第23話 アレクと靖枝と……

 アレクこと洋一と靖枝の再会を目にした人たちの反応はさまざまだった。


 詳しいことを知らない医療スタッフたちは、事情があって離れていた夫が立ち会いに間に合ったのだろうと、素直に感動し、中には号泣する者までいた。


 事前に洋一と会っていた花梨はともかく、実里とアラーナは靖枝が突然陽一の名を呼んだのだと思い、困惑した。

 しかし以前に事故のことも含めた事情を聞いていたふたりは、彼が陽一と一緒に事故に巻き込まれてこの世界に転生した、東堂洋一であることに、ほどなく気づいた。


 王国にも名をとどろかせる帝国の有名な冒険者が、異世界からの転生者だと知ったアラーナの驚きは、さらに大きなものだったが。


 そして靖枝の両親もまた困惑していたが、娘が亡き夫に似た人を見間違えたのだろうと判断した。


 勘違いだろうが、出産後の不安定な精神を少しでも和らげることができるのならと、あの場ではなにも言わずただ見守るにとどめた。



 ――都内某病院。


 ガチャリ、とドアを開けて入ってきたのは、アッシュブロンドの髪にダークグレーの瞳を持つ、長身の美丈夫だった。


「やあ、いらっしゃい。アレクさん……だったね?」

「はい。おじゃまします」


 昭三に迎え入れられたアレクが室内を見ると、ベッドを少し起こして赤子を抱く靖枝と、娘に寄り添う冴子の姿があった。


「いらっしゃい、アレクさん」

「あの、こんにちは……」


 母冴子はにこやかに、靖枝は少し恥ずかしげに挨拶をする。


「こんにちは」


 靖枝の表情に少しドキリとしながらも、アレクは平静をよそおって軽く頭を下げた。


「お産のときは、本当にお世話になりましたねぇ」

「なんでも、君がいなけりゃ危なかったって話だもんなぁ。本当にありがとう!」

「いえ、そんな……」


 両親の謝意に、アレクは恐縮して愛想笑いを浮かべる。


「あの、本当に、ありがとうございました」


 アレクに礼を言ったあと、頭を上げた靖枝は、頬を赤らめ、少し視線を泳がせていた。


「それから、その……ごめんなさい。私、失礼なことを……」

「ああ、いえ……」


 洋一の名を呼びながら、アレクに抱きついたことを謝っているのだろう。

 それは決して間違いではないのだが、そうとは告白できず、彼はただ言葉を濁した。


 アレクは、自分が東堂洋一の転生した身だと、名乗り出ないことに決めたのだった。


「しかし、お前はなんでこんなイケメンと洋一くんを間違えたんだ?」

「そうねぇ……似ても似つかないわねぇ……」


 両親の言葉に、靖枝はさらに顔を赤らめた。


「よ、よく覚えてないんだから、もう言わないでよね……!」


 そう言いながら靖枝は両親から顔を背け、代わりにアレクを見た。

 恥ずかしそうに眉を下げていた靖枝だったが、じっとアレクを見ているうちに不思議と顔色が戻る。


「んー、なんだろ……全然似てないのに……なぁんか他人とは思えないんだよね……」


 靖枝は首を傾げながら、独り言のようにそう呟いた。


「いーや、まったく似とらん、これっぽっちも似とらんぞ?」

「なに、あなたイケメンならだれでもいいの?」

「やだ、そういうんじゃないって」

「そうだぞ、冴子。洋一くんはそこまでイケメンじゃなかっただろ?」

「ちょっと、お父さん!?」


 そんな親子のやりとりに、アレクはフッと笑みを漏らした。


「あ、そうだ。アレクさん、この子のこと抱いてあげてよ」


 靖枝は少し強引に話題を変え、赤子をアレクに差し出した。


「えっと、いいんスか?」

「うふふ……その言い方、やっぱりなんか洋一みたい」

「あら、そういえばそうね」

「そりゃそうだろう。たしかアレクさんは、洋一くんに日本語を教わったんだよな?」

「ええ、まぁ……」


 日本に留学経験のある外国人で、滞在時に洋一の世話になった。

 アレクは自分のことをそう説明していた。


 日本語をしゃべるとつい東堂洋一だったころの口調が出てしまい、アレクは少し焦ったが、その設定のおかげでうまくごまかせたようだ。


「そんなことよりアレクさん、孫を抱いてやってくれんかね?」

「首、すわってないから、気をつけて」

「ああ、はい」


 おっかなびっくりで赤子を抱いたアレクは、腕にかかる心地よい重みに、思わず涙が出そうになるのをこらえた。


「ふふ……可愛いでしょ?」


 ふと顔を上げると、夫婦として過ごしていたときには見せたことのない、穏やかで、柔らかな笑みを浮かべた靖枝がいた。

 その笑顔に胸の奥が温かくなるのを感じ、アレクはしばらく靖枝から目が離せないでいた。


「ん?」


 じっと見つめられたままの靖枝が、思わず笑顔のまま首を傾げると、アレクは我に返って視線を落とした。

 そこには、気持ちよさそうな我が子の寝顔があった。


 どことなく、前世の自分に似ているかもしれないと思い、ふっと口元が緩むのを自覚した。


「そうだ、名前はなんていうんです?」


 赤子の顔を見ながら、アレクはそう問いかけた。


「シンタ」


 我が子の名前を告げられ、アレクは再び顔を上げる。


 アレクの視線を受け、靖枝は明るくほほ笑んだ。

 それは洋一がよく知る、懐かしい笑顔だった。


「心に大きいと書いて、心大しんた



――――――――――

お読みいただきありがとうございます。

これにて第七章は終了となります。

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