第2話 南北冒険者対決!

 ――ヨーイチ殿の部屋でダラダラ過ごしたい……。


 魔物集団暴走スタンピードのあと始末で働き詰めだったアラーナが、久々に休めることになり、なにかやりたいことはないかと聞いたときの返答が、これだった。

 執務室にこもっての連日に渡る書類仕事が、相当こたえたらしい。


 花梨かりん実里みさと、そしてサマンサも気を使ってくれ、アラーナは陽一よういちとふたりきりで、『グランコート2503』に【帰還】した。


 そうしてひと晩、ふたりは濃厚な夜を過ごした。



 そうやって広いベッドでゆったりと楽しんだ翌日。


 陽一が目覚めるころには、アラーナの姿は寝室にはなかった。


 リビングのほうからなにやら騒がしい音が聞こえているので、おそらくビデオを見ているのだろう。

 動画配信サービスの使い方を覚えたアラーナは、陽一の部屋にいるとき、映画を見ていることが多くなった。


『これがてめぇらのやり方ならやってやんぜ!』


「まぁたあれ見てんのか……」


 寝室のドアに手をかけたところで、映画のセリフが耳に飛び込んできた。

 陽一はやれやれと頭を振りながら、ドアを開ける。


『その代わり根性いれてこぉい! 俺ぁめちゃくちゃ強ぇぞぉっ!!』


 若い俳優の決め台詞のあと、軽快な音楽が流れ、バトルシーンが始まる。

 古いヤンキー映画である。


「アラーナ、おはよう」

「うむ」


 テレビモニターを見ながら、アラーナは気のない挨拶を返した。


「アラーナって、この映画好きなの?」

「ああ、わかりやすくていい」


 ジャージ姿でソファに座りながら、アラーナは目をキラキラさせて映画に見入っていた。


 テレビモニターを通じて流れる音声に、意思疎通の魔道具は効果がない。

 なのでアラーナの耳には、映画のセリフは意味不明な言語として届いている。

 そこで陽一は、映画のセリフを翻訳して書き出したテキストを作成し、アラーナに渡していた。

 会話だけでなく、読み書きに対応できる【言語理解+】があれば、異世界の言語を意識しながらセリフを書き出すだけで、翻訳された文章となるのだ。かなり疲れる作業ではあるのだが。


 最初のうちはテキストと映像を交互に見ていたアラーナだったが、いくつかの作品を何度か繰り返して見ることで、ある程度のセリフは頭に入ったようで、簡単な日本語なら聞き取れるようになっていた。

 いまでは初見の映画でも、半分以上意味がわかるらしい。


「この茶色ちゃいろあたま、ひとりで威勢よく乗り込んでいくところは好きなのだがなぁ」


 彼女が好んだのは、古い邦画のアクション作品だった。

 どうもハリウッドの派手な演出は、あまり好みではないらしい。

 言語の違いもあり、セリフが重要な要素となる、ドラマやミステリーなどは苦手だった。


 アラーナは殺陣の多い時代劇も好んだが、時代劇特有の言い回しなどを書き出すのが面倒なので、陽一が敬遠していた。


(なんというか、ジャージ姿でヤンキー映画を見るアラーナって、ちょっと残念な感じがする……)


