錬金鍛冶師サム・スミス3

 撃鉄がカチンっと虚しい音を立てる。

 

「……失敗かぁ」


 陽一の構えたリボルバーから試作の銃弾が発射されず、サムはがっくりと肩を落とした。

 こちらの素材で銃弾を作るべく、ここ数日陽一はスミス工房に泊まり込んでいた。


 もしこれが成功すると、異世界での銃の威力は劇的に上がるはずである。

 アラーナたちには申し訳ないが、いまは依頼よりもこちらに専念させてもらうことにした。


 とりあえず作ってもらうことにしたのは、試射で使った44口径リボルバー用で、構造の単純なフルメタルジャケット弾。

 素材は元の世界と同じ銅合金と鉛をこちらの世界で用意してもらった。


「えっとまずは鉛を……これくらいかな」


 鉛の大きな塊から必要な分量が抽出され、サムの手のひらで小さな粒を形成する。


「で、形は……こう、と」


 いびつな塊が少しずつ整えられ、半楕円体となった。

 本来であれば高度な科学技術を元にした工作機械がいくつも必要な銃弾の作成を、サムは魔法で代用していく。


 こういった金属加工の魔法全般をこの世界では錬金術と呼ぶ。


「ハンマーでカンカンやんないの?」

「必要ならやるけど、これはそういうものじゃないだろう?」


 鋳造や圧縮などの作業はどうやら錬金術のみで行なうほうが効率がいいらしい。


「問題は火薬だよねー」


 魔法やそこから派生した魔術、あるいは魔道具という技術が発達したこの世界で、火薬が使われることはまずない。

 使われないものは手に入れようがないので、別のもので代用する必要があった。


「この魔石粉自体は燃えないんだよなぁ?」

「粉にしたところで魔石は魔石だからね」


 サムが代用品として思いついたのは魔石を粉にした魔石粉というものだった。


 魔物の心臓に宿っている魔石は、この世界における貴重なエネルギー源である。

 この世界で家電のように使われている魔道具の燃料となるものだ。

 それを粉にしたものを、サムは火薬の代わりに使うことにしたのだった。


 ただ、魔石というのは純粋なエネルギー体ではあるのだが、火にくべて燃えたりするようなものではない。

 魔石からエネルギーを抽出し、なんらかのかたちで効果を発現させるためには、そういう魔術を道具などに仕込まなくてはならない。


 そこでサムは、銃弾の底に爆発の効果を持つ魔法陣を刻み、撃鉄による衝撃で発動させる仕組みを考えた。

 その爆発のエネルギー源となるのが、銃弾に詰めた魔石粉というわけである。


「よし! 今度こそ大丈夫……な、はずだよ!!」

「わかった」


 額に浮かべた汗を拭いながら差し出された1発の銃弾を陽一は手に取り、リボルバーに込めた。

 そして銃口を半透明な直方体の物体に当てる。


 これはスライムの素材で作られた、物理耐性や衝撃吸収効果のある物質であり、試し斬りなどに使われるものを銃弾の試射用に成形し直したものだった。


「いくぞ」


 引き金に指をかける。

 するとその直後、陽一の脳内に警告音が鳴り響いた。


《暴発の恐れあり》


 銃をメインに使う陽一にとって、暴発や弾づまりは命取りとなるので、その可能性があるときは警告を発するよう【鑑定+】に設定していたのである。


「どうしたの? 撃たないの?」

「あー、これこのまま撃ったら暴発するわ」

「暴発?」

「たぶん、銃弾の威力に銃本体が耐えられないんだと思う」

「あー、そっかぁ……。っていうか、それ撃つ前にわかるの?」

「うんまぁ…………あ」


"撃つ前にわかる"というサムの言葉に、陽一は己の失策を悟る。


「もしかして、毎回わざわざ試し撃ちしなくてもよかった、とか?」

「……だな」

「あはは……」


 陽一の返答にサムは力のない笑みを漏らし、肩をすくめた。


「……ごめんな」

「ま、いいよ。ここまで楽しかったし」


 吹っ切れたように息を吐いたサムは、ぐぐっと体を伸ばす。


「そっかー、よくよく考えればそうなるよねぇ……」


 銃の強度はそのままで弾の威力が上がれば、銃のほうが耐えられなくなってしかるべきだろう。


