錬金鍛冶師サム・スミス2

「なるほど、コイツに魔力吸収の効果をね……」


 サムは陽一から受け取った短剣をまじまじと見ながら呟いた。


 形状はサバイバルナイフに近い厚手の片刃で、刃渡りは20センチほど。

 セレスタンから受け取ったグラビタイトを含む短剣は、このサイズでおよそ10キログラムとただでさえ重いのだが、魔力を流し込むことで最大約100キログラムまで重量を増やすことができる。


「しかし、その細腕でそれをよくひょいひょい持てるよなぁ」


 結構な重しをつけたダンベル並みの重量を誇るその短剣を、サムはまるで普通のサバイバルナイフのように扱っていた。

 ちなみに陽一のサムに対する口調だが、最初は高名な錬金鍛冶師ということで丁寧に接していたものの、本人が嫌がったので気安いものとなっている。


「ふふん。ボクにはドワーフの血が流れているからね」


 サムの両親だが、父親がドワーフ、母親がエルフであるらしい。

 金属を含む鉱石の加工を得意とし、膂力りょりょくに優れたドワーフと、魔法の扱いに優れたエルフ、その両方の特性をサムは受け継いでいるため、錬金術と鍛冶技術を融合した錬金鍛冶師というこの世界でも珍しい職に就くことができた。


