第2話 スタンピード後の日々

「じゃあ、この辺り一帯のものを風で巻き上げて集めますね」

「おう、頼むよ」


 並んで立つ陽一と実里みさとを中心に、半径100メートルほどの範囲に暴風が吹き荒れ、魔物の死骸や弾丸、薬莢やっきょうを含む砂や岩石が勢いよく巻き上げられていく。

 だが、中心にいるふたりの周りは無風状態で、髪の毛1本なびくことはなかった。


 いま実里が使っているのは、魔術ではなく魔法だ。


 習得すればだれにでも使え、魔力消費も抑えられるというメリットのある魔術だが、あらかじめ決められた術式の範囲を超えて効果を得ることができない。


 対して魔法は、イメージさえできれば大抵たいていのことを実現できる。

 とくにこの世界ではまだ解明されていない物理法則などで、イメージを補強できる実里は、相当な魔法の使い手に成長していた。


 自由度が高い代わりに、消費魔力が莫大になってしまうというデメリットはあるが、先の魔物集団暴走スタンピードで完全に枯渇するまで魔力を使い果たした実里は、回復にともなって保有魔力が飛躍的に増大していた。


 そのうえ【健康体β】の効果で陽一を通じて管理者からの魔力供給を受けられるため、よほど一度に大量の魔力を消費しない限り、彼女が魔力切れを起こすことはなくなっていた。


(実里に手伝いをお願いしたのは正解だったな)


 暴風に巻き上げられる魔物の死骸や銃弾、薬莢を見上げながら、陽一は心の中でそう呟いた。



 魔物集団暴走スタンピードからしばらく経ったとはいえ、倒した魔物の数は10万を超えるため、そのあと始末にはかなりの時間と労力が必要だった。

 トコロテンのメンバーもまた、メイルグラード所属の冒険者として、事後処理に尽力している。


 魔物集団暴走スタンピードと魔人襲来で力を使い果たして体調を崩し、さらに義弟の起こした騒動のせいでしばらく休んでいた実里もいまは完全に体調を取り戻し、陽一の作業を手伝っていた。


 この日はメイルグラードとジャナの森のあいだに広がる岩石砂漠に散らばった、魔物の死骸や陽一がまき散らした銃弾、薬莢の回収がメインの作業だった。

 これまで陽一は【鑑定+】で素材や残骸類の場所を確認し、使用者の周囲10メートルにあるものを無尽蔵に収納できる【無限収納+】を使って回収作業を行なっていた。


 この方法のメリットは、なんといっても障害物を無視できるところにあるだろう。

 なので陽一はひとりの場合、木々が複雑に入り組んだジャナの森の内部や、砂漠のなかでも岩石が多く転がっている場所をメインに作業を行なっていた。


 逆に、デメリットは使用者が細かく移動しなくてはならないこと。

 森の中はともかく、障害物の少ない砂漠であれば自動車に乗って走り回るだけのことなのだが、とにかく範囲が広いのだ。


 そこで復帰した実里に手伝ってもらうことにしたのだった。



「おお、いい感じだな」


 巻き上げられたものはひとつにまとめられ、山のようにうずたかく積み上げられた。

 陽一がその小山に近づき、必要なものをまとめて収納すると、その場には砂と岩だけの小山が残った。


「じゃ、あとお願い」

「はい」


 再び強い風が吹き、残された砂や岩石が適当に散らされていく。

 このようにして、回収作業は順調に進んでいた。


「さて、今日のところはこの辺にしとくか」

「はい。おつかれさまでした」

「じゃあ適当に巡回がてら、車でゆっくり帰ろう」


 そう言って陽一は、【無限収納+】から小型のSUVを取り出した。

 ふたりが乗り込んだあと、エンジンはかかったものの車が動き出す気配がないまま、しばらく経った。


 やがて、荒野にぽつねんと停車されたSUVが、ギシギシと揺れ始めた。


○●○●


 アラーナはここのところ、領主の館に詰めていることが多くなった。

 というのも、今回起こった魔物集団暴走スタンピードの報告をせよ、との王命が領主ウィリアムに下り、彼が町を出て王都へ向かったため、一時的に領主代行の座に就いたせいだ。



 本来ならば長男であるヘンリーこそ適任なのだが、折悪しく王都へ研修に出かけており、仕方なくアラーナが代わりを務めているというわけだ。

 業務の大半は執事のヴィスタが行ない、アラーナはほとんど判を押すだけというかたちではあるが、それでもかなり多忙だった。

 ときには陽一がアラーナの手伝いをすることもあった。

 【無限収納+】を使えば、書類の整理もかなり楽になるからだ。


 次から次へと持ち込まれる書類を収納し、【鑑定+】で内容を軽く確認しながら、カテゴリーごとに分けたり、順番を並べ替えたりするのが、陽一の主な作業だった。

「んふ……ヨーイチ殿が手伝ってくれるおかげで、んぅ……ずいんぶん楽に……」

「なぁ、こんなことしてていいの?」

「たまには、気分転換も、必要なのだ……!!」


 この日、陽一は朝からアラーナの業務を手伝っていたのだが、昼食を終えてからなんだかぼんやりとして仕事があまり手につかなくなり、そのうちなんとなくいちゃいちゃし始め、気がつけば行為が始まっていた。

