第8話 襲撃
「お、お前、何者だ!?」
慌てて立ち上がり、突然現われた男から距離をとるようにあとずさった弘次は、
「トウドウヨウイチといいます」
「は?」
突然の闖入者に驚きつつ、最大限に警戒していた弘次だったが、息子と同じ名前を告げられたせいか、間抜けな表情を浮かべて固まってしまった。
「おー、なんか予想どおりの反応ですね」
そう言って陽一は意地の悪い笑みを浮かべた。
「ちなみに藤の堂で藤堂ですから、おたくとはなんの関わりもないのでご安心を。まぁ息子さんとはちょっとだけ縁がありましたけど」
「どうやって入った……?」
「んー、普通に入り口から?」
怯えをはらむ弘次の問いかけに、陽一はわざとらしくおどけた様子で答えたが、嘘はついていない。
ご存じのとおり【鑑定+】を使えば、対象となる人物の過去から現在に至るまでのすべてを見ることができる。
その人物がいつなにをして、そのときなにを考えたか、というところまで。
未来を見ることはさすがにできないが、それでも対象となる人物が未来のことについて考えていれば、それを元に予測することは容易だ。
「まったく。若い女の子にプレゼントあげて部屋に連れ込むとか……。それほとんど買春ですからね? 国会議員の倫理観ってやつはどうなってるんだか……」
弘次が懇意にしている女性がいることも、いつも利用するホテルのことも調べはついていた。
ラブホテルなどに飛び込みで入られると厄介だったが、弘次はビジネスホテルを事前に予約していたので部屋の特定は容易にできた。
同じフロアの部屋を探したところ、運よく向かいの部屋が空いていたのでそこに入って待機し、ことを終えた女性が出るのと入れ違いで部屋に侵入した。
効果の高い認識阻害の魔道具を身に着けていたので、先ほどの女性は陽一の存在にまったく気づいてはいない。
「自分の息子が妊婦の腹を裂くなんてこと言ってるんだから、若い子相手に腰振ってないで、親としてちゃんと止めないと……」
「し、知らん! 私はなにもしとらんぞ!! 全部妻が……子育てを間違った洋子が悪いんだ!!」
弘次にとって現在の陽一は完全な不審者である。
そんな相手の言葉など無視してしまえばいいのだが、混乱しているうえに少なからず罪悪感もあるせいで、なぜか言われるまま反論してしまう。
「だからそういうのが駄目なんですって。子供がやらかしたら親が叱るってのは常識でしょう? まぁ子育てなんてしたことない俺がいうのもなんですけど」
「う、うるさい……! 私は知らん! 私は関係ない!!」
「んー、というか親子とか関係なしに、妊婦のお腹を裂くなんて蛮行を予告されたんならそれを止めるのは市民の義務じゃないです? それこそ警察に通報するとか」
「そんなことをすれば、私は……」
「いやいや、あなた議員さんなんですから、なおのこと国民の安全には注意しないと」
「だまれ不審者め!! 許可なく客室に侵入するのは違法行為だぞ!!」
「おおっと、それを言われると弱いなぁ」
などと言いながらも陽一に悪びれた様子はない。
「いまなら見逃してやる。すぐに出ていけ!」
「とかいいながら、あとでコネ使っていろいろ調べて俺のこと追い詰めるつもりでしょう?」
「くっ……。そもそもお前はなんの目的があってここにきた!?」
「袖振り合うも
「同じ事故……? そういえば、そんな記録が……」
一応弘次は、事故についての調査結果に目を通していた。
そこに、同音異字の姓名があったことを思いだし、ニタリと口元を歪めた。
「馬鹿が! 洋一と同じ事故に巻き込まれたとわかれば、お前の身元などすぐに特定できるぞ!!」
「へええ、どうやって?」
「どうやって、だと? そんなもの、警察に調べさせればすぐにでもわかるにきまっているだろうが!」
「うーん……、帰ってきたあなたの言葉を、警察が信じてくれればいいんですけどねぇ」
「なに……?」
「とりあえず、行きましょうか」
「な――?」
次の瞬間、陽一の姿は弘次の目の前にあった。
胸に軽く触れられたのを感じたと思うやいなや弘次の全身から力が抜け、膝から崩れ落ちて仰向けに倒れ、そのまま意識を失った。
倒れた弘次の胸の上には1枚の紙が乗っていたが、ほどなくポロポロと形を崩し始め、数秒後には消滅した。
「ふぅ、うまく発動したみたいだな」
陽一が今回弘次の意識を奪うのに使用したのは、〈昏倒〉の魔術が込められたスクロールだった。
異世界の魔法や魔術をこちらの世界で使うことはできないが、魔道具が使えることはわかっていた。
ならばスクロールも使えるのではないかと【鑑定+】で調べ、魔力さえ込めれば問題なく発動することを知った陽一は、触れた瞬間使用者の魔力を強制的に吸い出す効果を新たに書き加えたものを用意した。
このスクロールは魔術士ギルドが厳重に管理しているもので、
○●○●
深夜。
靖枝の家の前に、黒塗りのワンボックスカーが止まった。
後部座席のスライドドアが静かに開くと、物音を立てないよう用心しながら降りてきた8人の男が、足音を忍ばせて靖枝の家の前に移動した。
男たちは全員黒い服に身を包み、腰には警棒やナイフを差していた。
「そこから一歩でもこちらに来れば、容赦はせん」
先頭の男が道路と敷地との境目を越えようとしたとき、女の声が静かに響いた。
男たちが顔を上げると、月光を反射して輝く銀髪を夜風になびかせながら、泰然と立つ女の姿があった。
上下ともジャージというラフな格好ではあったが、その立ち姿は見事で、男たちは一瞬目を奪われた。
しかし彼らはすぐに気を取り直し、互いに目配せをして頷き合うと、散開して女を反包囲した。
「ほう、ズブの素人というわけではなさそうだな」
左右の手に警棒を構えた女の口元に、獰猛な笑みが浮かぶ。
「言っておくが、私はめちゃくちゃ強いぞ?」
彼女は最近知ったお気に入りのセリフを口にしたが、残念ながら男たちにとっては意味不明な言語だったのでその意図は伝わらなかった。
一方、ワンボックスカーでは、運転手がいつでも発進できるよう待機していた。
――コンコン。
運転席のドアが叩かれ、運転手の男は驚いてそちらに目をやった。
(……女?)
窓の外には眼鏡をかけた女が立っていた。
地味でおとなしそうな、しかしよく見ればかなりの美人だということが、暗がりの中でもわかった。
(なんの用か知らんが、適当に引き留めてコイツもさらうか)
いざとなれば首根っこを捕まえておけば、あとは仕事を終えた仲間がなんとかするだろう。
そんな下心を抱きながら、運転手の男は窓を開けた。
「動かないでください」
「……は?」
窓が開いたところで、女は拳銃を構えて銃口を運転手に突きつけた。
「なに言ってんだお前……」
――バスッ! バスッ!
サイレンサーによって軽減された銃声のあと、ダッシュボードが破壊され助手席のシートに穴が空いた。
「――ひぃっ!」
威嚇のために外されていた銃口が自分に戻り、運転手は悲鳴を上げた。
「もう一度言います。動かないでください」
「わ、わかった……!」
男は両手を挙げて固まった。
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