第11話 赤い閃光への依頼

 東堂親子を拘束する少し前のこと。


 陽一はメイルグラードの町で3人の女性と会っていた。


「犬神様に猫神様ねぇ……。アンタふざけてんの?」


 猫獣人のミーナは呆れた様子で陽一にそう告げた。


「私は、アラーナさんのお役に立てるなら、なんでもやります」


 犬獣人のジェシカは、内容いかんに関わらず協力的な姿勢を見せる。


「わたくしは……ちょっとおもしろいと思うのですけど」


 そして最も陽一を嫌っていると思われるハーフエルフのグレタが、思いのほかいい反応を見せた。


 彼女たちはもともと『赤い閃光』という冒険者パーティーに属していた。

 しかし当時のリーダーだった魔法剣士グラーフが陽一と対戦して惨敗し、同じくメンバーだった幼馴染のメリルとともにメイルグラードを離れて郷里に帰ったため、パーティーは自然消滅した。


 赤い閃光はいわゆるハーレムパーティーというものであり、全員がグラーフのお手つきである。


 同じ男に抱かれたことでなにかしらの親近感を覚えたのか、残された彼女らはその後も3人でともに行動することが多く、正式にパーティー解散手続きを取ったわけでもないので、ミーナらは一応現在も赤い閃光のメンバーということになる。


 先の魔物集団暴走スタンピードで魔人ラファエロに襲われた陽一が、彼女らの助太刀でなんとか命をつないだという縁もあった。

 この3人がいなければ、アラーナの救援は間に合わず、陽一は魔人に殺されていただろう。


 そういう縁もあり、魔物集団暴走スタンピード以降トコロテンと赤い閃光のあいだには多少の交流ができていた。

 そんななか、今回の東堂家対策に、陽一は彼女らの協力を得ることを思いついた。


 ただ、さきほどミーナが呆れたように、その内容はかなりふざけたものだったが。


「とりあえずウチはパス」

「そう言わずにつきあってくれよー。こっちはいま空前の猫ブームなんだからさぁ」

「猫ブーム?」

「あー、いや、なんでもない」


 思いつきのふざけた作戦であり、実行できなくとも代案は用意していた。

 正直に言えば断られてもしょうがないと、ダメ元で話を振ってみたのだが、アラーナの信奉者であるジェシカはともかく、グレタが協力的な姿勢を見せたのは意外だった。


「んー、まぁジェシカとグレタのふたりがいてくれたら、成立はするか……」

「でも、せっかくならみんなでやりたいですわ」

「なんだいグレタ、えらく食い下がるじゃないか。女優魂でもうずいたかい?」

「べ、べつにそういうわけでは……」


 ミーナの言葉に反応してか、グレタは少し居心地の悪そうな様子でうつむいた。


「女優?」


 そんなグレタの姿に、陽一は首を傾げて疑問を口にし、赤い閃光のメンバーを順に見る。


「グレタさんは、王都で女優さんだったのです」

「ちょっとジェシカ、余計なことを」

「へええ。まぁグレタは美人だもんな」

「なっ……!?」


 過去を明かされたせいか、あるいは陽一に褒められたせいか、グレタは頬を赤らめて目を見開いた。


「む、昔の話ですわ……。それに、名前もない端役しかやったことのない、無名な舞台女優でしたし」


 少し落ち着いたところで、グレタはそう言って陽一から視線を逸らした。

 気になる話ではあるが、グレタ本人があまり突っ込んで欲しくなさそうなので、これ以上この話題は広げないことにした。


「とにかく、セリフはわたくしがすべて担当しますから、ミーナはただ立ってるだけでいいので、参加してくださらない?」

「んー、どうしよっかなぁ……」

「無理にとは言わないけど、謝礼ははずむからさぁ」


 悩むミーナにグレタと陽一がたたみかけ、ジェシカはその光景をぼんやりと眺めていた。


「ってか、謝礼ってなにくれるの?」

「そりゃあ……金?」

「金って言われても、魔物集団暴走スタンピードの報酬に魔人の件の口止め料でがっぽりもらったから、あんまり魅力は感じないねぇ」


 先の魔物集団暴走スタンピードが自然発生的なものでなく、何者かの思惑によって発生したものであることは、まだ秘密にしておきたいらしく、魔人ラファエロの数少ない目撃者であるトコロテンと赤い閃光のメンバーは、領主と各ギルドマスターから、その件を口外しないようにとの厳命を受け、代わりに口止め料として多額の現金をもらっていた。


