第5話 アレクへの説明

 国際機関であるギルドの機密は、王国、帝国それぞれの勅命をもってしても、開示することがかなわないものだ。

 知らないほうが身のためだということもあるだろうが、アレクとエマは互いを見合って頷き、この場に留まることを選んだ。


「あらためて確認するが、北に現われた人型の個体は魔人ということでいいんだな?」

「ええ、間違いなく」


 この世界において魔人なる存在は、ほぼ忘れ去られていたが、長命なダークエルフである彼は、わずかながらその情報を伝え聞いていた。

 そこへ先日、陽一から詳しい説明がなされ、人類にとって魔人というものがかなりの脅威となることがわかっている。


「魔人って、なんッスか?」


 魔人の出現とその脅威について、セレスタンは速やかにギルド本部へと報告し、本部は王国と帝国、そして各ギルドのトップに周知した。

 その少しあとから北の辺境で強力な人型の魔物の目撃情報がいくつか出たため、帝国北部辺境所属の一部高ランク冒険者に情報を開示し、注意をうながした。

 しかしその時点でコルーソの町を発っていたアレクらは、魔人に関する情報をまだ知らないでいた。


「で、ヨーイチ。お前さんの表情を見るに、なにか策でもありそうだが?」

「はい。相手が魔人なら、勇者を向かわせるのがいいかと」

「はぁ、勇者ぁ!?」


 頓狂とんきょうな声をあげたのは、アレクだった。


「アレクとエマさんには少し説明しとこうか」


 そこで陽一は、魔人について説明した。


 魔人とは魔王の手先で、人類に対して優位な属性を持っていること。

 ただし、勇者の称号を持つ者は、逆に魔人に対して優位に立てることなどを、簡単に説明した。


「エマさんには、アレクからかみ砕いて説明してあげてくれ」

「うッス……。しかし、勇者とはねぇ……」

「ちなみにアレクも勇者だからな」

「はへぇ!?」


 間抜けな顔で驚くアレクを尻目に、陽一は勇者の称号を持ち、かつ北の辺境へ比較的早く駆けつけられそうな、高ランクの冒険者を数名ピックアップし、セレスタンに伝えた。


「彼らがいれば、戦線は維持できるか……」

「現在辺境に出現している魔人は5体。うまくすれば、アレクくんが帰るまでに2~3体は倒せそうですね。あと、魔人どもの攻撃目標なんかも、合わせてお伝えしておきますね」


 陽一の言葉に、セレスタンは目を見開いた。【鑑定+】の前では、魔人の考えなど筒抜けなのだ。


「……これだけの情報があれば、被害はかなり抑えられそうだな。ただ、これらをどうやって伝えるのかが問題だ」


 散発的に現われては膨大な被害をもたらす魔人の出現をピンポイントで把握し、かつ攻撃目標まで事前に知れるとなると、その情報の価値は絶大なものとなる。

 だが、予言に近いその情報を信じさせるのがそもそも困難であるし、あとあと情報の入手先を聞かれるのは間違いないので、取り扱いが難しいと、セレスタンは考えた。


「そのあたりのことは師匠に任せますよ」

「うむ、まぁ考えておこう」


 結果、セレスタンはこのとき得た情報に、いくつかダミーのデータを加え、"これまでの情報を精査した結果、得られたもの"として、ギルド本部に提出した。

 それにより、このあと各地は前線の被害をかなり抑えることに成功するのだった。


「で、ヨーイチはどうする?」

「俺は俺で陸路を行こうと思います。途中寄りたいところもあるので、アレクたちとは数日遅れで現地に到着できるかなと」


 そのあといくつか細かい打ち合わせを終えたあと、アレクとエマはグリフォン便で帰ることになった。


「アレクくん、エマさん、気をつけて」

「藤堂さん、お世話になりました。特に、靖枝やすえ心大しんたのことは本当に……」


 そこでアレクはいろいろと思い出したのか、言葉を詰まらせる。


「ふふ……。ほんとうに、アレクがお世話になりました」


 エマは優しい笑みを浮かべたあと、アレクに変わって頭を下げる。


「あんまり無理はしちゃだめよ?」

「ふたりとも、お気をつけて」

「準備が整えば、私も駆けつける。それまで、しっかりな」


 花梨と実里、そしてアラーナの言葉に、アレクとエマは頷いた。


「あ、そういえばさっきの勇者がどうとかいう話ですが、もしかして姫騎士殿も勇者なのですか?」

「いや、アラーナの場合、レベルを上げて物理で殴るってやつだから」

「……?」

「ぶふっ……!」


 自分の問いに対する陽一の答えに、エマは首を傾げたが、意味を悟ったアレクは思わず吹き出した。


「とりあえず、日本刀も一緒に持っていくから、俺たちが行くまでしっかり耐え抜いてくれよ」


 それから少し言葉を交わしたあと、アレクとエマは狭いカゴに乗り込んだ。

 このカゴが、グリフォンの胴からぶら下がるのだ。


「……これに3人は無理だろ?」

「ですよね?」


 陽一の疑問に、エマが答える。

 ふたりはなんとか寝転がれるが、3人となると身体を伸ばすことが困難な広さである。

 これに乗らずに済んでよかったと、陽一は心底思いながら、飛び立つグリフォンを見送るのだった。

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