 そんなことを考えながら、陽一はアラーナの隣に座った。


「結局最後は、むらさきあたまにいいところを持っていかれるのだ」

「まぁ、そっちが主人公だし」


 いまや大御所といっていい名優ふたりが、若かりしころに主演を務めた映画だ。

 いまの彼らを知る陽一からすると、妙な気恥ずかしさを覚える初々しい演技だったが、当然アラーナが気にするようなことではない。


 茶色頭推しの彼女は、少しばかり展開に不満を漏らしつつ、映画を楽しんでいた。



○●○●


「根性入れてこい。私はめちゃくちゃ強いぞ」


 闘技場でアラーナと対峙するアレクとエマが、彼女の言葉を受けて緊張の面持ちでそれぞれ武器を構えた。


 高精度な仮想現実ヴァーチャルリアリティみたいなもの、と以前に陽一が評したその施設内にいる彼らは、実体のない存在である。

 仮に闘技場内で怪我をしたり、あるいは死んだりしても、本人の身体に一切の影響はない。

 しかし施設内で感じる痛みは現実のものと変わらず、死の恐怖は心に大きな傷を残すこともある。

 怪我も死も"なかったこと"になるとはいえ、そうそう気楽に使える施設ではない。



 休暇を終えて冒険者ギルドへ行くと、アレクとエマが待っていた。

 彼らはアラーナとの模擬戦を望み、ギルド地下の訓練場にある、闘技場を使って対戦することになった。

 ふたりとも帝国では優秀な冒険者らしいが、アラーナはひとりで彼らと対峙していた。


 二丁斧槍を持つ両手をだらりと下げ自然体で立つアラーナに対し、アレクはサーベルを正眼せいがんに構え、エマは大剣をかついで腰を落としていた。


「にしても、エマさんの剣、デカいよな」

「ですね。鉄板みたいです。グレートソードっていうんでしたっけ?」


 グレートソードというのは『大きな剣』の総称として使われる名詞であり、エマの大剣はその名に恥じないものだった。

 刃と柄を合わせた全長は2メートルを超え、その大きな剣身は下手な盾よりも幅広く、分厚い。

 それだけ大きな刃を、女性の手が握り込めるほど細い柄で支えられるのは、異世界ならではの特殊な金属や魔法、魔術が絡んでいるからだろう。

 大きすぎるがゆえにそれを収める鞘はなく、エマはそれを【心装】として、直接精神世界から出し入れしていた。


「大雑把すぎるってほどじゃないけど、細腕の女の子がアレを振り回すと考えると、現実味はないわね」


 闘技場での対戦を見ているのは、陽一、花梨、実里の3人だけで、それ以外に、ギャラリーはいない。

 どちらが勝つにせよ、その結果によって帝国と王国、それぞれの冒険者同士の関係に影響がありそうだと、セレスタンが判断したからだ。

 セレスタン自身は、冒険者ギルドマスターの特権として、あとから闘技場の戦闘データを閲覧するつもりなのだろう。

 ここ最近めっきり闘技場を使わなくなった愛孫の、貴重な映像でもあるのだし。


 ――はじめ。


 闘技場内に流れた無機質な合図とともにエマは踏み込み、鉄板のような大剣を振り下ろす。

 それをアラーナは、右手に持った斧槍で軽々と受け止めた。


「せぁっ!」


 同時に動き出していたアレクはアラーナの左側に回り、だらりと下がったままの手首を狙ってサーベルを振る。

 アラーナは軽く手首を返し、斧槍の柄でそれを弾いた。


「ぐぅぉっ!」


 サーベルの刃は斧槍の柄に軽く触れたようにしか見えなかったが、剣は勢いよく弾かれ、アレクは大きく仰け反った。

 そのせいで胴ががら空きになり、アラーナが追撃しようとしたが、エマが大剣をいで牽制する。


「悪い、エマ!」


 体勢を立て直したアレクは、サーベルを八相はっそうに構え直し、再びアラーナに向けて踏み込んでいった。


「なんだか、格闘ゲームみたいですね」


 実里の言うとおりだった。

 特に現実感がないのは、エマだろうか。

 開始前に花梨が言ったとおり、女性の細腕であの鉄板のような剣を振り回せるのは魔力による身体能力強化ができる異世界ならではのものだろう。


「しかし、アラーナってやっぱすごいな」


 アラーナはふたりの冒険者による猛攻を軽々といなしつつ、ときおり反撃を加えている。

 その一撃を防御するたび、アレクやエマは体勢を崩していた。相当重い攻撃なのだろう。


 お互いにカバーし合っていなければ、勝負は一瞬でついたに違いない。


「にしても……アレクの戦い方、なんか変じゃないか?」


 陽一は、洋一のことをアレクと呼ぶようになっていた。

 そのアレクの動きが、どうにもおかしかった。


 異世界で活動するようになってから、ほかの冒険者の戦いを見ることもたびたびあった。

 剣を使う者も多く、その戦いを何度も目にしたが、アレクの剣術はどこか異質だった。

 しかし、異質でありながらも、見覚えがあるような気がするのだ。


「言われてみれば、なんか見覚えがあるような動きなのよねぇ」

「時代劇っぽい?」

「それだわ」


 実里の言葉に、花梨が同意を示し、陽一も納得したようにうなずいた。


「たしかに、殺陣たてっぽい」


 魔法による身体強化ができる世界である。

 細腕の女性が、常人なら持ち上げることすらかなわないような大剣を振り回せるのだ。

 真剣であってもジュラルミン刀のように、軽々振り回せるのだろう。


 ふたりはひたすら攻め続けたが、アラーナの身体には一度も刃が届いていない。

 対するアラーナは、ときどき気まぐれのように反撃をし、ふたりに小さな傷をいくつも負わせていた。


 平然としている姫騎士とちがって、帝国の冒険者たちは、随分ずいぶん前から肩で息をしている。


「ぐふっ……!」

「エマ!!」


 一瞬のスキを突いたアラーナの刺突。エマは斧槍の穂で喉を貫かれた。

 死亡判定を受けた彼女は、闘技場から消滅する。


「くっ……!」


 大きく跳びのいて距離を取ったアレクは、サーベルを鞘に収めて腰を落とした。


「ほう、その構え、見たことがあるぞ」


"時代劇"で見たことのある、独特な構えを目にして、アラーナが嬉しそうに呟く。


 居合いの構えである。


「この期に及んで居合いって、意味あるのか?」


 陽一の口から、疑問がこぼれる。

 幕末のころ、市街地などの遭遇戦や、不意打ちでの暗殺などで、居合いの使い手が随分活躍したらしい。

 だが、お互いに戦闘態勢をとった状態での居合いにどれほどの効果があるのか、陽一にはよくわからない。


 アレクは構えたままじりじりとあとずさり、さらに距離を取る。サーベルの長さが倍だったとしても、届かない距離だ。

 ここから一気に踏み込んで、決着をつけるつもりだろうか? 

 しかし、どれほど素早い踏み込みだろうと、アラーナの迎撃をかいくぐれるとは思えない。


 陽一の部屋で、モニターの中でしか見たことのない構えを前に、アラーナは目を爛々らんらんと輝かせてアレクを見据えていた。

 耳鳴りがするような静寂が数秒続いたあと、アレクはその場で剣を引き抜いた。


 ――キィンッ!!


「うおっ?」

「なんなの!?」

「きゃっ……!」


 闘技場内から閃光があふれ、耳をつんざくような音が鳴り響く。

 おもわず目を伏せた陽一が顔をあげ、視線を戻すと、アラーナがアレクに迫っていた。


「おもしろかったぞ」


 アラーナが斧槍を薙ぐと、アレクの首が飛んだ。


 

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