「そうなると……なにを渡せばいいのか……」

「あ、そうだ!」


 謝礼としてなにを渡すべきか、あるいはジェシカとグレタのふたりだけで計画を実行すべきかを陽一が悩んでいると、ミーナがなにかを思いついたような声を上げた。


「どうした?」

「んふ、いいこと思いついちゃった」


 そう言ったミーナの顔に、妖艶な笑みが浮かぶ。

 だが、なにやら確認が必要だということで、この日は解散となった。



 翌日、陽一がメイルグラードで定宿にしている『辺境のふるさと』に【帰還】すると、ここ最近忙しくしている花梨、実里、アラーナに加え、錬金鍛冶師サム・スミスことサマンサが部屋で陽一を待っていた。


「あれ、みんなそろってどうしたの?」

「なに、ヨーイチ殿が立てた作戦について、赤い閃光のミーナから話を聞いてな」


 今回の作戦について、赤い閃光のメンバーに断られた場合のことを考えて、アラーナたちには伝えていなかった。

 べつにやましいことがあって隠していたわけではなく、我ながら馬鹿げた計画だと自覚しているので、実行できないのであれば話す価値もない、と考えてのことだ。


「ったく、あんたはホントしょーもないこと考えつくわねぇ」


 苦笑いとともに放たれた花梨の言葉に、陽一は思わず肩をすくめる。


「でも、向こうに合わせて真面目にやる必要もないと思います。わたしは好きですよ、今回の作戦」


 と、どうやら実里は肯定的なようだった。


「で、なんでサマンサもここにいるわけ?」

「えー、つれないなぁヨーイチくん。ボクももうトコロテンの一員みたいなものじゃないかぁ」


 最初に関係を持ってからも、陽一は武器の開発、改造のために何度もサマンサの工房を訪れており、ほとんど毎回行為に及んでいた。

 そのせいもあってか、サマンサにもアラーナたちと同様に【健康体β】が付与されている。


 そしてそのことをすでに承知しているほかの3人からは生温かい視線が向けられ、陽一は少しばかり居心地の悪い思いをした。


「えーっと、ミーナから話を聞いたってことだけど……」

「ああ、そのことだったな。昨日の件であらためて相談したいから、来てほしいとのことだ」

「来てほしい? どこへ?」


「彼女らの宿に、だな。場所は覚えているか?」


 魔物集団暴走スタンピード終了後、重傷を負って自宅療養をしていた赤い閃光の宿に、トコロテンのメンバーで見舞いに行ったことが何度かあった。


「まぁ、一応。じゃあいまからみんなで行って作戦会議でも?」

「いや、行くのはヨーイチ殿ひとりだ」

「あ、そうなんだ」


 ミーナの伝言を伝えるために、わざわざ全員が集まったのだろうかと、陽一は眉根を寄せて首を傾げる。


「今回の件、我々はすべて承知している。ゆえに、あとの判断はヨーイチ殿にまかせる」

「今回の件……?」


 つまり、陽一が立てた作戦について、異議はない、ということなのだろうか。


「あの娘たちは陽一の命の恩人だからね。できるだけ要望はかなえてあげたいのよ」

「ミーナさんたちにはいくらお礼を言っても言い足りません。私たちのことは気にせず、陽一さんの好きなようにしてください」


 彼女たちの要望、それに自分の判断に任せるということから、昨日ミーナが言っていた謝礼の件だろうか。


「ヨーイチくん、しっかり頼むよ! こういうのは参考になるデータが多いほど、今後の役に立つんだから」


 そんな中、サマンサの言葉だけが意味不明だった。

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