第12話 赤い閃光への報酬

「いらっしゃい、よく来たね」


 4人の女性に見送られて部屋を出て、赤い閃光が借りている宿に着いた陽一は、ミーナに迎え入れられた。


「お、おう。お邪魔します」


 陽一が思わず言葉を詰まらせたのは、ミーナがタンクトップにショーツのみという下着姿だったからだ。

 形のいい尻と尻尾を揺らしながら室内に戻っていくミーナのうしろ姿に、思わず目が釘づけになってしまう。


「コーヒーでいいかい?」

「あ、ああ。おかまいなく」


 広いリビングに面したいくつかの扉が目に入った。

 おそらくはバスルームやキッチンのほかに、各メンバーの個室があるのだろう。


「そこにかけて待ってなよ」


 ミーナに勧められ、リビングの大きなテーブルを囲むように置かれた椅子をひとつ引き、陽一は腰かけた。

 そのあいだも彼の視線はずっとミーナを追っている。


 ほどよく日に焼けた健康的な肌、スラリと伸びた長い手脚、思っていたよりも大きな胸、健康的にくびれた腰、張りのある尻といった、彼女の見事なスタイルも素晴らしいが、それよりも目を引くのは彼女のしなやかな動作だった。

 無造作に歩いているようで一切の足音が聞こえず、カップやポットを持っても余計な音がたたない。


「はいよ、どうぞ」


 ソーサーに乗せられたカップを出されたときも、一切の音がしなかった。


「ああ、ありがとう」


 陽一は軽く礼を言ってコーヒーをひと口すすった。


「早速謝礼の件なんだけど、アンタこれ知ってるだろ?」


 言いながら、ミーナは手にしたものをテーブルに置いた。


「ブーッ!!」


 そしてそれを目にした瞬間、陽一は驚いてコーヒーを吹き出してしまった。


「うわっ! なにするんだよ、汚いねぇ」


 吹き出したコーヒーの一部がミーナにかかり、濡れたタンクトップから向こう側が透けて見えたのだが、陽一の視線は別のものをとらえていた。


「悪い……。でもお前、それ……」

「ふふん、やっぱり知ってたね」


 ミーナの身体を淡い光が包み、顔や服にかかったコーヒーの汚れが消えていく。

 おそらく〈浄化〉の魔術を使ったのだろう。


「こいつはいまメイルグラードで密かに流行はやっている、錬金鍛冶師サム・スミスの傑作ディルド『ヨーイチくん2号』さ」


 それは先日、陽一がサマンサと関係を持ったとき、彼女が挿入されたイチモツを膣内で解析し、再現したディルドだった。

 流通していたのはなんとなく知っていたが、まさかこうも身近なところに利用者がいるとは思いもよらず、陽一は額に手を当て、がっくりとうなだれた。


「はぁ……。で、それと謝礼にいったいなんの関係が……って、まさか?」

「たぶんアンタの予想は外れてないよ」


 そう言ってミーナは妖艶な笑みを口元に浮かべ、蠱惑的な視線を陽一に向けた。


「昨日も言ったけど、いまはお金に興味がない。だから、身体で払ってもらうよ」


 予想どおりの答えに、陽一は嘆息する。


「なんでそうなるんだよ……」

「なに、グラーフと別れてこっち、男日照りでいろいろたまってんのさ」

「いや、ミーナがその気になれば男に困ることなんてないだろう?」

「あのね、ウチをそんな軽い女と思わないでくれる? しょーもない男に抱かれてやるほど、ウチは安くないよ」

「いやいや、俺はそんなたいした男じゃないぞ?」

「はっ! アンタ本気で言ってんのかい?」


 陽一に自覚はなかったが、なんといっても彼は姫騎士アラーナを射止めた男である。

 そのうえ新たに連れてきた女性ふたりともがそれぞれオルタンスやフランソワに認められ、彼自身その実力を魔物集団暴走スタンピードで知らしめたのだ。


 少なくともここメイルグラードに、陽一をただの冴えないおっさんと思っている者はひとりもいないだろう。


「それになんといっても、こいつのモデルになってるって話じゃないか」


 相変わらず艶やかな笑みを浮かべるミーナだったが、先ほどよりも少し瞳が潤んでいるように見えた。


「いや、でも……」

「アラーナたちにはちゃんと話を通してあるからね」

「あ……」


 そこで陽一は、今朝のやりとりを思い出した。


『今回の件、我々はすべて承知している』


 つまり、アラーナはもちろん、ミーナたちの要望をかなえてあげたいと言った花梨や実里も、このことは承知しているのだろう。


 そしてサマンサの言っていたデータというのは、ディルドと本物を比べての感想、といったところか。


「ねぇ……ウチが相手じゃ不満かい?」


 そう問いかけるミーナだったが、艶やかな笑みは一切曇らず、目の前の男を必ず落とせるという自信に満ちているようだった。


 女性陣の許可を得ているから、なにより命の恩人である彼女の望みに応えたいから、などいろいろと言い訳を考えてはみたものの、結局のところ陽一は、ただ目の前にいるいい女とセックスがしたいという欲求のもと、ミーナに招かれるまま彼女の個室に入った。


