錬金鍛冶師サム・スミス6

 ――ぉー!! ……もぉー!!


「ん……なんだ……?」


 陽一が身体を起こすと、そこはベッドの上だった。


「あぁ……あのあとサム……いや、サマンサが起きなくて」


 セックスのあと意識を落とした彼女の眠りは深く、起こそうとしても起きなかった。

 連日の作業で疲れがたまっていたところに、あの激しい初体験とあっては仕方がないのだろう。


 陽一は衣服などを【無限収納+】で綺麗にしたあと、濡れタオルやウェットティッシュなどを使ってできるだけ肌に付着した体液をぬぐってやった。

 そして寝室に運んだあと、彼自身もその隣に潜り込んで眠ってしまったのだ。


 ちなみに行為の最中に請われたことで、陽一はサムをサマンサと呼ぶようになった。


「たのもぉー!! だれかおらぬかぁー!?」

「……って、この声、アラーナ!?」


 ガバッと起き上がった陽一が隣を見ると、サマンサの姿はなかった。


「おーい、入るぞー! サムー? ヨーイチどのー?」


 そうこうしているうちにアラーナの声が近づいてくる。


「まずいまずいまずいまずい……!」


 なにがまずいのかよくわからないが、陽一はベッドから飛び下り、【無限収納+】から綺麗な服を取り出して着替え、寝室のドアを開けた。


「や、ヨーイチ殿」

「陽一おはよー」

「あ、陽一さん、おはようございます」


 ドアを開けたところに、アラーナ、花梨、実里がいた。


「や、やぁ、おはよう……」

「うむ……。ときにヨーイチ殿……?」


 軽く挨拶を終えたアラーナがちらり室内を覗き、ジト目になる。


「なぜヨーイチ殿が寝室から出てくるのだ? しかも客間ではなく、彼女の」


 勝手知ったるなんとやら。


 サマンサと懇意にしているアラーナは彼女の許可を得て自由に出入りすることができ、何度も訪れたスミス邸の間取りを覚えていたのだった。


「あ、いや……その……」


 さらに、アラーナはスンスンと鼻を鳴らす。


「それにこの匂いは……」


 行為を行なったのは工房だったが、そのあとシャワーも浴びずに寝室に入ったのだ。

 ぬぐいきれなかった汗やほかの体液の匂いが残っていてもしかたがないだろう。


「えっと……なんといいますか……」


 陽一がうろたえるなか、実里がアラーナの袖をクイクイと引く。


「だって、しょうがないよ。陽一さんだもの」


 その言葉を受け、アラーナは大きく息を吐いた。


「はぁー……。そうだな、ヨーイチ殿だからな……」

「ふふん、陽一も随分たくましくなったことで」


 ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた花梨が追い打ちをかける。


「うぅ……面目ない……」


 なにやら随分な言われようだが、反論の余地なしと諦め、小さく呟いてがっくりとうなだれた。


「できたー!!」


 そんななか、邸内にサマンサの声が響き渡る。

 顔を見合わせた4人は、声のするほうへと歩いていった。

 そして扉の開け放たれた工房内に、汗だくで作業していたであろう錬金鍛冶師の姿があった。


「ぶほっ!?」


 そして彼女が満足げに掲げている、おそらくは製作物であろうものを目にし、陽一は思わず吹き出してしまう。


「やぁ、ご無沙汰しているな」

「ん? あー、アラーナじゃないかっ!」


 声をかけられたサマンサがアラーナの存在に気づき、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「おっと、ヨーイチくんもおはよう!」

