錬金鍛冶師サム・スミス4

「えーっと、この素材で耐久力が足りないってことは……」


 サムは手にした拳銃の部品を丁寧に観察していた。


 彼女の手元には拳銃が2丁用意され、片方はそのままの形で、もう片方は分解されて部品ごとに分かれている。


 何度も分解と組み立てを繰り返しながら【物質鑑定】によって隅々まで解析し、すでに使われている素材などを把握していた。


「同じ素材で魔力が含まれてればいいってわけでもなさそうだね、うん。ヨーイチくん、悪いけど……」


 陽一はサムの指示に従って工房内の棚から金属のインゴットをいくつか運んだ。


「ありがと。んー、メインは鋼鉄でいいとして、アダマンタイトとミスリルを混ぜる比率だよなぁ……」


 そう言いながら頭をひねるサムはすでに汗だくになっていた。


 今回はすべて魔法による加工を想定していたため、炉の火は落としているのだが、それでも密閉された空間で作業を行なっていると室温が上がってしまうのも無理はない。

 陽一の指示で水分補給はこまめに行なっているが、換気はほとんどしていなかった。


 かなり広い工房のため陽一らふたりがまる一日過ごしたところで酸欠になるようなことはないので、1日の作業終わりに窓や扉を開け放っておけば、次の日は一切換気をしなくても問題はない。


 作業前に〈浄化〉もしっかり行なっているので、空気が悪くなるということもほとんどないが、室温だけはどうしようもないのだ。


「すごいな、魔法みたいだ……」


 サムの作業を見て額の汗をぬぐいながら陽一が呟く。


 もともとただのインゴットだった複数の金属が粘土のように形を変えて混ざり合い、合金になったところで銃の部品へと形を変えていく。


「ふふ、魔法みたいじゃなくて、魔法なの」


 サムの言うとおり、これは魔法だった。


 なにかしらの効果を確約された魔術ではなく、サムの意思を自在に反映する魔法であり、鉱物を錬成しているためこの世界では錬金術と呼ばれるものだ。


「っく……はぁ……はぁ……」


 金属の変化が止まる。

 苦しそうに肩で息をするサムの身体を、陽一はタオルで拭いてやった。


「ん、ありがと……」


 いざ錬成の工程に入ってしまうと陽一に手伝えることはなくなってしまう。

 なので、彼女の作業が一時中断されるたびに汗まみれの身体を拭いてやったり、水分補給を促したりしていた。


「あー、だめだぁ……。もうほとんど魔力がなくて頭がクラクラしてきたよ」


 効果が限定されている魔術と異なり、自由自在に効果を発揮できる魔法はそのぶん魔力消費が大きい。

 昨日も結局サムの魔力が途中で切れ、半日ほどで作業を終了した。

 それからまる一日近く眠って魔力の回復を図ったが、全快とはいかないうえに、工程が進んで精密な作業が増えたことによって消費魔力は増える一方だった。


「まぁそう急ぐもんでもないし、ゆっくり休みながらやろうぜ」

「むー、ボクが早くしたいの! それに、こんな中途半端なところで終わるのもいやなんだよねー」


 そこでふと、サムは真顔になって陽一を見た。


「ねぇ、ヨーイチくんって、魔力は操れないけど持ってはいるんだよね?」

「おう、ありあまるほどにな」

「そ、そっか……」


 そう言って、サムは少し緊張した面持ちでごくりとつばを飲み込んだ。

 頬が先ほどよりわずかに紅潮しているのは、室温のせいだろうか。


「た、体液を介した……その……」

「……魔力譲渡か?」


 一時途切れた言葉を陽一に続けられたサムは、一瞬大きく目を見開いたあと、恥ずかしそうに視線を逸らした。


「あはは、知ってるんだね……」

「お、おう……何度かしたことはあるからな」


 言いながら陽一は、過去に花梨や実里、アラーナ、そしてシャーロットに行なった魔力譲渡のことを思い出した。


「じゃあ、いいかな……?」

「あ、いや……その……サムさえ、よければ……」


 体液を介した魔力譲渡を提案され、陽一は動揺しながらも股間を硬くした。


「うん、じゃあ、その……失礼します……」


 お互いに向かい合ってあぐらをかいていたふたりだったが、サムのほうが前屈みになり、ゆっくりと陽一のほうへはいよる。

 そうやってふたりは少しずつ距離を縮めて、お互いの耳に相手の荒い息遣いがはっきりと聞こえるところまで接近した。


「はぁ……はぁ……ん……れろ……」


 そして陽一の首元に顔を近づけたサムは、舌を伸ばして彼の首筋をなめた。


(……え?)


 ぺろぺろと首筋を舐め始めたサムに驚いていた陽一だったが、ふと魔力譲渡の条件を思い出す。


(そっか、汗でも……)


 濃度の差あるものの、身体から分泌される体液には魔力が含まれている。無論、汗であってもだ。

 花梨たちとは最も効率がいい魔力譲渡を行なっていたが、なにもセックスをしなければならないということはないのだ。


「れろ……れろ……」

(とはいえこれはこれで……)