「じゃあ本体から作ってみますか!」

「……できるの?」

「ふふん、もっちろん!」


 陽一の問いかけに、サムは薄い胸を反らして答えた。


「じゃあ手間かけさせて悪いけど、頼むよ」

「なんのなんの。むしろこっからが楽しいんじゃない! あ、でも……」


 楽しそうに笑いながら言ったサムがふとなにかを思いついたように真顔になった。


「報酬ははずんでくれるんでしょ?」

「ああ、もちろん」


 少しいたずらっぽい笑みを浮かべてウィンクをするサムに、陽一は軽く苦笑を漏らした。

 魔物集団暴走スタンピードの報酬があるので、この件で金に糸目をつける気はない。


「さーて、そうと決まれば……」


 一度軽く伸びをしたあと、サムはハーフエプロンなど青い装飾品を外し始めた。


「おいおい、いきなりどうした?」

「ん? あぁ君も魔道具なんかを装備してるんなら外してね」


 言いながらサムは、近くに転がっていた用途不明の台に腰かけると、ミニスカートの裾から手を入れ、黒タイツを脱ぎ始める。


「んー、うまく脱げないなぁ……。ちょっとそっちから引っぱってよ」


 汗ばむ肌に貼りついているのか、少し苛立ちながら半分あたりまでタイツを脱いだところでサムがそう提案し、陽一は動揺を露わにした。


「いや、だから急になんだよ?」


 これまで作業に没頭していたあいだは気にしていなかったが、言うまでもなくサムは女である。

 装飾品を取り外す程度ならともかく、タイツまで脱ぐとなるとさすがに意識せざるを得ない。


 実際めくれたスカートの陰から、思ったよりも形のいいお尻と黒いショーツがチラリと見えた瞬間、陽一は下半身に血が集まるのを感じてしまった。


「なにって、魔道具を外してるんじゃないか」


 聞けば彼女がいま脱いだものはそれぞれ温度や湿度を調節する効果があったり、飛び散る火花などを防ぐ効果があるものだという。


「いや、それ外したら危険じゃないの?」

「そりゃ危険だけどね。でもいまからやるのは新しい魔道具の開発だからさ」

「……だから?」

「もぉーわっかんないかなぁ。魔道具を身につけてたら魔術効果が干渉し合うかもしれないだろう? だから魔道具を開発するときはそういうのを避けるために余計な装備は全部外すの! これ錬金鍛冶師の常識!! わかった?」

「あー、はい」

「だったら早く、ほら!」

「はいはい」


 内心の緊張を隠すように少しぶっきらぼうな態度で応じながら、陽一は膝の半ばまで脱げたタイツに指をかけ、引っぱっていく。

 少しずつ露わになっていく汗の滲んだ白い脚からは、甘酸っぱい匂いが漂っていた。


「ん、もう大丈夫」


 片脚を完全に脱がし、もう片方もくるぶしまで脱がせたところでそう言われたので、陽一は手を離した。


「さ、キミも脱いだ脱いだ」

「お、おう」


 サムに促されて陽一は自身の作業服を脱ぎ始めた。

 下着は日本製だがその上に着ている服はカトリーヌの店で買ったもので、なにかしらの魔術効果が付与されている可能性がある。

 陽一はさっと脱いで収納し、代わりに日本で買った作業着を取り出して着直した。

 女性の前で服を脱ぐということに抵抗――下着姿を見られることへの羞恥心というより見せることへの申し訳なさ――がないわけではないが、サムのほうが気にしてないようなので陽一もそのあたりはあまり気にせず手早く着替えた。


「あれ、【収納】持ち? じゃあとりあえずボクのもしまっておいてよ」

「お、おう」


 まだ少しサムの体温が残るタイツなどをひとまとめにして渡された陽一は、少しうろたえながらもそれらを【無限収納+】に入れた。


 さらにサムは窓や扉を閉め切り、工房に設置された特殊な空調の魔道具を使って工房内を〈浄化〉したうえで停止させた。

 これは魔道具開発時に不純物が混じったりするのを防ぐための措置らしい。


「準備完了! さぁ、始めようか!!」


 腰に手を当てて胸を張り、元気よく宣言したサムの額には、すでにわずかながら汗がにじみ出ていた。

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