第15話 その後の顛末

 某大学のとあるサークル出身者が、次々に社会からドロップアウトしていった。


 そのサークルでは多くの女性が性的な暴行を受けたにもかかわらず、巧妙に隠蔽されて表沙汰になることはなかった。

 しかし一部の被害者女性が団結し、強力な弁護団が結成された。


 その費用をひとつの企業体が負っているということだが、詳細は明らかにされていない。

 ただ、被害者女性にしたところでいまさら大事おおごとにすることを望む者はほとんどおらず、加害者に対するそれなりの制裁となにかしらの補償が得られればそれでいい、というところで話はついている。


 そのサークル出身者はなぜか優良企業に所属していることが多かった。

 なかには就職後に問題を起こしている者もいたが、多くは善良な社会人として生活していた。

 そんな彼らの勤務する各企業上層部へ、弁護団は該当者ひとりひとりに対する報告書を提出した。


「……しかし、証拠はないんですよね?」

「ええ。音声、画像、動画等の物的証拠はありません。あくまで被害者女性の証言を基に行なわれた調査結果のみです。しかし我々は、そこに書かれていることがすべて事実であると確信しております」


 これらの調査結果には、もちろん被害者女性から得た証言も含まれてはいるが、内容のほとんどは陽一が【鑑定+】によって調べ上げたものだった。

 とはいえ、いかなチートスキルをもってしても、過去にさかのぼって映像や音声を記録することはできない。


 それでも詳細な事実を記載することで、ある程度の信憑性をもたせることは可能だ。


「証拠もないのに、断罪するなど……」

「我々は必要な情報をお知らせしたに過ぎません。その後どうされるかはそちらにお任せします」

「仮に……仮にですよ? ここに書かれている加害者と評されている男性社員を不問に付すといったら……?」

「依頼人のみなさまは加害者に対する制裁を望んでいます。加害者を不当に匿うとなれば、御社も同罪と考える方もいらっしゃるでしょうね」

「しかし、証拠もないのにペナルティを与えるなど……」

「ですから申し上げておりますでしょう? 必要な情報をお知らせした、と。そしてどうされるかはお任せします、とも」

「むむ……」


 後日、加害者とされている社員と、人事担当職員とが面談を行なった。


「え? あ、いや……あれは合意のうえだったと思っています。もちろん、先方が僕の行為に傷ついたというのであれば不徳の致すところではありますが……。若さゆえに少し暴走気味だった可能性はあるかもしれません」


 最初はうろたえたものの少しずつ平静を取り戻した男性社員の弁明を見て、人事担当の表情が不愉快そうに歪む。


「ほう、君は合意の上と称して――」


 そこからは口にするのもはばかられるような行為や言動が、人事担当の口からつらつらと述べられていった。


 何年も前のことで薄れていた加害者としての記憶が鮮明になるにつれ、男の顔はどんどん青ざめていく。


「――これだけのことをしておいて若気の至りで済ませると?」

「あ……う……」


 証拠はない。

 しかし男の反応を見て、人事担当は彼がクロであることを確信した。


(さて、どうしたものか……)


 このまま隠蔽するという手もなくはない。

 しかし被害者女性はおよそ100名にものぼるというし、当該サークル出身者は首都を中心に全国へ散らばっているだろう。


 自分たちがこの報告を握りつぶしたとして、ほかの企業から情報が漏れればどうなるか?


(いや、そもそもこれだけのことをしていた奴が、社会人になったからといって急におとなしくできるか?)


 後日入念に調査した結果、セクハラやパワハラの事実が浮上したため、加害者とされた男性社員はそちらの件で懲戒解雇処分となった。


 おおよそこのようなかたちで多くの企業で当該サークル出身者が解雇され、あるいは退職していった。


 加害者のなかにはすでに家庭を持っている者も少なくなかった。

 そういった家族には、事前に弁護団が接触し、身の振り方を提案していた。

 離婚などの手続きが必要であれば弁護団が補助し、引っ越しが必要であればその資金は文也の資産から捻出、働き口や子供の預け先が必要なら星川グループの関連企業や施設を斡旋した。