 シングルサイズのベッドとちょっとした雑貨しかない、殺風景な部屋に入るや、陽一はミーナの手で服を脱がされた。

 さすがは盗賊というべきか、その器用な手先であれよというまに全裸にされた陽一は、ミーナに背後から手を回される。


「なんだい、もう準備万端じゃないか」

「お、おい、ちょっと待て……」

「うん、この手触り……いいね」


 それから陽一は、腕利きの女盗賊に、いいようにもてあそばれるのだった。


○●○●


 ミーナとの行為を終え、狭いベッドに彼女と並んで寝転がっていると、不意にドアがノックされた。


「どうぞー」

「お、おい!」


 全裸で寝転がっているにもかかわらず、ミーナは訪問者を迎え入れた。


「あの、おじゃましま――きゃっ……!?」


 ドアを開けて入ってきたのは、同じく赤い閃光のメンバーである犬獣人の重戦士ジェシカだった。

 下着姿だったミーナとは異なり、ジェシカはゆったりとしたルームウェアの上下を着ていた。

 ふたりの痴態を目にしたジェシカは、可愛らしい悲鳴を上げて顔を逸らした。


「悪いけどウチ、疲れちゃったから寝るわ。とりあえずヨーイチさんはあの娘の部屋に行ってやってよ」

「えっと、じゃあとりあえず服を着ていくから、部屋で待ってて」

「いーじゃん、どうせ脱ぐんだからさ。ジェシカもべつにいいでしょ?」

「いや、お前な」


 陽一は少し呆れながら抗議しつつ、ジェシカのほうを見た。


「あの……そのままで、いいです……」


 赤い顔を逸らしたまま、チラチラと陽一を見ていたジェシカは、ミーナの言葉に肯定の意を示した。

 その直後、陽一はべたべたした身体がすっきりしたように感じた。


「とりあえず、これくらいサービスしとくからさ。おやすみ……ふあぁ……」


 どうやらミーナが〈浄化〉をかけてくれたらしく、身体にまとわりついていた汗などの体液は綺麗に取り除かれたようだった。


「と、とりあえず、脱ぎますね」

「え? いや、ちょっと?」


 自分の部屋に陽一を連れて入るなり、ジェシカはいそいそと服を脱ぎ、全裸になった。

 陽一よりも背の高いジェシカは、重戦士らしいがっしりとした体型だった。


 腕や脚は陽一よりひと回りほど太く、腹筋もくっきりと割れていたが、それでも女性らしさは損なわれておらず、体格に応じて成長したのか乳房や尻は立派で、アラーナにも劣らないほどだった。