 ウィリアムの巨体に合わせて作られた大きなオフィスチェアに陽一がもたれかかり、アラーナがその上にまたがっている。


 ヴィスタがいつ来るやもしれないので、上の服だけは身に着けている。


「なんか俺、ウィリアムさんに申し訳なくなってきたよ」

「いいのだ! 私に、面倒ごとをっ、押しつけてぇっ……ここに、いない、父上がぁ! 悪い、のだっ……!」


 父の椅子をギシギシと揺らしながら、アラーナは不満を述べた。


 ――コンコン。


 いよいよ興が乗ってきたところへ突然割り込んできたノックの音に、ふたりの身体がこわばる。


「お嬢さま、失礼します」


「ま、待ってくれ、あとにしてくれないか!?」

「いいえ、仕事は待ってくれないものです」

 アラーナの制止を聞かず、執事のヴィスタは無遠慮にドアを開け、書類の山を抱えて入室した。


「ん……? はぁ……お嬢さま……」


 一瞬眉をひそめ、顔を上げたヴィスタは、呆れたようにため息をつきながら、アラーナのもとへ歩み寄ってきた。


「なんです、そのだらしない格好は」


 ヴィスタからだと、アラーナは椅子を反転させ、背もたれに胸を預けて上端に顎を乗せているように見えた。

 実際はアラーナと背もたれのあいだに陽一がいるのだが、椅子が大きいおかげで彼の姿は正面から見えない。


(うぷ……苦しい……)


 露わになった胸元を正面から見えなくするため、アラーナは椅子へと身体を押しつけたが、そのせいで陽一の顔は胸に埋もれることになった。


「いいではないか、どんな姿勢で仕事をしようが私の勝手だ」

「まぁ、そうかもしれませんが……」


 近づいてくるヴィスタの足音と乳房で圧迫された呼吸のせいで、陽一は自身の心拍数がどんどん上がっていくのを感じた。

 いまの姿を見られ、ウィリアムに報告されるのはまずい。

 いくら娘の男女関係におおらかな父親であっても、自分が愛用している仕事道具の上でいたされたと知ったら、さすがに怒るだろう。

 とにかくヴィスタが去るまで、陽一は下手なことをせず文字どおり息を止めてやり過ごすのだった。


○●○●


 訓練と事後処理、アラーナの手伝いなどを行ないながらも、たまに空き時間ができたときに、陽一はサマンサの工房を訪れていた。

 武器の強化については、ほぼ彼女任せでもいいのだが、たまに陽一の意見が必要になるようで、行けば大抵質問攻めに遭った。

 時間があれば彼女の作業を手伝うこともあるのだが、この日は武器の改良ではなく、サマンサの商品開発を手伝っていた。


「やっぱり、実物のほうが、いいね……」

「そりゃどうも」


 最初のころは商品開発のついでにさせられているようで、少々複雑な気持ちを抱いていた陽一だったが、何度も繰り返すうちに慣れてしまった。



 また別の日、ひと仕事終えた陽一は、『グランコート2503』に【帰還】した。

 玄関を抜けてリビングに入ると、室内灯とテレビがつけっぱなしになっていた。


「あれ、消し忘れ……いや、花梨かりんか」


 いつもなら家を出る前にちゃんと確認しているのだが、今日は花梨がこちらに残るというので、そのまま出てきたのを思い出した。


 花梨もまた、魔物集団暴走スタンピードのあと始末をいろいろと頑張っていた。

 実里のように魔法や魔術があまり得意ではない花梨だが、体内の魔力操作に優れており、身体能力の強化などが得意なので、力仕事を任されることが多かった。


 魔力による身体強化があるおかげで、異世界では女性が力仕事をすることも少なくないのだ。


 また彼女は、アラーナの祖母であり、魔術士ギルド前ギルドマスターであるフランソワを慕うようになり、よく彼女のところへ顔を出していた。

 弓の名手であるフランソワから、弓術の手ほどきを受けることもよくあるようだ。


 この日は勤めている会社に用があるということで、日本にいるということだった。


「ん?」


 テレビの音声に紛れ、なにか別の音が聞こえた。

 じっと耳をすましていた陽一は、音の正体に気づくと、寝室の扉を見てニヤリと笑った。

 セレスタンとの訓練で、隠密行動に役立つ歩き方や動き方も教わっていた陽一は、足音を殺して寝室に近づき、静かにドアを開けて中を覗いた。


 花梨が『ヨーイチくん2号』を使ってお楽しみ中だった。


 この作品はすでに試作を終え、売り出されていた。

 錬金鍛冶師サム・スミスの自信作ということで、かなりの値がついたが、一部の富裕層や魔物集団暴走スタンピードで荒稼ぎした女性冒険者のあいだでそこそこ売れているらしい。

 ちなみに花梨を含むトコロテンのメンバーは、モニターということで無料で譲られていた。


『こんなの渡されてもこまるんだけど?』

 

と苦笑いを浮かべていた花梨だが、しっかりと活用しているようだ。


「よう、楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ」

「ひゃぁっ!? よ、陽一!?」


 突然声をかけられた花梨は、驚きのあまり間抜けな悲鳴をあげてしまう。


 しばらく抗議し、抵抗していた花梨だったが、結局なし崩し的に陽一を受け入れるのだった。

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