第9話 撃退

「なかなかの手際じゃない」


 ワゴン車の運転手に銃口を向けたままの実里に、花梨は歩み寄っていった。


「からわないでよ」


 柔らかな口調でそう返した実里だったが、視線と銃口は運転手に向けたまま、警戒はおこたらない。


「べつにからかってるつもりはないけどね」


 言いながら花梨は実里をよけて車に近づき、開いた窓から手を入れてドアのロックを外した。

 それを確認した実里は身体の位置を少しずらす。


「おわっ!?」


 運転席のドアを開くなり花梨は運転手の襟首をつかみ、車外へ引き出した。


「ぐぇっ! えっ……?」


 それなりに体格がいいことを自負している運転手だったが、そんな自分を片手でやすやすと引きずる女性の姿に、うめきとともに驚きの声を上げる。

 花梨は運転手の襟首をつかんで引きずりながら後部座席のスライドドアを開けると、ひょいと男を担ぎ上げて車内に放り込んだ。


「やっぱり拘束に使えそうなものはいろいろ用意してるみたいね」


 社内に雑然と置かれたロープやガムテープ、手錠などを見ながら、花梨は呆れたように呟いた。


「お、お前らいったいなに――むぐっ!?」


 社内に放り込まれた運転手がなにかを言いかけたが、花梨は転がっていたガムテープで男の口を塞いだ。


「はいはい、黙っててね」


 抵抗しようとする男を押さえつけながら、花梨は男の腕をうしろにまわして手錠をかけ、足首をガムテープでぐるぐる巻きにした。

 男は必死で抵抗したのが、花梨はその身体を平然と押さえ込み、拘束してしまった。


「なかなかの手際だね」

「やだ、さっきの仕返し?」


 自分が実里に向けた言葉をそのまま返された花梨は、少し困ったような笑みを浮かべて肩をすくめた。


「んー、なんのことかな?」


 そして実里は軽くとぼけたような笑みを浮かべてそう返し、構えていた銃口を下げて安全装置をかけ、拳銃を腰に差した。


「でもさ、気がつけばゴリラ並みの筋力を手に入れてるんだから、ちょっと困るよね。見た目が変わらないのはありがたいけど」


 拘束し終えた男を車内に放置し、花梨は車を降りた。


 花梨を始めとするトコロテンのメンバーは、陽一の持つ【健康体α】から派生した【健康体β】というスキルを付与されていた。

 【健康体β】には心身を常にベストな状態に保つ、という効果があるのだが、それには体型も含まれている。


 つまり、自分にとってベストな体型を維持しつつ筋力を上昇させることもでき、花梨はごく一般的な成人女性の体型でありながら、ウェイトリフティング世界王者並みの筋力を有しているのだった。


 さらに彼女は体内の魔力を操るのに長けた【魔力操作・乙】というスキルを習得している。

 体内の魔力を活性化させることで、さらに身体能力を高めることができ、こちらの世界においても、マウンテンゴリラ並みの筋力を発揮できるようになっていた。


「そろそろあっちも片づいてるだろうし、手伝いにいこうか」

「そうだね」


 花梨の予想どおり、襲撃をかけようとした男たちは全員アラーナの手でのされていた。


「おつかれ」

「おつかれさま」


 2本の三段警棒を縮めてジャージのポケットに入れたところで、アラーナは花梨と実里の声に気づいて振り返った。


「そちらもうまくいったようだな」

「まぁ、ザコひとりにこっちはふたりだったからね」


 花梨は小さく笑みを浮かべながら、実里とともにアラーナへと歩み寄っていく。


「そっちはどうだった?」

「何人いようがザコはザコというところかな」


 実里の問いかけに答えながら、アラーナは倒れている男たちをざっと見回した。

 彼らはうめき声すら上げることなく、全員が意識を失っているようだった。


「じゃあさっさと運んじゃいましょうか」


 花梨の号令で3人は転がっている男たちをワゴン車に乗せるべく運び始める。

 線の細い女性3人が、そこそこ体格のいい男たちをひょいひょいと運ぶ姿は、傍目はために見れば異様だっただろうが、幸い目撃者はいなかった。


「こんな大きな車運転できるの?」


 実里が花梨に問いかける。

 後部座席に男たちを積み終えた3人は、前部席に座っていた。

 大きめのワゴン車なので助手席がふたつあり、真ん中に実里が、そのとなりにはアラーナが、そして運転席では花梨がハンドルを握っていた。


「大きいっていっても、普通車だからね。問題ないよ」


 そうして出発した一行は、『グランコート2503』の地下駐車場まで移動した。


「おつかれさま」


 駐車場では陽一が3人を待っていた。

 彼の指示で男たちを全員ワゴン車から降ろす。


「こういう車が1台あると、今後なにかと便利そうなんだけどだな」


 そう言った陽一は、ワゴン車を【無限収納+】に収めた。

 できれば自分のものにしたかったが、このワゴン車は盗難車であり、陽一は【鑑定+】を使ってすでに持ち主を特定していた。

 かなり新しい型で状態もよかったので、本来の持ち主はさぞ困っているだろうと思い、スキルのメンテナンス機能でオーバーホールしたうえで、自然なかたちで持ち主のもとへと返されるよう、後日手配することにした。


「こいつらどうしようかね?」

「カトリーヌのところが人手不足で困っているようだ」


 先の魔物集団暴走スタンピードを生き延び、多額の報酬を得た冒険者たちの多くは、戦闘で破損した装備の買い換えを行なっているらしい。

 今後のためにより性能のいい装備を求める者も多く、そういった冒険者たちのおかげで、いまメイルグラードは魔物集団暴走スタンピード特需とでもいうべき好景気を迎えていた。


 そこそこ高価な武器や防具、品質のいい雑貨や消耗品が飛ぶように売れ、仕入れや生産が追いついていない状態なのだとか。


 腕のいい防具職人であるカトリーヌの店も、例に漏れず大繁盛まっただなかということで、猫の手も借りたい状態ということだった。


「使いものになるかどうかはともかく、とりあえずカトリーヌに預けてみるか」


 拘束され、地面に転がされる男たちに、少しばかり哀れみのこもった視線を向けながら、陽一は軽くため息をついた。

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