「お、おう……」

「それと……」


 陽一にも朝の挨拶を済ませたサマンサが、花梨と実里を見て首を傾げる。


「ああ、花梨と実里だ。俺たちの仲間だよ」

「そっか、ヨーイチくんの」

「花梨です、よろしくね」

「あの、実里です。よろしくお願いします」

「うん、よろしくねー! ボクはサム。錬金鍛冶師のサム・スミスだよ」

「「え……?」」


 サムの答えに花梨と実里は驚き、陽一は思わず苦笑を漏らす。


「彼女の名前はサマンサ。サムは愛称だよ」

「サマンサ……?」

「あー……なるほど……」


 陽一の説明に花梨は頷いたあと申し訳なさそうにポリポリと頭をかき、実里は納得の表情を浮かべると少し照れたようにうつむいた。


「ごめんね、サムさん。てっきり男の人だとばかり……」

「わ、私も……」

「あはは、大丈夫だよ。一見いちげんさんに舐められないよう、ある種わざとみたいなところはあるから」

「ふむ、そういえばふたりには言ってなかったか。しかし、先ほどヨーイチ殿がサムの寝室から出てきたとき、なにやら納得していたふうだったが?」

「いや、お手伝いさんとか、娘さんとかとしちゃったのかなー的な?」

「あとは、その……奧さん……とか?」

「おいおい! いくら俺でも不倫はしないぜ!?」

「そ、そうですよね! ごめんなさい……」

「気にしなくていいわよ、実里。日頃の行ないもあるしねー?」

「う、うるせー」


 女性関係が派手になり始めたのはここ最近のこと、それこそあのトラック事故以来だ。

 それ以前の陽一はというと、花梨とつき合うまでは女性経験などなく、彼女と一度別れて以降はもっぱら風俗通いだったので、決して女性にだらしないとはいえないだろう。

 が、そのことを訴えたところで大して弁明にはならないだろうと陽一は口をつぐむことにした。

「ふっふーん、ヨーイチくんのお仲間ねぇ……」


 サマンサが、どこかいたずらっぽい笑みを花梨と実里に向ける。


「この子への反応を見る限り、ボクともお仲間っぽいのかなぁ……?」

「あ、あはは……」

「え……いえ、その……」


 そう言ってサムは、手にしたものをわざとらしく誇示した。


「なぁ、サム。それは張形ディルドではないか?」

「そだよー。ってか、アラーナもお仲間?」

「むぅ……」


 そう、腕利きの錬金鍛冶師が先ほどから手にしているのはディルド、すなわち男性器を模した女性向け愛玩具である。

 そしてからかうようなサマンサの口調に、アラーナは顔を赤らめて言葉に詰まらせた。


「そっかぁ、あの姫騎士がねぇ……」

「む、よいではないか、べつに。そんなことよりそれは」

「ん?」

「その、モデルになっているのは、もしや……」


 言いながら姫騎士はさらに顔を赤らめ、ディルドを見ながらときおりチラチラと陽一に視線を向ける。


「あたしも気になってたんだよねぇ」

「うん……その、見覚えがあるっていうか……」


 同じく花梨と実里も少し照れたように、ディルドと陽一とを交互に見る。


「うふ、お察しのとおりだよ」


 そして錬金鍛冶師サム・スミスは、まるでひと振りの名刀を誇るかのようにそのディルドを高らかに掲げた。


「名づけて『ヨーイチくん2号』!!」

「「「おおー!!」」」


 感心する女性陣に対し、陽一は額に手を当て、天を仰いだ。


「ふふふ、見た目や大きさだけじゃないよー。ほら、触ってみて」

「おお、これは……!? さわり心地や質感まで、まさにヨーイチ殿!!」

「それはそうさ! なにせ痛みに耐えながらくまなく包み込んで完璧に【解析】したものを再現したんだからね!」


 そういえば……と、陽一は行為の様子を思い出す。

 どうやら彼女はなんらかのスキルを使って陽一のモノを測っていたようだ。

 さすが腕利き錬金鍛冶師と褒めるべきだろうか……。


「ありゃ、なんだかちょっと温かい……?」

「そこもがんばったんだぁ。形や大きさ、さわり心地が完璧でも、人肌の温もりがないとね」

「ふむう……使用者の魔力で温度調整をするのか。なんという粋なはからいであろうか」


 なにその無駄な機能……と陽一は心の中で呟きながらも、あえて言葉にはしなかった。


「あの、これって振動したり回転したりは……?」

「振動っ!?」

「回転……だと……?」

「あ……ごめんなさい、べつに、なんでも――」

「「詳しくっ!!」」


 なんとなく口にした言葉に予想以上の食いつきを見せられた実里は、少々戸惑いながらも元の世界にあるバイブレーターの基本的な仕様を簡単に説明した。


「なるほど……道具だからこそ、あえてリアリティを追求するんじゃなく、本物にもできないことを……」

「ヨ、ヨーイチどのが……なかで、ぶるぶる、ぐるぐる、ゆらゆら……」

「あ、あたし、そういうの使ったことないから……ちょっと興味あるかも……」

「えっと……わたし、余計なこと、言っちゃった……?」


 そんな女性たちの様子に、これ以上つき合いきれないと断じた陽一は、静かにその場をあとにした。



 後年、メイルグラード発の女性向け愛玩具『ヨーイチくん』シリーズは大陸全土の女性たちを虜にするのだが、それはまた別の話。


――――――――――

お読みいただきありがとうございます。

ここまでがオシリス文庫版7巻相当となっております。

先行している書籍およびノクターンノベルズ版では『ヨーイチくん』シリーズが大活躍しておりますよー


更新再開までまた少しお時間をいただきますが、引き続きよろしくお願いします。

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