第4話 ギルドからの呼び出し

「まさか、あのサム・スミスが、女性だったとはね……」


 工房で日本刀に真剣な眼差しを向けるサマンサを前にして、エマは感心したような、呆れたような声をもらした。


「ふむふむ、これが日本刀かぁ……なかなか面白い作りだね」

「どうッスか?  再現できそうッスか!?」


 一方アレクは、サマンサ相手だというのに日本語で問いかけている。

 意思疎通の魔道具があるので問題はないのだが、エマは子供のように目を輝かせる彼の姿に苦笑を浮かべていた。


「ふっふーん、ボクを誰だと思ってるんだい? 完璧に解析して、再現……いや、もっといいのを打ってあげるよ!」

「うっひょー! まじッスか!? スミスさんぱねぇッス!!」

「……アレクくん、その見た目でそのしゃべり方はどうかと思うぞ?」


 残念ながら、興奮したアレクに陽一の声は届かないようで、彼はずっとはしゃぎ倒していた。


「どれくらいでできるんスか?」

「んー、解析やら試作やらで、半月は欲しいかな」

「半月? 余裕ッス! いくらでも待つッス」

「あのね、アレク。私たちはできるだけ早く帰らなくちゃいけないのよ? 半月もここで待てるわけないでしょう?」

「ぐぬぬ……しかし、ここで【心装】となる武器を手に入れるのは、北の辺境にとっても戦力アップにつながるわけだし、半月くらいなら問題ないはずだ」

「いや、いきなり口調変えるなよ。誰だよ……」


 という陽一のつっこみは華麗にスルーされる。


「あー、【心装】ってのはちょっと待ったほうがいいかな」

「え、なんでッスか?」

「ヨーイチくんに聞きたいんだけど、ここにあるニホントウって、いいものかい?」

「……いや、安物だな、たぶん」


 いまこの場に用意した刀は、反社会組織が現代兵器と一緒に保管していたものだ。

 彼らにとっての主要な武器は、あくまで銃火器であり、刀剣類はついでのようなものだろう。

 あのように保管状況も悪かったことから、そこに名刀のたぐいが混じっているとは思えない。


「だろうね。まぁさっきも言ったけど、ボクならこっちの刀剣技術と合わせてこれよりいいものは作ってみせる」

「じゃあ……」

「でも、できればニホンの名工の技を見ておきたい。そのほうが、格段にいいものが作れるはずだからね」

「そんなぁ……」


 がっくりとうなだれたアレクだったが、すぐに顔を上げ、陽一を見た。

 すがるような目を向けられた彼は、苦笑して肩をすくめた。


「わかったよ。名刀については、こっちでなんとかやっておこう」

「さすが藤堂さん! オレにできないことを平然とやってのける!! そこに痺れ――」

「はいはい、わかったわかった。じゃあとりあえず新しい武器ができるまではどうする?」


 陽一はそう言ってエマを見た。

 このあたりの判断は、いまのアレクにさせないほうがいいと考えたからだ。


「そうね、アレクの戦力アップにつながるのなら、半月くらい滞在が延びてもかまわないでしょう」

「ヒャッホウ! さすがエマ! 話がわかるッスね!!」

「私に対してそのしゃべり方はやめて」

「む……すまん」


 そういうわけでこの場では、アレクとエマは半月ほどメイルグラードに滞在することとなった。

 ――しかし、その翌日。


「北の辺境から、アレクとエマに緊急の帰還要請が届いた」


 陽一、実里、アラーナとともに呼び出されたアレクとエマは、冒険者ギルドマスターのセレスタンにそう告げられた。


 ここメイルグラードは人類圏の南西端にあるため『南の辺境』と呼ばれ、そしてアレクらがいた帝国と魔境との境界あたりの地域は『北の辺境』と呼ばれることがある。


「なにがあったのですか?」


 アレクが神妙な面持ちで口を開く。

 この堅苦しい口調には慣れないな、と思いながらも、陽一はセレスタンの反応を待った。


「うむ、どうやら北の辺境に、強力な人型の個体が現われたようでな。戦況がかなり悪化しているとの報告を受けた」

「強力な人型の個体ですか……」


 それからセレスタンは、死亡者や、重傷により戦線離脱を余儀なくされた冒険者の名前を挙げていった。

 中にはかなりの手練れもいたようで、アレクとエマの顔が青くなる。


「いまのところ周辺の冒険者をかき集めて対処しているし、近々軍も動くようだから、しばらくは持ちこたえられそうとのことだが、いつ戦線が崩壊してもおかしくはない状況のようだな」

