第20話 再会

 冒険者ギルドの応接室に通されたアレクとエマは、ここメイルグラード支部のギルドマスター、セレスタンと向かい合っていた。


「しかし、北の端からよく半月やそこらでここまで来ることができたな」

「ギルドがグリフォン便を出してくれましたので」


 セレスタンの質問に、アレクは恐縮した様子で答えた。


 この世界に生まれて20年。


 自分もかなり強くなった自信があり、ランクとは関係なく単なる戦闘力でいえば、帝国の冒険者でもトップクラスにいる自負がある。

 だが目の前にいるこの男を前に、その自信はもろくも崩れ去った。


 たとえエマとふたりがかりであっても、セレスタンの足元にも及ばないだろう。

 アレクは自分が強くなったからこそ、相手の強さを痛感していた。


「そう怯えるな。帝国人だからといって取って食いはせん」

「いや、その……はい」


 無意識のうちに怯えが表情に出ていたらしく、アレクは何度か深呼吸をし、気持ちを落ち着けた。

 チラリとエマを見ると、彼女もまた、額にびっしりと汗を浮かべていた。


「しかしグリフォン便を出すとは、君らはよほど有能なんだろうな」

「それほどでも……」


 アレクらが前線から離れると聞いたギルドは、もちろん彼らに留まるよう説得した。

 しかしふたりの意志が揺るがないことを察したコルーソ支部の上層部は、帝国本部にかけ合い、1日でも早くアレクらが前線に復帰できるよう、グリフォン便の使用許可を得たのだった。


