第17話 合い言葉は……
シャーロットに医師の手配を頼んだ陽一は、すぐに異世界へと【帰還】し、サマンサの工房を訪れた。
「んー魔力回復の魔道具で、効果薄め……これ、かな?」
陽一からの注文を受けたサマンサは、過去の作品からシンプルなデザインの腕輪を3つ取り出した。
「いちおう魔力の貯蔵量はそれなりだけど、回復速度がかなり遅いから、あんまり実用的じゃないんだよね」
「いや、今回はそれがいいんだ」
腕輪を受け取った陽一は、町の中を駆け抜け、とあるホテルにたどり着いた。
それは
「準備はどう?」
部屋に入ると、中には花梨と実里、アラーナが待っていた。
「家具や寝具、調度品の類はすべて外に出させたところだ。広さに問題はないか?」
「ああ、充分だ」
ひととおり室内を見回したあと、陽一はこの場所をホームポイントに設定し、実里に目を向けた。
「じゃあいまから実里は魔法を使ってこの部屋を無菌状態にしてくれ」
「無菌状態に、ですか?」
「そうだ。〈浄化〉の魔術だけでは万が一のことがあるから、魔法で頼む」
「魔法……」
「イメージするんだ。手術室とか、そんな感じの場所を思い浮かべながら、細菌やウィルスを排除するようイメージすれば、大丈夫だ。実里ならできる」
「わ、わかりました……」
「アラーナは引き続きこの部屋に人が近づかないよう、注意していてくれ」
「心得た」
「じゃあ花梨、行くぞ」
「え?」
戸惑う花梨の手をつかむと、陽一は【帰還+】を使って病院近くに設置したホームポイントへと転移した。
「ちょっと、陽一?」
「詳しい話はあとでする」
花梨の手を引きながら、陽一は病院に駆け込み、靖枝の寝かされている病室に駆け込んだ。
「容態は?」
「あ、安定してます」
陽一の質問に医師は少し怯えながら答えた。
「藤堂くん……娘は、大丈夫なのか?」
「ええ。なんとかします」
言いながら陽一は眠る靖枝に近づき、彼女の手首にサマンサから受け取った腕輪をはめた。
「あの、それは……?」
「お守りみたいなものです、ご両親も身に着けておいてください」
冴子の質問に適当な嘘を交えて答えながら、陽一は【鑑定+】で靖枝の状態を見た。
手首にはめられた魔力回復効果のある腕輪から靖枝への身体へ、少しずつ染みるように魔力が浸透していく。
あまり事態の飲み込めていない靖枝の両親だったが、彼らもそれぞれ素直に腕輪をはめていた。
「よし、じゃあ花梨、靖枝さんの手を握って」
「え? ああ、はい」
陽一に言われるまま、花梨は靖枝の手を取った。
「彼女の中の、魔力の流れを感じられるか?」
誰にも聞こえないよう、陽一は花梨の耳元で囁いた。
そして陽一の意図を察した花梨は、無言で頷くと、瞑目して集中する。
それから1分ほど、誰も言葉を発しない、静かな時間が続いたあと、花梨は目を開け、顔を上げて陽一を見た。
「いけるか?」
「ええ。滞ってるところの流れをスムーズにして、なじませるようにすればいいのね?」
「さすが、わかってるじゃないか」
「ふふっ」
花梨は得意げな笑みを浮かべると、再びうつむいて目を閉じ、集中し始めた。
「お、おい、彼女はなにを……」
「おまじないみたいなものです。害はありませんから話しかけないであげてください」
またも適当な嘘ではぐらかす。
いま行なっているのは、少量ずつ時間をかけて魔力を身体になじませることで、異世界へ行った際の魔力酔いを避けるための処置である。
この場を花梨に任せて病室を出たところで、スマートフォンが鳴動した。
「ナイスタイミングだ」
シャーロットからの着信を受けた陽一は応答し、状況を確認すると、周りに人目がないのを確認して【帰還+】を発動し、カジノの町のコンテナ街に設置したホームポイントへと転移した。
「まったく、毎度毎度あなたは無茶を言いますわね」
相変わらず似合っていないカジノホテルの制服に身を包んだシャーロットは、陽一が借りているコンテナの前に立ち、彼が現われるなり文句を言った。
「悪いね。いつも助かるよ」
「ふん……。こっちよ」
照れたような表情をごまかしながら、シャーロットについていくと、そこにはトレーラーハウスがあり、中には手術衣を着た数名の男女が寝かされていた。
「腕のほうは?」
「問題ないですわ」
「口は固い?」
「情報が漏れなければいいのでしょう?」
つまり、彼らの口の固さとは関係なく、情報漏洩に対処できるということだろう。
「どれくらいで目を覚ます?」
「多少の個人差はありますけど、30分くらいかしら。道具類と電源は一式そちらにまとめてありますわ。設置方法は?」
「大丈夫」
「あとそれから……」
そこからいくつかシャーロットやりとりをして用を済ませた陽一は、必要な道具類を【無限収納+】に収めた。
「よし。じゃあ、またあとで」
「はいはい。いってらっしゃいませ」
眠っている男女を抱えた陽一は、異世界に【帰還】した。
転移した先は、つい先ほどホームポイントに設定したばかりのホテルの一室だった。
「ヨーイチ殿、その者たちは?」
「腕のいい医者。あと30分くらいで目を覚ますらしいけど」
そういって彼らに目をやると、何人かは眉間にしわを寄せ、うめき声を上げていた。
おそらく魔力酔いの症状が出始めているのだろう。
「それだけあれば充分なじむだろう」
「よし、じゃあこの人たちには悪いけど、床に転がっていてもらおうか」
