第14話 東堂直弘の顛末
ジャナの森で東堂夫妻が赤い閃光の面々に遊ばれているころ、ひとり逃げ出した東堂家次男の直弘は森の中を隠れながら逃げ回っていた。
なるべく魔物の姿が見えないところを走っては木陰に隠れる、ということを繰り返し、いまのところ最初に遭遇したゴブリン以外の魔物に襲われてはいなかった。
「で、この男はどうするのだ?」
モニター越しに直弘の姿を確認しながら、アラーナは陽一に問いかけた。
森を逃げ回る直弘の姿がしっかりとカメラに収められているのは、カメラの設置されたところに彼が誘導されているからだ。
さすがに広いジャナの森をくまなくカメラに捉えることはできないので、トコロテンのメンバーは適当に魔物を間引きし、草木を刈ったり、逆に倒木を移動させるなりして、素人が行動可能な範囲を絞っていたのだった。
「こいつを日本に戻すつもりはない」
アラーナの問いかけに、陽一は一切の感情を乗せずそう答えた。
そして陽一から直弘の過去を聞いていた女性陣もまた、無表情のまま頷くに留まった。
「どうやって夫妻と分断しようか悩んでたけど、いい具合に仲間割れしてくれたみたいだ」
陽一は【鑑定+】を使って直弘の現状を確認し、そこから少し先のルートを予測していた。
そしてじっと虚空を見つめていた彼の口元に、人の悪い笑みが浮かぶ。
「このまま行くと、オークの巣があるなぁ」
それを聞いたアラーナは哀れむような苦笑を浮かべて肩をすくめ、実里はため息をつきながらモニターから目を逸らした。
ただ、花梨だけはなにかを期待するかのように、少しだけ目を輝かせていた。
○●○●
「うぅ……」
真っ暗な視界に、ぼんやりと景色が戻ってくる。
「ぐぁっ……」
身体を起こそうとした直弘は、後頭部に痛みを覚えて短くうめいた。
「いっ……つつ……」
恐る恐る痛む部分に触れてみると、鋭い痛みとぬるりとした感触があった。
「いったい、なにが……」
身体を起こしながら、直弘は少し前のことを思い出そうとした。
突然知らない森に連れてこられたかと思うと、ゴブリンとしか思えないような生き物が現われ、父親が襲われた。
そして母親が拳銃を取り出して、ゴブリンを撃った。
「そうか、それで母さんが怖くなって……」
拳銃を手にした母親は、自分を止めるつもりだったと言った。
あのときは咄嗟に逃げ出したが、冷静になって考えてみれば、拳銃を奪っておけばよかったと少し後悔した。
「それから森を走って……」
隠れながら森を逃げ回ってしばらくしたころ、近くから豚の喚き声のようなものが聞こえたのを思い出した。
そのあとの記憶がない。
「襲われた……のか?」
大きく腫れ上がった後頭部から感じる痛みと、触れたときにべったりと手についた血から、直弘はそう判断した。
「ん、これは……?」
手の血を確認しようとしたところで、腕にはめられた腕輪に気がついた。
それは金属製のリストバンドのような幅広のもので、手首が完全に覆われており、いつからはめられていたのかは思い出せない。
もしかすると森で目覚めたときから着けていて、混乱のせいで気づかなかったのかも知れないが、そんなことよりもいまの状況をなんとかするほうが、直弘にとっては重要だった。
「なんで、こんなことに……」
「因果応報ってやつじゃないか?」
独り言に突如返ってきた言葉に、直弘は驚いて顔を上げた。
「ぐっ……お、お前は……!」
勢いよく頭を動かしたせいで後頭部の傷に痛みが走ったが、目に映る人物への驚きと怒りがそれを上回った。
「トウドウ……ヨウイチぃっ!!」
そして直弘は、後頭部の痛みも忘れて勢いよく立ち上がり、突然現われた作業服の男に駆け寄った。
○●○●
「お前ぇ! 僕になにをしたぁ!?」
オークの巣に作られた牢獄のような場所に、直弘は囚われていた。
丸太と草のつるで作られた簡素な格子戸に遮られ、直弘は陽一のもとへ到達できなかった。
格子戸といっても蝶番などで開閉できるようなものではなく、ある程度組み合わせて作られたものを
しかし構造がシンプルなだけに、力任せに動かす以外に格子戸を外す方法はない。
