幕間

錬金鍛冶師サム・スミス1

 魔物集団暴走スタンピードが終息し、実里の弟、文也の問題もある程度落ち着いたころ、トコロテンは通常の冒険者業務委託に従事していた。


 陽一は魔物集団暴走スタンピード終息直後に自身が現代兵器で倒した魔物の死骸や散らばった弾薬、薬莢などを回収していた。

 回収した魔物の素材だけで孫の代まで遊んで暮らせるだけの財産になるのだが、一気に換金できるほど資金が冒険者ギルドにあるはずもなく、ギルドマスターであるセレスタンの要望に沿って小刻みに提出している。

 また、それらすべてを自分たちの懐に入れるのではなく一部は寄付し、それらは今回魔物集団暴走スタンピードに参加した冒険者への報酬や騎士団への一時金、死傷者および損害を受けた民間人の補償に当てられた。


「どうした、足元がお留守だぞ?」

「っく……!」 


 ナイフを逆手に構え、踏み込もうとしたところでセレスタンが足を払ってきた。

 直前でそれを察知した陽一は、なんとか踏みとどまって足払いを回避するも、少しバランスが崩れてしまう。


「ふむ」


 感心したような笑みを浮かべたセレスタンは、すぐに手を伸ばして陽一の左肩近くを軽く指でつついた。


「うおっ……!?」


 軽く押される程度のわずかに負荷だったが、体勢が崩れかけていたところへ絶妙なタイミングとポイントを突かれたため、重心が一気にうしろへと移ってしまう。


「ぐぬっ……!」


 陽一は転びそうな勢いを利用して後転し、セレスタンと間合いを取る。

 一瞬相手が視界を外れたが、【鑑定+】で位置と意図を確認しつつ、後転を終えて体を起こすのと同時に左へ身体をひねりながら踏み込み、順手に持ち替えたナイフを突き出そうとする。

 その刺突は回り込んで追撃を繰り出そうとしていたセレスタンを正確に捉えるはずだったが、陽一は踏み込むのとほぼ同時に肩と肘の裏をがっちりとつかまれて動きを止められた。


「またか……!」


 【鑑定+】で先読みしたはずの行動と異なる動作によって動きが止められてしまう。

 セレスタンは陽一のわずかな筋肉の動きなどを見て動きを予測し、考えるより先に対処しているため、こうして【鑑定+】による先読みを外されることがままあった。


「よし、今日はこの辺にしとくか」


 セレスタンの手から力が抜け、それと同時に陽一はナイフを引き、軽く飛びすさった。


「かなりいい動きになってきたな。成長が早くてなによりだ」


 その言葉を受け、陽一は構えをほどき、ナイフを腰に差した。

 このあいだのように突然スキルが使えなくなったときのため、陽一は常にナイフを装備している。


「ふぅ……。ありがとうございました」

「おう、おつかれ」


 こうして、ここ最近定期的に行なわれているセレスタンとの訓練は終わった。 


「そうだ、ヨーイチ。このあとスミス工房にいってくれ。サムには話をつけてある」

「スミス工房?」

「錬金鍛治師サム・スミスの工房だよ。そのナイフの改造を依頼してある」

「あー」


 そこまで言われて陽一は思い出した。


 セレスタンから受け取ったナイフは、魔力を流し込むことで重量を増やせる特種な武器だ。

 しかし陽一は、ほぼ無尽蔵の魔力を有しているものの、自分意思では操れないという体質のため、その特性を活かすことができないでいた。

 そこで、ナイフ側に魔力吸収などの効果を付与してはどうかと、先日提案されていたのだった。


「スミス工房は商業区ではなく下層区にある。場所はアラーナちゃんが知っているが……いまはいないんだったか」

「ええ、花梨と実里を連れてジャナの森へ……」


 陽一が訓練中、トコロテンは彼抜きで活動することも多かった。


 魔物集団暴走スタンピードを終えたあとのジャナの森は、まるで根こそぎ消えたのではないかと思えるほど魔物の姿が見えなくなった。

 だからといって森の様子を見ないわけにもいかず、現在はすべての依頼を調査依頼とし、冒険者たちは森へ行って帰ってくるだけで報酬がもらえるようになっている。


 終息からひと月以上経ったいま、ようやく森には魔物の姿が見え始めていて、どうやら魔物集団暴走スタンピードの前と後で棲息分布図が大きく書き換えられることはなさそうだった。