 鉱物加工に関しては誰にでも使える魔術として確立するのが困難であり、物理的な方法で加工するか、個人の才能や技術に大きく依存するによって加工するのが一般的である。

 物理的な方法で鉱物を加工する技術者は鍛冶師と、魔法で加工する者は錬金術師と――あくまでこの世界では――呼ばれる。


 サムのように物理的な膂力に優れ、かつ魔法の扱いを得意とする者は少ない。


「ねぇ、普段キミはどうやってこの短剣を構えるの?」

「えっと、こうやって逆手に持つか、順手に持つか、って感じかな」


 サムから返された短剣を実際に構えてみせる。


「なるほど……ちょっと貸してくれる?」


 再び短剣を手渡すと、サムは作業台からペンを取り、柄の背の根本――刃の峰の延長線上にある鍔と柄の境目あたり――と、柄頭に丸い印をつけた。


「こことここに親指を当てることはできる?」


 ひょいと返された短剣を持ち、試してみる。


「ああ。親指を軽く動かせばいけるね」

「そっか、じゃあそこに陣を刻めば…………あ、込める魔力は調整できるんだっけ?」

「んー、たぶん無理」

「そしたら触れているあいだ魔力を吸収し続けて、離せば止まるようにすればいいかな、うん」


 どうやら加工の方針は決まったようである。


「じゃ、しばらく預からせてもらうよ」


 改めて陽一から受け取った短剣を作業台にゴトリと置くと、サムは陽一に向き直る。


「ところでキミさぁ」


 そして怪しげな笑みが口元に浮かんだ。


「面白い武器を持ってるらしいじゃない」

「あ、えっと、あれは……その……」

「見せてよ」


 そう言って手を出し、陽一を見るサムの目の奥に、ゆらゆらと炎が揺らめいているように見えた。


「しょうがないな。じゃあ……」


 陽一の持つ現代武器に関して、見聞きしたことを決して人に話さないよう釘を刺すと、サムは胸に自身の手を当て、陽一の前に片膝をついてうつむいた。


「父と母の血にかけて、秘密は守ると誓うよ」

「えっと……うん、そこまで言うなら」


 古来エルフもドワーフも血統を重んじてきた。

 時代が進み、多種族と交配することも多くなった昨今であっても、自身の血に誓うという行為は最大級の誓約とされていた。

 ――ということを【鑑定+】で確認した陽一は、サムの望みに応えることにした。


「えへ、ありがと!」


 顔を上げ、嬉しそうな笑顔を向けられた陽一は、一瞬ドキリとしたが、そんな胸の高鳴りをごまかすように【無限収納+】から1丁のリボルバーを取り出した。


 暴発を防ぐため弾は抜いてある。


「へええ! 変わった形の武器だねぇ!!」


 サムはおもちゃを与えられた子供のように、リボルバーを観察し、カチャカチャと触り始めた。

 そしてひととおり見終わると、それを陽一に返す。


「ねぇ、実際に使ってみてよ」


 スミス工房の裏庭には、武器の出来具合を試すちょっとした広場があった。

 そこでサムは、弓矢など遠距離攻撃武器の試し射ちに使う標的用のゴーレムを用意する。


「これくらいの距離なら大丈夫?」

「おう。問題ない」


 標的までの距離はおよそ10メートル。

 元の世界にある一般的な射撃場とほとんどど変わらない距離である。


「じゃ、やって」


 キラキラと期待のこもった視線を向けられた陽一は、軽く苦笑をもらしつつ、【無限収納+】から44口径の銃弾を1発取り出し、薬室に込める。

 ガチャリとシリンダーを戻し、標的に銃口を向けて構え、撃鉄を起こし、引き金に指をかけた。

【鑑定+】で弾道を予測し、標的に命中するよう角度を調整した陽一は、ちらりとサムに目を向けた。


「デカい音がするから、耳塞いで」

「あ、うん。わかったよ」


 緊張しているのか少し顔をこわばらせていたサムは、陽一の言葉を受け、慌てて両手で耳をふさいだ。

 それを確認した陽一は、再び標的に目を向け、サムもその視線を追った。


 ――ドゥン!!


 轟音とともに放たれた鉛の弾丸は、次の瞬間には土製の標的用ゴーレムに命中し、その頭部を粉砕した。


「……すごい…………。すっごーい!!」


 そう言って嬉しそうに飛び跳ねたサムが、好奇心と期待のこもった目で陽一を見上げた。


「ねぇねぇ! なにがどうなってああなったの!?」

「あー、えっとだな」


 そこで陽一は新しい銃弾を取り出し、サムに見せた。


「これは銃弾っていうんだけど、このケツのところに衝撃で爆発する薬剤が入ってて……」


 魔法という概念があるこの世界では火薬があまり知られていないということを思い出しながら、陽一は説明を続けた。


「これをここに入れたとするだろ?」


 暴発を防ぐため、実際に弾は込めずに説明を続ける。


「ふんふん」

「で、コイツをここにカチッとはめて」


 倒していたシリンダーを本体にもどす。


「ほうほう」

「で、こいつをこうやって起こしてだな」


 親指でカチリと撃鉄を起こす。


「うんうん」

「この引き金を引くと」


 ――カチンッ!!


「わわっ!?」

「こんな感じでハンマーが薬剤の入った銃弾のケツをぶっ叩いて爆発するわけだ」

「ほおおー!」

「すると銃弾がその衝撃でこの筒の中を通って、先端から飛んでいくってわけ」

「なるほどー!!」


 陽一が銃弾を渡してやると、サムは嬉しそうにそれをいろいろな角度から観察していたが、やがて表情が曇り、そして首をかしげる。


「おかしいね……」

「なにが?」

「えっと、これがあの速度で標的に当たったにしては、威力が弱すぎる……」

「それはだな……」

「あー! これ、魔力が全然混じってないの? え、なんで!?」


 この世界にはあらゆる物に魔力が宿っているが、陽一の世界には魔力というものが存在しない。

 ゆえに陽一の世界で作られたものには魔力が一切宿っておらず、そのせいで威力が弱まってしまうのだ。


「ってか、見ただけでよくわかったな」

「ボクは錬金鍛冶師だよ? 【物質鑑定】くらいはお手のものさ」


 ふふんと胸を張るサムだったが、すぐに表情を改めて銃弾の観察に戻る。


「二重になってるのは……そうか、殻みたいなのが残って中身だけが飛んでいくのか。うーん、でもなんでわざわざ魔力を……? 普通に作ったほうが威力は上がるのに……」


 そのサムの言葉に、陽一はあることを思いつく。


「なぁ、サム」

「んー?」

「サムなら、それと同じものを作れたりする?」


 陽一の問いかけを受けたサムは、再び銃弾をいろいろな角度から観察した。

 やがて口元に手を当て、もう片方の手でつまんだ銃弾をしばらくじっと見続けたあと、可憐な錬金鍛冶師は顔を上げてニッコリと微笑んだ。


「うん、できるよ」

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