第8話 荒野を越えるために

 準備を終えた陽一と、ミーナ、ジェシカ、グレタたち赤い閃光の3人は、メイルグラードの門まで馬車で移動した。


「気をつけてな、ヨーイチ殿」

「みなさんもお気をつけて。陽一さんをよろしくお願いします」


 門には、トコロテンのメンバーであるアラーナと実里が4人を見送りにきていた。

 出発時間がある程度決まっていたので、彼女らの準備を整える前に冒険者ギルドを通じて連絡しており、見送りに間に合ったのだ。

 花梨は残念ながら、現在日本である。


「よろしくってのは、あっち方面のことかい?」


 猫獣人のミーナが、実里に対していやらしい笑顔を浮かべながら問いかける。


「えっと、それは……その、みなさん合意のうえであれば、わたしに文句はないというか……」

「ア、アラーナさんは、どうなんですか? その、いやじゃ、ない……ですか?」

「ふむ……べつにいやということはないな。むしろ私たちが相手をできないぶん、がんばってもらえるとありがたいな」

「わ、わかりました! アラーナさんのために、私、がんばります!!」

「おいおい……」


 女性陣のやりとりに、陽一は頭を抱える。


 彼自身、節操なく女性を抱きたいと思っているわけではない。

 基本的にはトコロテンのメンバー以外と、積極的に関係を持つつもりはないのだ。

 先日赤い閃光のメンバーとことに及んだのも、彼女らに対する謝礼という口実があったからだ。


 もちろん、やるからには全力で楽しませてもらうが、だからといって旅の同行者というだけの彼女らと関係を持つつもりはない。いまのところは。


 なにかあれば自分で処理できるものではあるし、どうしてもというのなら【帰還+】でメイルグラードに帰って、アラーナや実里に相手をしてもらうという方法もあるのだ。


「というか、君らはそれでいいのか? 俺とするのに抵抗はないの?」

「べつに、生ディルドだと思えばどうということはありませんわ」

「なんだよ生ディルドって……」


 こうやって割りきられると、それはそれで悲しくなる陽一だった。


○●○●


「いやぁ、あいかわらず見渡す限り砂と岩しかないな」


 メイルグラードを出た4人は、北に向かってしばらく岩石砂漠を歩き続けた。

 さすが高ランク冒険者だけあって、その足取りに重さはない。

 だからといって、不満がないわけでもない。


「移動手段は任せろって言ってたけど、まさか手ぶらでいいからずっと歩けってことじゃないよね?」

「ああ。特殊な移動手段だから、あんまり見られたくないんだよ」


 ミーナの不平に、陽一は落ち着いた口調で答えた。

 結構なハイペースで移動したおかげで町からはかなり離れ、周りに人の姿は見えなくなった。


「そろそろいいか。じゃあ出すから少し離れてくれ」

「出すってなにを……って、ええっ!?」


 突然現われたものに、ミーナが驚きの声を上げる。

 ジェシカは目を見開き、グレタは口をパクパクと開閉させていた。


「な、なんなのさ、これ……?」

「モーターホームっつってたかな?」


 陽一が取り出したのは、モーターホーム、あるいはキャンピングカーと呼ばれるものだ。

 自動車部分とキャビンが一体型の、かなり大型のものである。


(向こうはどこも道幅が広いのかねぇ? 日本の狭い道路で乗り回すには、ちょっと苦労しそうだよ)