怪力を誇るオークであれば難なく取り外すことはできるだろうが、非力な青年である直弘ではびくともしなかった。
「お前がいままでしてきたことを考えれば、バチが当たってもおかしくないだろう?」
「なんだと?」
今回の件で東堂家の3人を敵とみなした陽一は、例のごとく彼らの過去を洗った。
東堂夫妻もかなりあくどいことをやっているが、それは地方の有力者や政治家であれば、大なり小なりやっていることのようなので、本人たちの心がけ次第では最低限再起はできるであろう可能性を残しておいた。
結局夫妻は自滅への道をたどることになるのだが、それはまた先の話だ。
一方この直弘に関しては正直にいって洒落にならなかった。
実里の弟
「陵辱ものとか、正直理解できんのだけどねぇ」
他人の性的嗜好をとやかく言うつもりはない。
どれほど理解に苦しむものであっても、そういった嗜好はあくまで個性というべきものである。
ただし、趣味の範囲に収まっていれば、の話だが。
「都市伝説だと、思ってたんだけどなぁ……うぇっ……」
直弘が行なったいくつかの行為を思い出し、陽一は胸を押さえた。
「ところでさぁ、なんでオークってエルフばっか襲うと思う?」
「はぁっ!?」
突然話題が変わったことに、直弘は怒りの混じった声を上げながら、戸惑いの表情を浮かべた。
「好きなんだろ? エルフとオークの陵辱もの」
成人向けの漫画やアニメ、ゲームによくあるシチュエーションとして、オークに陵辱されるエルフ、というものがある。
見目麗しいエルフが、醜悪なオークに汚されるという状況を好む者は決して少なくない。
なぜといわれれば、清らかな者が汚されていくことに、性的な刺激を受ける人が一定数いるから、その手の作品が作られるのだろう。
そもそもエルフもオークも架空の存在であり、オークがエルフを襲う理由など、それこそ制作者の意図としかいいようがない。
「……とはいえ、この世界には現実にエルフがいて、オークもいるんだよ。で、オークはエルフを好んで襲う」
元の世界にあってはただのフィクションだとしても、こちらの世界では現実のものとして存在している。
そんな世界でオークがエルフを好んで襲うとあれば、そこにはなんらかの理由があるはずだ。
「この世界のオークは雄しかいない。そこでオークは、他種族の雌を孕ませて繁殖するんだが」
ここでいう他種族にはもちろんヒューマンやエルフを含む人類はもちろん、人型ではない動物なども含まれる。
オークはとにかく生殖のためであれば、雌とみるや襲いかかるのだが、厄介なことに彼らは交尾を繁殖のための行為だけでなく、娯楽として楽しむという性質もあった。
とはいえ人類のように避妊してまで性行為を楽しむということはなく、あくまで繁殖が最優先なのだが。
「オークには自分たちの子を宿した雌を見分ける能力がある」
雌の着床をなんらかの能力で感じ取ったオークは、対象となる雌に対して性的な興奮を覚えなくなる。
「ようは、勃たなくなるわけなんだけど、交尾を娯楽と考えるオークとしては、できるだけ長いあいだ雌との行為を楽しみたいわけだ。そこでエルフが出てくる」
人類の中でも長寿を誇るエルフは、他の人種と比べて排卵周期が長い。
いかにオークの精子が暴力的に他種族を孕ませるといっても、卵子がなければどうにもならないのだ。
なので、タイミング次第では長く楽しめる長命種のエルフを、オークは好むわけである。
なんとも気分の悪い話ではあるが。
「じゃあ、雄は、どうなる……?」
長々と続いた陽一の講釈を聞いているあいだに戸惑いや怒りはどこかへいってしまったのか、直弘は怯えた表情で問いかけた。
「弱者への暴力もオークにとっては娯楽の一種でね。時間をかけてなぶり殺されたうえで最終的には食われる。もしかすると生きたまま食われるかもな」
「そんな……」
直弘は木の格子戸から手を離して数歩あとずさり、へたり込んだ。
「そこでその腕輪がお前さんを救うわけだ」
「え?」
そう言われて直弘は、さきほど確認した腕輪に目をやった。
「それは認識偽装の魔道具でね。詳しい説明は省くけど、いまのお前さんは連中からは雌に見えてる。だから殺されずにここに連れ込まれのさ。ほれっ」