「ふふ……乗り心地は最悪だっただろう?」

「ええ、ひどいものでしたわ」


 ようやく落ち着いたのか、額の汗をぬぐいながらエマが答えた。

 グリフォン便は本来小規模の荷物や手紙の配達に使われるもので、人を運ぶことは想定されていない。

 それでもごくまれにだが、少人数の人間を運ぶことはあったので、前例はなくもなかった。


 とはいえあくまで特例に違いはないので、人を運ぶように調整されることはなく、乗り心地は最悪のひと言に尽きるものだった。


「それにしても、帝国の冒険者がヨーイチにいったいなんの用があるんだ?」

「ギルドマスターは彼をご存じなのですか?」


『ギルド会報』ではトコロテンというパーティー名しか知ることのできなかったアレクだったが、ギルドに問い合わせればパーティー構成員の情報はある程度得ることができる。

 そのため、彼はトコロテンにトードー・ヨーイチなる人物が所属していることをすでに知っていた。


「まぁこの町であの男を知らぬ者はおらんだろうなぁ」

「そんなに活躍しているのですか?」

「活躍……うん、まぁそうだな。いろいろとな」


 なにやら歯切れの悪いセレスタンの反応にアレクは首を傾げ、さらに質問を口にしようとしたところで、応接室のドアが勢いよく開かれた。


「おいおい、ノックもせずに無礼なやつ……っと、なんだ、お前かヨーイチ」

「え?」

「あ、すいません。俺に客がきてるって……」


 セレスタンの言葉にアレクは驚き、うしろから聞こえた声に慌てて振り返った。

 そこには作業服姿の男が立っていた。


「あー! やっぱそうだ!!」


 これまでの落ち着いた口調ではなく、どことなく普段のアレクらしからぬ調子で声を上げ、彼は入室してきた男に駆け寄っていった。


「あのとき一緒に事故に遭った、藤堂陽一さんッスよね?」


 その言葉に、作業服の男は目を見開く。


「……じゃあ、君が東堂洋一くんってことでいいのか?」

「うッス!」


○●○●


『ええっと、すいません、トウドウヨウイチさん?』

『はい』『ッス!』


 トラック事故に巻き込まれて訪れた白い空間で、管理者に名前を呼ばれ、互いに顔を見合わせたときのことを、陽一は思い出していた。

 ついでに管理者のまぬけづらも頭に浮かんだが、それはさっと意識の端に追いやる。


『むきぃー! 私はそんなまぬけな顔してないですー! っていうか、最近私に対する扱いがひどくないですかー?』


 ふと管理者のそんなセリフが脳内で再生されたような気がしたのだが、ふるふると頭を小さく振ってふたたび記憶を探る。


 日本を探せばどこにでもいそうな、黒髪黒目に薄橙うすだいだいの肌を持つ、いかにも性格の明るそうな好青年。

 記憶の中にある東堂洋一はそんな容姿の持ち主だった。


「そうか、君がいまの東堂くんなんだな……」


 いま目の前にいる、アッシュブロンドの頭髪にダークグレーの瞳を持つ、彫りの深い美丈夫が、あの日同じトラックにはねられた東堂洋一だという。

 転生しただけあって姿形は変わっているが、自分に対するしゃべり方には前世の面影があるようだった。


 なにより例の事故のことを知っていて、藤堂陽一という名前の発音によどみがないことや、伝えられた合言葉から判断して、彼が東堂洋一の生まれ変わりであることはほぼ間違いないだろう。


「悪いけど、念のため【鑑定】させてもらっていいか?」

「おおー! 鑑定スキルとか持ってんスか!? すげーッスね! あ、どうぞどうぞ」

「余計なものは見ないようにするからな……って、んん?」


 彼の生い立ちをさかのぼって調べたが、この世界に生まれた以前のことは見ることができなかった。

 なんとか確認できないかといろいろな検索方法を試してみたが、前世にまつわる情報は【鑑定+】をもってしても得られないようだ。


「うーん、でもまぁ君が東堂くんで間違いはなさそうだなぁ」

「証拠がないのは残念ッスけど、そこはもう合言葉で信じてもらうしかないッスかねぇ」

「なぁ、おい」「ねぇ、ちょっと」


 ふたりで向き合い、腕を組んでうなっているところに、セレスタンとエマがほぼ同時に割って入った。


「ああ、君からどうぞ」

「いえ、ギルドマスターから先に」

「かまわん、遠慮するな」

「……ではお先に」


 エマはセレスタンに一礼し、アレクに向き合う。


「ねぇアレク」

「ん、どうした?」


 アレクがエマに返事をしたと同時に、今度は陽一が首を傾げた。

 そして――。


「しゃべり方おかしくない?」「しゃべり方おかしくね?」

「え?」


 エマと陽一からほぼ同時にほとんど同じことを言われたアレクは、驚いてふたりを交互に見た。

 質問が重なったエマと陽一も、少し気まずそうにお互いを見る。


「あの、ごめんなさい」

「いや、こっちこそ」


 軽く謝りあったあと、まずはエマがアレクを見て口を開いた。


「あのね、アレク」

「ん、なんだ?」

「なんかそちらのヨーイチさんと話してるとき、いつもとしゃべり方が違うような気がするんだけど……」

「そうか?」

「ええ。なんというか、ちょっと軽薄っていうか」

「あー、こっちは逆の印象だわ」


 そこで今度は陽一が割って入る。


「なんていうか、声のトーンが違うんだよな。そっちのに話してるときは、ちょっと低めのトーンになってるというか……」

「あー……」


 それからしばらくなにかを考えていたアレクが、ポンと手を打った。


「オレ、藤堂さんと話してるときは日本語喋ってますわ」

「ニホンゴ……?」

「あー、なるほど」


 どうやら陽一を前にして無意識のうちにアレクが喋った日本語を、意思疎通の魔道具が翻訳し、エマには普段と異なる調子に聞こえていたようだ。

 逆にエマと喋るときは異世界の言葉を喋っており、それが【言語理解+】によって訳されていたため、陽一にも声の調子が違って聞こえたというわけである。


「って、こんなことウダウダやってるヒマはないんだよ! 東堂くん、すぐに来てくれ」

「え、いや、ちょっと……」

「待てヨーイチ」


 陽一が慌ててアレクを連れていこうとしたところで、セレスタンがそれを制した。


「すまんが俺も聞きたいことがある。そのアレクサンドルがトードー・ヨーイチとはどういう意味だ? それにニホンゴというのは、召喚勇者の故郷であるニホンとなにか関係があるのではないか?」