 いうまでもないかもしれないが、このモーターホームはカジノの町のホテル従業員、キャサリンことシャーロットに用意してもらったものだ。


「入って」


 キャビン側のドアを開け、3人を車内へと促した。

 ミーナたちは恐る恐る中に入る。


「す、すごいねぇ……」

「家、なんですか?」

「下手な宿より豪華ですわね」


 モーターホームのキャビンに乗った3人は、呆然としながらも感想を口にした。


 運転席と助手席は、それぞれ革張りのリクライニングシートになっている。

 後部座席部分にはリクライニングシートとソファが設置され、シートベルトもあるので走行中の使用も可能だ。

 停車中であれば運転席と助手席のシートを回転させ、後部座席と向かい合わせることもできる。


 後部座席のうしろは通路になっていて、片側にキャビン用の出入り口――いましがた彼らが乗車した場所――がある。

 そして通路の両側に、それぞれキッチンとバスルームがあった。


 本来はかなり小さいキッチンと、人がひとり立って入れるだけのシャワールームしかない。

 しかしこのモーターホームには、2~3人が並んで作業できるだけのそこそこ広いキッチンと、大人が足を伸ばしてくつろげるだけの湯船を備えたバスルームが設置されている。

 これだけで本来のキャビンの大半を占めるのだが、奥にはさらに広々とした寝室があった。


「空間拡張の魔術が施されてるのかい?」

「ああ、サマンサががんばってくれてね」


 辺境一の錬金鍛冶師サム・スミスことサマンサに頼んで、陽一はこのモーターホームにいくつもの魔術効果を付与してもらっていた。


 そのひとつが、先ほどミーナが指摘した、〈空間拡張〉だった。

 なので、本来は大人ふたりが寝るだけのスペースしかない――それだけでも充分な広さではあるが――寝室部分は倍ほどに拡張され、4人が並んで寝られるほどになっていた。

 一応運転席上部にかなり広いロフトを確保しており陽一はそこに寝るつもりだったので、寝室は3人に広々と使ってもらう予定だ。


 いまのところは……。


「さて、ひととおり設備の説明は終わったし、適当に座るなり寝転がるなりしてくれ。そろそろ出発するから」


 運転席で陽一がそう言うと、ミーナが助手席に座った。

 そしてジェシカとグレタも、後部座席に座る。


「わざわざこっちに座らなくても、奥のベッドでごろごろしてくれてていんだぜ?」


 元の世界ならいざ知らず、この世界に道路交通法はないので、走行中に所定のシートに座ってシートベルトをしなくてはならないということはない。


「いや、この馬車……? が、どうやって動くのか気になるからさ。馬もいないみたいだし」


 ミーナの言葉に、ほかのふたりもうなずいた。


「まぁ、君らがそれでいいなら、べつにいいけど」


 陽一はあらためて姿勢を正すと、エンジンを始動し、モーターホームを発進させた。

 車は、音もなく静かに動き出し、滑るように岩石砂漠を進み始めた。


「慣性制御に振動軽減か……。どうやって動いてるのかは全然わかんないけど、この荒野をこれだけのスピードで静かに走れるなんて、すごいね」


 動き出した車に、ミーナが感嘆の声を上げる。これもサマンサの手で付与された、魔術効果である。


「ほんと、気持ちいいくらいスイスイ進むね……って、その先、ちょっと大きな岩があるよー」

「ほいっと……なんか、ゲームみたいだなぁ」


 アクセルを踏んで加速しても加重がなく、急ハンドルを切っても遠心力の影響を受けずただ窓の外の景色が流れるだけ、というのが、まるでゲームセンターでラリーカーゲームでもしているような感覚だった。


「ま、楽なのはありがたいけどね……おおっと」


 人目を避けるために街道から少し外れた場所を走っているため、ちょっとしたくぼみにタイヤを取られた車がガクンと傾く。

 宙を浮いているわけではないので、さすがに車内も少し揺れた。


「でも、これだけ大きなものをこうも静かに走らせるだけの魔術効果となると、動力以外にどれほどの魔力が必要なのかしら?」


 グレタは感心しつつも、どこか呆れたように肩をすくめた。

 彼女の言うとおり、これだけの高性能な魔術効果を発揮するには、かなりの魔力を消費することとなる。

 おそらくは管理者から、ほぼ無尽蔵の魔力供給を受けられる陽一と、彼を経由して魔力を得られるトコロテンのメンバー以外には、使いこなせないものだろう。

 そしてそれらの魔術効果がなければ、このモーターホームで岩石砂漠を走破するのは、ほとんど不可能といっていい。


「でもよかったのかい?」

「なにが?」

「ウチらにこんなすごい乗り物のこと知られちゃって」

「お互い秘密を共有してるんだ。いまさら隠しごともないだろう」


 先の魔物集団暴走スタンピードで、魔人の存在という秘密を互いに抱えている身である。

 そのうえ、謝礼とはいえ男女の関係にもなったし、東堂家への対処で働いてもらったという縁もある。

 そういったこともあって、陽一は赤い閃光にある程度の信頼を寄せていた。


「こんなに乗り心地がいいなら、アラーナさんも、一緒にくれば、よかったのに……」

「まぁ、彼女らには彼女らの事情があってね。あとから現地で合流することになってるから、そこから力を合わせてがんばろう」


 ジェシカへの答えには、嘘がある。

 実際は現地についてホームポイントを設置したら、【帰還+】を使ってトコロテンのメンバーを連れてくる予定だ。

 全幅ぜんぷくの信頼を寄せるほどの仲でもないので、隠すべきところは隠していたのだった。

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