言い終えるが早いか、陽一はなにかを直弘に投げてよこした。
「わっ……え? これは……」
「ローションだよ。しっかりなじませときな。連中のアレはデカいらしいぞ?」
「ひぃ……ま、まってくれ!」
陽一のその言葉で、これから起こることがわかったのだろう。
直弘は慌てて立ち上がり、再び陽一のもとへ駆け寄った。
「な、なんでこんなことを!?」
自分と相手とを隔てる格子戸をつかみ、ガタガタと揺らしながら直弘は詰問した。
「なんでって、自分の胸に手を当ててよーく考えてみなよ」
そもそものきっかけは同じトラック事故に巻き込まれた東堂洋一の妻、靖枝に対する嫌がらせや暴行を止めさせるためだった。
最終的には誘拐から殺人に至る可能性もあったが、未遂には終わったので適当にこらしめるつもりだったのだが、直弘の過去を知った陽一は、この男を野放しにしてはいけないと思ったのだ。
ただ、いまからやろうとしていることは私刑とでも呼ぶべきもので、決して褒められた行為ではないのだが。
「た、頼む! 助けてくれ!! 助けてくれたら、なんでもする! だから……!!」
いよいよ直弘は恐ろしくなったのか、顔を恐怖に歪め、涙を流しながら訴え始めたのだが、陽一はそれを無言のまま冷めた目で見返すのみだった。
「もし、僕のこれまでの行ないに君が怒っているんだとしたら、反省する! もう二度と悪いことはしないから許して欲しい!! だから、こんなことはもうやめてくれぇ……」
そこまで言うと、直弘は格子戸に身を預けたままその場に膝をつき、がっくりとうなだれた。
その姿を見て、陽一は呆れたようにため息をつく。
「助けて、許して、やめて……。お前さんはいったい何人に同じようなことを言われた? そんな人たちにお前はいったいなにをしてきた?」
「あ……」
陽一の言葉に、直弘は顔を上げた。
「さっきも言ったろ、因果応報って。お前の番がきただけなんだよ」
「あああ……!」
直弘の表情は絶望に染まり、口からは力のない声が漏れ出るのみだった。
「さて、最後にアドバイスをひとつ。その魔道具の動力は使用者の体内から供給される」
東堂親子がこちらにきて魔力酔いの症状を見せなかったのには、切羽詰まった状況というのもあるが、それ以前に、昏倒させ、意識がないあいだにこちらの世界でしばらく身体をなじませた、ということがある。
なので、直弘の体内にはすで魔力が宿っているのだが……。
「魔力のない世界からきたお前さんは、保有魔力が少ない。もともと魔道具に貯蔵してあった魔力はあるけど、2~3日で効果は切れるだろう」
直弘にとっては耳慣れない言葉もあるだろうが、そこを丁寧に説明してやるつもりはない。
「つまり、このままだとあと何日もしないうちに、お前さんはオークから雄に見えるようになるってことだ。そのときどうなるか、わかるよな?」
もう言葉も出ないのか、陽一の言葉を理解したくない直弘は絶望に顔を歪めたまま、ふるふると頭を振るのが精一杯のようだった。
「ただし、その魔道具の効果を延長させる方法はある」
陽一の言葉に、直弘は唾をゴクリと飲み込んだ。
「体内に魔力を含むものを取り込めばいい」
その意味を理解できない直弘は困惑している様子だったが、陽一は気にせず続けた。
「オークの精液には魔力がたっぷり含まれている」
そのとき、陽一の背後から複数の足音と、耳ざわりな喚き声が聞こえてきた。
「おおっと、どうやら時間切れらしい。いいか、死にたくなければしっかりとおねだりするんだ。あとローション、せっかく持ってきてやったんだからちゃんと使えよ。じゃあな」
最後にそう告げたあと、陽一はその場から消えた。
魔力の供給がある限り作動し続ける魔道具だが、メンテナンスもなしに装着し続けていれば、やがて物理的な劣化が始まるのはいうまでもないことだ。
最低限の食事のみで生かされていた直弘自身もまた、徐々に痩せ衰えていき、細くなっていく腕から劣化した腕輪が外れたのは、それから数ヵ月が経ったころだった。
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