 そしてセレスタンは陽一とアレクの返答がないまま、矢継ぎ早に質問した。


「すんません! それ、あとでもいいですか?」

「む……? まぁ、いますぐ回答が必要というわけではないが……なにか急いでいるのか?」

「はい。緊急事態です。すんませんけど、彼を借りていきます」


 陽一がかなり切羽詰まった様子なのを感じ取ったセレスタンは、すぐに頷いた。


「あとで必ず報告に来い」

「わかりました! よし、じゃあ行こうか!」

「いやちょっと待ってくださいって」


 陽一が踵を返して部屋を出ようとしたところで、今度はアレクから待ったがかかる。


「行くってどこへ行くんスか? いきなり緊急事態っていわれても、オレにはなにがなんだか……」

「それは道すがら説明するけど、君の奧さ……」


 そこで陽一はアレクのそばにいる女性を見た。

 先ほど【鑑定+】でアレクの人生を流し見したときに、うっかり知ってしまったが、彼女は彼の恋人のようだ。

 どことなく高貴な印象を受けるその女性は、少し不安げな表情を浮かべ、アレクと陽一とのあいだで視線を行き来させていた。

 彼女がどのあたりまで事情を知っているのかわからないので、陽一はアレクの襟をつかんで引き寄せ、耳元に顔を近づけた。


「靖枝さんがいま、出産のための手術を受けている。いまなら立ち会える。すぐに来てくれ」

「やす……え……? なんで……」


 事情を知ればすぐについてくるかと思ったが、陽一の言葉を聞いたアレクは呆然と立ち尽くしたまま固まってしまう。


「おい、東堂くん!」


 陽一は少し大きな声で呼びかけ、襟をつかんだまま彼の身体を揺らしたが、あまりいい反応は得られなかった。


「あの」


 そこへ連れの女性から声がかかる。


「手を、離していただけますか?」

「あ、ああ。すいません」


 穏やかな、それでいて力強い口調で窘められた陽一は、少し冷静になり、アレクから手を離した。


「ご挨拶が遅れました。私はアレクサンドルとデュオで活動しております、帝国冒険者のエマ・クレンペラーと申します」


 しなやかな挙措で礼をするエマの姿に思わず見惚れた陽一だったが、すぐ我に返って返礼する。


「えっと、こちらこそ失礼しました。ここメイルグラード冒険者ギルド所属の藤堂陽一といいます」


 ややぎこちない陽一の礼を受けたエマは口元に軽く笑みを浮かべた。


「ヨーイチさん、もう少し落ち着いてお話をうかがうことはできませんか?」


 そこで陽一は【鑑定+】を使って手術の状況を確認する。

 魔法、魔術と現代医療を合わせた、両世界初の試みであるため、医師はかなり細かいところまで術式の説明をしているようで、手術が始まるまでまだ少し時間があるようだった。


「そうですね。ちゃんと話したほうが早そうだ」


 だとしても、できるだけ早く対処できるようにするため、陽一は臨時の手術室を設置した例のホテルを話し合いの場所に決めた。



 道中、アレクが終始無言だったため陽一は少々居心地の悪い思いをしながら、3人は10分ほどでホテルに到着した。


「陽一、どこ行ってたの?」


 ホテルのロビーに着くと、花梨が待っていた。


「彼に会いにいってたんけど、なにか問題でも起きたのか?」


 その言葉にアレクは短く息を呑み、陽一もそれに気づいたが、気にせず花梨の返答を待った。


「いいえ、とくに問題はないわ。いまは魔術の効果がしっかりと出るまで待っているんだけど、それが終わったら手術開始ってことになるから、一応陽一に知らせとこうと思って」


 そう言いながら花梨は陽一のうしろにいるふたりに目を向ける。


「それより陽一、そのふたりは?」


 花梨に言われて陽一は軽く振り返った。

 "問題ない"という言葉に安心したのか、アレクの表情は少し和らいでいるように見えた。


「このふたりは……そうだな」


 一度花梨に視線を戻したあと、陽一は再びアレクのほうに向き直る。


「彼女は俺のパーティーメンバーで花梨というんだけど、彼女を同席させてもいいかな? 例の事故のこととか、おおよそのことはすでに知っているから」


 その質問にエマは窺うような視線をアレクに向けた。

 そしてアレクはしばらく考えたあと、無言で頷いた。

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