第9話 道中のお楽しみ

 モーターホーム内のベッドで、陽一とジェシカが抱き合っていた。


「ごめんな、ジェシカ」


 陽一の言葉に、ジェシカはかすかに笑みを浮かべ、ふるふると頭を振った。


「私が、悪いんです」

「いや、君のせいじゃ……」

「ふふ、ご心配、ありがとうございます。でも、これでまた、しばらくは、大丈夫ですから」


 そう言ってジェシカは笑みを浮かべたが、目はどこか申し訳なさそうだった。

 陽一は小さな胸の痛みを感じながら、出発からこれまでのことを振り返った。


○●○●


 人目を避けるために街道を離れて道なき道を行くモーターホームは、傍目はために見ればよく揺れていただろうが、車内にはあまり影響がなく、走行はかなり快適だった。

 初日は出発が少し遅かったこともあり、早めに移動を切り上げた。

 初めて運転するのでモーターホームの慣らしの意味もあり、本格的な移動は明日からだ。


 星明かりしかない真っ暗な岩石砂漠に、モーターホームがぽつんと停車していた。

 悪路を快適に走り続けた車体が、停車しているにも関わらずぐらぐらと揺れている。

 〈振動軽減〉はあくまで車外の揺れが車内に伝わるのを防ぐもので、車内の揺れを軽減する効果はあまりない。

 ゆえに、車内で激しい揺れが起こると車体に伝わってしまうのだ。


 いわずもがな、車内では4人がいろいろと激しく楽しんでいた。

 かれこれ2時間ほどは経過しただろうか。


 とにかく初日の夜はセックスをしまくった。

 ほどなく興奮も収まり、さらに中継地点が近づくにつれ赤い閃光の3人が気分じゃなくなったのだろうか。

 どちらかというと、自動車慣れしている陽一が先に落ち着き、2日目の夜は3人にせがまれて、なかば仕方なくセックスをしたが、次の日には誘われなくなった。


 平穏無事に3日目の夜が明け、死の荒野も大半を過ぎた4日目の日中。


「うぅ……なんだか、気分が……悪いです」


 順調に走行するモーターホームの中で、ジェシカが体調不良を訴えた。


「もしかして、馬車酔いじゃないの?」

「そういえばジェシカ、酔いやすかったものね」

「え、そうなの?」


 ミーナとグレタの指摘に、陽一は少し驚いた。

 各種魔術効果のおかげでかなり快適に走行しているモーターホームだが、荒野を走っている以上、揺れを完全に止めることは困難だ。

 馬車酔いというのは車酔いのようなものだろうし、体質次第では酔ってもおかしくはない。


「でも、いままでは全然平気だったじゃないか」

「それもそうだねぇ……。でも、よく考えるとそっちのほうが不思議かも」

「たしかに、いつもならもっと揺れが少なくても酔ってますもの」


 メイルグラードとジャナの森のあいだにある荒野にもいくつか舗装された道は作られている。

 そこを走る馬車は、悪路を走るモーターホームよりも揺れが少ないのだ。

 にも関わらず、ジェシカはいつも馬車酔いを起こすという。

 整備された街道を短時間だけ走った初日はともかく、少しずつ道の状態が悪くなった2日目以降も、ジェシカはそんな症状を見せなかった。


「じゃあ、なにが原因なんだ?」


 モーターホームはあいかわらず荒野を走っていた。

 だがその荒野も明日には抜けられるところまで進んでいて、地面の状態は昨日や一昨日に比べれば、少しずつよくなっている。

 つまり、揺れも小さくなっているのだ。

 にも関わらず、ジェシカに乗り物酔いの症状が現われた。


「セックスで気が紛れてたのかもねぇ」

「あー、そういうことか……」


 ミーナが冗談半分で言った言葉に、陽一が納得したため、彼女は眉をひそめた。


「あんた、本気でそう思ってんの?」

「いや、その……セックスというか、体液譲渡が、その……な」


 そこで陽一は、【健康体α】についてある程度ぼかしながら、自分は体液譲渡によって他者の状態異常を緩和させる特異体質であることを説明した。


「このことは、秘密で頼むぜ?」

「まったく、魔人のことといい、アンタと関わると秘密が増えて仕方がないねぇ……」

「悪いな」

「でもまぁ、解決策はわかったんだし、さくっと一発やっちゃいなよ」


 べつに精液にこだわることはないのだが……と説明はしたが、結局セックスによる体液譲渡がもっとも効率がいいということで、話はまとまった。


「本当にいいのか? しんどいかもしれないけど、乗り物酔いで死ぬことはないんだからさ」

「いやじゃ、ないです、から……その、お願いします」


 そういった事情から、陽一は4日目の夜、ジェシカとセックスをした。

 一度すればしばらくは効果が持続するようなので、荒野を抜けるまではなんとかなりそうだ。


 〈振動軽減〉や〈慣性制御〉などの魔術効果のおかげで、岩石砂漠という悪路でありながら、車はかなりのスピードで走り続けることができた。

 さすがにラリーカー並みの速度を出すのは不可能だったが、それでも地面の状態次第では時速100キロメートルに届こうかというときもあった。

 平均しても、時速は60~70キロメートルは出ていただろうか。


 そんなこんなで、一行は順調に進んでも越えるのにひと月以上かかるといわれる死の荒野を、5日で走破したのだった。


○●○●


 5日目の夕暮れ時に死の荒野を抜け、人目の少ない夜間にあえてモーターホームを走らせ続けた。

 夜明け前、荒野を越えてすぐの町にほど近い場所まで移動したところでモーターホームを収納し、一行は徒歩に切り替える。

 その町の冒険者ギルドで事前に手配してもらっていた馬車を受け取り、さらに北を目指した。


「ジェシカ、大丈夫か?」


 当たり前だが陽一に馬を操る技能はないので、馭者は赤い閃光の面々が交代で務めることになった。

 いまはジェシカの番だが、乗り物酔いの症状は現われていない。


「はい。不思議と馬を操っているときは、平気なんです」


 運転している人が車に酔いにくいようなものか、と陽一は軽く首を傾げたが、そもそも元の世界でも馬車のお世話になったことはないので、確証はない。

 わざわざ【鑑定+】で調べるようなことでもないので、とりあえずそういうものだろう、と思うことにした。


「でも、うしろに乗っていても平気、でした。効果が伸びてるの、かな?」


 この馬車にも各種魔術効果が付与され、走行時の揺れはかなり抑えられている。

 よほどの悪路に入らない限り、公道を走る自動車よりも揺れは少ない。

 特に〈慣性制御〉による前後左右の揺れがないのでかなり酔いにくいのだが、それでもジェシカはよく酔っていたらしい。

 何度も陽一の体液を受け入れているうちに、【健康体α】の付与効果が体になじんだのかもしれない。

 念のため確認したところ、【健康体β】やそれに類するスキルまでは発現していないようだが、多少の体質改善にはつながっている可能性もあった。


 馬車に乗り換えて2日、結局ジェシカが一度も酔うことはなく、目的のひとつとなっていた中継地点の村に一行は到着したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る