 首筋にくすぐったさを感じながら、陽一はただされるがまま耐えていた。


「れろ……うん、ちょっとは回復したね。ありがと」


 そういってサムが離れるのを少し残念に思いながら、陽一は無言で頷いた。


「じゃ、作業に戻るね」


 そこからは少し作業を行なってはサムが陽一の汗を舐めるという動作がかなり頻繁に繰り返された。

 なんといっても汗による魔力譲渡は効率が悪い。

 回復量も少ないのだろう。


「れろれろ……んー、これじゃらちがあかないなぁ」


 首元に顔を埋めていたサムが少し離れる。

 何度も行為を繰り返すうちに最初のような照れがなくなっていた錬金鍛冶師の顔に、ふと羞恥の色が差した。


「あの、さ……汗よりも、その、唾液のほうが効率がいいんだけど……」


 額や頬に汗を浮かべ、うるんだ瞳を上目遣いに向けてくるサムに、陽一は優しく微笑んでやった。


「さっきも言ったけど、サムさえよければ俺はいいよ」

「そっか……うん。じゃあ、あの……目は、閉じてくれるかな?」

「ん?」

「なんていうか、してるときの顔、見られるの恥ずかしいから……」

「ふふ、わかったよ」


 陽一が余裕ありげに返したのが気に入らなかったのか、サムは軽く口をとがらせた。


「こ、これはあくまで魔力譲渡のための行為なんだから……。それ以外の意味はないんだからね?」

「わかってるよ。さぁ……いつでもどうぞ」

「むぅ……」


 しかし陽一が目を閉じてしばらくたっても、なにも起こらなかった。


「ヨ、ヨーイチくん……?」

「どうした? 目はちゃんと閉じてるぞ?」

「うん、わかってる。わかってるよ……。でも、その……」

「なに?」

「そっちから、きてくれるかな……?」


 その言葉に陽一が目を開くと、サムが不安げな視線をこちらに向けていた。


「んっ!」


 そして陽一と目が合うと、ぎゅっとまぶたを閉じて口を突き出した。


「ふふ……」


 その姿をかわいらしく思いながら、陽一は彼女の首に手を回して軽く引き寄せながら顔を近づけ、唇を重ねた。


「んむ……んん……んっ!? んはぁっ!! はぁ、はぁ、ちょっと、いきなりなにするのさ!?」


 唇を重ね、舌を入れようとしたところでサムは目を見開き、慌てて陽一から離れて抗議の声をあげた。


「なにって、唾液の譲渡だろ?」

「え、いや、そうなんだけど……いきなり、大人のチューなんてされたら……」

「いやいや、これはただの魔力譲渡で、それ以上の意味はないって言ったのはサムのほうじゃないか」

「あぅ……それは、そうなんだけど……」


 そうやって言葉をつまらせるサムは、恥ずかしげにうつむいていたため陽一の表情を見ることができないでいた。

 もし彼の顔を見ていれば、半分からかわれていることに気づいただろう。


 先ほどの態度からサムがこういったことに馴れていないことはなんとなくわかったので、陽一は少しわざとらしく舌で彼女の唇をこじ開けて驚く様子を楽しんでいたのだ。


「えっと、嫌なら無理にしなくてもいいぞ? さっきも言ったけどそんなに急いでるわけじゃないから、休みながらでもいいわけだし」


 しかし思いのほかサムがうろたえてしまったので、陽一は少しばかり罪悪感を覚えてしまった。


「んん、大丈夫……うん、これはただの魔力譲渡だから……」

「いいのか?」

「うん……、でも、今度はボクからするから、ヨーイチくんは目を閉じててくれるかな?」

「わかった。俺のことは気にしなくていいから、そっちのタイミングできてくれ。無理なら無理って言ってくれていいからな」


 そう言って陽一は目を閉じた。

 しばらく無音の時間が続いたが、やがてサムの息遣いが荒くなってくるのが聞こえてきた。

 テンポの速い呼吸音が、少しずつ近づいてくる。

 そして、鼻に軽く息がかかり、ほどなく唇に柔らかいものが触れた。


「ん……」


 ただ唇同士が重なる時間が、1分ほど続いた。

 激しい呼吸音が少しずつ落ち着いてくる。

 そして一度大きく息を吸ったあと、サムは呼吸を止めた。


「んぁ……」


 その直後、わずかに開いた唇の間から、サムの舌が出てくる。

 舌先が自身の唇に触れたのを感じた陽一は、それを迎え入れるように軽く口を開いた。

 おっかなびっくりに口内へ侵入してきたサムの舌に、軽く自分の舌を絡めてやる。


「んぁ……」


 ピクンとサムの肩が震えたが、彼女は逃げることなくそのままさらに舌を深く入れた。


 そしてふたりは互いの舌を絡め合い始めた。

 ほどなく陽一のほうから舌を出し、今度はサムの口内を舐め回し始める。

 唾液による魔力譲渡というならば、陽一の側から攻めたほうが効率がいいだろうとの思いもあったし、サムのほうでもその意図に気づいたようだった。


 こわばっていたサムの身体から適度に力が抜け、ぎこちなかった舌の動きもなめらかになってくる。

 そうやってぴちゃぴちゃと水音をたてながらの濃厚なキスは、5分ほど続いて終わりを迎えた。


「んちゅる……れろ……んはぁ……はぁ……はぁ……」


 顔を離したサムは舌先を出したまま半開きとなった口の端からわずかによだれを垂らしながら、潤んだ目を陽一に向けた。


「……で、どうだった?」

「ん、すごかった……。なんか、頭がぽーっとして……」

「いや、そうじゃなくて魔力は?」

「へ?」

「魔力、回復したの?」

「あ……あー、魔力? あ、うん、魔力ね……えっと……あ、すごい」


 陽一に指摘されてあたふたしたサムだったが、胸に手を当て、自身のうちにある魔力を感じたのかすぐに落ち着いた。


「うん、やっぱり汗を舐めるよりずいぶん効率がいいみたいだね」


 そうやってニッコリと笑ったサムは、もう錬金鍛冶師の顔に戻っていた。

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