 なかには夫がどういう人間であれ、いちど結ばれた以上は添い遂げるというツワモノも存在した。

 しかし夫が職を失い、SNSなどで叩かれるようになるとさすがについていけなくなったのか、後日弁護団に泣きついてくる者も少なくなかった。



 被害者へのケアも忘れていない。


 診断や治療の難しい精神疾患を患っている被害者も多数いたが、そこでも陽一の【鑑定+】が大いに役立った。

 ひとりひとりの状態を調べ、現在の健康状態や精神状態、体質、個性に応じた治療やカウンセリングを、新設された医療班に指示した。

 なかには何年も引きこもって会うことすら困難な女性もいたが、どういう方法でアプローチを仕掛ければいいのかということろまで【鑑定+】で調べ上げ、対処していった。


「ヨーイチ殿、無理をし過ぎではないか?」

「ん? ああ……。でも、文也の罪を隠蔽すると決めた以上、これは俺の責任でやらなくちゃいけないことだから」


 今回の件で文也が法的、社会的に裁かれることはない。


 無論、文也個人のためにそうしたのではない。

 星川グループの幹部であり、いくつもの企業で社長を務める文也が不祥事で退任となると、それが社会に与える影響は大きなものになるだろう。

 それを避けるため、陽一は彼の罪を隠蔽することにした。


「ま、ただの自己満足だよ」


 ほかの大学に通っていた文也が当該サークルに関わっていたことを知る者はほとんどいない。


 が、ゼロではない。


 サークル立ち上げ当時の一部メンバーは文也の所業を知っていたのだが、彼らはそろって行方不明となっていた。

 皆一様に勤めていた会社を解雇されていたので、ホームレスになったか自殺でもしたのだろうと噂され、気にとめるものはほとんどいなかった。


「ふふ……。まぁ、カトリーヌは従業員が増えたと喜んではいたがな」

「そっか。あ、そういや花梨は? 最近見かけないけど」

「ふふ、カリンならカトリーヌの店に入り浸っておるよ」

「く、あいつめ……」


 花梨が今回の件で従業員たちと先輩従業員やカトリーヌたちとの"尊い"やりとりを観察しているらしいと知った陽一は、やれやれと頭を振るのだった。


○●○●

 

「ただいまもどりました」

「おかえり」


『グランコート2503』に実里が帰ってきた。

 しばらく前から彼女は両親と3人で家族旅行にでかけており、その際に文也とのことをちゃんと話したようだ。


「どうだった?」

「怒られました。なんで早く言ってくれなかっただんだって。あと、気づいてあげられなくてごめん、って謝られました」


 そう言った実里は、照れくさそうでありながら、どこか嬉しそうだった。


 実里の義父と実母に対して言いたいことはいくらでもあった。

 しかし当の実里にふたりへの不満がないようなので、彼女の両親とはこれ以上深く関わらないことにした。


「あの、今回は本当にご迷惑をおかけしました」


 ふと表情を改めた実里は、深々と頭を下げた。

 陽一は今回の件の後始末で、なにをどうするといった具体的なことを実里には知らせていない。

 しかし、それを察することができないほど、実里は鈍くない。


「あー、そうだなぁ……」


 先日アラーナにも言ったとおり、今回の件はほとんど自己満足でやっている部分が大きい。

 ただ、今後星川グループからなにかしらのバックアップが受けられるのではないか、という打算もある。


 とはいえ"気にするな"といって"わかりました"と納得する実里でもない。


「いろいろがんばったから、実里にはたっぷり労ってもらおうかな」


 その言葉に一瞬キョトンとした実里だったが、ほどなく頬を赤らめ、口元に笑みを浮かべた。


「はい、よろこんで。じゃあまずはお風呂からでいいですか?」

「おう、いいね」


 ふたりは手を取り合い、バスルームへと向かった。


○●○●


「いや、眼鏡は外そうか」


 脱衣所で服を脱ぎ、浴室に入ろうとしたところで陽一が実里を呼び止めた。


「え、でも……」

「いや、風呂に入るんだからいらないだろ?」


 そう言って陽一はひょいとメガネを取り上げる


「あ……!」


 実里は声を上げて手を伸ばしたが、陽一のほうが正しいとわかっているのか本気で取り返そうとはせず、指は空を切った。


 メガネを奪われた実里は恥ずかしそうに顔を逸らしたが、陽一は回り込んで正面から彼女をのぞき込む。


「ふふ、実里はメガネがなくても可愛いよ」

「あぅ……」


 言われた実里は頬を染め、反対側に顔を背けてうつむいた。

 取り上げたメガネを脱衣所の適当なところに置いた陽一は、実里の手を取って浴室に入った。


「さーて、どうやって労ってもらおうかな」


 その言葉でスイッチが入ったのか、うつむき加減だった実里は前を向き、軽やかなステップで陽一の前に立った。


「とりあえず洗いっこしませんか?」


 そして正面から上目遣いに陽一を見ながら、実里はにっこりと微笑んだ。


「いいね」


 お互いにシャワーで全身を軽く洗い流したあと、実里は水を含ませたシャワーボールに多めのボディソープをかけ、大量の泡を作った。


「手を出しください」

「これでいい?」

「はい」


 差し出された陽一の手の上に密度の高い泡を乗せると、自身もたっぷり手に取り、シャワーボールをカウンターに置いた。


「ふふ……えいっ」


 実里は少しあざとい仕草で、手に取った泡を陽一の胸に撫でつけた。


「む、じゃあこっちも……うりゃっ」


 陽一の胸に手を当てて泡を広げるように塗りたくる実里の両腕の外側から手を回し、泡のついた手のひらを密着させる。


 それからふたりは、お風呂でのプレイをひとしきり楽しんだ。

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