときは、ちょっと勝ち気な好青年っていう印象だったけど」


 あのときも、どこかライトノベルに登場しそうなハーレム野郎という印象はあったが、メリルの話のとおりだとすると、ただのヤリチン野郎である。


「メイルグラードさいたころは、みんないだから……」


 言われて、ミーナたちの痴態を思いだす。

 なるほど、彼女たちの性欲と体力があれば、グラーフを受け止められるのかもしれない。


「もしかして、グラーフ君の筆おろしの相手って、ミーナとか?」

「あ、いや……初めてはわすだけんども……」


 メリルは恥ずかしげにうつむきながらも、ポツポツと語り始めた。


 メイルグラードを訪れたばかりのグラーフとメリルは、健全な少年少女だったが、冒険者として活動を始め、森での魔物討伐を行なっていた。


「ふたりして魔物さ倒しだら、なんだかムラムラきちまって」

「あー、あれな……」


 魔物を倒して気持ちは昂ぶったが、活動し始めでまだほかの冒険者にサポートをしてもらっていたふたりは、なんとか宿に帰るまでは我慢した。

 帰ってからは暴発してしまったが。


「ふたりだけで活動できるようになってがらは、森ん中でもしょっちゅうするようになっただ」


 さすが勇者の素質を持つだけあって、グラーフの成長は速かった。

 ふたりだけで活動するにとどまらず、複数パーティーの合同で行なう調査依頼にも同行するようになる。

 そこで、フリーの盗賊だったミーナと出会った。


「グラーフちゃんがわす以外の女の人と関係持づのぁちょっどだげ悔しがったけんども、それ以上にほっとしてる自分がいただよ。そのころ、わす……もう、体力の限界で……」


 ミーナはよほどグラーフを気に入ったのか、それまでずっとフリーで活動していたにも関わらず、すんなり赤い閃光に加入した。

 さらにジェシカとグレタも加入するのだが、それ以外にも、じつはもう何人か加入していたことがあったらしい。


「でも、みんなグラーフちゃんの相手をする体力がねぐで、残ったのがあの3人なのす」

「そ、そんなにすごいのか、グラーフ君……」


 考えてみれば【健康体α】を持ち、無限の体力と精力を有しているといっても過言ではない陽一ですら、力不足を感じる3人である。

 そんなミーナらを満足させるグラーフの精力たるや、まさに勇者級というべきか。

 その勇者級の性欲を受け止められるのもまた、ミーナたちしかいないのかもしれない。


「割れ鍋に綴じ蓋ってやつか」


 そしてメイルグラードを離れたグラーフはその性欲を満たす相手を失い、暴走してしまったというところか。

 それに、彼が美青年で女性の側からも需要がある、というのも大きいだろう。

 魔物がはびこる異世界において、勇者の素質に裏打ちされた強さもまた、女性が本能的に求める要素かもしれない。


「手当たりしだい女ん人に手ぇ出すのは仕方がねぇけんども、普通ん人は冒険者と違って、避妊なんてしねぇのす。こんな田舎ん村じゃあなおさら」


 避妊をするには魔術による施術が必要で、それを受けるにはそれなりの町に出なくてはならない。


「やったらやったぶんだけデキるのす」


 いま現在妊娠が発覚しているのはメリルを含めて5人だが、この先はもっと増えるだろう。

 過疎が進む村にとっては、ある種歓迎すべきことかもしれない。

 しかし、子供が生まれれば当たり前だがその子を育てなくてはならず、その責任がグラーフにはある。


「今回のお仕事さ、お金になるって、ホントだべか?」


 北の辺境から出された緊急要請については、すでにグラーフとメリルに伝えてあった。


「金にはなるよ。子供の10人や20人は楽に育てられるくらいには」


 陽一の言葉を受けて、メリルはほっと息をついた。


 参加するだけでもこの国における庶民の平均年収に近い額が保証されており、活躍次第では何倍にもなるだろう。

 さらにグラーフは、魔人と対峙するであろうことがほぼ確定している。

 魔人を討伐でもしようものなら、10人20人といわず、100人でも食わせていけるだけの報酬を得られるかもしれない。


「ただ、かなり危険をともなうけど」

「グラーフちゃんなら大丈夫だべ。それに、みんながいれば百人力だぁ」


 みんな、というのは赤い閃光の面々だろう。

 どうやらメリルはグラーフと、パーティーメンバーの力を信頼しているようだ。


「そうだな。俺たちもできる限りサポートはするし」

「だったらなおさら安心だべ」


 陽一の言葉に、メリルは心底安心したように笑みを浮かべたあと表情をあらため、頭を下げた。


「グラーフちゃんのこと……それに、ミーナ、ジェシカ、グレタのことも、よろすくお願げしますだ」

「ああ」

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