下手に別の部屋に移したりして菌を持ち込まれても困るので、この場で彼らに付着した分も含めて、実里の魔法で滅菌してもらうことにし、陽一は一度日本に【帰還】して病院を訪れた。
「先生、カルテの準備を」
「あ、はい。大丈夫です」
靖枝のカルテを抱えた医師を陽一は病室の外に連れ出した。
「すいませんが目隠しをお願いします」
「ああ、はい……」
医師が目隠ししたのを確認した陽一は、彼を連れて異世界のホテルへと【帰還】した。
「ん……? なにか変な感じた……うぅ……気持ち悪い」
異世界に到着した医師は、胸を押さえてうずくまる。
「アラーナ、頼む」
「うむ」
アラーナは医師に歩み寄ると〈昏倒〉の魔術で彼の意識を奪った。
「さて、次は設備類だな」
なにもない殺風景な部屋に、手術台や器具、電子機器などが現われる。
「へええ、これが異世界の医療器具かぁ」
それらを目にしたサマンサが、感嘆の声を上げる。
「なんだ、来てたのか」
「うん、興味深いからね」
「だったら手伝ってくれ」
「おっけー」
器具の配置や電子機器の配線など、素人には全くわからないであろうことを、陽一は【鑑定+】で調べながらこなしていく。
なにかと器用で察しのいいサマンサが手伝ってくれたおかげで、1時間近くかかると思われた設備の準備は30分ほどで終了した。
そしてひとり、またひとりと、医師や助手たちが目を覚ましていく。
薬の作用で
「イセカイ!? ワオッ! 本当に? マジデスカー」
魔術士と医師、それぞれお互いになにができるのか、それを知るのは重要だと思われたので、ある程度事情を説明したときの、外科医の反応がそれだった。
口調がところどころおかしいのは、中途半端な日本語と母国語である英語が混じった言葉が翻訳されているからだろう。
いまや欧米において『異世界』は『Other side』でも『Other world』でもなく『Isekai』と訳されるらしい。
もちろん、日本においても皆が皆ライトノベルを読んでいるわけではないように、『Isekai』という言葉をすべての米国人が知っているわけでもない。
なので、そのあたりに理解がありそうなスタッフを、シャーロットが選んでくれたのだろう。
「ソレデェワ、アナタタチ、魔術士ニィ、ナニィガデキルゥノカ……」
「あ、英語でどうぞ。彼女たちには翻訳されますんで。ちなみに俺はいま日本語喋ってます」
「ホントに? やっぱイセカイ半端ないね。じゃあお互いなにができるかまずは確認しようか」
「いや、その前にカルテの確認を……」
「おおっと、それはそうだな!」
○●○●
「そろそろ移動しますが、おふたりもつき添いますか?」
現在、日本人医師からシャーロットが連れてきた医師への引き継ぎが行なわれている。
かなり長い過期産のせいで成長しすぎた赤子を取り上げるには外科手術が必須だが、そのための人員と設備は、完璧に整ったといっていいだろう。
「ついていっていいのか?」
「ええ、もちろんです」
両親の要望を聞いた陽一は、まず彼らに目隠しをさせ、先に花梨と靖枝を異世界に運んだ。
ホテルの部屋では、医師たちが目隠しをして待っていた。
さすがに転移で突然人が現われたり消えたりするのを見せるわけにはいかないからだ。
あとで情報の統制ができるとしても、与える情報は少ないほうがいいだろう。
遅れて靖枝の両親を転移させ、あらためて〈浄化〉の魔術と実里の魔法で室内を滅菌する。
靖枝の両親は目隠しをしたまま少し歩かせているので、病院内の別の部屋に移動したとでも思っているだろう。
「じゃあ、あとはよろしくお願いします」
陽一の号令で全員が目隠しをとり、魔術士班と医療班のあいだで情報のすりあわせが始まる。
靖枝の両親もその場にいるが、基本的にこの場でのやりとりは英語で行なわれいているので、内容が理解されることはない。
そのふたり以外だとアラーナと実里も英語を話せないが、ふたりは意思疎通の魔道具があるので聞き取ることはできるし、なにか言いたいことがあれば花梨が通訳をするので問題なかった。
「悪いけど、あとは任せた」
あとは自分がいなくても大丈夫だと判断した陽一は、アラーナの耳元でそう囁いて部屋を出た。
そして廊下に設置されたソファに深く腰かけながら、大きく息を吐いた。
「ふぅ……なんとかなりそうでよかったよ……」
少々深い疲労を覚えた陽一は、そのままうつらうつらとし始めたのだが、1分としないうちに近づいてくる足音に目を覚ました。
(だれも近づけるなって、オルタンスさんに頼んでたんだけど……)
そう思って顔上げると、近づいてくるのはそのオルタンス本人だった。
「あれ、どうしたんですか?」
「いえね、ヨーイチくんに来客があるから、それを伝えにきたのよ」
「来客? 俺に?」
「ええ。帝国の冒険者アレクサンドル・バルシュミーデっていう人なんだけど」
「……いえ、知りませんね」
そもそもメイルグラード以外にこの世界には知り合いのいない、異世界人の陽一である。
他国の冒険者との接点など、なおさらあろうはずがない。
「えっとね。伝言があるわね」
「伝言?」
「そ。"合言葉はトコロテン"だって」
「え……?」
「あとは"心に太いでトコロテン"これを伝えたら絶対わかるって」
「……マジかよ」
陽一は聞き覚えのあるフレーズに絶句するのだった。
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