「……間に合うでしょうか?」

「グリフォン便を飛ばして半月、まぁそれくらいは持ちこたえるだろう」


 そこでセレスタンは陽一に目を向ける。


「お前のほうで、より速い移動手段は用意できるか?」


 全員の視線が陽一に向いた。セレスタンは、陽一が魔物集団暴走スタンピードのあと始末で、町と森とのあいだを、なにかしらの方法を使って高速移動していることを知っていたので、そう尋ねたのだろう。

 そして、いまこの場にいるメンツで陽一の能力をもっとも知らないのが、セレスタンである。


 トコロテンのメンバーはもちろん、アレクも陽一の事情をよく理解しているし、エマも彼から一応の事情は聞いている。

 エマの場合は、知っているだけでほとんど理解はできていないのだが。


「そうですね……」


 そこで陽一は、【鑑定+】で現在手持ちの移動手段を使ってもっとも速く移動できる方法を検索した。


「残念ながら、俺はいま陸路での移動手段しか持ってませんから、越境の手続きやら偽装工作やらで、ひと月はかかりますね」

「ふむう……。越境の手続きは、俺のほうでかなり省略してやれるが?」


 セレスタンの権限でできることを加味し、再度検索をかけてみる。


「それでも、半月と少し。たぶん、アレクくんたちだけなら、グリフォン便が最速ですね」

「わかった」

「すいません。一度でも行っていれば、すぐに移動できるんですけど」

「ほう」


 陽一の言葉に、セレスタンの眉が上がる。


「たとえば、実際にヨーイチが現地へいけば、こことの往復も可能か?」

「ええ」

「物資や人員は?」

「物資は無制限、人員は……数名なら」


 魔物集団暴走スタンピード以降、陽一はセレスタンに対して、積極的に情報を開示しないまでも、必要とあらば、隠しごとはしないと決めていた。

 彼の能力がギルド全体に知れ渡るのは面倒だが、セレスタンはギルドマスターという地位よりも、アラーナの祖父であることに重きを置いているため、可愛い孫の不利益になる情報を、ギルドへ知らせることはない、と判断したからだ。


「じつは帝国側から、王国冒険者ギルドに緊急の支援要請が出ている。ここからの支援など現実的ではないと思っていたが、お前が先行して現地入りしていれば、メイルグラードからの戦力投入も可能なわけだな?」

「そうなりますね。でも、できればウチのメンバー以外はお断りしたいです」


 さすがに【帰還+】での転移を、トコロテンのメンバー以外に見せるのはリスクが高すぎるだろう。


「人員についてはトコロテンが全員揃うだけで充分だ」

「それなら、まぁ……」

「よし、お前、アレクたちとグリフォン便で先行しろ」

「ええっ!?」


 声を上げたのはアレクだった。

 その隣で、エマが渋い顔をしている。


「恐れながらギルドマスター」


 そしてエマは、渋い顔のまま発言を求めた。


「なんだ?」

「グリフォン便に3名は厳しいかと……」

「なんとかなるだろう?」

「しかし、大人ひとりの重量が増えれば、そのぶん速度も落ちますし……」

「数日の遅れを取り戻せるだけの効果は、得られるはずだぞ?」

「むぅ……」


 アレクとエマの表情を見るに、グリフォン便の乗り心地は相当劣悪であるらしい。

 それを察した陽一は、別の案を出すことにした。


「師匠、北の辺境に現われた人型の個体ですが、そいつら――」

「――待て、陽一」


 陽一の言葉をさえぎったセレスタンは、アレクとエマに目を向けた。


「アレク、エマ、これから話すことはギルドの機密に関わることだ。退出するかどうかは自分たちで判断しろ」


 セレスタンの言葉に、今度はアレクとエマが顔をこわばらせた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る