「あの、なんで……?」

「えっと、私も、その……愛用者なんです……」


 恥ずかしそうなジェシカの視線の先には、やはりというか例のディルドがあった。


 どちらかといえば受け身がちだったジェシカに対しては、陽一がリードをするようなかたちとなった。


「んふ……わたしの、なかに、アラーナさんと、同じものが……うふふ」


 心底アラーナを敬愛するジェシカは、姫騎士がその身に受け入れたものを、同じく自身のうちに受け入れたことに、喜びを感じているようだった。


○●○●


 ジェシカは行為を終えたあと、ほどなく満足げな笑みを浮かべて寝息を立て始めた。


 そしてそのタイミングを見計らったように部屋のドアが開き、丈の長いシャツを着たグレタが入ってきた。

 グレタは人差し指で唇を押さえ、静かにするよう陽一にその意思を伝えながら、手招きして彼を呼び寄せた。


「……なんだよ」

「ついてきて」


 そう言って半ば無理やり陽一の手を取ったグレタは、彼の手を引いて自分の部屋に連れ込んだ。


「なぁ、一応聞くけど、グレタって俺のこと嫌いなんじゃないの?」


 グラーフを叩きのめし、グレタたちと別れる原因を作ったのは陽一である。

 あの日以降、残った赤い閃光はあまりいい目で見られなかった。

 3人がいつも行動を共にしていたのは、彼女らを受け入れる冒険者がほかにいなかったということもあったのだ。


 魔物集団暴走スタンピードの活躍でその汚名は雪がれ、いまは彼女らを軽蔑する声もなくなったし、同じ死線をくぐったことでトコロテンと赤い閃光の距離は一気に縮まった。


 それでも、グレタの自分に対する態度に、陽一はなにか冷めたものを感じていたのだった。


「べつに嫌ってなどいませんわ」

「そうなのか?」

「ええ。といって好きでもありませんけど」


 そう言ってグレタはわざとらしく肩をすくめ、それを見て陽一は苦笑を漏らした。


「で、君は好きでもない男と寝るのか?」

「あら、女が自分の部屋に連れ込んだ男と、必ずセックスをするとでも?」

「……じゃあしないのか?」

「……しないとはいってませんわ」


 なんとも無意味なやりとりに、陽一は思わずため息をつく。


 それを見て呆れられたのではないかと思ったグレタは、一瞬泣きそうな表情を浮かべたが、すぐに口を固く結び、眉を上げると、勢いよく手を上げて部屋の一角を指差した。


「またこれかよ……」


 その先には『ヨーイチくん2号』があった。


「ホントに流行ってんのな、これ……」


 そのつぶやきが聞こえなかったのか、あるいは無視したのか、グレタはディルドを指したまま、陽一に強い視線を向けた。


「あれは、あなたの、その……アレがモデルになっているというのは、本当ですの?」

「ああ、そうだよ……ん?」


 少しばかり呆れながら答えた陽一だったが、ふとディルドが不自然に光っていることに気づいた。

 それが気になり、陽一はなにげなくディルドを手に持ってみる。


「や、待って、触らないでっ……!」


 グレタの制止を無視して触れたディルドは生温かく、表面はぬるりと濡れていた。


「むぅ……」


 ふたたびグレタのほうに向き直ると、彼女は頬を染めて顔を逸らした。


「しょうがないじゃない……」


 しばらく無言だったグレタが、小さく呟く。


「エッチな声、ずっと聞かされてたんだから、しょうがないじゃないって言ってますの!」


 そして大声をあげたことで吹っ切れたのか、グレタは陽一に背を向けてベッドに乗り、膝立ちになるとシャツを勢いよく脱いで尻を突き出した。


「半分はアナタのせいなのですから、責任取りなさいよ!」


 そして陽一は彼女の要望に応えたのだった。


○●○●


「そういや、なんで女優を辞めたんだ?」


 行為のあと、少し落ち着いたところで、陽一とグレタは並んでベッドに寝ながら、とりとめのない話をしていた。


「べつにたいして面白い話じゃありませんわ」


 王都でそれなりに裕福な家に生まれたグレタは、王都の女性の多くが憧れる女優という職業に興味を持った。

 そして親の援助を受けながら、そこそこ有名な劇団に身を置き、そこで下積み生活を行なっていたのだが、ある日彼女の両親は事業に失敗して財産を失ってしまう。


 その日の暮らしにも困るようになったグレタはやむなく劇団を辞め、起死回生をはかった両親に連れられて、辺境の町メイルグラードを目指した。

 その道中、同行していたキャラバンでたちの悪い病気が流行り、両親は道半ばで命を落とす。


 生き残った少数の人たちは、運よく盗賊や魔物の群れに遭遇することもなく、なんとかメイルグラードにたどり着いたが、両親の遺品を売って得た数ヵ月分の生活費程度の資産しかなく、なんの伝手も持たないグレタが選択できる職業は、冒険者か娼婦くらいしかなかった。


「なるほど、君もいろいろ苦労してるんだなぁ」

「ふん……。ここじゃ掃いて捨てるほどありふれた話ですわ」


 話がある程度落ち着いたところで、陽一は起き上がり、ベッドを降りた。


「じゃあ悪いけど例の件、頼むな」

「あら、どこへいきますの?」

「どこって、用も済んだし帰るんだよ」


 いぶかしげな表情を浮かべる陽一に、身体を起こしたグレタはきょとんとした表情を向けて首を傾げる。


「報酬は身体で支払っていただく、というお話だったはずでは?」

「だから、全員に支払っただろう?」

「なにをおっしゃるの? 本番はこれからですわよ」

「え?」


 するとそのタイミングでグレタの部屋のドアが開いた。


「さーて、そろそろ2回戦といこうか」


 そう言って姿を現わしたのは最初に相手をしたミーナだった。


「アラーナさんと同じの、もっと、欲しいです……」


 そしてミーナのうしろにはジェシカの姿もあった。

 ふたりとも全裸のままである。


「今日1日お借りするというお約束ですわ」

「そんな約束、いつのまに?」

「アラーナとはそういうことで話がついてるのさ」


 戸惑う陽一を、赤い閃光の3人が取り囲む。


「えっと、3人同時に?」

「もちろんさ。言っとくけどグラーフはウチら3人にメリルを加えた4人相手でも、しっかり満足させてくれたよ?」


 そう言いながら、ミーナは正面から陽一に歩み寄ってくる。


 キュッとくびれた腰をしならせ、ほどよい大きさの乳房を一歩ごとに小さく揺らしながらミーナは陽一へと近づき、ほどなくそのしなやかな肢体を彼の身体に密着させて、腕を首に回した。


「ひとり少ないのですから、楽勝ですわよね?」


 ベッドから降りたグレタは、背後から陽一に抱きついた。

 背中に、まだ汗ばむグレタの慎ましい胸が、ぴたりと貼りついた。


「……もっといっぱい、して欲しいです」


 少し控えめな態度ながらも、いろいろと主張の大きい肢体をさらけ出したジェシカは、横から陽一に近づいた。

 そして彼の腕を手に取ると、自身の大きな乳房に挟み、そのまま身体を押しつけた。


(グラーフくん、夜のほうも勇者だったか……!)


 そんなしょうもないことを心の中で呟きながら、陽一は3人の女冒険者からもたらされる柔肉の圧力を前に、覚悟を決めるのだった。


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