 以前陽一は自分が同行できないことで問題ないかアラーナへ尋ねたことがある。


「うむ。以前はソロで活動していたのだ。花梨と実里がいるだけでもありがたいさ。それに……ヨーイチ殿がいると……な……?」


 魔物と戦っていると気分が昂ぶり、戦闘が一段落つくやその昂ぶりが性的な興奮に書き換わってしまうことが多々ある。

 陽一らは森へ出かけると大抵の場合ことに及んでいた。


 まぁ魔物がいなければいないで暇つぶしに……ということもあったので、なにも戦闘による昂ぶりだけが原因とはいえないのだが。


(俺がいなくても昂ぶることは昂ぶるんだよなぁ。そのときはもしかして女同士で……? ハァ……ハァ……)


「おい、急に間抜けヅラを浮かべてどうした? まさかアラーナちゃんの恥ずかしい姿を想像しとるんじゃなかろうな? だとしたらぶちのめすぞ!」

「はっ!? あ、いえ、決してそのようなことは……」

「……ふん、まあいい。で、スミス工房の場所だが受付で聞いてくれ」

「あ、はい。では失礼します」

 

○●○●

 

 受付でスミス工房の場所を聞いた陽一は、冒険者ギルドのある商業区から一般市民の居住区域である下層区へと移動した。

 受付嬢から聞いた住所を参考に【鑑定+】を使って道順を検索して、無事目的の場所へと到達する。


 下層区のなかでは高級な住宅がならぶ閑静な住宅街の一角に、スミス工房はあった。

 石造りの無骨な建物で、敷地はそこそこ広い。

 住居兼工房といったところか。


 通りを歩き、工房が近づいてきたが作業音などは一切聞こえなかった。


「静かだな……留守かな――うおっ!?」


 門の開け放たれた塀の内側、工房に敷地内に足を踏み入れるや、ごうごうと炎の燃え盛る音やカンカンと金属を叩く音が耳に飛び込んできた。


「そうか、魔術かなにかで音を遮断してるんだな」


 そうでなければ、閑静な住宅街で鍛冶工房などは営めないだろう。


「ごめんくださーい!」


 工房の入り口と思われるところからなかに向かって声をかけてみたが、反応はない。

 この騒音に紛れて届かないのだろう。

 どうしたものかとあたりを見回すと、小さなハンドベルが目に入った。


『ご用の方はこちらをお使いください』


 といった注意書きとともに。


「とりあえず、鳴らせばいいのか?」


 陽一がハンドベルを持って軽く振ると、リィンという澄んだ音があたりに響いた。

 決して大きくない音色だったが、それは不思議と遠くまで響いているように感じられた。


「……反応なし?」


 ここにこうして置いてあるということは呼び出し用の道具と見て間違いないだろう。

 しかし金属を叩く音は絶えることなく、断続的に続いている。


「ちょっと待ってみて、だめなら出直すか」


 そう思ってしばらくぼんやりしていると、金属音がやんだ。

 そして工房の奥から人が現われた。


「あーごめんごめん、お待たせだよー。途中で手を止められなくてね」


 それは鮮やかなライトブルーのショートヘアーが印象的な、小柄な人物であった。


 丈の短い白のタンクトップと、同じく白いミニスカート、足を覆う黒いタイツに革のショートブーツという格好で、露わになっている腕や腹は抜けるような白さだった。

 青いハーフエプロンやその他の装飾がほどよいアクセントになっている。

 目元は大きなゴーグルで隠れていたが、その下には形のいい鼻と薄い唇が見えた。


「ウチになにか用かな?」


 そういいながらゴーグルを上げると、髪と同じライトブルーの瞳とキリリとした細い眉が現れた。

 中性的な顔立ちと体型の持ち主だが、ミニスカートを穿いていることやタンクトップをわずかに押し上げる申し訳程度に膨らんだ胸から、陽一はこの人物を女性とみた。


「すいません、ギルマス……セレスタンさんの紹介で来た陽一といいます」

「あー、セレスたんの! じゃあ君が噂の色男ってわけだ」

「くふっ――、いや、色男なんて、そんな……」


 彼女はそう言うと口角を上げ、興味深げな視線を陽一に送った。

 陽一は"セレスたん"というイントネーションに吹き出しそうになりながらも、興味津々な視線を受け流しつつ問いかける。


「あのー、工房主さんはこちらにいらっしゃいますか?」

「いるじゃない、目の前に」

「え?」

「え?」


 女性の返答とそれに対する陽一の反応に、ふたりそろって間抜けな声を漏らす。


「ここって、スミス工房でまちがいないですか?」

「そうだよ?」

「え、でも……」

「あー、そういうことか。よく勘違いされるんだよねー」


 そこで女性は親指で自分を指し、笑みを浮かべた。


「ボクの名はサマンサ。サムっていうのは愛称だね」

「え? じゃあ……」

「うん。錬金鍛冶師サム・スミスとはのはボクのことさ」


 そう言ってサムはフフンと鼻息を漏らし、薄い胸を張るのだった。

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