第八章

第1話 北部辺境の冒険者たち

 ――魔境。


 人類圏北部に広がる、未踏の地を人々はそう呼んで恐れた。

 そこには恐ろしい魔物が棲息し、常に人類圏を脅かしていた。


 魔境に隣接する地域を辺境と呼び、そこでは冒険者や帝国軍が魔物と戦って生存圏を守り、ときには開拓して支配権を広げ、あるいは押し戻されて領土を失う、ということが繰り返されていた。


 10年ほど前から魔境に棲む魔物たちの活動が活発になり、数年前から魔王の存在が疑われ始めた。

 魔王というのは、数百年に一度現われる災厄のようなものだ。


 魔王が現われると、魔物の活動が活発になるといわれている。

 本能のままに生きる魔物たちが、まるで意思を持ったかのように人類圏を脅かし始めるのだ。


 辺境の状況から、かなり高い確率で魔王が出現したと推測されていたところに、王国南方の辺境で、魔物集団暴走スタンピードが発生する。


 そこで魔人の存在が確認され、魔王の出現は確定した。


 ただし、人々の混乱を招く恐れがあるので、魔王と魔人に関わる情報は、帝国と王国、そして各ギルドの上層部と、ごく一部の高ランク冒険者にのみ開示されていた。



「ちくしょう、アレクのやつめ。この大変なときに町を離れやがって」

「せめてエマちゃんだけでも置いていけってんだよなぁ」

「まったく、新婚旅行へ行くにしても、時期を考えなさいよね」

「えっ、あれって新婚旅行なのか!?」

「ちがうの?」


 帝国北部辺境にあるコルーソの町。


 前世は東堂とうどう洋一よういちだったアレクこと、アレクサンドル・バルシュミーデと、エマ・クレンペラーが身を置いていた町である。


 辺境屈指の激戦区であるそこにはいま、帝国だけでなく王国からも腕利きの冒険者が集められ、日々魔物との戦いを繰り広げていた。


 死地にあってなお軽口をたたけるのは、さすが辺境所属の高ランク冒険者といったところか。


「いまのところ成果は?」

「んー、半分ってところね」

「魔石だけ拾って、2時間でマジックバッグ半分……やっぱ出現数がかなり多くなっているな」 

「よし、あと2~3時間がんばって、今日は帰るとするか」

「――待て! あっちになんかヤバそうなのがいる……ちょっと【遠見】で確認してくれないか?」

「いいわよ、そっちね」

「…………どうだ?」

「いた。たぶんあれだ」

「なにがいた? ドラゴンか? オーガか?」

「ちがう。なんか、人っぽい」

「人?」

「うん。ローブを着てて、青っぽい肌……あ、角が生えてる」

「それってもしかして……」

「たぶん、そう」

「かぁー! やっぱこっちにも出やがったかぁ」

「で、どうする? 勝てそうか?」

「見た感じはそんな強そうじゃないけど……こんだけ離れててアンタがヤバいって感じたんでしょ? だったら――」

「――よし、逃げよう!」

「「「賛成」」」



 この日、コルーソの町近辺で、魔人が発見される。


 北の辺境では、さらに数体の魔人が確認されていた。

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